#1.放課後の予兆


 ――『出会いは一瞬、繋がりは一生』

 昔、誰かがそんなことを言っていたような気がする。

 人と人の出会いは一瞬で始まり、そこから生まれた縁は一生続くのだと、その人は言っていたっけ。


 私が彼女達と過ごした時間は、数時間にも及ばない程僅かなものだったけど……。

 それでも、確かに私は彼女達と出会うことが出来た。

 その縁があったからこそ、この奇跡は起きたんだ。

 あの日、あの時、みんなに出会えていなかったら……きっと奇跡は起こらなかったよね―――。

【ライブハウス CiRCLE】

 その日、CiRCLEには5人の少女達が集まっていた。

 開催を来週に控えた大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』その最終打ち合わせである。

 今回のライブの企画立案であり、総責任者である月島まりなの元、代表バンドのメンバー5名が集まり、当日のスケジュールや手伝いの配置など、細かい部分の最終チェックが行われていた。



まりな「それじゃあ、お客さんの誘導はポピパのみんなと、受付はパスパレのみんなにお願いするよ、当日はよろしくねっ」

香澄・彩「はーい! まりなさん、任せてください!」

 まりなの声に2人は元気良く返す。彼女達と同じく、CiRCLEに集まった全員が来週のライブに向け、その期待を高めていた。


彩「いよいよこの日が来たんだね……みんなに負けないように、私も頑張るよっ」

香澄「今回のライブ……私達の他にも数多くのバンドも参加するって話ですから……すっごく楽しみですね!」

友希那「ええ……朝から夜まで続けられる程の、未だかつてない規模のライブね……私も楽しみになってきたわ」

蘭「はい……みんなの力で、最高のライブにしましょう」

こころ「そうね、来週が待ちきれないわっ♪」

 順調に打ち合わせは進み、CiRCLEの中はいつの間にか、和気藹々とした女子会にも似た空気で満たされていた。

 そんな彼女達の顔を安心の眼差しで見つめるまりなの元に、1本の電話がかかる。

まりな「……はい、あ、どうもー………うん、うん…………え?…… えええぇぇーーーっっっ!!!???」

一同「……?」

 突如としてまりなの絶叫がライブハウス中に響き渡り、辺りが水を打ったように静まり返る。


まりな「うん……そっか……うん、いやいやいや、でもそれはしょうがないよ……うん、こっちの事はなんとかするから、お大事にして……ね?」

 気落ちしながらも優しい声で電話の主に告げ、まりなは電話を切る。

 ……その顔は、期待と安心に満ちた先程とは一変し、戸惑いの色で溢れていた。

 そんなまりなの様子を心配し、香澄達が声をかける。


香澄「まりな……さん? どうかしたんですか?」

蘭「すっごい声してたけど……」

友希那「何か、トラブルでもあったのかしら?」

 不安気に問う香澄達に向け、俯きながらまりなは告げる。

まりな「実はね……ライブの当日にスペシャルゲストで呼んでたバンドのメンバーが怪我で入院して……それでその、ライブの参加をキャンセルしたいって話で……」

彩「え、えええーーー??」

香澄「だ、大丈夫なんですか? その人たち?」

まりな「幸い、大事にはならなかったそうだけど、ドラムの子が腕を骨折しちゃったらしいんだよね……」

蘭「よりによって、腕……ですか……」

まりな「うん……そのバンド、ドラムの子が凄く評判良くってさ……。ドラムがいないとバンドが成り立たないし、せっかくのライブが台無しになっちゃうって事でね……」

 申し訳なさそうに言うまりなの言葉に香澄達は息を呑み、困惑の表情を浮かべていた……。


まりな「事情が事情だし、私も無理に出てくれとはさすがに言えなくってね……」

友希那「そんな事があったのね……」

香澄「残念……だね、ライブ直前になったのに、怪我で参加できないなんて……」

 憂鬱さ露わにしながら香澄は呟く。その感情は次第に他のメンバーにも伝播して行き、ライブハウス内に先程とは真逆の空気が広がり始める。

 しかし……そんな陰鬱になりつつあった空気を、弦巻こころの一声が変えた。

こころ「みんな、落ち込む事なんてないわっ♪ ケガでライブに出られなくなってしまったのは確かに残念だけど、ケガなら治してまた参加したらいいのよ!」

香澄「こころん……」

彩「……うん、確かに、こころちゃんの言うとおりだね」

蘭「別に、もう二度と演奏ができなくなったってわけでもないんでしょ。その人達には気の毒だけど、今ここであたし達が落ち込むのは違うと思う……」

友希那「美竹さんの言う通りね、今私達がするべき事は、抜けたゲストの穴をどう埋めるのかを考える事だと思うわ」

 常に前だけを見つめるこころの声が、気落ちしかけていた香澄達の心を持ち直させていた。


まりな「こころちゃん、ありがとうね……」

こころ「どういたしまして♪ それよりも、これからどうするの?」

香澄「もう、ポスターもフライヤーも刷っちゃったんですよね?」

まりな「うん、予備も含めて大量に刷って告知もしちゃったから、今更ライブの内容を変更することは難しいね……」

 まりなが今回のライブの告知フライヤーを見ながら言う。

 そこには、各出演バンド名の他『○時より、スペシャルゲスト登場!』という、見る側の興味を強く引きつける一文が大きく書かれていた。

彩「う~ん……スペシャルゲスト登場って、バッチリ書かれてるね……」

まりな「そうなんだよ、だから……どうにかしてライブ当日までに他のバンドを見つけて、参加して貰えるようにしなくっちゃ……」

蘭「じゃあ、各バンドでセトリ変えて時間調整してみるって事もできないか……難しいね、来週までに参加してくれるバンドを探すってことでしょ?」

友希那「ええ、それも……『スペシャルゲスト』として、ね……」

香澄「うぅ……それって、すっごくハードル上がりそう……」

蘭「うん……小規模なライブならともかく、今回みたいな大型ライブだと特にね……」

 蘭の言う通り、これが通常のライブならさほど問題視する程の事ではなかっただろう。

 ……だが、招待された側は、“ガールズバンドパーティー”という、既に幾度もの成功実績があり、もはやガールズバンドのライブとしては一大イベントと言っても過言ではない程昇華されたライブに“スペシャルゲスト”として参加するのだ。

 であれば、無条件に観客は期待する。その名が伏せられていれば尚更だろう。

 「ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストって、どんなバンドが来るんだろう」「どんな盛り上がりを見せるのだろう」と、多くの観客がゲストに期待をする……。

 当然、出演するゲストはその期待を一身に背負い、観客の最大限満足の行く演奏をすることが義務付けられる。

 ……尋常ではない程のプレッシャーがゲストにかかる事は、既に明白であった。

友希那「半端な実力では却ってお客さんの期待を裏切ることになるわね……当然、その日来てくれた人達全員の期待に応えられるだけの実力が求められるわ」

蘭「このタイムテーブルを見ると、ゲストの演奏も比較的長めに設けられてますね……」

彩「これだと、MC入れて少なくとも5曲は歌う計算になるね……」

まりな「あははは……問題山積みだねー……」

 生半可な腕前では却って期待して来てくれた人達を失望させかねない……同様に、せっかくのゲストの演奏を短時間で終わらせてしまう事もまた、観客からすれば拍子抜けしてしまう事になるだろう。

 それは即ち、ライブ全体の失敗を意味する……出演者としても、また主催者としても、それだけは何としても避けたいことであった。


まりな「つまり、スペシャルゲストの条件は、こうなるって事だよね」

 今現在ここにいるバンドに匹敵するか、もしくはそれ以上の実力を持ち、MC込みで最低5曲もの演奏をこなし、かつ観客の期待とかかる重圧に十分応えられる“女性”で構成されたバンド。

 それが、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストとして参加する為の、最低条件だった。


まりな「みんなに聞きたいんけど、そんなバンドに心当たり……ある?」

香澄「あははは……、ど、どうかな~……一応、私もポピパのみんなに相談してみますね」

友希那「仮にいたとしても、来週までにライブができる状態に仕上げるのが大変ね……」

彩「セットリストもそうだし、当日の衣装の用意とか、練習の時間も組まなきゃいけないもんね……」

蘭「うん、正直……すごく難しいと思う……」

まりな「やっぱり、そうだよね……」

 …………。


 …………………。


 ……再び、彼女達の間に沈黙が漂い始める……それは先程以上に深刻な上、重く冷たい空気だった。

 これまで真面目にバンドで音楽活動をしている彼女達だからこそ、『そんな都合の良いバンド、そうそういる筈がない』と思ってしまう。

 そんな不穏な空気を察してか、またもこころの声が周囲の雰囲気を一変させた。


こころ「大丈夫よ♪ みんなで力を合わせれば、きっと何とかなるわ♪」

蘭「こころ、何か良い考えあるの?」

こころ「ん~~……そうね♪」

 目を瞑りながら腕を組み、頭を2~3回ほど揺らし、こころは考える仕草をする……そして、何かを閃いたのか、声を上げた。

こころ「そうだわ! ゲストにはミッシェルに来てもらいましょう! ミッシェルと私達でサーカスをやれば、きっとお客さん達も笑顔になるわよ♪」

蘭「それ、もう演奏とかゲストとか関係ないじゃん……」

彩「あはははははっ、……こころちゃんらしい提案だね」

友希那「なんだか、弦巻さんを見ていると、真剣に悩む気持ちも薄れていくわね……」

香澄「こころん~、私、サーカスなんてできないよ~~」

蘭「って香澄、まさかやる気なの……?」

 こころの破茶滅茶な提案に二度、場の空気が好転する。

 一気に雰囲気が和んだその時、まりなが真剣な面持ちで皆に告げた。


まりな「あはははっ、みんなありがとうね……うん、ゲストのことは私に任せてくれないかな? 必ず条件に合うバンドを連れてくるからさ」

 優しい笑顔を浮かべながら、まりなは続ける。


まりな「いざとなったら出演料たくさん積んで、プロの人に来て貰えるようにするよ、こういう時に何とかするのが私の役目だもん」

 具体的にどうするのかは分からない、確実な名案が浮かぶ訳でもない……。

 だがそれでも、眼前のトラブルに立ち向かい、打開策を見出すのが主催者の務めであり、大人として果たす義務でもある。

 実際今日に至るまで、彼女達は十分過ぎる程頑張ってくれていた。学生として忙しい時間の中で予定を作り、このライブの為に多くの時間を費やしてくれた。

 全てはライブ成功の為。だからこそ、今は彼女達の頑張りに報いるために、大人である私が頑張る時なんだと、まりなはそう思っていた。

まりな「だからみんなは心配しないで、目の前のライブのことに集中してて……ね?」

香澄「まりなさん……」

彩「……分かりました、まりなさん、よろしくお願いします」

友希那「私達にできることは確かに限られてるわ……それなら、今は私達が出来る事に向け、全力を費やすだけね」

蘭「でも、何かあったらいつでも言ってください、私達も全力でサポートしますから」

こころ「まりな、応援してるわね!」

まりな「うん、みんな、ありがとうね!」

 彼女達の期待に応えるべく、まりなは強く返す。

 そして話は纏まり、その日の打ち合わせは終了となった。


 ――その翌日。

まりな「さてと……みんなにもああ言ったんだし、頑張ろう!」

 早朝からまりなは各方面に電話をかけ続けていた。

 思いつく限りの知り合い、以前CiRCLEでライブを行った女性バンドを中心にガールズバンドパーティーへのゲスト参加の交渉を始めるが……突然、しかも大規模なライブのゲスト出演のオファーを受けるバンドなどそういるはずもなく、話を聞いた関係者のことごとくから出演を断られていた。

 電話による呼び込みの他にも、駅前で路上ライブを行っているバンドへの聞き込み、近隣のライブハウスやスタジオに直接出向いての交渉、SNSを駆使してライブ参加の依頼をしたりと、可能な限りの手を尽くす。

 ……しかし、それでも、ガールズバンドパーティーに出演してくれるバンドを見つけることは叶わなかった。

【CiRCLE 事務所】

まりな「だーーめだぁぁぁ……どこも引き受けてくれないよ~~……」

スタッフ「まりなさんお疲れ様です、出演依頼の話、難航してるみたいですね……」

まりな「お疲れ様……うーん……やっぱり、難しいよね……」

 疲労困憊の様相で事務所のデスクに突っ伏すまりなにスタッフが声をかける。

 数件のライブハウスに直接出向き、ゲスト出演を依頼するも断られ、そして何の収穫も得られぬまま、時は既に夕刻を迎えようとしていた。


スタッフ「やっぱり、いきなりゲストで来てくれって言われても難しいですよね……」

まりな「覚悟はしてたよ、私も同じこと言われたらやっぱり考えちゃうもん……」

 スタッフの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、今日の事を振り返る。

 今日だけで何件ものライブハウスに足を運び、口が渇くまで担当者に現状の説明を繰り返したが、それでもその苦労が報われる事はなかったのだ。

 半ば予想していた事だとは言え、今の状況を焦るまりなにとってこの事実は、肉体と精神の両面を疲弊させるには十分過ぎていた……。

まりな「あ~~~……どーしよう……」 

スタッフ「……また明日、考えてみましょう……あれ、そういえば今日じゃありませんでしたっけ? まりなさんの高校の同窓会……」

まりな「え? あ……そっか……今日だったんだ、すっかり忘れてた……」

 スタッフの声にまりなははっと顔を上げ、スマートフォンを取り出し、カレンダーを表示させる。

 そこには『〇〇時、同窓会』という予定が確かに書き加えられていた。


まりな「もうじき時間だし、準備しないとね……」

スタッフ「大丈夫ですか? 今日はもう帰って休まれたほうが……」

まりな「ううん、それはできないよ。仕事は仕事で大事だけど、これは前から約束してた事だもの」

スタッフ「すみません、それもそうですよね……」

 確かに現状を考えれば今は仕事が何より大事ではある……明日からのことを考えるなら、ここは少しでも多く休息を取っておくべきだろう。

 だが、数ヶ月以上前から決まっていた約束をここで破るわけには行かず、まりなは重い腰を上げる。


まりな「だからごめん、今日はもう上がるね……後のことはお願いできるかな」

スタッフ「はい、気をつけて行ってきて下さい、お疲れ様でした」

まりな「お疲れ様、また明日ね」


 軽く身支度を済ませ、スマートフォンを操作し、メールアプリを立ち上げる。

 開かれた画面には、『桜が丘高校同窓会のお知らせ』と言う、まりながかつて青春を謳歌した母校の、同窓会の招待状が表示されていた――。



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最終更新:2019年12月14日 17:47