最寄駅に着き、ムギちゃんの自転車に二人乗り。
ムギちゃんが力強くペダルを踏み、ぐんぐんスピードを上げる。自転車は夜の街を駆けて行く。
途中、ファミマに寄って冷凍ピザを買う。
冷凍たこ焼きとどっちにしようか迷って、ムギちゃんの意見を聞いて決めた。
豪勢なディナーのあとに、チープなものが食べたく心理って不思議。
またしてもピルクルは売り切れ。…まぁいいか。飲み物は諦める。
コンビニを出て隣のツタヤに入り、DVDを一本借りる。笑えそうなやつをセレクト。
ムギちゃんは案外お笑いに詳しい。りっちゃんと二人でルミネに行ったこともあるって。
そこから五分ほど歩いてマンションへ。
エレベーターは故障中で使えず、階段で七階まで上がる。
膝はガクガク、呼吸はぜーぜー、運動不足の身体にこたえる……ムギちゃんは息一つ乱さず、鼻歌を歌っている。ジムに通ってるのかな? わたしもちょっと考えよう。
ムギちゃんの部屋は703号室。カードをかざすと、うぃーん、と音を立てて解錠された。
へぇ、こういうとこは新しいもんなんだ。セキュリティは大事だもんね。感心する。
扉を開くとふわっと煙くささが鼻をかすめる。ああ…蚊取り線香の匂い。
室内はこだわりの畳敷き。もとはフローリングだったのをわざわざ畳を持ち込んだと言う徹底ぶり。
寝室にベッドはなく、畳の上に直に布団を置いて寝るタイプ。
リビング…というか居間も和風。
畳、こたつ、みかん、緑茶のそろった居間のある部屋に住むのが夢だったの~♪、と聞かされたのは初めてお邪魔したとき、あれは冬だった。
真夏の居間の真ん中を、裸になったコタツ机が陣取り、その中心にはざる盛りされたせんべいが乗っかって、カーテンレールの端には金魚の形をした風鈴がチリンと鳴り、窓際にはブタの蚊遣器がゆらゆらと蚊取り線香の煙をくゆらせるのだった。
お風呂上がり。ムギちゃん秘蔵の純米酒をちびちび飲みつつ借りてきたお笑いのDVDを観る。
お腹を抱えて笑うムギちゃんの瞳が赤い。泣くほど笑う人、ひさびさに見たなー。
そもそもわたし、最近泣いてないや。最後に泣いたの、いつだっけ?
感情が死んでる? いやいや。
DVDを観終える頃、一升瓶は空に。スマホで時間を確認するともういい時間。
…しまった。モバイルバッテリー買うの忘れてた…残念ながら、ムギちゃんのものとは型が合わず、充電不可能。残り15%。困ったな。まぁいいか。明日は帰るだけだし、なんとかなるかー。
隣り合って敷かれた布団に入り、二人並んで眠る。ふっかふかの羽毛布団。
昨日はソファで寝ちゃったから睡眠不足気味だったし、今日は一日中動き回ってたらふく食べて飲んで…疲れているはずなのに、なぜだかちっとも眠くならず。目がらんらん。
りっちゃん、もう寝ちゃったかな。
「唯ちゃん、起きてる?」
「うん、なんか目が冴えちゃって」
「そう…大丈夫?」
「大丈夫だよ、疲れてるけど大したことないし」
「そうじゃなくて、りっちゃんのこと気にならない?」
気になってないわけがない。
「……ムギちゃんはいつ聞いたの?」
「わたしもちょっと前よ」
「事前に相談とか……」
「ちょっとだけ」
されてたのか。
「わたしが言ったの。りっちゃんから唯ちゃんに、直接ちゃんと伝えなきゃダメ、って。
実は、今回唯ちゃんをこっちに呼んだのは、そのためなの」
余計なこと、してくれちゃったのね。
鏡台の片隅には五人が写った高校時代の写真と並んで、りっちゃんとのツーショット写真が飾ってある。
浴衣姿で身を寄せ合って笑顔でピースサインを作る二人。花火大会かな。割と最近の写真っぽい。
「ムギちゃんはどうなの」
「どう…って、なにが?」
「彼氏とか、いないの」
「いないよ、そんなの。唯ちゃんは?」
「今はいないよ」
「つくらないの?」
「うーん、どうだろ。ひとりはひとりで、気楽だしね。周りはじゃまくさいこと言ってくる人もいるけど」
世の中年男性のみなさん。
わたしに彼氏がいないと知って、目の色変えるのは勝手ですが、わたしにも選ぶ権利があります。
あとせめて自分の息がくさいことに気づいてください。芸能人じゃなくたって、歯は命。
世話焼きな中年女性のみなさん。
“わたしは本気であなたを心配しています”という態度で近づいて来るのはやめてください。
世間の常識や多数派の確信、自分にとっての善意が誰にとっても共通するものじゃないって知ってください。
善意の押し売りご勘弁。遠慮して断ってるんじゃなくて本心だから! ああ、もううるさい。あっちいって。
「ああ、わかる。ほっといてほしいよね」
「別にいーじゃんねー、彼氏なんていなくったって。わたしの人生なんだから」
「そうね。結局、自分の人生の責任は、自分でとる他ないものね」
自分の人生の責任、かぁ。
「…ね、ムギちゃん。りっちゃんの相手。どんな人か知ってる?」
「職場の同期らしいよ。でも詳しいことはあんまり」
「イケメン?」
「さぁ……会ったことないし、写真も見たことないから」
ムギちゃんは寝返りをうってわたしに背中を向けた。
「みんな結婚していっちゃうね。また集まるのが難しくなるね」
背中を向けたムギちゃんが呟く。
さみしい。正直、すっごくさみしい。昔はあんなにそばにいたのに。いつでもいっしょだったのに。
大人になれば、そんなものよりもっと大事なものができるわけ? 友達、ってそんなもの? ちがうよ、そうじゃないって思いたい。
子供じみたこと考えてごめん。
そりゃいつまでも学生時代や独身時代の関係性がそのまま続くわけないなんて知ってる。
生活の変化、それに伴う気持ちの変化。だんだんと人は変わっていく。
今の自分とその日常が一番大事なんて、当たり前。みんなそうだ、わたしだってそう。
変わっていくこと、過去になっていくことは、裏切りじゃない。悪いことじゃない。
昨日と同じ今日、今日とよく似た明日。それが続くと、なんとなく思っていて気付けばY字路。
目の前に看板。右行く?左行く? AorB?
いつまでもみんないっしょに進めない。さて、あなたはどちらを進みますか?
わたしはどっちに進めばいいんだろ。そもそも選択肢自体あったのか。
Y字路なんてあったっけ? 進学、就職。あるにはあった。
何を買う? 何を食べる? どこに行く? 誰と行く?
日常の中にある無数の小さな選択を繰り返してわたしは今、ここにいる。
選んだ記憶もなく、無意識に何かを選択し続けてきたことがたくさんあったんだろうな。
…わかんない。まぁいいか。
「売れ残っちゃったね、わたし達」
背中を向けたムギちゃんに、わたしは話しかけ続けた。
「ま、残りものには福があるっていうし!」
さみしさを紛らわすようにおどけた声を出す。
余計惨め。惨め? そんなことない、だってそれなりに毎日たのしく…本当? 本当にそう?
意地を張ると余計に…、もういいや、惨めで。はい、惨め。
いやだね、世の中って。
ほんと、めんどうなことばっかり。
「今までだってロクな男に出会わなかっただけだからね、まだまだこれから…」
わたしだって“ロクな女”じゃないかもしれませんが。
「そうね。出会いなんて突然なんだもん」
「おっ、もしやムギちゃんステキな出会いが?」
「あったよ」
「………そっか」
はじめて聞く話なのに、わたしはあまり驚かなかった。
「片想い…なんだ」
ゴロン、と身体の向きを戻したムギちゃんは、身をよじるようにしてわたしに近づき、ニッと笑う。
「その人と出会ったのはもうずっと前。
自分の気持ちに気がついたのはもうちょっとあとだったけど。わたし、思うの」
「なにを?」
「きっとその人のこと、一生好きだな、って」
「結婚、しないの? その人と」
ムギちゃんは黙って首を横に振る。
「えー…」
「あ、“don’t”じゃなくて“can’t”ね」
ムギちゃんは流暢な発音でそう言った。
「結婚はね、たぶんそのうちするよ。でも恋愛と結婚は別」
「じゃあちがう人と結婚する、ってこと?」
「親を心配させたくないしね」
選択肢は二択じゃない、ってことか。
右か左か、だけじゃない。上も下も前も後ろも。一歩進んで三歩下がる。探せば見つかる獣道。いっそ自分で切り開け。
道はたくさんある。人生の岐路なんだから、じっくり考えて…考えれば道は開ける。
いっときのアサハカな思いつきで選択を誤ればえらいこっちゃ。
じっくりしっかり、十年後、二十年後の将来設計を思い描いて、ジュージツした人生を送るためのベストな選択を……十年後?
十年前。わたし達はまだ学生だった。
単位獲得、サークル活動、アルバイト、就活……、うんぬんかんぬん格闘してたけれど、未来のことなんてどーにかなるでしょ、ってな具合に思ってた。
十年後のことは十年後の自分に任せるよ…それより今はこのキングボンビーをどうすればりっちゃんになすりつけるかに集中しよう…とにかく最下位脱出するよ!
…面接も試験もレポートもすっ飛ばして徹夜で桃鉄してたなぁ………我ながらアホな大学生だった。
おーい、どーするよ。今の自分。
この先どーする?
いよいよ来年30歳だよ。ぐわー、三十路。つまり十年後は40歳。………40歳!?
…背筋が凍りつく。
何も考えてなかった。
わたし、このままひとりでいたらどうなるの?
今ならまだ、間に合う。適当にそこそこな男と結婚する?
ムギちゃんみたく、恋愛と結婚をわけて考えるのもアリかもしんない。
それともバリバリ仕事に打ち込むキャリアウーマン?
…いや、わたしにそれができるのか?
もっとやるべきことがあるような気がする。
もっとやりたいことがあった気がする。
何を選んでも後悔しそうな気がする。
ああカミサマおねがい! 正しい選択を教えて!
わたしはずっと待っていたんだと思う。
ぼんやりだらだら歩いているわたしの手を、誰かが引っ張って言ってくれるのを。
こっちに進みなさい、って誰かが教えてくれるのを。
誰かがわたしの世界を変えてくれるのを。
そんな人、どこにもいやしないのにね。
「ムギちゃんはさ、十年後どうしたいか、考えたことある?」
「そうね。好きな人を好きでい続けられたら、それで十分かしら」
「えー、それって不毛じゃない?」
「そうねぇ。でもいいのよ」
「……で、諦めて親の言うなりになって、好きでもない人と結婚するわけ? それでいいの?」
無言で頷くムギちゃん。
「二十年後は? 三十年後は?
好きでもない人と結婚して、子供作って、一生を過ごすわけ?
ムギちゃん、本当はどうしたいの?
好きな人に告白した?
ちゃんと気持ちは伝えた?
その相手はムギちゃんのこと、どう思ってるの?
本当の気持ちを押し殺してこれからずっと、そのままでいいの? ……ねぇ」
わたしは自分の内側にある不安をなすりつけるように、吐き出した。
「わたしは平気」
「うそだ」
「うそじゃないわ。平気よ、平気」
「思い切ってさ。その好きな人に、ムギちゃんのほうから言い寄ってみたら? ムギちゃんならイケるよ~」
イケる、ってどこにだよ、なにがだよ。
「ムリよ。片想い、って言ったでしょ。
その人には、ずっと好きな人がいるの」
「奪っちゃえば?」
「ムリよ」
「どうして?」
「その人たち、両思いだから。…今のところ、なかなかうまくいってないみたいだけど…。
でも近くで見ていたらよくわかるの。お互い、相手を想ってるって」
「まだくっついてないならチャンスあるじゃん。諦めたらそこでおしまいだよ。望みを捨てなきゃいつか…」
「わたしはね、唯ちゃん。相手の人のことも好きなの。二人のことが大好きなの。想い合ってる人同士、ちゃんと結ばれてほしいと思ってるの。応援したいな、って」
「今は良くても、ゼッタイ後悔するよ」
「しないわ」
「するよ」
「しない」
「どうしてそんなことが言えるの? 今のムギちゃんの判断や行動が正しかったかどうかなんて、時間がたたなきゃわかんないよ」
「そうだね。先のことはわからないね。でもいいの。わたし、変わらないから」
「……イミわかんない」
「好きだから。その二人のこと」
「偽善者」
「ねぇ、唯ちゃん」
「……ん?」
「唯ちゃんに、わたしの何がわかるの?」
「……………」
「変わらないから」
ムギちゃんは断言した。
変わらない。
変わることを拒否して、“今この瞬間”の自分の感情を維持し続けしようとするムギちゃんは子供なのか。
それとも強い意志を持った大人なのか。
でもさ、結局今の決断を正しいかどうか、決めるのが未来の自分だってことは間違いないよ。
Y字路はいくつもあった。
目の前に現れた看板を見て、無意識に楽そうな方ばかり選んできた。
自分自身の、“今この瞬間”の感情すら考えてみようとはせずに。
判断を保留し続けたわたしの態度こそが、子供だったのかもしれない。
これでいいのか、わたしの人生。
じゃあ何を選ぶ?
わたしは何がしたい?
何を望んでた?
生ぬるい現状維持以外の何を?
思考を放棄し続けて来たせいで、やりたいことがわからない。わたしの望みは一体なんなの?
………
完全に沈黙した状態が長々と続く。
ムギちゃんはもう寝てしまったのだろうか。
わたしも寝てしまえば、朝が来れば、何事もなかったようにわたし達は笑顔に戻れる。
ゲームのリセットボタンを押すように。そうねがいたい。…それなのに眠れない。
くだらないことを言った。後悔しても遅い。
どうしてこんなバカげたこと…自分でもわからない。
もしかしてわたし、結構不安だった?
別にそんなんじゃない。わたしはただ…今までみたいにおもしろおかしく毎日を暮らしたいだけ。ずっとそうしていたいだけ。
わたしのおねがいなんて、その程度のささやかなものだよ。
それなのに、周りはそれを許してくれない。どんどんと流れに押し流されるように変わっていく。
わたし達はいつから大人になるのだろう。大人になっちゃったんだろう。
高校を出たら?
二十歳になったら?
就職したら?
結婚したら?
子供ができたら?
時計の針が0時を告げるように、
カレンダーをびりっと破るように、
除夜の鐘が鳴るように、
もっとわかりやすく教えてくれたらよかったのに。
はい! あなたは今日から大人です!!
って。
首を振っていた扇風機が止まった。おやすみタイマーが切れたんだ。
窓から吹く風が気持ちいいから、差し支えはなさそうだ。ちりんちりんと風鈴が揺れた。
「…ごめんなさい」
「どうしてムギちゃんが謝るの」
「言い過ぎたと思って…だって、唯ちゃん、わたしのことを思って言ってくれたのに」
ちがうよ。わたしは自分のことしか考えてないよ。
自分の不安を当てこすりたかっただけなの。だから悪いのはわたし。
「りっちゃんが好きなの」
鈴のように澄んだ声で、ムギちゃんは言った。
「りっちゃんがほかの人のことを好きだってわかっていても、好きなの」
ムギちゃんは、どうしてそんなふうに自分の気持ちがわかるんだろう。
まっすぐ自分の気持ちを言葉にできるんだろう。
「くるしく、ないの?」
「くるしいよ。でもきもちに嘘つくほうがもっとくるしいから」
「ずっとそのままでも? 永遠に振り向いてもらえなくても?」
「…くるしいよ。くるしくてくるしくてたまらないよ。
わたしがどんなに好きでも、りっちゃんはわたしを振り向いてくれない。
昔も今も、来年も、きっと十年経っても二十年経っても。
…それなのにわたしだけりっちゃんのこと思い続けたって…なんの意味もないんじゃないか、って、不安でいっぱい。
それに、りっちゃんが本当に好きな人と結ばれない限り、ひょっとしてわたしにもチャンスがあるんじゃないか、なんて考えちゃう。
りっちゃんのこと、大好きなのに、大好きな人がしあわせになってほしくないって思ってる。
わたし、最低よ。クズよ。
こんなことばっかり考えて、気が狂いそうよ。もう、いや」
スマホがちかちか光ってるのに気づいて手に取る。
りっちゃんからLINEだ。こんな時間に起きてるの? …間が悪いよ。こんなタイミングじゃ返事できないじゃん。…いつもいつも、りっちゃんにちゃんと返信できない。
「唯ちゃん、ごめん。いますぐ出てって。りっちゃんのところへ行って」
「……えっ?」
「…………あたまがおかしくなりそうなの。
このままだとなにもかもイヤになって、ぜんぶぜんぶ大キライになりそうなの…
でも、そんなのぜったいイヤ! 唯ちゃんのことも、りっちゃんのことも、自分自身のこともキライになんてなりたくない!」
叫んだムギちゃんが、布団を跳ね飛ばして勢いよく立ち上がった。呼吸が荒い。肩を震わせながら横たわるのわたしの前に仁王立ちして、布団をひっぺがした。
「…わけわかんないよ」
「…まだ間に合うから」
「ちゃんとわかるように言ってよ」
「りっちゃん、待ってるよ」
「イミわかんない」
「わかるわ。唯ちゃんはね、本当はわかってるのよ」
「…………ムギちゃん」
「りっちゃん、ずっと待ってるんだよ。唯ちゃんの返事」
「……返事」
「唯ちゃんだって、りっちゃんに確かめたいこと、あるんじゃない?」
わたしはゆっくり立ち上がると、仁王立ちしたままのムギちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「……わかった」
無言。ムギちゃんの肩は震え続けている。
「今日は案内してくれてありがとう。久しぶりに二人で遊べて、すっごく楽しかったよ」
「…唯ちゃん」
「なぁに、ムギちゃん」
「わたし、唯ちゃんのこと、だいすきよ」
耳元でムギちゃんがちいさく呟く。
わたしはその震える肩を強く抱きしめて、頭を撫でた。
わたしも、だいすきだよ。耳元でムギちゃんに伝える。
「もう行って。りっちゃん、待ってるから」
そう言ってわたしから離れると、顔を見せないように倒れ込み、頭から布団をかぶり、まんまるに身体を縮こまらせた。
暗がりのなか、手探りで着替えをすませ、枕元に置いておいたリュックを背負い、ムギちゃんの部屋を出た。
スマホを取り出す。電池残量はもう一桁だ。LINEを開いて文字を打つ出す。
わたしが返事すべきこと、りっちゃんに聞きたいことは……
“どうして”
…と四文字打ったところで手が止まり、文字を消す。
どうして
どうして
どうして
どうして
四文字が頭のなかをぐるぐると巡る。
どうして、この四文字の続きが打てないのか。
りっちゃん相手に、遠慮も気兼ねもなく、どんなことも包み隠さず付き合ってきたつもりなのに。
決意だって固めたのに。それなのに。
四文字に続く言葉が打てないのは、どうしてだろう。
やっぱり電話をかけようか、うまく文字にまとめられなくても、声に出せば伝えれるかもしれない。
でもこんな時間にこんなところで電話したら、ここに住んでる人たちに迷惑だ。
せめて下まで降りて外で電話しようか、と思ったら、あ……エレベーター壊れてるんだった。7階から歩いて降りるのか……ぐぇぇ…
第一、こんなに夜遅く、りっちゃんはまだ起きてるだろうか。もう寝てるかもしれない。
深夜に叩き起こすのはさすがに非常識。疲れて寝てるところを起こされて、いきなり意味不明な話をされて…不機嫌になったりっちゃんを想像する。
むむむ…伝わらるものも伝わらなさそう。
そうこうしてる間に残量がまた減った。
ああ…これじゃあ話してる途中で切れちゃうよ。
まぁいいか、しかたないよね、今夜はやめとこ。
また今度会ったときでいーじゃん。そのときに話せば。
次会うとき……あずにゃんの結婚式。結婚、あずにゃんの次は…りっちゃん。
そっか、りっちゃん、結婚しちゃうのか。
まぁいいか…………
いいわけ、ない!
最終更新:2016年11月28日 18:41