澪「・・・唯。なんだ、普通に呼んでくれればいいのに」
唯「えへへ、いやぁ、ちょっとね。あ、はい、辞書ありがと」
澪「早いな、一時間目だったのか。うん、確かに受け取りました、と」
唯「ほんとに助かったよ。でも和ちゃんに怒られちゃった、「軽音部の人にあまり迷惑かけちゃだめよ」って」
澪「次からはしっかりしないとな?」
唯「もちろんだよ。学園祭の時だって澪ちゃんに迷惑かけちゃったし・・・そろそろちゃんとしないとダメだよね」
澪「・・・」
もしかして結構気にしているんだろうか。
そりゃ私だってボーカルしたかったわけじゃないけど、それでも唯を恨んだ事なんて一度もないし、そもそも私が頑張れたのも唯のおかげだ。
唯にしっかりしろと言ったのは私だけど、唯に支えてもらったのだって私だ。
だから・・・えっと、何と言えばいいのか・・・
澪「・・・しっかりしろとは言ったけど、慌てなくていいんだよ。いつも通りの唯で、自分のペースでやれば、きっと唯は大丈夫だよ」
たぶん、これでいいと思う。
だって、私はいつだって、私の知らなかった唯に心奪われてきたんだから。
予想外の事をする、いつも通りの唯が、私は好きなんだから。
澪「・・・なんて、日頃からうるさく言ってる私が言えた義理じゃないか。ごめん」
唯「う、ううん、そんなことないよ! 澪ちゃんが何をすればいいか教えてくれるのは、とっても助かってるから」
澪「そ、そう?」
唯「うん。澪ちゃんにも、今まで通りでいてほしい。いつもの澪ちゃんでいてほしいよ」
澪「・・・そっ、か。ありがとう」
私が心から唯に望む事を、私自身も唯に望まれてしまった。
だとすれば、唯のそれも本心なのだろう。こんな性格の私でさえ心から望んでいるのだから、私より素直な性格の唯がどうかなんて言わずもがなだ。
それに応えないなんてこと、出来るはずもない。
唯「じゃあね、澪ちゃん。また部活の時に!」
澪「ああ。遅刻するなよー?」
唯「うんっ!」
いつも通りの笑顔の唯を、いつも通りに笑って見送った。
*
黒唯「――で、放課後になって部活の時も特に変化なし。よって私に聞くことにした、と」
澪「う、うん、そうと言えばそうなんだけど・・・」
唯の心は知りたくないと言っておきながら、唯がどこまで知っているかだけは聞きたいというのはズルいといえばズルい。
それに朝も考えたが、私は唯が私に興味を抱いてくれつつある事を知っている。ならフェアに唯にも知られていた方がむしろ良いとも言える。
確かめたいというのは私の臆病さから来る保身の為の欲なんだ。良くない事なんだ。いつも通りの唯と一日過ごして、私の考えはそっちの方向に傾いていた。
それに何より・・・唯が私にいつも通り、今まで通りを望んだんだ。変に突飛な事はしない方がいい。きっとそうだ。
澪「・・・やっぱり、聞かなくていい。ごめん、忘れて」
黒唯「ふぅん・・・ま、聞きたくないことを教えたりはしないよ」
澪「聞きたくないわけじゃないんだけど、聞かないほうがいい気がするんだ」
黒唯「・・・でも、わかってる? 『いつも通り』ってことは、二人の関係に進展はほとんど望めないんだよ?」
澪「・・・そうかもしれないけど、でも、きっと少しずつでも進展はするよ。私が唯を好きなんだから」
黒唯「・・・」
大きく溜息。そして、若干の不快感を込めてるように見える視線で私を見る。
ああ、そうか、くっつけるのが仕事の彼女にとっては、私の答えは望ましいものとは言えないのか。
黒唯「・・・本当に、こんな二人は初めてだよ」
澪「・・・ごめん」
黒唯「唯とのシンクロは遮断してあるから澪ちゃんの視点だけで言うけど、澪ちゃんだってイチャイチャしたいって願望はあるんだよね?」
澪「い、イチャイチャって・・・まあ、最終的には、うん」
黒唯「そこで「最終的」って言葉が出てくるのがまず変だと思うよ。人生は有限なんだから生き急がないと」
そこは人の性格による気がするのだが、黒唯が元人間だと知っている今、真っ向から反論するのは躊躇われた。
一度人生を終えている人の言葉として聞くと、その重みには到底反論なんて出来やしない。
黒唯「早く幸せを手にすれば、その分長く幸せでいられる。現実的に考えて何もおかしくないよね。実際今までの子達は大体そうだった」
澪「・・・それは、確かに」
自分達のやり方がどうであれ、幸せを求める他の子達のやり方を否定するつもりはない。
それに、現実的に見れば早く幸せを掴みたい気持ちは当然のもののはずだ、黒唯の言う通り。
他の子達はリアリストだった、とも言えるのかもしれない。
黒唯「その反面、澪ちゃんみたいなのはロマンチストが過ぎるね。テレビやマンガみたいな運命の恋を求めすぎてる。今までいろんな人を見てきたけど、ここまで酷い人はいなかったよ」
澪「ひ、ひどいって・・・」
黒唯「むしろアクシデントを求めてるような節さえあるよね。それを乗り越えて結ばれたい、みたいな。恋に奇跡を期待してるような。恋に恋する乙女だね」
澪「うぅ・・・」
言いたい放題である。
でも事実ゆえに言い返せないから、言われたい放題なのである。
黒唯「慎重にやるって言ったのは私だけど、それは私自身の話であって、当人達はもっと生き急いでいいと思うんだけどねー」
黒唯ではなく『彼女』モードだった時にも言われたな、私のはただの臆病だからもっと前に出ろって。
その時は唯とシンクロする事を前提とした会話だったから今とは少し状況が違う。それでも同じ事を言うという事は、それはキューピッドたる彼女自身が常に思っている事なのだろう。
だけど、私だってただの臆病でこの選択をしたわけじゃない。
澪「・・・唯と私は、同じ選択をしたんだよ。求めているものが同じだったんだよ。私はそれが嬉しかった」
特に何か話し合ったわけでもないのに、夢の世界でシンクロした相手と練習したわけでもないのに、私達は同じ事を相手に告げた。
「いつも通りに」とお互いに言い合った。それが嬉しかった。嬉しかったから、それを裏切るようなズルはしたくなくなった。昨夜の唯の事を聞きたくなくなった。
うん、一連の流れに何もおかしなところはないはず。っていうか、そうだ、そもそも臆病ゆえの選択なら私は今頃ズルしてるんじゃないか?
そう逆に問おうとしたが、二度目の大きな溜息に阻まれた。
黒唯「・・・そうだね。臆病なはずの澪ちゃんは情報を得て安心する道を選ばなかった。変化を恐れないはずの唯も、二人の関係を変化させる道を選ばなかった」
澪「・・・唯と同じ選択をした時点で、私は安心出来たんだよ。唯だって何一つ変えないつもりじゃない。ゆっくり変わっていくつもりなんだと思う」
黒唯「ずいぶんと自信ありげだね。まるで自分の事みたい」
澪「確かに私らしくはないけど、誰よりも理解したい相手のことだからね、ちょっとは自信あるよ」
私と唯の違う所、似ている所、それらを捜していきたい。私はそう思っている。
いつも通りのやり取りの中で、唯という女の子を理解していきたい。常々そう思ってきた私が唯を見て出した結論だ、多少なら自信も持てようというもの。
・・・見栄や意地や虚勢じゃない事くらい、私とシンクロしてる彼女ならわかってそうだけど。
黒唯「・・・今日の澪ちゃんは100点満点だよ」
澪「そ、そう? 急に褒められるとなんか怖いな・・・」
黒唯「少なくとも、予習も何もなしに唯が喜ぶ言葉をかけた。例外に戸惑う私を説得した。その二つについては本当に満点だよ」
澪「せ、説得って、そんな偉そうなことした覚えは」
黒唯「私を納得させた、でもいいよ。恋する乙女は生き急ぐべき、という私のポリシーは変わらないけど、それが二人に適用されないことは認めるから」
澪「・・・ありがとう」
黒唯「でも、毎日少しずつでもいいからちゃんと距離は縮めてね? じゃないと私のいる意味がなくなっちゃう」
澪「うん。頑張る」
黒唯「・・・やれやれ、長い付き合いになりそうだね、私達も」
***
――それからあっという間に半月以上が過ぎた。
さすがにこれだけ経つと、以前と比べて変わった事が多い。
例えば世間はクリスマス前の慌しさに染まっている。
前は街中の飾りを見る度に気が早いな、と思っていたけれど、今は本当に目前だからそんな事は言えない。
今年のクリスマスはどう過ごそうか。出来れば唯と、とは思うけど。
私と唯の関係は、言葉にこそ出していないもののお互いに「相手に好かれている」と自信が持てる程度には進んだ。
唯は私と喋るだけで嬉しそうにしてくれるし、きっと私もそうだろう。黒唯もそう言っているのだから間違いない。
そして、黒唯。
私と唯がゆっくりやると決めたあの日から、彼女は唯になりきる事がめっきり減った。予習と称して演じる事をしなくなった。
もちろん、私の映し身として反省には付き合ってくれている。キューピッドを放棄した訳ではない。
単にずっと黒唯のままなのだ。だから今となっては彼女が「私」と言えばそれは唯を指すのではなく黒唯を、あるいは中の『彼女』自身を指す。
そのあたりが最初の頃とは結構変わってしまった。もっとも、それ自体に不満はない。彼女と話すのは楽しいし、唯に会いたいのなら現実世界で会えばいい。
ただ、以前は『唯』と『彼女』の間に居たに過ぎない『黒唯』が表面化した今、『唯』になりきらなくなったのと同様に『彼女』も表に姿を見せなくなった。
それが少し寂しい。もっとも、黒唯の中身がほとんど『彼女』なのはわかってるんだけど・・・それでも寂しいのは、何故だろう。
**
そんな12月22日、終業式の日。我々軽音部の今年最後の部活の時間に、律が突然何かを取り出しながら立ち上がった。
律「クリスマス会のチラシを作ったよー!」
澪「あれ? クリスマス会ってやることになってたの?」
律「誰にも言ってないけどね!」
澪「言えよ」
まあ、クリスマス会自体には反対しない。出来れば唯と、なんて思っていたのも確かだけど、皆をないがしろにするつもりもない。
でもやっぱりもっと早く言えよと思う。特に場所をムギの家に勝手に決めるなんて・・・
紬「あの・・・その日はうち、都合悪いの・・・」
ほら。まあムギの家は特例な気がするし、律もダメ元だったみたいだけど。
紬「りっちゃんのおうちはどう?」
澪「あー、ダメダメ。律の家は汚くって足の踏み場もないから」
律「何だとーッ!? 澪の部屋なんか服が脱ぎ散らかってるくせに~。パンツとか」
澪「うわぁッ!? まッ、真顔でデタラメ言うな!」
脱ぎ散らかす事が一切無いとは流石に言えないけど、常日頃からちゃんと片付けてるぞ! 来客がある日なんか特に念入りに!
例え付き合いの長い律が相手だろうとそれは一緒だし、それに何よりそもそもパンツは脱いでない!
唯「えっ、澪ちゃんって家では裸族なの?」
律「おうよ、証拠は写真にバッチリ」
澪「ウソつけ~!」
唯「見せて見せて~」
なんで唯はそこで食いつくんだよ!
まあ、結局律が自慢気に取り出したのはパンが二つのアホらしい写真だったから良かったけど。
っていうかなんでこんなのを仕込んでるんだ、律は・・・
律「甘いな澪、他にも・・・」
そう言って写真をズラすと、後ろから出てきた二枚目、三枚目の写真には確かに、確かに見られてはヤバそうなものがチラリと!
さすがにあれは唯達に見られたらマズい。っていうか唯に見られたくない!
そんな一心で写真を持つ律の手を掴むが、写真本体をなかなか離してくれない。
唯「どれどれ~」
澪「の、覗こうとするなぁっ!」
興味を持たれてるのは嬉しいような気がしないでもないけど、見られたくないものは見られたくない。
律との引っ張り合いは拮抗状態が続いていて、唯に覗かれるのも時間の問題・・・だったが、そこでムギがタイミングよく助け舟を出してくれた。
紬「ゆ、唯ちゃんのおうちは?」
唯「あ、別にいいよ」
律「お、やった~」
あ、写真離した。
ありがたや、ムギ。本当に助かった・・・後はこれがデジカメで撮ったものでない事を祈るだけだ。
クリスマス会の会場の話も唯の家で何も問題はないとの事で、ついでに当日はプレゼント交換をしようと決め、まるで子供のように楽しみにするムギにほっこりしながら下校となった。
すると、校門の所で偶然にも和さんと出会い、その姿を認めた唯が近寄っていった後に律も近づき、クリスマス会に誘っていた。
もちろん、和さんを誘う事に私としても異論はない。
律「人数増えたほうが、使えるお金も増えるし・・・」
澪「それをどうする気だ」
紬「あ、あはは・・・」
確かにチラシには会費1000円とあったけど、実際のところどうするんだろう、これは。
律「まあ、料理を準備してくれる憂ちゃんに渡すのが妥当かなあ。材料費って言って」
澪「・・・なんだ、意外にもちゃんと人道的な使い道を考えてるのか」
律「私を何だと思ってるんだ!?」
澪「てっきり会費1000円って書いてみたかっただけかと思ってた」
律「それもある」
澪「あるんかい・・・」
唯「うーん、でも憂は受け取るかなぁ、それ・・・」
和「そうねぇ、そういうの遠慮する子よね」
紬「でもお世話になりっぱなしっていうのも悪いし・・・」
和「ま、せっかくお呼ばれしたんだし、私からも説得してみるわ」
唯「わーい、和ちゃん頼もしい!」
和「あんたも一緒にやるのよ」
唯「ええっ!? 自信ないよぉ~」
そんな会話をしながら五人で歩いていたら、すぐに解散地点に辿り着く。
解散というか、いつもはここで私と律、唯とムギの二手に別れるのだ。今日は和さんが唯の方に加わるけど。
律「んじゃまた明後日な~」
唯「ほいほーい、またね~」
みんなで軽く手を振り合い、別れる。向こうに和さんがいる事以外はいつも通りの光景だ。
ただ、その直後に律が言った言葉はいつも通りじゃなかった。
律「んでさ、澪。今更だけど本当に良かったのか? クリスマス会して」
澪「え、なんでだ? ムギには劣るかもしれないけど、私も楽しみにしてるぞ」
律「いや、その・・・澪は唯と二人きりのクリスマスが良かったんじゃないかって思ってさ」
澪「はあっ!? な、なななンでそンなことを!?」
律「裏返りすぎ裏返りすぎ・・・いやね、なんか最近仲いいじゃんお前ら。だからさ」
澪「な、仲いいって・・・で、でも二人きりで過ごすような関係じゃないし」
仲いいのは否定したくないけど、二人きりで過ごすような関係でもないのも事実。
っていうか、なんだ、律にはバレてるのか!? 私が唯を好きって事も!?
律「あ、そーなん? まあ確かにラブラブとまでは言えなさそうだったけど・・・あのさ、実はさ、クリスマス会を勝手に企画したのも当てつけだったり・・・」
澪「・・・なんだって?」
律「いや、冗談冗談! あ、いや、半分は冗談・・・半分は・・・えっと・・・ごめんなさい!」
澪「・・・いや、なんというか、謝られてもどう怒ればいいのかわかんないし・・・」
えっと、つまり、何だ? 律は妬いていたという事か? 写真まで持ってきて私をイジったのもそのせい?
いや、半分と言っていたし、企画の話をする時は楽しそうにしていたし、そこまで強く妬いていたというわけでもないのか?
そもそも妬いて企画したにしても、クリスマス会自体は全然悪い事じゃないし・・・嫉妬からの行動にしては空回りの度合いが低すぎる。
これは単純に、私と唯の反応を探ろうとしていた意図の方が強そうに思える。まだ疑われている段階、という事か。
・・・バレてなくてホッとするべき場面なのに、律に疑われているという事実に居心地の悪さばかりを感じる。
でも、律の方から切り出してきたという事は、律はどこかに罪悪感を感じていたという事なのか。疑う事のどこかに。
そしてそれを私に白状し、謝り、罪悪感を消そうとした。
だったら私も、この居心地の悪さをなんとかしたい。疑われた原因を取っ払い、律に疑われない私になりたい。
でもそれには当然、この胸の恋心を吐露しないといけないのだろう。もし僅かでも私が妬かれていたのだとしたら、それは火に油になりかねない気もする。
悩み、何も言えずにいると、律が私の顔をおそるおそる覗き込むようにして言った。
律「・・・許してくれる?」
澪「それは、うん。先走りがちなのは律の悪いところだけど・・・逆に勇気を出せないのが私だから」
律「まあ、正反対といえば正反対だよな、私達。面白いくらいに」
澪「それでずっと上手くやってきたんだから、許すも許さないもないよ。このくらいの喧嘩なら、何度でもしてやるさ」
律「・・・唯とくっついた後でも?」
澪「ひ、引っ張るなぁ」
律「仮に、だよ。仮にでいいよ」
澪「・・・仮に唯とくっついたとしても、律との関係は何も変わらない。好きな人がいるからって理由で、他の友人をないがしろにはしたくない」
律「へえー、案外欲張りなのねっ、アナタ」
澪「・・・マジメな話をしてるのに」
律「ごめんごめん。でもそうか、澪がそういう考えなら、私がどうこう喚くわけにはいかんよなー」
隣り合って歩きながら、律は言う。
いつだって、どんな時だって、最初の時からずっとこうして隣り合って歩いてきた律が言う。
律「そりゃ、澪が巣立っていくようで寂しい気持ちはあるけどさ、それでも澪の幸せを祈らないといけないんだろうな、私は」
隣を見れば、いつだってこの横顔があった。
今は少し寂しそうな横顔にも見える。当然か、律は「寂しい」と口にしたのだから。
澪「・・・いずれ誰かと付き合うことになったら、真っ先に報告するよ」
親友だから、そうしたい。
私を疑ってもいい。変に先走ってもいい。喧嘩してもいい。何をしてもいいよ、それでも私は律を親友として大切にしたいから。
今はただ、そう思う。
そんな思いを、律がどれだけ汲み取ってくれたのかはわからない。
本当に唯の事が好きなんだと律に告げ、この場で覚悟を強いる選択もあったかもしれない。
でも、律は笑って「待ってる」と言ってくれた。だからこれで良かったんじゃないかな。
**
次の日は、そんな律と今まで通りにバカなやり取りをしながら明日使うプレゼントを買いに行った。
たまたま唯と和さん、そしてムギと出会うというイベントこそあったものの、その場ではムギの強運を目の当たりにしたくらいで特に何もなくその日は別れた。
ちなみに肝心のプレゼントだが、私は若干物珍しく、音楽に興味のある軽音部員らしいものを選んだ。部活には使えないだろうけど、ほどよく奇抜でほどよく使い道はあると思う。
律のは・・・何も言うまい。知りたくなかったような、知っていて良かったような、そんな品だ。
しかもあれ一発ネタのくせに地味に高かったし。こういうところでネタに走り、散財を厭わない律はなんとも刹那的な生き方をしているなぁ。
*
黒唯「そうだね。りっちゃんとも仲良く。みんなとも仲良く。澪ちゃんの選択は何も間違ってないと思うよ」
澪「そっか、ありがとう」
黒唯「そして明日はクリスマス会。それはいいとして、その後は?」
澪「え? 後って?」
黒唯「それから後の予定。24日はみんなで過ごすとして、唯と過ごす日は?」
澪「・・・25日は家族でクリスマスだし、大晦日も家族と年越しする予定だし・・・あ、初詣にはみんなで行く予定だけど」
黒唯「それだってムギちゃんの予定が合わないからって2日になったんでしょ? だいぶ日が開くけど、それでいいの?」
澪「そう言われると・・・」
黒唯「年内にもう一回くらい会っておいてもいいんじゃない?」
澪「・・・クリスマスが終わってから考えるよ」
黒唯「そ。しっかりね」
・・・この時は、この「もう一回」があんなに遅くなるとは思わなかった。
**
クリスマス会ではいろいろな事があった。
具体的には唯がミニスカサンタを着たり私がさわ子先生に脱がされそうになったりミニスカサンタを着たり律のプレゼントで先生が壊れたり唯の天然が炸裂したりした。
唯の天然の恐ろしさも目立っていたが、何よりも目立ったのは
平沢姉妹の仲の良さだ。
常に唯を支え、時には唯を庇う憂ちゃん。理由はただ一つ。心温まる唯の笑顔が見たいから。私もそこは共感できる。
「これはこれでいいコンビなのかもね」という律の言葉にも異論はない。そして、極めつけはプレゼント交換の時の出来事。
互いに相手の事を想って選んだプレゼントが、上手い具合に相手に渡る。それは私から見れば奇跡であり、運命的でさえあったんだ。
クリスマス会自体は楽しめた。軽音部の友人として、この上なく楽しめた。
ただ・・・唯に恋する者として、あの姉妹の間に割って入れる勇気は無かった。
奇跡や運命を超えられる気がしなかった。そして何より、唯を奪うという形であの姉妹の仲を引き裂く気にはなれなかった。
最終更新:2016年09月11日 19:25