唯「でもなんで芸能界引退しちゃったの?」
梓「ちょっとしたことがあって……」
唯「え、なに?聞いてもいいこと?」
梓「別にいいですけど、人生が変わるにしてほんとにちっぽけな出来事ですよ」
唯「なにがあったの?」
梓「見ちゃったんですよ」
唯「芸能界の闇を?」
梓「あはは、そんなんじゃないですよ。ただ両親が喧嘩してるのを見ちゃったんです」
唯「喧嘩?」
梓「はい、なんかわたしの今後の売り出し方みたいなことで言い争ってたんですけもそれ見てなんかやになっちゃって」
梓「わたしのことで二人が喧嘩するならもう子役なんかやめちゃおうって思ったんです」
唯「へーいい話だ」
梓「いい話なんかじゃないですよ」
梓「もしかしたらあのまま芸能界にいたほうが将来有名になってお金とかいっぱい稼げてふたりを楽にできたのかもしれないですし」
梓「結局のところわたしは自分のせいで親が争うっていうところ見るのが嫌だっただけで、一番簡単な方法でそこから逃げ出したってだけのことですよね、良くも悪くも」
唯「わたしはあずにゃんのそういうとこ好き」
梓「わたしはわたしの顔が好きですね!」
唯「やっぱあずにゃんって根は優しいんだね」
梓「わたくしきれいな花でございますから毒があるけど根はいい子です」
唯「あとはそういうところだよねー」
梓「えへへ」
唯「でもそれで人と関わるのが嫌になって本の世界にはまって文学少女になったと」
梓「いや、ちがいますよ」
梓「そのあとは男を殴るようになりました」
唯「え?」
梓「ほら、よく小学生時代にいるじゃないですか、なんか男勝りで、男の子を平気で殴ったりする女の子、あれです」
唯「ああ、いるかも」
梓「あれがわたしです」
唯「ああ、そういう元気な子に変わったんだ今度は」
梓「そうですよ、毎日、男殴るためだけに小学校に行ってました」
唯「え、そういうことなの?」
梓「生きがいでした」
唯「そ、それだけってこと?」
梓「ええ、もうそれだけですよ」
梓「まあときどきはキックも交えましたけど」
唯「それは知らないけど」
唯「でもそれってちがくない?あずにゃんの場合手段と目的が逆になってるよーな」
梓「いや、あの手の女子はみんな男を殴るために男殴ってるんですよ」
唯「絶対違うよ」
梓「なんでわかるんですか、あ!唯先輩も男殴ったことあるんですか!?」
唯「ないけど!」
梓「もったいないですね、男殴れるのなんて小学校のときくらいですよ」
唯「まぁ、たしかに……いや、殴りたくなんかないし!」
唯「ま、ま、いーや……で、今回は、その人生の転機にはなにがあったの?」
梓「一冊の本ですね」
唯「本?」
梓「ええ、当時の担任から本をもらったんです」
梓「お前は勉強もせず男ばっかり殴って、これを読んでみろ、人生が変わるぞと言われました」
唯「あ!それで中学では文学少女になったと」
梓「いや、そのあとはヤンキーになりました」
唯「なんでさ!」
梓「やっぱ、時期的に荒れちゃうんですねー、思春期だし」
唯「そうじゃなくて、本は!」
梓「本?」
唯「本もらって読んで人生変わったんでしょ? どんな本?」
梓「いや、正直内容はまったく覚えてませんね。ただ、分厚い本なんですよ、こんなもんですねたぶん、唯先輩じゃ一生かかっても読み切れないような。それを寝ころんでこうやって頭の上に掲げて読んでたんですよね。そしたら腕に筋肉がついちゃって、なんか強くなった気がしたから、いつもガンつけてきた近所のコギャルを思い切り睨み返したら喧嘩になってなんかいつの間にか相手ぼこぼこにしちゃって、数日後そいつが仲間を5人くらい引き連れて復讐にきたからそいつらを倒したら、やべえやつがいるって噂が広がりはじめて、なんかわかんないけど毎日いろんなやつが喧嘩ふっかけてくるようになって、あとは雪だるま式にですね」
唯「あー……本格なんだ……」
梓「どういうんだと思ってたんですか」
唯「なんか、えーと……学校帰りにマックに寄ってそのまま深夜までいるとか」
梓「え?」
唯「あと、学校に香水をつけてくる」
唯「あ、あと普段着なのに学校のジャージの下を履いてる」
唯「しかも裾のきゅっとしたところが切ってあるし……なんなんだろあれ」
唯「なんかゲーセンとかも好き」
唯「すぐ肩パンしようとか言う」
唯「頭が悪い」
梓「ビビリですか!」
唯「ビビリだよ!」
唯「行ったコンビニの前で何者かが座ってると逃げるもん」
梓「でも唯先輩よく怖い人にも物怖じせず話したりするじゃないですか」
梓「ほらあのライブハウスとか、軽音サークルのあの人とか」
唯「それはなんだかんで今安全圏にいるなっていうのがわかってるもん!線引きがあるの。安全を確認してる!みんなもいるしね……」
唯「わたし安全だとわかれば怖い人でも知らない人でもすごいぐいぐい話しかけられる!」
唯「でも野生は無理、何するかわかんないし」
梓「わたしは野生だったんですよ」
唯「えぇ……そうなんだ……」
梓「典型的ですね」
唯「うへえ」
梓「あれとか着てましたよ、こうなんか丈がすごい長いコートみたいな」
唯「あーなんか背中に漢字が書いてあるやつか」
梓「天下統一でした」
唯「戦国時代だよう……」
梓「あとこう開いたとこの内側にも書いてあるんですよね、わたしは夜露死苦でしたけど」
唯「あーテレビで見たことある」
梓「さて問題です。左側にはなんと書いてあったでしょう?」
唯「えーなに、なんだろ」
梓「ちっちっちっちっ」
唯「わかんない……ていうかわかりたくないっていうか」
梓「ちっちっちっ……はい、時間です」
唯「えーじゃあもう……喧嘩上等で!」
梓「はい、ぶっぶー。正解は毎日祝日でしたー」
唯「みんなの夢だ!」
唯「じゃああずにゃんほんとの不良だったんだね」
梓「そうですね、地元でも有名な札付きの悪です」
唯「それ一番怖いやつじゃん!わたしの一番嫌いなやつ!」
梓「鉄球の女とか言われて恐れられてましたよ」
唯「あ、それあれでしょ。なんか鉄の棒の先に鎖がついててその先に鉄球がついてるやつでしょ!それ振り回してたんだ!」
梓「それはよくわかんないですけど……」
唯「なんでさ!」
梓「あとグループみたいなのもやってましたよ」
唯「レディースとかいうやつ?」
梓「ああ、そうですそうです」
唯「それでみんなでマックの二階の窓側の席を占領してたんだ!」
梓「それはもうなんか逆にかわいいですよ」
唯「かわいくないよ!こっちは死活問題なのに!」
梓「マックの二階に行かなきゃよかったじゃないですか」
唯「Wi-Fiあったし……」
梓「そんなWi-Fiで毎日なにしてたんですか!」
唯「猫の動画見てた」
梓「ま、不良たちより唯先輩のほうがかわいいですよね」
唯「当然だよ」
梓「とにかくわたしはマックの二階でうるさくしたことはないですよ、そういうことはしない不良でした」
唯「じゃあ許す」
梓「ありがとうございます」
梓「あ、てかぁ、料理ぜんぜん来なくないすか?ちょー腹立つんですけどぉ」
唯「え、なに?急に」
梓「来んのやば遅いッスよねー、先輩」
唯「なんかヤンキーっぽい喋り方だけど……そういう感じはあるけど」
梓「まじむかつきですよ。むかつき」
唯「むかつきなんだ……」
梓「あの店員、ぶっとばしていいですか?」
唯「だめだめだめだめだよっ!別にあの店員ひとりのせいではないと思うしね!」
梓「いやいや、うちはぁ、いいんスけど」
梓「でも、うち、唯先輩のことディスるやつ、許せないんですよねぇー」
梓「先輩のこと、まじリスペクトしてるんで」
唯「わたしは別にいいから、ね?」
梓「まじ、ちょと、やっちゃいますか?」
唯「だめ、だめだよぉ」
梓「まじワンパンですから、ワンパン」
唯「そうなんだ、ワンパンなんだね」
梓「これ以上遅いと俺もう我慢できないッスよ。かちこんじゃいます、兄貴」
唯「それもうちがくない? ジャンルが」
梓「そうですね」
梓「あ、きましたよ」
唯「ほんとだ!」
梓「おいしそうですね!唯先輩の!」
梓「一口いいですか!」
唯「いいけど……」
梓「わーい!」
唯「でもさ、あずにゃんがそういう不良だったなんて、なんかちょっとショックだな」
梓「自殺しますか?」
唯「自殺はしない!しないけど!」
梓「ま、若い頃はやんちゃでしたから」
唯「あ、そういう感じうるさいなあ」
梓「やんちゃんでした」
唯「台湾人だね」
梓「少年院にも入りましたよ」
唯「うそ、何やったの?」
梓「器物破損ですね」
唯「え、何壊したの? 先生の車とか? お礼参りみたいな……」
梓「いや、そんなたいしたものじゃなくてカメラを壊しただけですよ」
唯「カメラ?」
梓「カメラって言うのは、ほら四角い箱みたいなボディに、レンズっていう…………」
唯「カメラは知ってるよ!」
梓「あ、そうですか……携帯世代だから知らないかなと思って」
唯「わたし一応あずにゃんより上の世代だよ!」
梓「ま、ほんとに一応ですけどね」
梓「形ばかり」
梓「建前的に」
梓「たった一年先に生まれたというだけにしては異常なほどの権力を与えられる日本特有の悪習ゆえに」
唯「やめて!わたしちゃんと先輩だもん!」
梓「でも先輩って年上らしいことなにひとつしてないですよね」
梓「あ、もういいや。先輩にっていうか唯に敬語使うのやめるね。ばかばかしいし」
唯「やだ!なんかやだ!」
梓「でも敬する言語と書いて敬語なわけだし尊敬しない人には敬語使えないじゃん?」
唯「じゃあ!じゃあ、今から尊敬できる先輩的なことするから!見ててね」
梓「なにするわけ?」
唯「お小遣いあげる、千円」
梓「尊敬してございますよ、先輩です!」
唯「うん、敬語の使い方おかしいけど」
梓「お金いいんですか?」
唯「最近っていうか、けっこう前からバイトしてるからね」
梓「風俗で働いてるんですか?」
唯「いや、風俗では働いてないけど……ていうかあずにゃんはわたしに風俗で働いて欲しいわけ!?」
梓「えー、いやあ、そんなことはないっていうか……うーん、そうなのかな?」
唯「あー、あれでしょ!わたしがそういうところで働きそーとか、思ってるんでしょー」
梓「それはまったく思ってないです」
唯「ほんとー?わたしこれでもけっこう真面目なんだよ!二十歳になるまでお酒飲まなかったくらいだし!」
梓「ああ、それで軽音サークルの飲み会とかでなんかいつもひとりぼっちなんですか」
唯「ひとりぼっちじゃなくない?ないよね?ないよ」
梓「でもなんか浮いてるなあって思っていました」
唯「思わないで!それにあずにゃんに言われたくないし!ていうかそうやって思ってるなら話しかけてくれてもよかったじゃん!」
梓「小さい頃からみんなの中心だった唯先輩が、大学に入って急にはしゃぎだしたようなタイプの人たちを見下して悦に浸ってるところを邪魔したら悪いなと思って……」
唯「そういう頭のいい人の目線でわたしを分析しないで!しかも的外れだしね、結局ね」
梓「そうかなぁ、唯先輩ってナチュラルに人を見下しそうだからなあ」
唯「見、下さ、ない!」
梓「たぶん、いままでずっと唯先輩と同じ高い地位に住まわせて頂かせたわたしも今日で見下されるゾーンに入っちゃったんだろうな、過去が過去だから」
唯「そんなことない!」
梓「あーあ一夜にして城を追われてしまった。スラム街で男殴って金を稼ぐ生活に逆戻りですよ」
唯「どんな仕事なのそれは」
梓「風俗ですよ」
唯「ああ、そういう」
梓「ていうか、そうじゃなくて、唯先輩が風俗で働いてくれたら、わたしの人生も変われるようなそんな気がするんですよ!」
唯「なんであずにゃんの人生が変わるのさ!変わるのはわたしの人生だよ!」
梓「まあ、よくわかんないですけど」
唯「じゃあさあ、もしも、もしもだよ?わたしが風俗で働いてたらどうする?」
梓「そうしたら……」
梓「そしたら決まってるじゃないですか」
唯「そしたら?」
梓「あ、この先輩ぜんぜんリスペクトできないなってなりますね」
唯「ほらー!なんだよ!」
梓「あと飲み会ではぶりますね」
唯「はぶられてないし!」
梓「あと見下します」
唯「見下してもないもん!」
梓「なんでちょっと泣いてるんですか」
唯「あずにゃんがいじめるから……」
梓「ふふふっ」
唯「なんで笑ったのさ」
梓「いや、ふふ、ほんとーに泣いてるんだなあと思って」
唯「うるさいなもー」
梓「それでなんでしたっけ?なんの話でしたっけ?」
唯「あずにゃんが、悪いから、悪いあずにゃんが少年院に行ったって……」
梓「あー、ごめんなさいごめんなさい。元気だしてください。大丈夫、冗談ですよ」
梓「そう少年院の話ですよね。カメラを壊したんですよ」
唯「あーかっこいーかっこいー」
梓「だって、聞いてくださいよ!そいつがですよ、そのカメラの持ち主がずっとわたしのこと撮って来るんですよ、ずっとですよ? 着いてきてカメラで撮ってそれって盗撮ですよね!」
梓「しかもなんと家の中にまで入ってくるんですよ、で、ほら、わたしそのとき、ああいう感じでしたから、もうまじでぶちぎれて、てめ、何撮ってんだよっ!ってカメラをこう、がぁん!ってやったらぶっこわれちゃったんですよねー」
唯「へーすごいすごい。すごいからぱちぱち賞をあげます。ぱちぱちぱちぱち」パチパチパチパチ
梓「それでですよ、それで、そしたら、それ!なんと!テレビの撮影だったんですよ!」
唯「ふーん……」
唯「武勇伝だねすごいなー」
唯「……ん?」
唯「あ」
唯「あーーーっ、それってもしかして!あの人はいまの取材!?」
梓「そうです!そうです!」
唯「それもうなんかすごくない!?なんかすごいっ!!」
梓「そうですよ!」
唯「ていうか、画が取れないって言ってたけど本当の意味で取れなかったんだね!」
梓「そうです」
唯「あずにゃんは、ばっかだねえー」
梓「そうです、わたしはばかですよ。それで少年院ですからね」
梓「それで、その少年院でまた人生変わるようなことがあったんですよ」
唯「あ、そういう話よくあるよね」
梓「そこの看守みたいな人が言ってくれた一言がきっかけなんですけど」
唯「おーなんて言われたの?」
梓「俺はお前のことを人間として見てない、って」
唯「あーそれは変わるかもね、人生」
梓「雌豚だって言われましたよ」
唯「戦争映画とかである感じだね」
梓「まあ、でも、それで人生また変わったんですよね」
唯「更生しておとなしくするようになったんだ?」
梓「いや、鬱で引きこもりになりましたね」
唯「落差だなあ」
最終更新:2019年03月29日 22:10