黒唯「それで? 諦めるの?」

澪「・・・わからない。諦めたくはないけど・・・」

黒唯「諦めたくはないけど、前に進むことにも納得できない、か」

澪「・・・今まで考えたこともなかったんだ。自分が幸せになることが、誰かの幸せを奪うことに繋がるなんて」

黒唯「・・・りっちゃんの件と同じだと私は思うけどなあ」

澪「同じじゃないよ。私と律の関係なら、壊さないように私が頑張ればいい。でも唯と憂ちゃんの関係なら、部外者の私は一方的に壊す側だ」


正確には、私に限らず誰もが壊す側にしかなれないと思う。
それくらいあの姉妹の仲の良さは二人だけで完結していて、完成されている。姉妹なんだから当然だよな。
でも、その『当然』を私は壊し、引き裂かなくてはならないんだ。自分の幸せなんていう自分勝手な想いのために。

いずれまた律と喧嘩したなら、いくらでも頭を下げるだろう。
でも憂ちゃんに対しては、いくら頭を下げても足りないだろう。

そう思ってしまったから、これ以上踏み出せる気がしない。人を傷つける事に納得できない。黒唯の言う通りだ。


黒唯「・・・諦めるなら、唯にちゃんと伝えないとね。さんざん気がある振る舞いをしてきたのは澪ちゃんなんだから」

澪「諦めるとは言って――」

黒唯「わかってるよ。でも進めもしないんでしょ? どうするの? とりあえず一人で悩んでみる? 無駄だと思うよ」

澪「・・・いつになく当たりが強いな」

黒唯「・・・澪ちゃんを助けるのが私の仕事だよ。そんな私は、これはりっちゃんの件と同じだと思ってる」

澪「・・・同じじゃ、ないよ」

黒唯「そう、最初の認識の時点でこうしてすれ違っちゃってる。だったら私は、澪ちゃんのために澪ちゃんに強く当たることしかできない」

澪「・・・」

黒唯「私は澪ちゃんでもあるんだからわかるよ。このまま一人で抱え込んでても答えは出ない。そして、私の言葉じゃ澪ちゃんに答えをあげられない」

澪「・・・だから諦めろと?」

黒唯「・・・私がそんなこと言うと思う?」

澪「だってさっき――」


黒唯の表情を見たら、それ以上の言葉は出てこなかった。
黒唯は、哀しそうな顔をしていた。

落ち着け私。今はまだ諦める気はない、それは彼女もわかってくれている。そもそも彼女の立場上、諦める事を推奨するはずもない。
冷静になれ、私。彼女が信頼の置ける人だと判断したのは私じゃないか。
冷静になれ。彼女の言動から、真意を導き出せ。
諦めろと言っているわけではない。一人で悩む事を勧めていない。でも彼女自身も答えをあげられない。となると・・・


澪「・・・唯に話せ、と?」


「唯に伝えないと」という言葉がヒントだったのではないか、と考えた。
考えて、私が導き出した答えに、黒唯は微笑みだけで応え、否定も肯定もしない。
でも肯定だろうと思う。他に答えは出てこない。なのに肯定しないという事は・・・私に悩めと言っているのだろうか?
一人で悩んでも無駄だと言われた。だから唯に話す。しかし、何をどう、いつ話すかという全てが・・・私に委ねられているのか? 私が全て自分で決めるのか?
確かに彼女は今までだって私を導くというよりは私の背を押す存在だったけど・・・それをありがたく思った私もいたけど・・・
なのに、いざ全てを丸投げされると不安でしょうがない。


黒唯「大丈夫だよ、澪ちゃん。最近の澪ちゃんはしっかりしてる。自信を持っていいよ」

澪「そう言われても・・・」

黒唯「頑張ってね。いい報告を待ってるから」

澪「・・・えっ? あれっ?」


その言葉を最後に、黒唯の姿が消えた。
夢の世界から、部室の中から姿が消えた。
そして、次の日から――唯に言葉を告げるその日まで、私がこの世界に呼ばれる事はなかった。

***


彼女は私の恋愛成就を心から願ってくれている。
その彼女が丸投げしたという事は、今の私ならどんな選択をしようと成功する、という事なのかもしれない。
でも、生憎私はそんなに自分に自信を持てていない。
全く持てていないわけではない。黒唯にああまで言ってもらえたんだ、多少は持とうと努力している。
学園祭の日に唯が大丈夫と言ってくれたおかげで歌えたように、黒唯に言われた今、唯と話さないという選択肢は絶対にありえない。
でも・・・正解は見えてこない。彼女は私を信じてくれたけど、私は自分を信じられない。
正解を見つけられぬまま、皆で初詣に行く1月2日を迎える事になってしまったのも必然とさえ言えるだろう。


***


唯「年末年始はこんなでした~」

律「憂ちゃんくれ!」

紬「相変わらずいい姉妹ねぇ」


微笑ましい仲良し姉妹のエピソードにも、私は曖昧な笑みを返すだけで割って入れずにいた。
その後の体重の話にはさすがに物申さずには居られなかったが。


唯「澪ちゃん、晴れ着気合入ってるねえ」

澪「律が昨日着ていくのって聞くから・・・」

律「聞いただけー」

澪「んなっ、何ぃー!?」

唯「今年も澪ちゃんのポジションは変わらずかぁ」


変わらず、か。
悔しいけど、その通りなのかもしれない。私には何も変えられないのかもしれない。
でもそれでいいのかもしれない。今のままの方が、全ては丸く収まる。長く悩みすぎたせいか、そんな考えに思考が傾く。
律にからかわれ、自分の無力さを実感し、何かと悔しくてつい「着替えに帰る」と言って皆に背を向けてしまう。


唯「そのままでいいじゃん、カワイイよ?」

澪「そ、そう・・・?」


唯の声につい足を止めてしまったが、ネガティブに傾いた思考と、帰ると言い出した意地から唯の顔を見れずにいる。
でも、すぐに「そうだよー」と私の手を取り、唯が満面の笑みを見せてくれるものだから、釣られて私も笑ってしまう。
・・・ネガティブに傾いた思考も一瞬でどこかに飛んでいってしまった。なんだ、私って案外ちょろい奴なんだな。
そしてそれ以上に・・・やっぱり、私は唯が好きなんだな。
正解を見つけられていないまま唯に会うのは憚られて今日まで会えずにいたが、会えばたったこれだけの事でも恋心があふれ出す。
結局、私はどうしようもないくらい唯が好きなんだ。

なのに。
こんなに好きなのに・・・自分がどうすればいいか、わからない。



律「さて、そろそろお参りに行くか?」

唯「あ、ちょっと待ってりっちゃん。ちょっとだけここで待っててもらえないかな?」

律「ん? 別にいいけど、トイレか?」

唯「ちょっと澪ちゃんにお話がありまして」

澪「えっ、私?」

紬「あらあら?」

唯「うん。一緒に来て?」

澪「えっ、えっ?」


私の返事も待たず、唯は私の手を取り、人の流れに逆らう方向に小走りで駆けだした。
晴れ着の私を気遣ってだろうか、そのペースは非常に遅い。
しかもそんなに長く走るわけでもなく、すぐにちょっとだけ脇道に逸れ、僅かに人の少ない所で立ち止まる。


澪「どうしたんだ、唯。話って?」

唯「うん、えっとね、あまり人の多いとこで言うようなことでもないんだけど」

澪「まあ、それは察してるけど」

唯「でもせっかくカミサマの前だし、こういうのもいいかなって」

澪「・・・?」

唯「・・・あのね、澪ちゃん。私、澪ちゃんのこと、好きなんだ」

澪「えっ・・・」


頭が真っ白になった、という表現がピッタリだろう。
唯が私を意識してくれている事は知っていた。嬉しい事だと思っていた。
なのに告白された今、何も考えられないでいる。
嬉しいはずなんだ。喜んでいい事のはずなんだ。私も唯を好きなのだから。両想いという事なのだから。
それでも喜べず、それどころか何も考えられないのは・・・単にタイミングが悪いからだろう。
私が正解を見つけ出せていない、このタイミングなのがいけないのだろう。


唯「あ、返事は今じゃなくていいからね。でも澪ちゃんが良ければ、お参りの時に私達二人のこともカミサマにお願いしてほしいなぁって思って、一緒に」

澪「な、なんで、告白・・・」

唯「・・・ダメだった?」

澪「だっ、ダメなんかじゃない!けど・・・」

唯「・・・澪ちゃんのほうが、私のことを長く想ってくれてたんだよね? だから告白する時は私のほうからするべきかなぁって」


何も考えられなかった頭がようやく回り出す。
私が尋ねたかったのは理由ではなく、「なんで今なんだ」という事だ。でもそれを唯に言うわけにはいかない。嬉しい事なんだから。
そうだ、だってそれは私の勝手な都合。一人で勝手にずっと悩んでいたせい。
そう、そのせいで・・・こんなタイミングで告白を受けてしまった。私は・・・それをもったいないと思っている。
もったいない。そうだ。唯が勇気を出して、気を利かせてくれたロマンチックな告白を、私はこんな心境で受けている・・・
もったいないし、それ以上に何より唯に申し訳ない。その勇気にも心遣いにも、今の私は応えられない・・・!



澪「・・・ごめん、唯・・・」


罪悪感が、口を衝いて出た。勝手に。私の意志とは関係なく。
唯の困惑する顔が目に入る。違う、そうじゃないだろ私。唯を困らせてどうする。悪いのは私なんだ。


澪「違っ、違うんだ唯。気持ちは嬉しいし、私もそうなりたいと思ってる。ただ、その・・・悩んでるんだ、私」

唯「・・・悩んでる? 何に?」


説明しないわけにもいかないだろう。唯の不安を取り除くためにも。
なるべくわかりやすく、シンプルに。


澪「・・・唯と付き合うということは、憂ちゃんから唯を奪うことなんじゃないかって。寂しい思いをさせてしまうんじゃないかって」


そう思うと、一歩が踏み出せない、と。そう伝えた。
長く悩んではいるものの、言葉にしてみるとそう長いものではないんだな。なのに私には、どうすればいいのか――


唯「その考え方だと、私はりっちゃんから澪ちゃんを奪うことになるのかな」

澪「・・・えっ?」

唯「そうなるよね。確かにりっちゃんを悲しませるのは、私も望まないよ」


いや、違う。違うはずだ。
だって、その件についてなら私の中で結論は出ている。


澪「・・・唯は、そこに悩む必要はないよ。私と律の関係なら、変えないように私が努力するから」

唯「じゃあ、私と憂の関係も私は変えないよ。澪ちゃんが悩む必要はないよ」

澪「・・・」

唯「・・・」


あれ?
もしかしてそれだけの話なのか?


唯「それに、私も澪ちゃんと付き合ったとしてもりっちゃんやムギちゃんと仲良くしなくなるわけじゃないし」

澪「・・・私も、憂ちゃんと仲良くすればそれで済む・・・のか?」

唯「そうだよ。私たちが付き合っても、みんながみんなと仲良くすれば何も問題はないよ」


皆を大切にする。それは、誰とも仲良くなれる唯らしい理想論。
だけど、少なくとも唯ならその理想を一切疑わず苦もなく叶えるだろう。
そして私もそんな未来を望んでいる。唯の作り出す未来を。
同時に、そんな人間になりたいとも思っている。皆を大切にし、誰とも仲良くなれる人間になれたらいいなと思っている。
だったら・・・それで済む問題なのだろう。


澪「・・・まったく、唯らしいというかなんというか。でも確かにその通りだな」

唯「澪ちゃんは意外と頭が固いよねぇ」

澪「うっ・・・」


確かに、結局は黒唯に言われた通り、律の時と同じ結論で済む事だったのだ。単に私が唯の気持ちを想像できないくらい頭が固かっただけで。
悩みを明かす時の恥ずかしささえ上回るくらい、自分の視野の狭さが恥ずかしい。
でも、今回の件で改めて思った。私に見えていない正解を容易く導き出す唯は、やっぱり素敵だ。



澪「・・・ありがとう、唯。話してよかった。話すきっかけをくれて、そして正解をくれて、ありがとう」

唯「でへへ、照れるねー。どういたしまして。澪ちゃんから見れば頼りないかもしれないけど、たまには頼ってね」

澪「頼りないなんてことはないよ。唯はいつだって真っ直ぐで、輝いてて。そんな唯のことが・・・好きだから、私」

唯「・・・もう、返事は後でいいって言ったのに」

澪「あはは・・・ごめん。でも、今伝えたかったんだ」

唯「謝らなくていいよ、嬉しいから。ね、それじゃあさ」


唯が一歩近づく。
唯の顔が、すぐ近くにある。


唯「これで私達――」


唯が何か言おうとしたその瞬間、唯の顔の表面に、私は『誰か』を見た。
何故か、その子は悲しげな顔をしていた。
理由はわからない。唯の言葉も・・・そこから先を紡いでいない。


唯「っ、ご、ごめん澪ちゃん。その、えっと・・・」

澪「・・・もしかして、同じことを考えてたんじゃないかな、私達」

唯「えっ?」


確たる根拠なんてない。全く同じタイミングで動きが止まった事。唯の瞳に映る私が、唯と同じような表情をしていた事。それくらいしかない。
でも・・・私の好きな唯なら『この考え』に至ってもおかしくない。


澪「たった今決めたことに、当てはまらない子がいることに気付いた。違う?」

唯「!!」


『彼女』との付き合いが長くなってしまった私。
『彼女』と会ったのは私より遅いけど、誰ともすぐに仲良くなれる優しい唯。
そんな私達が、皆と仲良く、なんて決めた直後に、互いの顔を間近で見たら・・・


唯「お別れ、なんだよね、あの子と・・・」

澪「次の子のところに行くだろうから、そうなるだろうな・・・」

唯「・・・」


悔しそうな顔をしていた。
慰めならいくらでも言える。それが彼女の仕事だからしょうがないとか、そもそも夢の世界の住人なのだからとか、唯に責任はないのだからいくらでも言える。
でも、どう慰めたって唯の表情は晴れないだろう。そこに仲良くなった子との別れがある限り。恐らくは永遠のであろう別れがある限り。
そもそも唯は悲しんでいるわけではなく、悔しがっているように見える。
悲しみなら慰めは意味を成すし、時間も心を癒やしてくれる。でも悔しさに慰めはほぼ無意味だし、時が流れれば余計に後悔として募るばかりだ。
後悔はいつか、どこかで払拭しなくてはならない。彼女が教えてくれた事だ。でも永遠の別れでは払拭する機会が得られない。
だから、私はある提案をした。非常識な言葉を唯に告げた。


澪「・・・付き合うの、もう少し先延ばしにしようか」


最悪の延命策。みっともない引き伸ばし。そして何より、告白してくれた子に対して言うのは到底許されない言葉。
だけど、唯は一も二もなく頷いてくれた。
この時確かに、私と唯の胸の内はシンクロしていたのだろう。『彼女』との別離を拒む、その一心で。


嬉しい告白も、新たな悩みの種も、どちらも二人に気取られないようにいつも通りに振舞おう、と唯と決めた。
その結果唯はいつも以上にボケボケで、お参りの時に律に鉄拳を喰らうほどだったが・・・まあ、誤魔化せたと思う。
ちなみに、新たな悩みが生まれたとはいえ、唯との関係を進めるつもりは変わらずある。カミサマにこっそりしっかり祈願しておいた。

その後、帰りに何か食べてく?と唯は提案していたが、ムギが難色を示した(私も内心同意した)のと、これ以上唯がボロを出さないようにと早期の解散を提案した。
あと地味に晴れ着も疲れたし・・・ね。
そんな解散直前に、唯があることを尋ねた。


唯「そーいえばさ、肝心のりっちゃんのお願いは何だったわけ?」

律「私? 部員が増えますように、って」

唯「ぶいん?」

律「おいおい・・・今年はもう私達は二年生になるんだぞ? となれば軽音部にも新入生を迎え入れたいと思わないか?」

紬「新入生・・・後輩?」

唯「後輩!いい響きだねぇ!」

律「だろ?わかるだろ?」

唯「よーし、もう一回お参り行ってお願いしてくる!」

澪「いやいや、ただでさえ一回やり直して時間食ってるのに二度目なんて迷惑だろ」


他の参拝客になのかカミサマになのかはわからないけど。


律「それに見てみ? あの行列」

唯「わあ・・・」

紬「私達が来た時より倍くらいに増えてる・・・」

律「あれにまた並ぶつもりか?」

唯「うーん・・・」

澪「いいじゃないか、唯。部長が代表して願ってくれたんだ、後は部員の私達が頑張ればきっと叶うよ」

唯「そだね、そういう考え方もあるよね! よーし、待ってろ新入生!」


やっぱりどうにも唯のテンションが高すぎる気がするが、上手く誤魔化せているのだろうか。
律もたまーに、唯ほどではないにしろ予想外な鋭さを発揮する事もあるし油断は出来ない。
ムギは思慮深いから違和感を感じてもこの場で問い詰めたりはしないだろう。そういう意味では安心できるが、勿論それに甘えていいという意味ではない。
むしろ思慮深く心優しいムギだからこそ、心配をかけたくなくなるというものだ。
とにかく、この問題は出来るだけ早く解決する必要がある。可能な限り今日中に。
何か、何か良い方法はないのだろうか・・・何か良い作戦は・・・



・・・そうして迎えた夜。私は久しぶりに夢の中で部室に立っていた。


澪「良かった、今日もここに来れないかと思った」

黒唯「恋心の高まりをシステムが感知したからね。ちゃんと唯と話せたんでしょ?」

澪「それなんだけど・・・ここに唯を呼ぶことって出来る? 私が唯の所に行くのでもいいけど」


問いには答えず、眠りに就く前に唯と話し合って決めた段取り通りに話を進める。
問いに答えれば、必然的に私は思い出してしまうからだ。神社での出来事も、ついさっき話し合った段取りも。
そしてそれが黒唯に筒抜けになる。この時点で筒抜けになる事は作戦上避けなければならない。
そう、作戦上、だ。


黒唯「出来るけど・・・なになに? ここでご報告でもするの?」

澪「まあ、そんなところ」


昼間、薄ぼんやりと考えていた作戦はこうだ。
今日中に解決策を見つけられたなら、今やっているように黒唯に考えを読まれないように注意しながら、先手必勝とばかりにその解決策をぶつける。唯と一緒に。
それだけ。シンクロしているんだからいくら注意したところでどうせそのうち見抜かれるだろうから、とにかく解決策を先にぶつける事が重要となる。
もしバレた時に具体的な解決策が無いと、それだけで相手に反論の余地を与えてしまうだろう。
それが昼間、可能な限り今日中に解決策を見つけなければならないと考えた理由だ。
律とムギに気を遣わせない為に解決を急ぐ意味合いも勿論あったが、今日中に、とまで急ぐのは作戦の為という方が大きい。

作戦と呼べるほどの作戦でもないが、その時の私はこれで上手くいくと思っていた。


黒唯「ふーん? まあいいや、じゃあ唯をここに呼ぶね。別々に相手するよりは私も楽だし」

澪「ありがとう、助かるよ」


でも、唯と話し合って気付いたのだが、この作戦は穴が多い。
先に心を読まれないようにと注意する時点で、注意している事が黒唯には筒抜けなのだ。今、私が若干訝しがられているように。
今くらいの怪しまれ方ならまだいいが、警戒までさせてしまっては解決策をぶつけるも何もあったものじゃない。
それ以前に、仲良くしたいはずの相手を警戒しつつ、口先だけで納得させるようなやり方を唯は好まなかった。せっかく考えが筒抜けでも仲良くできた相手なのに、と。
そう言われてしまっては返す言葉もない。後ろめたさは私自身も感じていたから。
そして何よりも「どうせ私からバレちゃうよ、隠し通せる自信ないもん」と唯が言った。その一言だけでこの作戦の中止は決まったようなものだった。
唯の前に立つのも私の前に立つのも同じ『彼女』である以上、そこはどうしようもないから。

というわけで、実は私の作戦が中止になった今、黒唯に隠し通す理由はあまりない。
単に唯が来る前にバレるのがなんか嫌だという、それだけの理由だ。
唯と話し合って練り上げた『作戦その2』では、いつバレようとも何の問題もない。
そう、今はその『作戦その2』に従って私達は動いている。一応、最初からずっと作戦上ではあるのだ。



澪「あ、そうだ、唯が来たらややこしくなるから、あなたは唯じゃなくて『あなた』に戻っておいて欲しいんだけど」

黒唯「それもそうだね。えっと、どうしよう、ヘアピンでも外しとく?」

澪「そうじゃなくて、中身の話なんだけど」

彼女「・・・わかってますよ。これでいいですか」

澪「・・・もしかして今の私、ボケ殺しだった?」

彼女「ノーコメントです」

澪「・・・えっと、ありがとう。いろいろ注文つけてごめんね」

彼女「お気になさらず」


纏う雰囲気が『彼女』のものになり、唯の個性でもあるヘアピンもちゃっかり取っ払われ、彼女の『無』っぷりが更に際立つ。
でもそんな事はどうでもよくて、私はただ『彼女』に久しぶりに会えた事を嬉しく思っていた。
それに、彼女の事をそれなりに知っている今となっては、その『無』っぷりも逆に個性と思えない事もない。
というか、内面は言うほど『無』ではない事はちゃんと知ってるしね。あくまで表面上の話だ。

・・・あと余談だけど、ヘアピン外した唯を見てみたくなった。

そんな事を考えている間に、唯が到着する。
さて、ここからが本番だ。


唯「おおっ、黒い私がいる・・・」

澪「えっと、紹介するべき?」

彼女「今更必要ないでしょう。それで、今日はどうなったのですか?」

澪「・・・お互いに好きだと伝え合ったのは確かだよ」


私の言い方に怪訝な顔を見せる彼女。
それを尻目に、私は頭の中で今日の出来事を思い出す。きっと横では唯も思い出している。
一通り思い出した後に改めて彼女の表情を伺ってみると、やはりというか当然というか、彼女は怒っていた。
いつもより更に冷たい声で、彼女は言う。


彼女「何を考えているんですか」

澪「や、やっぱり怒るよね?」

彼女「当然です。私に遠慮して付き合うのを止めるなど、誰も得しない選択肢です」

唯「で、でもっ」

彼女「私の事を想うなら構わず付き合ってください。貴女達の幸せが、私が使命を果たした証。それで私も幸せだというのに」


澪「・・・それでも、そこにあなたはいない。私達はそれがどうしても嫌なんだ」

彼女「元々住む世界が違うのです。現実世界と夢の世界、どちらを優先するべきかすら判らない貴女達ではないでしょう?」

唯「優先とかじゃなくて、どっちも欲しいの。恋人も欲しいけど、友達も大切にしたいの。それっておかしなこと?」

彼女「おかしくはないですが、同じ世界に住む人との間だけでしか通じない理屈ですね。もう一度言いますが、私と貴女達は住む世界が違うのです」


感じた情のままに行動した私達を、理で屈しようとする彼女。
こうして会話が平行線になるのは最初からわかりきっていた事。この『作戦その2』は、嘘も隠し事もない、要するにただの真正面からの殴り合いなのだから。
でもきっと、切れる手札はこちらの方が多い。勝算はそこにある。私はそう信じ、いかにも唯向きなこの作戦に乗ったのだ。
そう、嘘や隠し事は苦手だけど、突飛な発想が得意な唯向きの。


彼女「それにそもそも――」

唯「――だったら、住む世界を同じには出来ないのかな」

彼女「!?」


私と唯の考えを感じ取ったであろう彼女の顔に、驚きの色が映る。
始めて見る類の表情を引き出した事が、少し誇らしい。


澪「あなたがどういう経緯でここにいるのかはわからない。どういう原理でここで生きているのかもわからない。わからないことだらけだから、この世界を作った人と話したい」


唯の突飛な発想を私が補う形で出した、解決策とも呼べない解決策。

『この世界について、今から知る』

行き当たりばったりにも程があるけれど、これをしない事には何も見えてこないだろう、というのが私の結論だった。
唯の突飛な発想の実行が可能なのか不可能なのか、それさえも私達は知らない。だから知る必要がある。
普通に考えたら不可能に思える。でも、そもそもが他人の意識を読み取り、夢に介入するというトンデモな事をやらかしているこのユリームシステムだ、常識では測れない。
それにキューピッドのイメージ通り、彼女の上に立つ存在がカミサマである可能性もある。カミサマなら不可能はないはずだ。
・・・全ては、この世界について知る事が出来れば明らかになる。


彼女「・・・そんな事を口にした人は初めてです」

澪「いつもいつもあなたにとって想定外のことばかり言ってて、悪いと思ってる。けど、何も知らないまま諦めたくはないんだ」

唯「っていうか、ちゃんと知ってても諦めたくないけどね」

彼女「・・・この世界、ひいてはユリームシステムを作った人なら確かに存在します。私の上司とも言える存在。彼女は女神様と呼ばれています」

唯「女神様・・・」

彼女「しかし残念ながら、女神様との連絡は常に一方通行です。私の方から女神様を呼び出す方法はありません」

澪「そんな!」



しまったな、それは予想外だった。
となると・・・こちらから出向くしかなさそうだ。この部室の外に私達が出られるのかはわからないけれど、他に手はない。
この部室は彼女が作ったと言っていた。外に出るにも彼女の協力さえ得られればきっとまだ可能性はある。
そう思い、彼女を説得しようとしたその時。唯が叫んだ。


唯「女神様ー! お話がありまーす! 出てきてくださーい!」

澪「・・・おいおい唯、いくら叫んだところで相手に聞こえてるかどうか――」

???「――もう、そんなに叫ばなくても聞こえてますよ」

唯澪「うわあっ!? 誰!?」


唐突に背後から声がして、唯と一緒に驚きながら振り向く。


???「貴女達が私と話したいって言ったんじゃないですか、もう」

彼女「女神様!」


こ、この人が!? いきなり背後に立っていたこの人が、この世界を作り、ユリームシステムを作った女神様・・・?
その女神様の外見は、特に誰かに似ているというわけでもないのだが、金髪で長身、かつ豊満な肉体を持ち、大人の女性といった雰囲気をしていた。
「さわちゃん先生を日本人っぽくないくらいに綺麗にした感じだね」と唯が小声で囁いたが、確かにそんな感じだ。
もしくはムギをもう少し外人っぽくして大人にしたような感じだろうか。


澪「あなたが女神様、つまりこの子の上司なんですね?」

女神様「はい、そうです。カミサマですよ。神としての名前も別にあるのですけど、そこはナイショでお願いしますね」

唯「は、はい・・・うわあ、本物のカミサマなんだあ」

女神様「うふふ、そうですよー」

彼女「女神様、見ていらしたのですか」

女神様「もちろん。上司ですからね、部下の様子はちゃんと気にかけておかないと」

澪「ということは、私達の話も聞いていたんですね?」

女神様「ええ、もちろんです。結論から言っちゃいますと可能ですよ」

唯「・・・え?」


7
最終更新:2016年09月11日 19:27