梓「うら若き乙女時代にあんなこと言われれば誰だって鬱のひとつやふたつもらいますよ」
唯「ま、そうかもしれないけどさ。その前が前だからなあ……」
梓「心が弱いからこそ外面を武装するんです」
唯「心が弱いならどうしたってそんなことはできないなあっていうのがわたしのなかには一応ある」
梓「とにかくその時期はずっと家の自分の部屋に引きこもってたんですよね、ご飯とか部屋で食べて、外に出るのはトイレくらいなもので」
唯「へえ」
梓「リストカットとかいっぱいしてましたね」
梓「ほら、よく見るとまだ傷がちょっと残ってるんですよ」
唯「わ、痛そ」
梓「あとその血を金魚にあげたりもしてましたね」
唯「え、なに、金魚?」
梓「うち実家で金魚飼ってるんですけど、金魚の水槽に血を垂らすと、血は玉みたいになってゆらゆら沈んでいくんですよね。そうすると、それに金魚がよってきてぱくぱく食べちゃうから、わぁー金魚がわたしの血食べてるー!って写メとか撮ってたんですよね」
唯「なんかちょっと楽しそうにしてるじゃん!」
梓「鬱の人はほんの少しだって楽しんじゃいけないっていうんですか!」バンッ
唯「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
唯「うん、ごめん、ごめんね!そうだよねそれが辛いなかでの数少ない救いだったんだもんね」
梓「ま、いまでも実家に帰るとそれはやりますけど」
唯「えぇ……」
梓「あ!今は手首を切ったりしませんよっ!代わりに唾はいてます」
唯「それもそれでやばいと思う」
梓「あとご飯が食べられなかったんです。せっかく食べても戻しちゃったりして」
唯「ああ、拒食症っていうやつかな?」
梓「それでもうね、痩せちゃったんですよ」
唯「そうなんだ」
梓「もう腕とかこんなですよ」
唯「え、それじゃあ今と同じくらいじゃない?」
梓「いや、だから、痩せて今になったんですよね」
唯「ということはあずにゃん前は太ってたの?」
梓「そうですよ、言ってなかったですっけ?」
唯「うん」
梓「もうぶくぶくですよ。たぶん、今のわたし2・5人分くらいじゃないですか?」
唯「そんなに!?」
梓「すごかったですもん。背も低いせいで豆タンクとか言われてましたもんね、小学生の頃とか。そのたびにむかついて殴り返しましたけど」
唯「ああ、ねえ。え?でも子役やってたんじゃないの?」
梓「そうですよ、デブの子役ですよ。そういうキャラクターで人気を博したというか」
唯「ああ、たしかに言われてみればそうだったかも!」
梓「まあだから今考えれば言いたくなる気持ちも分かりますね。人間じゃないって」
唯「あー!体型のことなんだ。心とかじゃなくて」
梓「あたりまえじゃないですか、少年院には人殺しとかいるんですよ。わたしなんかかわいいもんですよ」
唯「比べればそうかもしれないけど!」
梓「あ、顔のことじゃないですよ?」
唯「わかってるよぉ……」
梓「ま、でも反省してますよ。唯先輩がそう言って欲しそうな顔をしてるので言いますけど」
唯「それは言ってほしくなかったなあ」
唯「そういえば、考えるとそんな太った身体で、ヤンキーやってたんだ?」
梓「ま、でも、マンガとかの女不良三人衆みたいなのって、だいたいかわいいリーダーと目が細くて背の高いやつがいて、あとデブがいるじゃないですか」
唯「あずにゃんはかわいいリーダーの人かとてっきり思ってた」
梓「あー、ちがう、デブの人だったんですねー。かわいいけどデブの人でした」
唯「そっか!だから鉄球の女って言われてたんだね!こう、ボール、丸いから!」
梓「いや、それはパチンコですよ。当時いっぱいやってたので」
唯「なんだよー」
梓「まあそれが今くらいまで痩せるほど心を病んじゃったんですよ」
唯「人にはおすすめできないダイエット法だね」
梓「ですね。それくらい精神を病んでたから、とうとう自殺することにしちゃったんですね」
唯「ほんとに!?」
梓「はい、首吊りをしようと思って、縄跳びで。ドアノブでできるんですよ、あれくらいの高さがあれば十分なんです」
唯「なんか恐ろしい」
梓「で、もう完璧に準備をして家に親がいないときを見計らって死のうとしたそのとき!」
唯「なにかあったんだね!今生きてるわけだしね!」
梓「そのとき、ちょうどチャイムが鳴ったんですよ」
梓「親いなかったんでとりあえず出たんですよ。引きこもってるときのわたしだったらそんなこと出来なかったですけど、ほら、もうどうでもいいと思ってるから」
唯「うん」
梓「そしたら、それが運命の出会いだったんですね」
唯「また人生変わったんだ?」
梓「ええ、変わりましたよ。全知全能の神アラマブラのことを知ってわたしの人生は一変したのです。今までは道を踏み外し悪徳を重ね、終いには神がわたしに授けてくれたたったひとつのかけがえのない命を自ら捨ててしまおうとしていたのです。ええ、あの頃のわたしは知りませんでした。それが108の地獄のなかでも最も罪の重いものが堕ちる地獄、無間地獄へとつながる行為だと言うことを。だけどアラマブラとその信仰に出会い、わたしは変わりました。それ以来わたしは人生に対して向き合うことが出来るようになり再び学校に通うことが出来るようになりましたしお金もなんか増えたしもとからかわいいのがさらにすごいかわいくなっちゃったしで、もー幸せで、あー別に勧誘とかじゃないですけど、なんていうかこの幸せを唯先輩にもおすそわけしたいっていうか、ぜひ今日の夜みんなが集まるんで……」
唯「え、待って、待ってよ。出会いって、えーと、宗教との出会い?」
梓「そうですよ」
唯「それってさ、あれだよね、よくぴんぽーんで来る、なんかパンフとか持ってくる、ちょっと怪しい……」
梓「怪しくないですよっ!」
唯「ご、ごめん……」
梓「うち、まじでアラマブラ神のことリスペクトしてんで、あんま言うと、さすがの唯先輩でも、ゆるさないすよ」
唯「あずにゃんが一番ばかにしてるよーな……」
梓「あ?」
唯「いや、いや、冗談だよ、冗談」
梓「ディスってんすか?」
唯「ディスってないです」
梓「アラマブラ神、ディスってんですか?」
唯「いや、ディスっては、ないです」
梓「アラマブラ神のこと、ディスってますよね?」
唯「で、でぃすっては、ふふ、ない、ないです」
梓「まだディスってんすか?」
唯「もうディスってないです」
梓「じゃあ前はディスってたんですか?」
唯「ふふ……ないないディスってない、ふふふ」
梓「ほら、ディスってるじゃないですかー」
唯「あずにゃん途中から笑わそうとしたじゃん、絶対」
梓「まあ、いいですよ。信仰は自由ですからね」
唯「そうだよ、みんな信じたいものを信じればいいんだからね」
梓「あ、でも、せっかくなんでパンフだけでももらってくださいよ」
唯「えぇー」
梓「はい、これみんなあげますから」ドッサリ
唯「うわぁ……ま、まあ、わかったよ、もらっとく。でも信じるかどうかはわかんないけどね!」
梓「それはいいですよ。あ、ついでにこれもあげます、アラマブラ教典です。4部作ですよ、絵もあるし」
唯「あ、うん、ありがと」
梓「ちょっと待ってください、あと他にもあったんですけど」ゴソゴソ
唯「も、もういいかな……ありがと」
梓「もー、そんなこと言って欲しいくせに!もってけどろぼー!」
唯「うへえ」
梓「これはシャーペンですね。あと、下敷き。クリアファイルは種類いっぱいあるからみんなもらってください、これに関してはいくらあってもありすぎってことはないですからね。えーと、あと、CD出してるんでそれもあげます、三曲目わたしコーラス入ってるんで探してみてくださいね」
唯「へー手広くやってるんだねー」
梓「なんかお金はいっぱいあるらしいですね、信者はあんまりいないのに。あ!腕時計とかあったんだー、すっかり忘れてたなあ。え、じゃあ?あ、あったあった、これ、スマートフォンですよ、こういうのもあるんですねー」
唯「なんか高価そうなものなんだけど、ほんとにいいの?」
梓「いいですよいいです、どーせ汚い金で作ったものなんですから」
唯「あずにゃんが言っちゃうんだ」
梓「もうせっかくだからこれもあげちゃおうかなあ」
唯「それはなに?」
梓「マンションの鍵ですね、都内の一等地にあるんで、好きなときに勝手に住んでいいですよ」
唯「怖くて住めないよ!」
梓「あと、そうだ!アラマブラ君トレーナーもあげますよ」
唯「それ、ほんとの宗教上の理由で着てたんだ……まあなにはともあれペアルックだし、もらっとこかな?」
梓「あとあとあと、このスマートフォンの持ち運べる充電器もあげます」
唯「それはもう関係ないただのあずにゃんのやつじゃない?」
梓「あ、これもいいですよ」
唯「お金?」
梓「バックの底に落ちてた小銭と、あとなんかどうしてか知らないけどポケットに入ってた1000円札です」
唯「わたしがあげたやつじゃん!それ!」
梓「これはなんだったかな? まったくわかんないや。何だろ、これ? なんか怖いなぁ……」
梓「ま、いいか、あげます」
唯「えぇ……」
梓「あ!これ忘れてた!これ一番あげます!」
唯「なにこれ?」
梓「わたしが毎日つけてる秘密日記です」
唯「え、いいの……じゃ、もらっちゃうよー? よーしちょっと見ちゃおーかなぁ……あずにゃんが止めないと見ちゃうよー? あずにゃんの大事な恥ずかしい秘密がわたしにばれちゃうよ、好きな人とか……んー……えいやっ!……あれ?白紙? ここも白紙だ……」
梓「昨日はじめたばっかですからね」
唯「なんだよー!」
最終更新:2019年03月29日 22:11