唯『りっちゃんの悩みはみんなの悩みだよ』

律『いや、そこまで思いつめてないから』

唯『ひとりで悩んじゃやだ!』

律『聞けよ人の話』

澪『今さらドラムが嫌だって言われてもな』

唯『なにか悩んでるんでしょ?』

梓「考えすぎですよ」

唯『あれなんでしょ?なんだっけ、ほら……スパイクみたいなやつ』

唯『ストライク、じゃなくて……』

梓「スランプですか?」

唯『それそれ』

澪『飽きっぽいだけだろ』

澪『昨日もギターやりたいとかキーボード弾いてみたいとか……』

唯『ベースは?』

澪『ベースだけはダメだぞ!』


澪『ベースは……私、ベース以外はやりたくないし……』

紬『ベースは澪ちゃんそのものって感じよね』

澪『低くて深い音色とか、目立たずにみんなを支えてる感じとか……
  みんなに合わせてベースのライン作るのも楽しいし、
  飛び出しすぎないように、でもみんなの音に埋もれないベーシストに……』

律『わかってるって』

澪『語りすぎた……』

律『澪からベースを取ったら何が残るって言うんだ』

澪『お前こそドラム以外なにができるって言うんだよ!?』

唯『私、演奏を始める前にりっちゃんがスティックで合図出してくれるの好きだよ』

唯『やっぱりドラムはりっちゃんしかいないよ』

唯『同じバンドやってても、見える風景も考えてることも違って、
  みんなにはそれぞれの場所があって、ぜんぶ違うけど』

律『演奏すると、ひとつになれるんだよな!』

唯『そう!』

澪『お前はちまちました楽器より、活きのいいドラムが合ってるんだから』

律『私、やっぱドラムが好きだ』

律『みんなの背中を見ながら、梓やみんなの音を聴きながら、
  思い切りドラムを叩くの、やっぱり大好きだ!』


大切にしているからこそ、
悩んだり、迷ったり、一周回って戻ってくる場所がある。

私にもいつか、見つかるのかな。
ただいまって言いたくなるような、大切な場所が。

新曲のイマジネーションが湧いたとはしゃぐムギ先輩。
さっそく歌詞を考える澪先輩と、それを眺める律先輩。

夕焼けみたいな笑顔に包まれて、ハチミツ色の午後が過ぎていく。




梓「唯先輩たち、またなんかやっちゃったんですか」

和『また?』

澪『むしろなにもやってなかったんだ』

紬『ちょっと進路のことでね』

梓「進路?」

唯『だって、先のことなんて想像できなくて……』

和『とりあえず難しく考えないで、自分がなりたいものは?』

和『昔は幼稚園の先生になりたいとか言ってたじゃない』

唯『お花屋さんとか?』

梓「植物の知識が必要ですよね」

律『バスガイドなんかは?』

和『唯、乗り物酔いがひどいから……』

律『ウェイトレスとかは』

澪『注文覚えられなさそう』

律『菓子職人とか』

紬『自分で食べちゃいそう』

唯『OLさんとか』

梓「そもそも時間が決まってる仕事は無理なんじゃ……」

唯『ひどい』


和『今は自分で思いつくものでいいんじゃない?』

唯『ミュージシャン』

澪『真面目にやれっ!』

唯『だってぇ……』

和『はぁ、こうしてニートができあがっていくのね……』

梓「言葉が重い……」

唯『もうニートでいいや……』

和『やめなさいって』


先輩たちはきっと、
放っておいても自分の進む道にたどり着くことが出来るんだろう。

何度つまづいても、ゆっくりなスピードでも、
うさぎとかめみたいに、進む歩幅が違っても。

少し遅刻することはあっても、
私みたいに立ち止まりはしないのだから。




唯『夏ヘス?』

紬『夏へそ?』

澪『夏フェス!』

律『いろんなバンドが大きな野外の会場で演奏するんだ』

澪『一度行ってみたいと思ってたんだ』

さわ子『仕方ないわね』

律『いたのかよ!』

さわ子『ちょうどこんなところにチケットが余ってるんだけど』

律『そんなに!?』

さわ子『一緒に来るはずだった友達にドタキャンされちゃってね』

澪『全員?』

さわ子『これだけは毎年一緒に行ってたのに……』

唯『さわちゃん嫌われてるの?』

さわ子『みんな大人になってしまったのよ』

律『みんな他に大切な人がいるんだろうな……』

さわ子『たぶん……』

梓「イベント行く前にテンション下げないでください」




澪『なんか、夢みたいだな』

唯『ほんとに一晩中やってるんだね』

律『今日見たバンド、みんなカッコ良かったな……』

紬『音の勢いっていうか、迫力が凄かった』

唯『でも、私たちの演奏のほうが凄いよね?』

梓「えっ」

唯『一体感っていうか、オーラが』

梓「オーラ」

唯『澪ちゃんもそんな感じのこと言ってたじゃん』

澪『そうだな、私たちも凄いバンドだよ!』

紬『プロにだって負けてないわ!』

律『おいおい』

澪『聴くほうじゃなくて、いつかは演奏するほうで夏フェスに参加しよう』

紬『しよう!』

律『……そうだな、いつかここで演奏できたら凄いよな』

唯『これからもずっと、みんなでバンドできたらいいね』

律『そうだな』

紬『うんっ』

澪『ずっと、ずっとな』


満天の星空に、花火が咲き始めた。
駆け出す先輩たちの笑顔が、花火より鮮やかに輝く。

こんなに綺麗な夜なのに、
胸の奥がしめつけられるように痛い。

わかってる。
夢みたいな時間は、永遠に続いたりしない。

私はもうすぐ一人になる。
またひとりぼっちになっちゃうんだ。




紬『やっぱり難しいのね、ギターって』

梓「根気はいるかもです」

紬『ギターって、どれだけ痛いのに耐えられるのかが重要なのね……』

梓「違います」

紬『私も小さいころからピアノ習ってたけど、やっぱり毎日練習したもの』

紬『続けないと指が動かなくなるからって』

梓「聞いてます?」

紬『そういえば、学園祭の曲どうする?』

澪『とりあえずムギが書いて来てくれた曲は入れるとして……』

梓「バラードとかもいいかなって思いますけど」

澪『いいかもな』

唯『そういえば私、あずにゃんに教えてもらいたい所があったんだよ』

唯『ムギちゃんからもらった曲、なんだか難しくて』

梓「ギターソロのとこですよね」

唯『楽譜の読み方が……』

梓「そこから!?」



律『そういや、歌詞ってできたのか?』

梓「新曲のですか?」

澪『書いたんだけど、部長がダメだって言うんだよ』

律『澪が動物ネタに走った時は不調なんだ……』

澪『またボツ?』

律『候補のひとつな』

梓「……こういう話してると、なんだか本当の軽音部みたいですよね」

澪『軽音部なんだけど……』

梓「今日という今日はちゃんと練習しましょうよ!
  学祭も近いのに、最近ぜんぜん合わせてないじゃないですか!」

唯『今日はずいぶん気合入ってるね』

唯『最近はもっとこう……』

梓「そんなことないですっ!このくらいが私らしいっていうか、
  むしろ今までがふぬけ過ぎてたっていうか……」

唯『あずにゃんらしく、かぁ』

唯『なかなか難しいこと考えるんだね』

梓「私は、私らしく……」

唯『私はあんまり考えたことなかったな……だって、あずにゃんはあずにゃんだもん』

唯『それでいいんじゃないかな?』

梓「………」


今のままじゃダメだって思ってる私。
理想と現実のギャップに戸惑ってる私。

その全てが私。

そのままでいいなんて言われてしまったら、ちょっと困ってしまう。
そんなに優しい言葉をかけられたら、私は強くなれない。




唯『夜の学校って、なんか変なテンションになってこない?』

律『なるなる!』

紬『さわ子先生にも声かける?』

澪『でも覗いちゃダメだって……』

唯『覗いたら月に帰っちゃったりして?』

律『それはかぐや姫だ』

紬『それじゃあ今からもう一曲作っちゃおう!』

唯『ドキドキ分度器!』

律『カバンのバカ~ン!』

澪『じゃあ アライグマが洗った恋 にしよう』

律『じゃあって何だよ』

梓「ああ、みんなおかしくなっていく……」

梓「もうこんな時間ですよ、さすがにそろそろ寝たほうが……」

さわ子『みんな、ライブの衣装できたわよ!』 ガラッ

梓「電気消しますよー」

さわ子『ちょっと、スルーしないでよ!』

梓「もう寝るんですってば」



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最終更新:2018年12月28日 22:37