ピンポーン、とチャイムの音が響き、指が離れるよりも早くに扉が開いた。
うわっはやっ!
えへ、待ちきれなくてさぁ。
扉の隙間から顔を出した唯先輩は、眉尻を下げながらそう言った。
梓「おおげさですね。別の人だったらどうするつもりだったんです?」
唯「わかるよぉ、あずにゃんのことなら」
梓「はいはい」
また適当なこと言って。
わたしが呆れたように言うと、唯先輩は不満そうに唇を尖らせて、わかるよぉあずにゃんのことなら、と同じ言葉を繰り返す。
ま、とにかくはいってはいって~。
表情をくるりと変えた唯先輩は、うれしそうに手招きをしながらわたしの買い物袋をうけとり、跳ねるようにして階段を登っていった。
おじゃまします、とちいさく呟き、靴を脱いであとへ続く。
階段の途中で唯先輩が振り返り、わたしを見て言った。
唯「言うの忘れてた」
梓「?」
振り向いた唯先輩の頬が赤い。
唯「…いらっしゃい」
梓「…おじゃま、します」
よく見れば耳までまっかっか。すぐまた背中を向けて階段を登っていってしまう。ふわふわと揺れるボブカット。
わたしも耳たぶに触れてみる。…あつい。きっとわたしの顔もまっかっかだ。心臓もばくばくいってる。
大きく息を吸う。い、いまからこんな調子でどうするんだわたし。いや、でも緊張してもしかたないよね…だって今日は…
今日ははじめての、おとまり。
唯先輩の家には、ご両親も、憂もいません。先輩たちも泊まりにはきません。
そう、ふたりっきりの…おとまりです……。
唯先輩の家に来るのはもちろんこれがはじめてじゃない。
友達の家、かつ部活の先輩の家、ということもあって、今までだってなんどもこの家にやってきたことはある。
でも大抵は部活の先輩たちといっしょだったり、憂がいたりするから、ここで唯先輩とふたりきりになるのは、これがはじめての経験だ。
しかもこれから明日の朝までずっと一緒。正真正銘これがはじめて…はじめての経験…
は、はじめての経験、って……なに言ってんだわたし!
唯「あずにゃん、どうしたの? すごいよ汗、暖房きつかった?」
梓「はっ! …いえ! そーゆーことではっ」ブンブン
唯「それならよかったー、暑かったら勝手に温度調整していいからね。とりあえずそのへんに座っててよ、今からわたしが腕によりをかけて晩ごはんつくっちゃうから!」フンス!
梓「そんな、わたしも手伝いますっ!」
唯「いいのいいの! あずにゃんはお客様なんだから!」
梓「いや…でも…」
唯「ほらぁ~、遠慮しないで~」
梓「遠慮、っていうかその…」
唯「なーに? どうかした?」
梓「ふ、ふたりで一緒に料理したいな、…なんて//」
モーレツな勢いで抱きしめられて、しぬかと思った。
皮を分厚く切りすぎたせいで、ずいぶんと小さくなったジャガイモが、口の中でほろりと溶けた。
唯「あずにゃんおいしいね~♪」モグモグ
梓「そうですね、とりあえず失敗しなくてよかったですね」
つくったのはカレーライス。
普段料理をしない(できないんじゃなくて、経験が少ないだけ)わたしたちでもできるもの、かつ失敗なくおいしいもの、となればメニューは限られてくる。
お味のほうは…はじめてつくったにしては、われながら悪くない出来だと思う(そもそもカレーで失敗することがあるかは知らない)。
スーパーで買った市販のルウの裏側、そこの説明書き通りに作れることのできた自分を、まずは褒めてあげたい。
わたしは二杯、唯先輩は三杯もおかわりをした。
作りすぎた残りは明日の朝にでも食べることにして、器に移し替えてラップをかけ、冷蔵庫にしまう。
食事中、唯先輩はずっと笑顔だった。これを見られただけで、二時間かけて作った甲斐があったよね。
しかも、この日のために買ってきたお揃いのエプロンをつけて、ふたり並んでキッチンに立てちゃったし/// もうすっかりおなかいっぱい。
ごちそうさまでした。
お米粒ひとつ残さずきれいに平らげ、ふたりして両手を合わせた。
…。
両手を合わせた格好のまま、唯先輩が動かない。
少し伏せるようにして目を瞑るその姿はまるで、祈りをささげているみたい。
梓「ひょっとしておなか、痛いんですか?」
ゆっくりと左右に首を振る。依然目を閉じ、黙ったまま。
息してる?
フスーフスーと鼻息が聞こえるから問題ない。
やっぱりおなか痛いんじゃ…
豚肉、ちゃんと火、通ってたよね?
実は説明書き以上の時間、具材が溶けるほど煮込んだんだから、たぶん大丈夫。…だと思う。
人参もジャガイモもたまねぎもマッシュルームも全部今日スーパーで買ったばかりだし…
あっ! もしかして冷蔵庫の横に転がってたカブを唯先輩が思いつきで入れたせい? あのカブ傷んでたのかな…そう言われるとちょっと黒ずんでた気もする…でもわたしも食べたはずなのになんともないし…それとも単に食べ過ぎ? やっぱりさすがに三杯は……
唯「あのさっ、あずにゃん!」
梓「…はっ、はいっ」
突然立ち上がった先輩は、フスーフスーと鼻息をあらっぽく鳴らしながら大きく目を見開き、わたしを見つめた。
唯「…………」フスーフスー
梓「…………」
唯「…………」フスーフスー
梓「…………あのぅ、どうかしましたか?」
唯「…………」フスーフスー
鼻息が荒い。なんかぶたさんみたい。
表情は真剣そのもので、黙ったままじっとわたしを見つめている。
唯「…………」フスーフスー
梓「あのぅ、あんまりそうやって見つめられると恥ずかしいんですけど…」
唯「…………」フスーフスー
梓「やっぱりおなか痛いんでしょ」
ブンブンと勢いよく首を振った。
梓「別に意地張らなくてもいいですよ、ほら、早くトイレ行ってきてください」
唯「そっ、そうじゃなくてっ!」
あ、やっとしゃべった。
梓「じゃあなんなんですか。ちゃんと言ってくださいよ」
唯「ご、ごめん…なんだか喉がすっごくカラカラで声が出なくなっちゃって…」
梓「お水飲んだらいいじゃないですか。目の前にあるでしょう」
唯「うん…わかってたんだけどあずにゃん以外目に入んなくなっちゃって…」
梓「なにバカなこと言ってるんですか。はい、お水」
唯「あずにゃんのお水がいいなぁ…間接キッスになるし//」
梓「自分のコップにまだお水入ってるでしょう。バカ言ってないでほら、自分の飲んでください」
唯「あずにゃんちべたい……」
唯「ふぅ…」コトン
梓「…で、どうかしたんですか?」
唯「…う、うん」
お水を一気に飲み干した唯先輩は、落ち着きなく視線を左右にキョロキョロと動かしてばかりで、こちらを見ようとしない。
これじゃさっきと真逆じゃない。一体なんなの?
しびれを切らしたわたしは食器を手にとり、立ち上がった。
梓「洗い物さっさと済ませちゃいましょうよ。それからあとはお風呂にも入りたいですし…」
唯「そう!」
梓「!」
唯先輩の瞳がらんらんと光っている。また鼻息が荒い。ぶたさんに戻ってる。
唯「お風呂だよ!」
梓「はい?」
唯「いっしょにお風呂入ろうよ! あずにゃん!」ギラギラ
梓「おことわりします」
唯「えぇー……そんなぁ…」
唯「なんでぇ? どうしてダメなの? 合宿のときとか一緒に入ってたじゃん! ねぇあずにゃぁん…」ユサユサ
梓「それとこれとは別、っていうか…やめてください今食器持ってるんで危ないです揺らさないでください」
唯「クスン…ようやく勇気出して口にしたのに……」
梓「こんなこと言おうとしてたんですか…なにごとかと思いましたよ…」
唯「だってぇ…断られたらショックじゃん……」
梓「どっちみち断ったんですけどね」
唯「納得できません!」
梓「なんですか突然…」
唯「だってわたしたち付き合ってるでしょ?」
梓「まぁ…はい…いちおう」
唯「わたしはあずにゃんが好き。あずにゃんもわたしが好き。でしょ?」
梓「それは……はい、そうですけど…」
唯「それでもって今日ははじめてのおとまりだよね? ふたりっきりで朝まで一緒なんだよね?」
梓「……恥ずかしいからあんまり言わないでください」
唯「じゃあ一緒にお風呂に入ろうよっ」
梓「おことわりします」
唯「だからなんでそうなるのぉ…」
唯「朝まであずにゃんと片時も離れたくないのに…」
梓「べ、べつにいいでしょう…、朝まで一緒にいるんだからお風呂くらい別々でも…」
唯「そんなにイヤなんだね………」
梓「あの…イヤ、というかなんといいますか…イヤじゃないといえばイヤじゃないんですが」
唯「じゃあ入ろうよ!」
梓「だからダメですって」
唯「うぇーん!」
唯「ねぇ、理由を教えて? どうしてあずにゃんはわたしと一緒にお風呂に入ってくれないの?」チラ
梓「理由…って言われましても…(ああっ! でた! 上目遣い……!)」
唯「ねぇ! どうしてなのっ」
梓「ええっとぉ…(ううううう…かわいすぎます唯先輩!!)」
唯「……どしたのあずにゃん?」
梓「ハッ、いや大丈夫です!」
唯「?」
梓「あのその…とくにこれといった理由があるわけじゃないんですけど…とにかく恥ずかしくて…」
唯「えー、ちっとも恥ずかしくないよぅ。合宿のときは全然普通だったのに」
梓「あれは…あのときはみなさん一緒でしたし、ほら、そういうアレじゃないじゃないですか」
唯「そういうアレ? あずにゃん、アレってなに?」
梓「アレは…アレですよ」
唯「アレかぁ……で、なに?」
梓「なにって…ナニですよ。アレといればナニに決まってるでしょう」
唯「ふむふむ。アレってナニのことだったんだね」
梓「そうですよ。お風呂でアレをナニするから恥ずかしいです……ってナニ言わせるんですかっ!」
唯「あずにゃんが勝手にしゃべってただけじゃん…」
唯「まぁまぁ~、カタイことい・わ・ず・にっ♪ ほらほら、お着替え取りに行こ~よっ」
梓「えっ、ちょっと! わたしまだ一緒に入る、って言ってませんよ!」
唯「イヤではないんでしょ?」
梓「それは……」
唯「どっちにしてもわたしは自分の着替えとってこなきゃだからさ。せっかくだしあずにゃんにパジャマ選んでもらおうと思って」
梓「えぇー別にいいですよ。どうせまたあの変な文字の入ったクタクタのトレーナーでしょう? どれでも一緒ですよ」
唯「む。失礼な。そーだ、パジャマだけじゃなくて下着も選んでもらうからよろしくね」
梓「うぇ?! ゆゆゆゆいせんぱいっ! ナニ言ってるんですかっ!?!」
唯「ナニの話はもういいって」
梓「そそそ、そんなハレンチなことはできません!」
唯「そんなに気にすることかなぁ? だってお風呂一緒に入るんだからどーせ着替えてるとこだって見えるじゃん」
梓「そう言われると…いやいや、だから一緒に入る、って言ってませんってば」
唯「まぁまぁ~、とにかくお部屋いこっ、ね、あずにゃん♪」ギュ
梓「うっ、はい…(だから上目遣いは反則ですってば!)」ドキドキ
…お部屋!
唯「気分的にはこれかそれかあれか…」ゴソゴソ
唯先輩は、取り出したパンツをベッドの上へ等間隔に並べていく。
赤、白、黄色。綺麗だな。フリフリついてる、こっちはくまさん、ななな…こんな際どいのまでっ。意外と大胆…
わたしは極めて冷静を装い、その様子を眺めていた。
ティッシュを鼻に突っ込みながら。
唯「鼻血とまった?」
梓「いへ、まらみらいれす」
唯「首の後ろ、チョップしてあげようか?」
梓「いへ、けっこうれす」
これはただの布…ただの布…単なる布の切れ端…いろとりどりのセクシーな布切れ……
……………。
これ…全部一度は唯先輩が穿いたことあるパンツなんだよね…
唯「わっ、あずにゃん鼻血っもれてるもれてる! ティッシュ新しいのに変えなきゃ!」
唯「ふぅ…こんなところかな。じゃ、あずにゃん。この中から好きなもの選んで!」
唯「好きなもの、って言ってもあずにゃんが穿く用じゃなくてわたしが穿く用だからね!」
唯「で、でも…あずにゃんが穿きたい、って言うなら…貸してあげてもいいけどっ///」
唯「そしたらわたしがあずにゃんのパンツ…借りちゃおっかなぁ……」
唯「あわわわ~っ! あずにゃんまた鼻血でてるよぉ~~!!」
唯「だいじょうぶ? おさまった?」
梓「……すみません。たぶんもう大丈夫だと思います」
こんな風になっちゃうから、とてもじゃないけど一緒にお風呂なんて入れないです。
そっかぁ…お風呂が血の池じごくになっちゃうもんね。唯先輩はすこしさみしそうに冗談を言った。
唯「でもよかったー。お風呂断られちゃったし、あずにゃん、実はわたしのことあんまり好きじゃないのかと思っちゃった」
梓「そんなことないです! …そんな…そんなこと」
好きじゃない、なんて、そんなこと思われたくなくて、わたしは唯先輩の袖をきゅっと握った。
先輩はその手をやさしく掴んでわたしを引き寄せる。いつもの匂い、唯先輩の匂い。
唯「へんなこと言ってごめんね」
わたしはちいさく首を振る。
唯「わたしね、ときどき不安になったりするんだ。あずにゃんはわたしのこと、ほんとに好きなのかなーって」
梓「そんな…わたしだって」
唯「ごめんごめん。わかってるよ。でもね、どうしても不安になることはあるからさ。だからね。さっきはちょっとうれしかったんだー//」
梓「…え?」
唯「だってだよ? あずにゃん、わたしのパンツみてたっくさん鼻血出すくらいコーフンしちゃったんでしょ? あずにゃんはわたしのことそーゆー目で見てたんだなーって!」
梓「あ、いやあのそのあっと、うーんとそそそれは………」
唯「いいのいいの! すっごくうれしいよ? だってそれだけわたしのこと好き、ってことでしょ!」
唯「わ、わたしも…あずにゃんとそういうことしたい、って考えたり…す、するから……///」
梓「えっ///」
唯「と、ときどきだよ! ときどき! いっつもそんなこと考えてるわけじゃないからね!」
梓「わ、わかってますよ!」
唯「だから…今日は…そゆことできたらいいなぁーなんて思って…でもどうやったらそういう雰囲気になるのかちっともわかんなくて…それで…」
梓「お風呂…」
唯「うん…」コクリ
梓「すみません…わたしの(鼻血の)せいで…」
唯「ううん、いいよ。ぜんっぜんいいよ! だって(鼻血の)おかげであずにゃんの気持ちがわかったしそれに…」
唯「ゆっくり進んでいったらいいんだよね! まだ先は長いんだし!」
梓「せんぱい…」
見つめ合う。
唯先輩の瞳の中にわたしが写っているのが見えた。
きっとわたしの瞳の中にも唯先輩が写っている。
瞳が、だんだんと近づいていく。
瞼を閉じる。
呼吸。
鼻息は…荒くない。
でも胸がバクバクいってる。
わたしの二の腕を掴んだ唯先輩の手から伝わる体温。
震え。
あずにゃん。
わたしの名前を呼ぶ声。
吐息が頬にかかる。
香辛料の匂い。
これはさっき食べたカレー。
あ。
カレーの味。
甘口。
でもさっきよりずっと甘い。
はじめて知る味。
憂「ただいまー、あれ? おねえちゃん帰ってるのー?」
唯梓「「!!!?!???!?!??!?」」
トントントントン…
憂「おねえちゃーん?」
梓「ちょちょちょっ、あがってくるっ! あがってきますよっ! なんで憂がっ、今日は誰もいないって!!」
唯「わかんないよわたしにだってっ! たしかに純ちゃんちに泊まるって言ってたもん!」
梓「わわわわわわ…どーしようどーしましょう…」アタフタ
唯「と、とりあえずここに隠れてっ」
梓「わかりましたっ!」
こうしてわたしはクローゼットの暗闇に飛び込んだ。バタン。
コンコン
憂「おねえちゃん、いるー?」
唯「あ、うっうい?? かかかえってたんだー…おかえりっ!」
憂「うん。さっきからけっこうおっきな声で呼んでたんだけど」
唯「あれ? そうだった? ごめーん、気がつかなかったや」タハハ
憂「ふぅん……」
ガタン、クローゼットの内側から物音が響いた。
冷たい汗が背中を流れる。
思わず視線を向けてしまいそうになり、瞳を閉じる。
憂「どうしたのお姉ちゃん? 急に目を瞑ったりなんかして」
唯「なんでもないってば! 憂こそどうしたの? 今日は純ちゃんちにお泊まりだったはずじゃ…」
憂「うーんそれがね」
純ちゃんのお兄ちゃんが急に帰ってきちゃったんだって。
兄弟水入らずに水を差したくなくて、憂は帰ってきたんだって!
すばらしいね! 兄妹って! あはは!
唯「そ、そうだっ、ういっ、ごはん食べた?」
憂「えーっとまだだけど…」
唯「ならさっ、よかったらカレーの残りがあるから食べない??」
憂「うそっ? お姉ちゃんが自分でつくったの?」
唯「う、うん…まぁね、わたしもやればできる、っていうか。アハハ。ほら、はやくリビングいこっ、ほら、ね?」
憂「う、うん…どうしたの? そんなにあわてて」
唯「あわててなんていないよぉー。うん。ぜぇーんぜんあわてていません!」グイグイ
憂「ちょっと待っておねえちゃん、ごはんはいいんだけどちょっと気になることがあって」
唯「え」ドキ
憂「なんでベッドの上にパンツを並べてるの?」
唯「」
唯「いや……これは……その……ですね…………どれを穿こうかな…って悩んでいまして……」
憂「へー…」
唯「悩んでばかりいても埒があかないからさ、いっそのこと候補のパンツ全部出して並べてみよう! って思いまして……」
憂「…それで、決まったの?」
唯「それがまだ……」
憂「さっさと選んで片付けてね。出しっぱなしにしてちゃダメだよ。はい、早く決めて」
唯「ええっとぉ……(わわわ…いざとなると焦って決められないよぉ!)」アセアセ
憂「そんなに悩むこと? じゃあ久しぶりにわたしのパンツ穿く?」
クローゼット(!?)ガタ
唯「うい! しーだよ! しー!」
憂「しー? しーってなに?」
唯「え……いや、それは…」
憂「どうしたの? 照れることないでしょ? ふたりだけなんだし。それに昔はよく交換したじゃない」
唯「ま、まぁ…昔…昔の話だね! 子供のころっ、ちっさいころ! はるかとおいむかし!!」
憂「昔って言ってもわたしが高校入るまでだけど」
クローゼット(…………)ワナワナ
唯「それはその…そうなんだけど…今は…マズイ、っていうか…」チラチラ
憂「おねえちゃん? さっきからなに気にしてるの? クローゼットのほうばっかり見て」
クローゼット(!?)ビクッ
唯「なんでもないよ! クローゼットにはなんにもないよ!」
憂「なんにもないことはないでしょ」
唯「ないってばぁ!」
憂「あー、なにか隠しごと? いいよ、お父さんたちには黙っておくから」
唯「ないない! 本当に隠しごとなんてない!」
憂「……わたしにも言えないことなの?」
唯「……そ、それは」
憂「………」
唯「………」ゴクリ
憂「……おねえちゃん?」
唯「うい。わたしが憂に隠しごとなんて、できると思う?」
憂はかすかに首を振った。
その目はさみしそうに揺れている。胸の内に不安と不信が渦巻く中、きっとわたしのことを必死に信じようとしてくれてるんだと思う。
わたしはゆっくりと立ち上がり、憂のそばに寄ると軽く頭を撫でた。
やさしく身体を抱き、クローゼットからは見えない位置に引き寄せ、くちづける。
んっ、と憂の唇からわずかに吐息がもれる。
おねえちゃ…なにか言おうとした憂の唇を再び塞ぐ。
わたしたちは時間がたつのも忘れてお互いの唇をむさぼりあった。
クローゼット(………………………)
最終更新:2016年11月14日 20:57