きっかけはきわめて単純だったから最初はわたしもそうとはわからなかったし、
だからほかのみんなにはぜったいぜったい異様に映っていたと思う。
あずにゃんが赤い服を着てるのは。
別にあずにゃんが赤い服を着ること自体はまったくもって異様なことじゃないし、
むしろよく似合っていてかわいいくらいで、まあでもそのかわいいっていうのが
そもそものきっかけで発端なのだから、やっぱりかわいくはない。異様だ。
あずにゃんは赤い服を着ている。
赤いスカートで、トップは真っ赤なニット、赤いリボンで左右の髪をまとめている。
赤い靴に、赤い鞄。もちろんiPhoneのカバーも赤である。
発端はよく晴れた気持ちのよい午後のこと。
女の子と2人で出かけるにはこれ以上ないってくらいの。
わたしは駅で待っていた。予定はあった。計画もあった。
足りないのは勇気くらいなもので、勇気は昨日学校帰り、男の子向けの週刊誌で手に入れていた。
本の中にはあらゆる種類の成就に至る道筋が描かれており、ここで成就とはセックスのことだった。
『女子は押しに弱いぞ!』とか『とにかく褒めよう!』とか『すべての女の子はかまってちゃんだ!』ってな感じのことが書いてあった。
たしかに、とわたしは思った。
わたしも押しに弱いし、ほめられればまんざらじゃない。
たしかに、とわたしは思った。
あずにゃんは、はじめて出会ったその日からわたしのことをとっても褒めていたし(唯先輩の演奏とっても感動しちゃいました!)、
押しも強い(唯先輩ギターの練習をしましょうよ!楽器屋に行きましょう!)
こうしてあずにゃんを待っているのも、もともとはそんなところに原因があるのではないかとわたしは考えていた。
考えているうちにあずにゃんがやってきた。10分の遅刻だった。
てこてこと急いでるようでその実まったく急いではいない走り方によって、あずにゃんがやってきて、
ごめんなさい唯先輩遅れてしまって……。と頭を下げた。
まったくもうとわたしはあずにゃんの下げた頭をぽんぽんとさすりながら(それも週刊誌に書いてあったことのひとつだった)、あずにゃんが赤い服を着ているぞ、と思った。
あずにゃんは普段赤い服を着ることがない。のか、どうかはわからないけれど、あんまりそのようなイメージはないし、
だかららこそあずにゃんが赤い服を着ているのを見て、あずにゃんが赤い服を着ているぞ、と思ったんだろう。
あずにゃんが赤い服を着ていたので、さっそくわたしは、あずにゃんその赤い服とっても似合ってるね、と言った。
少し考えてあずにゃんは言った。
「え? 唯先輩は赤い服を着ている人が好きなんですか」
「ううん、その赤い服があずにゃん似合ってるってことだよ!かわいい!」
「うーん……」
「かわいいよ?」
「とは言ってもなあ……」
「うん?」
「わたしは赤い服を着てたほうがいいですか?」
「うん!かわいいもん!」
「ふうん……」

その日は、ふたりで映画を見て、Parcoに行って、そのあとご飯を食べた。
それでふたり別れて帰った。映画の後であずにゃんは言った。
くだらない映画でしたね、セックスを2時間半かけて婉曲的に表現しただけの……。
だけど実際には、セックスは3回も直接的に表現されたのだ。そういうことについてあずにゃんはなんの感慨も抱いてないみたいだった。
それがわたしは残念だった。

でもほんとうの問題は次の日からだった。
そもそもいくらあずにゃんが赤いものばかり身につけているといっても学校にまでは赤い服を着てこない。
学校には制服を着てくるからだ。それでも靴下や筆箱、ヘアゴムなんかはすでに赤く染まっていたし、化粧もどこか赤っぽかった。
まるで熱でもあるみたいだった。
とはいえ、あずにゃんはもともと赤いのである。あずにゃんの学年のテーマカラーは赤なのだ。
だから、上履きやタイリボンや体操着なんかはすでに真っ赤で、わたしはすぐにわからなかった。あずにゃんが赤色をしていることを。
それでもいつかは知ることになるだろう。
あんなに赤いものばかり身につけていればそれはそうだ。
ちょっとしたメモをするのにも赤ペンを使ったり、アップルティーばっかり飲みたがったり、いろんなものに一味唐辛子をかけた。
顔をしかめてからいからいと涙を流した。ピンクは赤色だと思いますか、とわたしにいっぱい聞いた。
そのたびにわたしはちがうと思うと言った。そうだって言ってあげればよかった。
何もかもきちんとした赤色で揃えるのはけっこう難しい。ピンク色くらい許してあげればよかった。
でも、しかたない。そのときのわたしはまだ知らなかったから。
あずにゃんは日を追うごとに赤く染まっていった。
それにつれて、わたしも赤色をみるたびにあずにゃんを思い浮かべずにはいられなくなっていた。
近所の赤いカローラにあずにゃんを思いだし、横断歩道の前に立ち尽くし信号の上で点滅するあずにゃんをみた。夕焼けにあずにゃんのことを思った。
あるときは赤い体操着を着た鈴木純ちゃんを見て、「あ!あずにゃんだ!」と呼びかけてしまった。鈴木純ちゃんは困った顔を浮かべていた。
夕ご飯には三日月の形のトマトがでた。まるであずにゃんのように真っ赤だった。
そんなことを憂に言うと、いつでも大好きな梓ちゃんのことを思い出せていいじゃんとかなんとか言って、
まるでおもしろがって嫌がらせでもしてるみたいに毎日の料理にトマトが入っているのだけど、
それは憂がトマトが大好物だったということをわたしが今になってやっと知るに至ったというだけの話だった。
実際トマトは水だと思う。人間としてのあずにゃんがほとんど水であるのとおんなじに。

ある日、部室にはあずにゃんとふたりきりだった。
たぶん部活が終わった後のことで、わたしたちは少し居残りをしていたのだった。
夕日が部室をあずにゃん色に染めていた。
あずにゃんはソファーに座ってギターを抱えてうとうとしていた。
ギターは真っ赤だった。それは昔から赤い色をしていたような気がするけれど、なんだかずっと赤くなってしまったようだった。
わたしはあずにゃんの横に座った。
あずにゃんはぴくりと震えて、眠たげな目でわたしを見上げて、なんだかちょっと怯えているみたいだった。
カラーコンタクトの赤い目だった。ドラマに出てくるヴァンパイアだ、とわたしは思った。
わたしはあずにゃんにもたれ掛かって目を閉じた。息の音がした。夕日で瞼の裏側が赤く染まっていた。

「ねえ、あずにゃん」
「なんですか?」
「昨日テレビで映画を見たよ」
「うん」
「空をいっぱい映す映画だった。憂がクッキーをつくってくれたから、それを食べて、えっとね、ずっと食べてたからお話覚えてないや」
「あはは」
「それから、ゲームボーイをした。でも、ほんとは部屋のお片づけをしてたんだよ。今、いちばん部屋が汚いんだよね、わたしが生まれてから一番だよ」
「ほんとですか?」
「そうだ! 今度、見にきてよ」
「やですよ。はやく片づけてくださいよ」
「そうしよっかな。でもあずにゃんにも見てもらいたいしな……」
「ばかですか、一生ごみの中で暮らせばいいんじゃないですか」
「あずにゃんは昨日はどんなことした?」
「わたしは寝たり……」
「あーわたしも寝た!寝たよ!」
「うん」
「ほかには?」
「あか……」
「なに?」
「わたし、昨日は手首を切れなかった」
「え、えぁ?」
「わたし、昨日は唯先輩のこと好きだと思ったんです。
 唯先輩のことはいつも考えてるし、考えてるとやっぱり変な感じだし、ああやって触れられたりするとちょっとどきどきする……。
 唯先輩がわたしが赤い服を着ているのがかわいいって言ったから、赤いスカートも買ったし」
「えとね、あー……あの、あ、あのスカートはたしかにかわいかった! 似合ってた」
「でも、勘違いしてほしくないんですけど、わたし、べつに唯先輩のために赤色をしてるわけじゃないですからね」
「そ、そんなこと思ってないよ!」
「でも、絶対唯先輩は勘違いしてますよ。
 わたしがあかいろをしてるのを見て、まるでわたしが唯先輩に気に入られたくてやってるとか思って、いい気になったりして、ばかみたいに、にやにやしてたじゃないですか」
「にやにやなんかしてないよぉ」
「でも、わたしはべつに唯先輩に気に入られたくてあかいろをしてたわけじゃないんです。
 ただ、わたしは、知りたいって思うんです。わたしは昨日は唯先輩のことが好きだったけど、今日はちがうと思う。
 だけど、たとえば、唯先輩はわたしが赤色をしてるのが好きだとして、もしもわたしがいつでもあかいろでいれたなら、それはわたしが唯先輩のことが好きだっていう証明になるじゃないですか」
「えーと……」
「赤色の服を着たり、赤い靴下を履いたりするのはとても簡単です。
 毎日帰り道で食べる鯛焼きとかそういうものをちょっとずつ我慢すれば、どれも揃えられるし、べつにぜんぜん恥ずかしくなんかない。
 赤い靴とか赤いペンとか赤いヘアゴムとか別につけてたってそんなことは誰も気にしないし……。
 でも、昨日もわたしは手首を切れなかった。その血の赤色に、きっと唯先輩がわたしのことを好きになってくれるだろうと思っても」
「そんなことぜったい思わないって!」
「ときどきわたしはそれほど唯先輩のことが好きじゃないと思うんです。
 唯先輩はよく嘘をつくし、わたしは幼いから。
 だから、赤色をして、そしたら、赤色でいれたら、唯先輩のこと好きでいれるのになあ……。
 ねぇ、わかりますか?」
「わかんないよぉ」
「わたしはいつも夜、布団の中で想像するんです。
 自分の血が赤色じゃない何か、たとえば、緑とか青とか、紫とか、そんな色をしているところを。
 それなら、たとえ、わざわざ自分の手首を切って血を流さなくても、唯先輩が好きだってわかるのに。
 でも、わたしの血は赤いです、わたしの流れない血は……」

 ずっと後で、わたしがいつものようにあずにゃんを抱こうとすると、いつもみたいにあずにゃんはわたしを押しのけた。
 爪先がわたしのほっぺたに触れた。
 あずにゃんの爪は赤いマニキュアを塗るために長く伸びていた。
 先っぽがとがっていた。血が流れていた。涙のように冷たくて、わたしのほっぺたを流れていた。
 ぬぐった手についた赤い血はまるであずにゃんのようで、わたしにはわからなくなってしまう。
 あずにゃんの戸惑って揺れる瞳の色のなかにさえ、あずにゃんがいた。
 わたしはあずにゃんを手に入れたはずだったのに、あずにゃんがわたしをじっと見つめる目はちがっていた。
 あずにゃんはヴァンパイアの目で、わたしを見て、マニキュアの光る爪でわたしのことをひっかいた。
 泣いて、腫れて、赤かった。
 カラーコンタクトの赤だった。

わたしはまたあずにゃんのことを待っていた。
駅前には選挙演説の終わり際があった。人は散りつつあり、のぼりは解体されて干からびたイカのように地面に横たわっていた。
男の子向けの週刊誌には、『オシとヒキ』というような題で特集が組んであり、ときにはちょっと冷たくすることも大事だということが書いてあった。
結局は駆け引きなのだ。
たしかに、とわたしは思った。わたしも、あんまりがつがつされるとちょっと引いてしまう気がする。
あずにゃんだって、たいていのときは冷たいわけだし。
だけど、たまに思うのは、あずにゃんはわたしじゃないということで、わたしじゃないあずにゃんはわたしのように感じたりはしないのだ。
でも、女の子のようには感じるよね。
わたしはあずにゃんのことを知らないが、女の子のことを知る誰かはいる。
やがてあずにゃんが遅れてやってきた。20分の遅刻だった。
あずにゃんは真っ赤な服を着ていた。
わたしはふとあずにゃんの赤い服はいつも同じ赤い服だぞ、と思って、そのことを言った。
「あずにゃんって、いっつも同じ服着てるね」
「ゆ、唯先輩はわたしがいつも同じ服を着ていたら嫌ですか?」
「ううん、別にどうでもいいけど……てか、いちいち聞かないでほしいよ」
「ご、ごめんなさい……」
「だってあずにゃんはなにを着ていてもかわいいもんね!」
「……にぁあ」
それで、ふたりで映画を見て(もちろんディズニーの映画だった)、Parcoに行って、そのあとご飯を食べた。
それで別れて帰った。セックスシーンのあるディズニーの映画があればいいのにとわたしはときどき思う。
次の日からあずにゃんはきっぱり赤いものを身につけなくなったけど(アップルティーさえ飲まないてっていぶりだ)、
わたしは未だに赤いものを見るとあずにゃんのことを思い出すのだ。
あるいはあずにゃんを見ると赤色のことを思い出すのかもしれない。あの腫れた、にせものの瞳の赤色を。



おしまい



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最終更新:2016年11月08日 21:07