蘭「あ、ありがとうございます……」

モカ「ありがとうございまーす」

巴「すみません、いただきますっ!」

ひまり「かっこいい……あ、ありがとうございますっ」

 そして、彼女達にちゃんとした自己紹介もしていなかったことを思い出し、澪は名刺を手に、彼女達の方を向く。


澪「そういえばまだ自己紹介もしてなかったね、秋山澪です。桜が丘で、ファンシー雑貨の制作をやってます」

 二度自身の名刺を一人ひとりに手渡しつつ、自己紹介をしていた。

 澪の名刺を受け取り、ひまり達も澪に向け、自己紹介をする。


蘭「……美竹蘭です」

モカ「青葉モカでーす、みんなからはモカって呼ばれてまーす」

巴「宇田川巴です、秋山さん、よろしく」

ひまり「上原ひまりです! えっと……あ、秋山さん! よろしくお願いします!」

 生まれて始めて名刺を手渡されたことで緊張してしまったのか、若干表情が固くなる4人だった。

 そんな彼女達の様子を察し、緊張を解す為、澪は言葉を重ねる。

澪「あー……その、もし良かったらみんな、私のことは気軽に名前で呼んでくれてもいいよ? もう知り合いだしさ。私もみんなのこと、名前で呼んでもいいかな?」

 自身の周囲に漂うぎこちない空気を取り払うように、優しく言葉を発する澪。

 その気遣いに応えるように、ひまり達もまた、親しみを込めて澪に接するのだった。


巴「はい、もちろんです! 改めてよろしくお願いします、澪さん」

ひまり「澪さん、よろしくお願いします!」

蘭「そっか、澪さん、桜が丘から来てるんですね」

 蘭達の暮らす花咲川と、澪の暮らす桜が丘は、およそ電車で1時間程度の距離がある。

 そう遠い距離ではないが、理由もなく立ち寄れるほど近いというわけでもなかった。


モカ「桜が丘かぁ……」

蘭「モカ、知ってるの?」

モカ「うん、桜が丘にあるスタジオの近くにはね、それはそれは美味しいパンを焼いてくれる喫茶店があるって話なんだー」

モカ「だから、いつかは行ってみたいと思ってたんだぁ~、えへへへへ~」

 じゅるりと涎を垂らしながらモカは言う。

澪「あのお店、私もよく行くんだ。もし良かったら今度買ってくるよ」

モカ「わぁぁ……あ、ありがとうございますー」

ひまり「それに、桜が丘といえば高校の制服、すっごく可愛いって評判なんだよね」

澪「……そうなの?」

ひまり「はい、制服目当てで桜高を受験する子も結構多いんですよ」

澪(……あの制服、そんなに人気だったのか)

巴「それで今日は、仕事で桜が丘から来てくれたんですよね」

澪「うん、そうなんだ……あ、みんなさっきは本当にありがとう。おかげですごく助かったよ」

ひまり「えへへっ、よかったです」

巴「ああ、案内した甲斐があったな」

モカ「ふっふっふー、モカちゃんたちのお手柄~」

 澪と蘭達の間に和やかな雰囲気が流れてくる。

 それから数分後。トレイに注文した品を乗せ、店員の少女がテーブルにやってきた。


店員「お待たせしました、コーヒーと、サンドイッチのセットになります、あと、こちらがケーキセットになりますっ」

澪「ありがとうございます」

モカ「おー、きたきたー」

店員「それと、私もお邪魔していいですか?」

巴「つぐ、今から休憩?」

店員「うん、お母さんに言って休憩もらったんだ」

 そして、つぐと呼ばれた少女は澪に向き合い、自己紹介をする。

つぐみ「はじめまして、羽沢つぐみです。お姉さん、蘭ちゃん達とお知り合いだったんですね」

澪「はじめまして……もし良かったら、つぐみちゃんも好きなのどうぞ」

 メニューを手に、澪はつぐみに差し出す。


つぐみ「え、私もいいんですか?」

澪「うん、みんなにもご馳走したし、これも何かの縁ってことで、ね」

つぐみ「あ、ありがとうございますっ」

 澪の言葉をありがたく頂戴し、つぐみは厨房にいる母親にケーキの追加注文を済ませ、再び席に着く。


澪「今朝はみんなのおかげで助かったよ、本当にありがとうね」

モカ「お仕事、どうでしたー?」

澪「うん、バッチリ、上手く行ったと思うよ」

巴「それは良かったです、澪さんの仕事が上手く行って、アタシ達も案内した甲斐がありましたよ」

モカ「やっぱり、大人になってからやる仕事って、大変なのかなー?」

ひまり「う~ん、どうなんだろう……澪さんはお仕事、楽しいですか?」

 自分達より歳上の女性と話す機会がそう無いのか、次第にひまり達の興味は澪の仕事へと移っていく。

澪「仕事は……そうだなぁ……大変なこともあるけどやっぱり楽しいよ、好きで選んだ仕事だから、やりがいだってあるしさ」

蘭「やりがい……ですか」

澪「うん、自分達で何日も話し合って、苦労して作ったものがお店に並べられて、それをひまりちゃん達ぐらいの子が喜んで買ってくれるのを見た時は、この仕事やってて良かったって思う」

澪「こんな私でも、世の中の役に立ててるのかなって……そう思うんだ」

つぐみ「お母さんも言ってました、私のケーキをみんなが美味しそうに食べてくれることが、この仕事の一番の楽しみだって」

巴「アタシも、バイトしててお客さんにお礼言われた時、すっげー嬉しかったな」

澪「ああ、ごめんね、なんだか自分の話ばかりで……みんな、今日は学校お休みなの?」

ひまり「はい! 今日は、創立記念でみんなお休みなんですよ」

巴「澪さんを送ったあと、みんなで買い物して、ちょうどここでお茶してたところなんです」

モカ「それでこのあと、5人でバンドの練習もするんですよー」

澪「……バンド?」

 バンドという単語に、澪の眉が僅かに動く。

ひまり「私達、バンドを組んで音楽をやってるんです♪」

澪「……そう、なんだ」

つぐみ「はい! 実は来週、近くのライブハウスで大きなイベントがあるんですよ!」

 次第に、話題は彼女達のバンドの話へと移っていく。

 自分達が幼馴染同士で、Afterglowというバンドを結成し、来週、大きなライブを控えているということ。

 今日はその打ち合わせと、この後スタジオで練習を控えているということ。

 そんな彼女達の話を聞きながら、澪は昔を思い返していた。


澪(バンドか……懐かしいな)

 澪の脳裏に蘇る、昔の記憶。

 一人の幼馴染に誘われるがままにベースを買い、日夜練習に励んだこと。

 高校に入って間もなく、その幼馴染と共に軽音楽部を立ち上げ、メンバーを募集し、合宿に行ったり、学園祭でライブをしたこと。

 他にも新歓ライブ、遥か海を渡ったロンドンでの演奏、卒業ライブ……そして、毎日のように行われた、放課後のティータイム。

 お茶にケーキを囲って過ごした高校時代の情景が瞼の裏に浮かび、自然と口元が僅かに緩んでいく。

 隣のテーブルで広げられる光景にかつての自分の姿を重ね、澪は彼女達の話に静かに耳を傾けていた。

蘭「そういえばまりなさん、大丈夫かな……ゲスト、呼んできてくれるかな」

モカ「まー、なんとかなるんじゃないの?」

巴「スペシャルゲストか……一体どんな人が来るんだろうな」

ひまり「かっこいい人達だといいなぁ~」

つぐみ「楽しみだよね……今からワクワクしちゃうなぁ」

ひまり「あの、澪さんはバンドとか、興味ないですか?」

澪「ううん……実は私も高校の頃、幼馴染に誘われて……軽音部でバンドを組んでたことがあったんだ」

蘭「えっ……? そうだったんですか?」

巴「ち、ちなみに、パートは何やってたんですか?」

澪「ベースだよ、昔は結構弾いてたんだ」

ひまり「わぁ、わ、私と一緒だー! 嬉しいなーっ♪」

 眼前の女性がバンドを組んでいたこともさる事ながら、その女性が自分と同じ楽器を担当していたことに対し、ひまりは喜びを露わにする。

 それは他の4人も変わらず、澪がバンドを組んでいたことにある者は驚き、またある者は興味を惹かれていた。

澪「ふふっ、懐かしいなぁ……みんなの話を聞いてたら昔を思い出したよ」

ひまり「澪さん、綺麗だから演奏も凄くかっこいいんだろうなぁー」

澪「そんな……むしろ私なんて上がり症で、全然だったよ……」

 実際の評判はさておき、澪は話を続ける。


澪「でも、そんな私を受け入れてくれて、みんなで毎日部活やって……楽しかったな」

蘭「…………」

 懐かしむように澪は昔を振り返る……。

 そんな風に話す澪を見ながら、ふと、蘭の中にある疑問が浮かび上がる。

 その心に抱いた疑問を言葉に変え、蘭は澪に投げかけた。


蘭「あの……澪さん」

澪「……ん?」

蘭「その……澪さん、今はバンドやってないんですか?」

澪「うん……みんな生活や仕事が忙しくて、なかなか会う機会も取れなくなってね」

 少し寂しそうな眼をしながら、澪は続ける。

 そんな澪の顔を見つつ、僅かに蘭の表情が曇っていく。

蘭「そうなんだ……やっぱり大人になると、いつまでも変わらず……『いつも通り』って訳には行かないものなのかな」

つぐみ「蘭ちゃん……」

 いつまでも子供のままではいられない。時が来れば、嫌でも人は成長し、大人になっていく。

 そして、大人になれば今の自分と周囲の環境も自然と変わっていく……。それは、蘭が高校に入学した時に体験したことでもあった。

 いつの日か、自分達が学校を卒業し、大人になった時、やはり自分達の関係も変わってしまうのか……?

 環境が変わってしまう事への不安が、蘭の胸をちくりと刺す。

 だが、次に澪が言った言葉に、蘭はその考えを改める事になる。


澪「うーん、どうだろう」

澪「確かに会う機会は減ったけど、それで関係が消えたってわけじゃないからなぁ」

蘭「…………」

澪「そりゃあ、学生の時みたいに毎日会ってって事はなくなっちゃったけど……それでも、たまに会うと、みんな学生の時とそんなに変わってないんだ……特に私の幼馴染なんてまさにそうでさ」

澪「だから、大人になったからと言って、何もかも変わるってわけじゃないと思うよ」

蘭「…………」

澪「……それに、あいつらと私は、数年会わないだけで消えちゃうような、そんな寂しい仲じゃないって、少なくとも私は思ってる」

 そう、自信を込めて澪は言ってのける。

 その言葉には一切の迷いがなく、澪の仲間への確かな信頼と自信が込められていた。

 澪の話を聞き、蘭は優しく微笑み、一礼する。

蘭「うん……澪さん、ありがとうございます」

 たとえ卒業して離れたとしても、それで関係が消えてなくなるわけじゃない。

 その言葉が、蘭の中に芽生えかけた不安を優しく解いていた。


巴「もー、蘭、気にしすぎだって……大人になったからって、アタシ達が蘭の前から消えるわけないだろー?」

モカ「そうそう、大人になっても、モカちゃんはずーっと蘭と一緒だよ~」

ひまり「卒業して大人になっても、私達は私達……『いつも通り』の、みんなだよっ」

つぐみ「うふふっ……でも私、蘭ちゃんがそう思ってくれてて、すごく嬉しいよ」

蘭「みんな……うん……そう、だよね」

澪(いい子達だな……みんな)


 ――隣のテーブルに映る少女達の瞳は、眩しいほどに輝いているように澪には見えていた。

 彼女達が掲げた誓いは、彼女達が思う以上に儚く、難しい誓いでもある。

 でも、この子達ならきっと出来るだろう。

 私のように、時の流れに翻弄される事もなく、今ある瞳の輝きを守って行けるだろうと……澪は確信していた。

―――
――

 そして、澪がAfterglowの5人とお茶を交わすことしばらく。

 次の仕事の時間が来た事もあり、伝票を持ち、澪は席を立つ。


澪「それじゃ、みんな今日は本当にありがとう、バンド活動、がんばってね」

ひまり「あ……あの澪さん! もし良かったら、今度のライブ、澪さんも来てくれませんか?」

澪「私も、いいの?」

蘭「はい……澪さんにも、私達の歌、聴いて貰いたいと思います」

巴「アタシのドラム、結構評判いいんですよ」

モカ「ふっふっふー。あたしのギターテクを見たら、きっと澪さんもモカちゃんの虜に~」

つぐみ「みんな、頑張って練習したんですよ」

ひまり「なので、もし良かったら、澪さんにも聴いてもらいたいと思いますっ」

 言いながらひまりは一枚のフライヤーを澪に手渡す。

 そのフライヤーを受け取り、澪もまたひまりに言葉を返していた。


澪「……ありがとう、うん。なんとか時間作って行けるようにするよ」

ひまり「はい! よろしくお願いします!」

つぐみ「では、お会計お預かりします、ありがとうございました! ごちそうさまでした!」

一同「ごちそうさまでした!」

 皆がケーキをご馳走してくれたお礼を言い、澪を見送っていた。

 彼女達の礼に片手を上げ、澪は別れを告げる。


 ――その帰り道。

澪「いい子たちだったな……あの子達のライブ、律も誘って行ってみようかな……」

 やや傾きつつある陽光を浴びながら、澪は駅方面へと歩き出す。

 ほどなくして会社に戻り、報告を済ませ、残りの仕事に取り掛かる。

 そして、時刻は定時を迎え、街に西日が差し掛かる頃――。


澪「お疲れ様でした、お先に失礼します」

 一足先にタイムカードを切り、澪は会社を後にする。

 その道すがら、携帯を手に電話を掛ける……相手は、先程話に上がった幼馴染だった。


澪「……ああ、律か? 今日、忘れてないよな…………うん、私も今から向かうよ、それじゃ、また後でな」

澪「ふふっ……みんな、元気にしてるかな」

 足取り軽く、澪は夕暮れに染まる街を歩く。

 かつての仲間達の集う所へ向けて、その足は自然と速まりつつあった――。


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最終更新:2019年12月14日 18:04