#2-1.放課後の邂逅~田井中律~


 ――特に目的があるわけではなかった。その会社を希望した理由も、「アイドルをプロデュースしたい」とか、そんな小さな理由からだった。

 それから程なく、私は大学を卒業して、とある芸能事務所のマネジメント部に就職した。

 最初は大変だったけど、仕事をこなしてく内にだんだんと楽しさを覚えて来るようになった私は、それなりに充実した日々を過ごしていた。


 そして、『バンド経験者』という経歴を持つ私は、ある一組のアイドルユニットのマネージャーに抜擢された。


 それが、私と“彼女達”の出会いであり……全ての始まりだった――。

 ――そこは、とある芸能事務所の会議室。

 長机が等間隔で配置され、均等に並べられたパイプ椅子には口髭を生やした男性にメガネを掛けたスーツ姿の女性など、十数人に及ぶ人が相次いで座り込み、予め配布されていた書類に目を通していた。

 様々な人で長机が埋まり、それから程なくして社長の号令の元、定例会議が開かれる。

 その内容は、現在所属しているタレントの今後の活動内容や、テレビ出演の確認……関係各所への営業の成果等々。

 およそ十数点の項目について社長をはじめ、各部署の役職にマネージャー、担当などが一同に集い、次々と報告を済ませていく。

 会議に集まった人の中には、今や人気絶頂中のアイドルバンド、『Pastel*Palettes』のマネージャーである、田井中律の姿もあった――。


【アイドル事務所 会議室】

社長「では次に、パスパレの活動について報告を」

律「はい」

 社長に振られ、書類を手に律は現状報告を行う。

 愛用のカチューシャを頭に付け、凛々しく着こなされたスーツ姿の律に会議室中から注目が集まり、その視線を全身で受けつつ、律は報告を行う。


律「丸山については現在バラエティ番組の出演が5件、クイズ番組の収録が4件と……レコード会社で演出の打ち合わせが3件。白鷺は音楽番組の収録が6件と……氷川、若宮と共にラジオ番組へのゲスト出演が決まってます」

律「氷川は今月末にテレビ局で打ち合わせがあり、若宮は再来週にファッション誌の撮影と……大和は本日午後3時より、出版社にて打ち合わせがあります」

律「あと、パスパレ5人でやる飲料水のCM撮影も再来月より控えています。その他、空いた時間を使ってバンド活動の練習入れてます、報告は以上です」

 スケジュール帳と書類を見やりつつ、律は報告を済ませる。

社長「そうか……」

 律の報告を聞いた社長は両隣の重役に耳打ちし、若干不服そうな声で問いかける。


社長「う~ん……スケジュールを見たところ、バンドの練習時間、少し多すぎじゃないの? ちゃんと営業かけてる?」

律「……最近は色んな所でコンサートの出演依頼も増えてきてますし、彼女達には今まで以上にバンド活動にも力を入れてほしいと思ってまして」

律「あまり仕事を入れすぎてたら却って彼女達の負担になるんじゃないかと……そうでなくてもみんな学校もありますし」

社長「そこはホラ、田井中くんが上手く調整してやってよ、パスパレは今、ウチの事務所の看板アイドルなんだからさ」

社長「バンドの練習だ何だであまり遊ばせてないでさ、これからはガンガン営業かけてもっとメディア露出させないと、ね?」

律「はぁ……」

 正直、今現在でも十分過ぎる程に彼女達は仕事をこなしていると律は思っていた。

 昨今のアイドルブームの影響もあり、今や日本中で多くのアイドルが活動の場を広げている……それは律達の務める事務所も例外ではなく、そこには多くのアイドルとその研修生が所属しており、そして彼女達は日夜を問わず自身の活動に励み、今も夢を追い続けている。

 当然中には陽の目を浴びられず、未だにチャンスに恵まれていない子達も大勢いるのだ。

 そんな中、こうして関係各所からの出演依頼が多く来ていているのは、間違いなくパスパレの皆の頑張りの賜物である。……今の結果は確かに完璧とは言えないまでも、十分に評価してくれても良いだろうと律は思っていた。

 ……そうした彼女達の頑張りと苦労を知ってか知らずか、社長は更に彼女達に仕事をさせようとする……。そんな上層部の考えに律は、彼女達のマネージャーとして疑問を抱かずにはいられなかった。

律(結成当初に比べりゃ十分すぎるほど仕事のオファー来てんだろ……なのにまだ仕事増やす気かよ……)

社長「田井中くん、聞いてる?」

律「……はい、分かりました、私からも関係各所にもっと売り込んでくようにして行きます」 

社長「うん、よろしく頼むよ。じゃあ次は……」

律「…………」

 仕事があるのは有り難いことだが、かと言って仕事のしすぎではストレスが発散されず、いずれ爆発してしまう。

 厳しい芸能界で仕事をこなす社会人の先輩としてはもちろん、マネージャーとして常日頃から彼女達を見ている律だからこそ、その心身のケアには常に細心の注意を払い、彼女達のサポートを行っていた。

 そんな彼女達の心の癒やしとなる数少ない楽しみの一つが、パスパレ全員で集まって行うバンドの練習だったのだ。

 どんなに忙しい日が続いたとしても、5人全員でバンドの練習をしている彼女達の姿は、傍から見てもとても楽しそうにしているのがよく伝わってくる。

 ……これ以上仕事が増えれば、自然と彼女達の揃った練習時間は削られてしまう。

 ……それは確実に彼女達の消耗にも繋がる……律としても、それは到底気の進む話ではなかった。

―――
――

社長「ではこれで会議を終了とする、みんなよろしくね」

 そして、3時間ほどに及ぶ会議が終わり、次々と会議室から人が出ていく。

 その人混みに混じり、律は会議室を後にした。


【アイドル事務所】

律「あ~~~~~~……あんの社長……言いたい放題言いやがって……一体だーれが遊ばせてるってんだよ……」

 誰にも聞こえない程度の声量で苦言を漏らしながら事務所のデスクに項垂れ、今日の会議のことを思い返す。

 特別称賛されるような期待はしていなかったが、かといってああもダメ出しをされるとも思っていなかっただけに、その不平不満は強烈に律の脳内を埋め尽くしていた。

 そしてしばらく、日頃の鬱憤を呪詛のように呟き、軽い憂さ晴らしをする。

 数分後、少し気が収まった所でスマートフォンを操作し、今日のスケジュールを確認する……次の予定まで、残り僅かな時間となっていた。


律「愚痴っててもしょうがないし、みんなのところ行ってくるか……」

 重い腰を上げ、事務所を後にする。

今日は彼女達の通う学校が創立記念と試験休みで両校共に休日となっており、久々に5人全員が集まっている。

 途中のコンビニで差し入れにと人数分のジュースを買い込み、歩いて少しのスタジオへと律は足を急がせていた――。

【レッスンスタジオ】

 レッスンスタジオの一室には、コーチの指導の元、演技の練習に励む彼女達の姿があった。

 今後の活動を見越してだろう、いつドラマや映画の仕事が来ても対応できるようにと、役者経験のある千聖を中心とした演技指導のレッスンが今日から追加されていたのだ。


コーチ「ではもう一度! みなさん、さっきの感じでやってみて!」

全員「はいっっ!!」

律(おーおー、みんな頑張ってんじゃん)

 彼女達に気付かれぬよう、遠目から練習を眺めていたが、程なくして終了の時間が来たのか、コーチの号令の元、レッスンの終了が告げられる。

 スタジオから出ていくコーチに一礼し、律はスタジオへと入っていった。


律「やー、みんなぁやっとるかね~」

彩「あ、律さん! お疲れ様です!」

一同「お疲れ様です!」

 彩の声に合わせ、Pastel*Palettesの全員が律に向け、挨拶をする。

 厳しいレッスンの後でも元気に挨拶をこなす姿に感服しながら、律は笑顔で彼女達に返していた。

律「はい、差し入れ持ってきたよ、いつもお疲れ様」

彩「わぁ……ありがとうございます!」

千聖「わざわざすみません律さん……いただきます」

麻弥「律さんいただきます! 今日のレッスン、結構ハードでしたからね、ジブン……もう喉カラカラで……」

日菜「うんうん、今日のは特にキツかったよねぇ……あ、あたしコーラいただくね、律さんいただきま~す♪」

イヴ「リツさん、いつもありがとうございますっ!」

 各々が律に一礼し、ジュースを手に椅子に座り込む。

 相当に厳しいレッスンだったのだろう、彼女達の首にかけられたタオルには、かなりの量の汗が染み込んでいるのが伺える。

 にも関わらず彼女達は微塵も疲れた様子を感じさせず、むしろ活き活きとした顔をしていた。


律(みんな凄いな、あんなにキツそうなレッスンしてたってのに全然疲れた様子がない……やっぱ、5人全員で一緒にレッスンさせて正解だったかもな)

千聖「あ、あの律さん、今日は、事務所で会議だったんですよね?」

律「……ん? あ……うん、まぁねー……社長褒めてたよ、みんなよく頑張ってるって」

 あえてダメ出しされていた事は伏せ、律は言う。

彩「えへへへ……私もちょっとはアイドルらしくなれた……のかな?」

麻弥「ちょっとどころじゃなく、彩さんはもう立派なアイドルだとジブンは思いますよ?」

イヴ「私も、マヤさんと同じ気持ちです! 以心伝心ですっ!」

千聖「イヴちゃん……それはちょっと意味が違ってるんじゃないかしら……?」

日菜「あはははっ、でも、彩ちゃん浮かれるとすぐ失敗するから、あんま油断しないようにねしなきゃねー」

彩「ひ、日菜ちゃ~ん……!」

律「はははっ、まぁ、日菜ちゃんの言う通りかもなぁ~」

彩「もー、律さんまで勘弁してくださいよ~」

一同「――あははははっ!」

 和やかな時間は気付けばあっという間に過ぎていく。

 時刻は既に11時をまわり、そろそろお腹の空く時間になっていた。

千聖「それで律さん、今日の予定はどうしますか?」

律「んー、今日は3時から麻弥ちゃんと一緒に出版社で打ち合わせに行くつもりだけど……」

麻弥「はい、把握してます……しかし3時ですか、少し時間空いてますよね?」

律「そうなんだよ、今からお昼食べに行っても中途半端な時間になっちゃうだろうし、どうしよっかなって思ってた所でさ」

千聖「……だったら、お昼ご飯の後、麻弥ちゃんの時間が来るまでみんなで音合せしておかない?」

日菜「あっ、いいね、それ!」

千聖「パスパレも次のコンサートが近いし、ガールズバンドパーティーも来週に迫ってきているし……少しでもみんなが揃っている時に演奏しておきたいと思ってるんだけど、イヴちゃんと彩ちゃんはどうかしら?」

彩「うん、私もMCの練習してしておきたかったから、千聖ちゃんに賛成するよ」

イヴ「私も、今日は夕方からアルバイトなので、それまでで良ければご一緒しますっ♪」

 千聖達の話を聞きながら、律は唸る。


律「ん~、ガールズバンドパーティー……かぁ」

麻弥「律さん、やっぱり難しいですか? ジブン達のライブ……その……」

 歯切れ悪く、麻弥は問いかける。

 ガールズバンドパーティーは普段の仕事でやるライブとは違い、アイドルとしてのパスパレではなく、バンドとしてのパスパレの演奏が見れる数少ないライブでもある。

 律自身、前々からその話は聞いていたが、生憎とガールズバンドパーティーの当日は、芸能関係の打ち合わせで関西へ出張となっていたのだった。

律「そりゃー私だって行きたいのは山々なんだけど、その日は別件で仕事があるからな……」

麻弥「そう……ですよね、すみません」

律「別に、麻弥ちゃんが謝ることじゃないよ……行けないのは残念だけど、みんなならきっと上手くやれるって信じてるからさ」

麻弥「律さん……ありがとうございます」

律「いえいえ、んじゃ、着替えたらご飯食べてみんなで音合せしよっか、ライブに行けない分、今日は私も付き合うよ」

千聖「律さん、いいんですか?」

律「うん、私も3時まで予定ないし、せっかくだからみんなの演奏も見ておきたいと思ってたしさ」

彩「やった~! 律さんに練習見てもらえるなんて嬉しいなぁーっ」

千聖「ええ、折角の機会なんだし、良い練習にしましょうねっ」

 自分達の練習を律に見てもらえることを素直に喜ぶ彩達だった。


 ――それもその筈、バンド経験者である律のアドバイスは、今日のパスパレの成長に大きく貢献していた。

 MCの回し方のコツや“魅せる”演奏のポイントなど、律自身が過去にバンド活動をしていた時に身に付けたスキルやノウハウは今も律の中に生き続けており、バンド活動を控えた今でもそれは忘れられてはいなかった。

 事実、律のアドバイスを受けて成功したライブはこれまでにも数多くあり、その成功の一つ一つが更にパスパレを成長させている。

 パスパレの皆が律を慕っているのは単にマネージャーとしてだけではなく、一人のバンドマンとしての実力があればこそでもあった――。


律「よーし、それじゃ、はやいとこお昼食べに行こっか♪」

一同「はいっ!」

 律の号令に合わせ、5人は一際元気な返事をし、移動を開始する。

―――
――



【ファミレス】

彩「ここのパスタ、美味しいねーっ」

麻弥「そうですね……あっさり系で結構好きな味ですっ、あー、彩さん、このショコラ、期間限定みたいですよ?」

彩「わ~、すっごく美味しそう……あーでも、これ以上食べたらまた体重が……」

千聖「うふふふっ、彩ちゃん、残念だったわねー」

日菜「ん~~、このハンバーガーも美味しい~♪……あ、そうだ律さん、今度また、あのお店連れてってよ♪」

律「ん? あー、あそこか」

イヴ「ヒナさん、どんなお店なんですか?」

日菜「うん、前に律さんと一緒に行ったところなんだけど、桜が丘に美味しいパンの喫茶店があったんだぁ」

イヴ「桜が丘……ですか?」

千聖「確か、律さんの住んでる所も桜が丘だったわね?」

日菜「うん、お仕事の打ち合わせで寄ったときにそこで食べたんだけど、なんていうか……るるるんっ♪ って感じの味だったんだぁ」

千聖「一体、どんな味なのかしら……」

律「あはははっ、日菜ちゃんに食レポの仕事が来たら大変そうだなぁ」

麻弥「なんと言いますか、日菜さんの場合、出された全部の料理の味を擬音で表現しそうですね……」

日菜「ねーねー律さん、また連れてってー」

律「はははっ、うん、今度近くに寄ったら、今度は日菜ちゃんだけじゃなく、みんなにも紹介するよ」

彩「はい、楽しみにしてますっ」

麻弥「フヘヘ、日菜さんが絶賛するぐらいですから、興味ありますねっ」

 このように、穏やかな時間は過ぎていく。

 そして、昼食を終えた6人は店を後にし、麻弥の仕事の時間が来るまでの間、懸命にバンドの練習へと打ち込むのであった。

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最終更新:2019年12月14日 17:55