#2-3.放課後の邂逅~琴吹紬~
――子供の頃から、両親には凄く感謝していた。
生まれた時から私をずっと守り、ずっと私の我がままを聞いてくれたから。
だから私には、父や母の期待を裏切ることはできなかった。
そして、子供をやめた時に私は誓った。両親のために、父の積み上げてきた物を守っていこうと決めた……。
立場、権威、家、財産……。
これまで幾度も私を支え、守って来てくれた大切な物にある、唯一の“枷”。
……私にも、来るのかな。
この枷を外し、誰の前でも、ありのままの自分でいられる、そんな時が。
私の中にある小さなわだかまりは、“彼女”に再会した時、ようやく解けようとしていた―――。
―――
――
―
……凄く、懐かしい場所に私はいた。
そこは、放課後の音楽室……私達が毎日のように過ごした部室。
眼の前には、懐かしい制服に身を包んだ仲間たちの姿が見える。(さま)
私の用意するお茶を楽しみにする二人と、そんな二人を呆れ顔で見ながら、それでも私のお茶を美味しそうに飲んでくれる同級生と、一人の後輩。
やがて、顧問の先生も合流し、私達の部活が始まる。(ぅさま)
みんなの笑い声が部室中に響き、暖かな時間が過ぎていく。(ょう様)
それは、私が3年間、毎日のように見てきた光景……。
その中で私は……。(じょう様)
(お嬢様)
もう……さっきから何だろう、この声は……。
もう少し、みんなの声を聴いていたいのに……誰の声だろう。
(お嬢様)
違うわ……ここでの私はお嬢様なんて固い呼び名じゃない……私は……。
(起きて下さい、お嬢様)
わたし……は…………。
声「起きて下さいお嬢様…………お姉ちゃん……起きて」
紬「っ……!」
突如、紬は弾けたように瞼を開く。
ぼやけた目線の先には、跪いて声をかけ続ける、蒼い瞳に金髪のスーツ姿の女性が映って見える。
その女性が、自分のよく知る秘書であり、また身の周りの世話をしてくれる使用人の
斉藤菫だと認識するのに、そう時間はかからなかった。
【琴吹邸】
声「お嬢様……お目覚めですか」
紬「菫……ちゃん」
菫「すみません、お休みのところを無理に起こしてしまって」
紬「いいえ、私の方こそごめんなさい、まさか眠ってしまうだなんて……」
おそらく、連日の仕事疲れが溜まっていたのだろう……少しの間、熟睡してしまっていたようだ。
準備の何もかもを使用人達に任せてしまっていたことを謝罪し、紬は菫に向き合う。
菫「いいえ、それが私達の務めですから、お嬢様はお気になさらないで下さい」
申し訳なさそうな表情の紬に向け、菫は優しく微笑みながら続ける。
菫「車の準備が整いました、時間も迫っています、そろそろ向かいましょう」
紬「ええ、そうね」
豪華な装飾の散りばめられた真紅のドレスを身に纏い、紬は玄関へと歩き出す。
使用人「行ってらっしゃいませ、紬お嬢様」
紬「ええ、留守をお願いね」
出迎えの使用人に一礼し、自宅の屋敷の玄関の先、開かれた高級車の助手席に乗り込む。
そして程なくし、運転席には菫が乗り込み、多くの使用人に見送られながら、車は発進する。
紬の古い友人の令嬢、弦巻こころの屋敷へ向かって――。
―――
――
―
――大学を卒業してすぐの事。
琴吹紬は、自身の父が経営する会社……琴吹グループに就職し、懸命に働いていた。
周囲から親の七光りだと思われたくない一心で紬は昼夜を問わず働き続け、着実に業績を上げ、己の実力で周囲を認めさせ……会社の役員へと登り詰めていった。
そんな過酷な生活と並行し、紬は淑女としても社交界で華々しい活躍を見せており、数ある資産家や富豪の間でも、紬の存在は一際有名になっていた。
今日は、数多ある資産家の一つ……琴吹家と古くから親交のある、弦巻家のホームパーティーに招待されたのだ。
こころより直々に招待を受けた紬は大喜びで出席の旨を伝え、使用人の斉藤菫を伴い、弦巻家の屋敷へと向かっていた。
【琴吹家専用車内】
菫「弦巻家へは約20分程で到着となります、お嬢様、お疲れのようですし、しばらくお休みになられては如何ですか?」
紬「ううん、菫ちゃんが運転してくれるんだもの、いつまでも寝てばかりいられないわ」
紬「……それに、今日は久々にこころちゃんに会えるんですもの、その後は高校時代のみんなにも会えるんだし、もう楽しみで楽しみでっ」
菫「ふふ、お嬢様、本当に楽しみにされていましたよね」
期待感溢れる笑顔を顔全体に浮かべながら、ハンドルを握る菫に紬は言う。
それはまるで遠足前の子供のようで、そんな紬の笑顔に釣られたのか、自然と菫の声も柔らかくなっていた。
しかし、一瞬和らいだその声も、次の言葉を発する頃には真面目なトーンに戻っていた。
菫「ですがお嬢様……浮かれるのもよろしいですが、今日は多くの資産家の方々もお見えになられます、その点、くれぐれもお忘れなきようお願い致します」
紬「はーい、分かってるわ」
どこか寂しげな返事をする紬に対し、菫は運転を止める事もせず、頭の中に詰め込んだ数百に及ぶ来賓のリストを読み上げていく。
菫「本日ご出席される来賓には、ドイツ外交官のダミアン氏にイギリスの不動産王アーサー氏……ロシア政財界のトップ、アレクサンドル氏もいらっしゃいます」
菫「……それと、中国財団の王氏は先日ご子息がご誕生なされたので、ご祝言をお忘れなくお願いします」
紬「ええ、分かったわ」
菫「いずれも琴吹グループとは古い付き合いであり、仕事の上でもビジネスパートナーとして重要な方々ですから……申し訳ありませんが、今回は仕事の一環として参加しているという事も覚えておいて下さい」
紬「ええ……仕方ないけど……一応理解はしてるつもりよ。ありがとうね、菫ちゃん」
社交界の集まり、そこには当然多くの資産家が来賓として招待される。
今や紬の存在は社交界や政財界でも注目されており、そこには当然、紬に一目会おうとする者や、今後の事を踏まえ、琴吹家との友好関係を築こうとする者もいる。
紬としても、旧友との一時を過ごそうという場で仕事や家の事を考えるのは不本意ではあった。が、それが琴吹家の家紋を背負って立つ、『琴吹紬』の立場なのだという事を理解していた。
紬「分かってはいるけど、あーあ、なんかやる気出ないなぁ」
紬がむくれる仕草をする、その評定にやれやれと観念し、菫はそっと一言、紬に囁いた。
菫「……私も頑張るから、少しだけ頑張ろう……ね? お姉ちゃん」
紬「……うんっ」
静かな車内に紬の笑顔が戻り、車は進む。
そして数分後、菫の運転する黒塗りの高級車は、弦巻家の屋敷へと到着していた――。
―――
――
―
【弦巻家 庭園】
紬「んんん……やっと着いたわねー」
軽く背伸びをし、紬は周囲を見る。
屋敷の外には既に多くの高級車と共に本日の来賓として招待された資産家の姿も見え、その姿の一つ一つが場の華やかさを一層引き立てていた。
菫「もう既に多くの方が見えられてますね」
紬「ええ、では、早速行きましょうか」
菫を従え、会場となる屋敷のホールへと向かう途中の事だった。
男性「Oh, Tsumugi!」
紬「……? あれは……」
突然、タキシード姿の白人男性が紬に英語で声をかけてきた。
彼が以前、父の付き添いでアメリカに行った際に知り合った男性だという事を思い出し、紬は頭の中を仕事モードに切り替え、応対する。
男性「I am glad to see you after a long time, how is your father doing?」
(久しぶりに会えて嬉しいよ、お父上はお元気ですか?)
本場さながらの流暢な英語だが、決して何を言っているのかが分からない紬ではない。
後ろに控えている菫が通訳に入ろうと男性の前に割って出たが、紬はそれを制止し、英語で返す。
紬「I am happy to see you after a long time, my father is fine」
(久しぶりにお会いできて嬉しいです、父は元気ですよ)
男性「Please tell me that it was good and please come to our company again in the future」
(それは良かった、ぜひまた今後、我が社に来てくださいとお伝え下さい)
紬「Yes, let me know, so let's see you again......」
(はい、お伝えしておきますわ、それではまた……)
男性「Yes see you again」
(ええ、またお会いしましょう)
紬に軽く一礼し、男性は庭園の端、多くの資産家の集まりの中へと入っていく。
男性の姿を見送り、紬は軽くため息をついていた。
紬「びっくりした……彼も招待されていたのね」
菫「そのようですね……先程はすみません、出過ぎた真似をしようとしてしまって」
紬「ううん、通訳を通すよりも、直接お話したほうが向こうも嬉しいと思ったからね」
菫「お嬢様……」
菫(こういうのは私に任せてくれればいいのに……)
紬のこうした人と向き合う姿勢が、昔から公私両面に置いて良い関係を築いているのだろうと菫は思う。
ただ、菫の中に紬への唯一の不満があるとするなれば、お嬢様のサポートにと必死で覚えた外国語を話す機会が、当の紬の前では、ほとんど発揮されない事ぐらいだった。
女性「Hallo Tsumugi」
弦巻家の使用人と挨拶を交わしながら屋敷へと向かうその途中、二度紬に話しかける声が聞こえてくる。
今度はやや年配と見られる女性が、ドイツ語で話をかけていた。
先程同様に思考を仕事に切り替え、紬はドイツ語で言葉を交わす。
紬「Na ja Es ist lange her, ich freue mich, Sie kennenzulernen!」
(まあ! お久しぶりです、お会いできて嬉しいです!)
女性「Gutes Deutsch wie immer, ich bin beeindruckt」
(相変わらず上手なドイツ語ね、感心しちゃうわぁ)
紬「Danke fur das Kompliment」
(お褒めいただき光栄です)
女性「ch lass ihn warten, lass uns wieder Tee trinken, also auf Wiedersehen」
(彼を待たせてるの、またお茶でもしましょう、それじゃあね)
紬「Wir sehen uns wieder」
(またお会いしましょう)
そう言い、手を振る女性に向け、紬もまた同じように手を振り、女性を見送る。
それから屋敷へ向かう道中、様々な国の様々な資産家が紬の元に集い、挨拶を続けていた。
それらに対し、紬はフランス語、中国語、ロシア語と、その人の国籍に合わせた言葉で挨拶を交わし、笑顔で言葉を交わす。
……それから、庭園を抜けて屋敷に辿り着くまでに、既に30分余りの時間が経過していた。
ようやく屋敷に辿り着き、紬はぼやく。
紬「まさか、お友達のお屋敷に着くまでの間に5ヶ国語も話す事になるとはね……」
菫「お嬢様……」
紬(はぁ……早くこころちゃんに会いたいわ……)
恐らく、今日は一日中こんな感じになるのだろうかと……考えれば考えるほど、気が重くなる。
……でも、こころに会う事ができれば、きっとこの憂鬱とした気持ちも晴れるだろう……と。そう信じ、広い屋敷を歩き続ける……。
紬と菫の2人は、ただひたすらに本日の主催の姿を探し求めていた。
―――
――
―
【弦巻家 パーティー会場】
所変わってパーティー会場の別フロア。
そこには、本日の主催である弦巻こころの友人……『ハロー、ハッピーワールド!』のメンバーが集っていた。
美咲「せっかくのテスト休みだから家でのんびりしてたのに……こころってば急にみんなを呼び出して……どうしたんだろ」
花音「おうちの前に大きな車が止まってて……私、びっくりしちゃったよ」
美咲「ウチもです、黒服さんに言われるがままに大きな高級車に乗り込んでたのを母に見られた時、『あんた、一体何やったの?』って心配されましたよ……まぁその誤解は黒服の人達が解いてくれたみたいでしたけど」
花音「大変……だったね、それにしても……ふえぇ……ここにいる人達みんな、すっごいお金持ちみたいだね……」
美咲「ええ、いかにもお金持ちのやるパーティーって感じですね……ほんと、つくづくこころって凄いんだなって思います」
自分達の周囲にいる来賓を見ながら、美咲と花音は口を揃える。
それは一般庶民である美咲や花音から見ても分かるほど、周りにいる来賓の一人ひとりが自分達とは違い、華やかな人生を歩んできているのだと言うことが伝わっていた。
薫「ああ……なんて美しい……これが、本場のパーティー……フフフ、今宵の私のダンスのお相手は、どこにいるんだろうね……」
はぐみ「みーくんみーくん! あっちに大きなケーキがあったよ! あとで食べに行こっ!」
美咲「この2人は相変わらずだし……」
花音「うふふっ、薫さんも、今日は大人っぽくてかっこいいね……」
美咲「まぁ、薫さんの場合、普段からあんな感じですからね……様になってると言うか、舞台慣れしてると言うか……」
花音「うんうん、美咲ちゃんのそのドレスだって、すごく綺麗で似合ってるよ?」
美咲「ありがとうございます、花音さんのそのワンピースも、よく似合ってて、可愛らしいと思いますよ」
薫「ふふふ、はぐみ……かわいいドレスだね、汚さないように気をつけるんだよ」
はぐみ「うん! 薫くんのお洋服も、すごくかっこいいと思うよ!」
黒服に言われるがままに屋敷に来た美咲達は、黒服の用意したパーティー衣装に着替えていた。
皆が皆、普段はまず目にかかれないようなパーティー衣装を着こなし、年相応の女の子らしい反応をしている。
そして、会場の様子が更なる賑わいを見せてきた時だった……。
美咲「しかし、こころってば、一体どこにいるんだろ……」
声「あっ! みんな、来てくれたのね♪」
美咲達の耳に飛び込む、一際明るい声。
振り向くとそこには、美咲達と同様に優雅なドレスを身に纏った、弦巻こころの姿があった。
こころ「ようこそ! 今日はホームパーティーを開いたのよ、みんな楽しんでってちょうだい♪」
はぐみ「こころん、今日ははぐみ達を呼んでくれてありがとうね!」
薫「ふふふっ、こころの素敵な招待に感謝するよ、ありがとう……こころ」
花音「ありがとうこころちゃん、こころちゃんも今日は一段とキレイだねっ」
美咲「それでこころ、一体今日はどうしたってのさ?」
こころ「今日は、ハロー、ハッピーワールド!の事を、私のお友達に紹介しようと思ったのよ♪」
花音「……お友達?」
美咲「まさか、それだけのためにこんな大きなパーティーを開いたっていうの……?」
こころ「そうよ、みんながハロハピの事を知ってくれたら、世界はもっと笑顔になると思うの♪ どう、ステキでしょ?」
美咲「……………ははは、もう、なんでもいいや」
こころのこういう突拍子もない所についていちいち突っ込むのも今更かと、乾いた笑顔でこころの発言を受け入れる美咲だった。
――それから、4人も次第にパーティー会場の高貴な雰囲気にも慣れていった時のこと。
はぐみ「うんうん、このお肉、すっごくおいしいっ!」
薫「ほら、はぐみ、口元にソースが付いてるよ」
はぐみ「本当だぁ、薫くん、ありがとっ」
美咲「しかし、本当にすごいなぁ……有名政治家に資産家……どこも有名人だらけですね」
花音「ねえ、美咲ちゃん、あそこ見て……」
美咲「あれって……えええ?? う、嘘でしょ?」
花音「あの2人、私、朝のテレビで見たよ……確か、すっごく仲の悪い事で有名な政治家だよね?」
美咲と花音が目を向けた先、そこには、連日のようにテレビを賑わせている有名な2人の政治家がいた。
一人は恰幅の良い初老の白人男性と、もう一人は威圧感のある軍服を身に纏ったアジア系の男性で、互いに啀み合うような表情で双方を睨んでいる。
その後ろに佇む部下と思われる男達も例外ではなく、2人の政治家の間には、見えない火花が散っているように感じられていた。
こころ「私、ちょっと2人とお話してくるわっ♪」
美咲「ちょっ……話してくるって……こころ、待ちなって!……ああもう、こころってば……」
超大物政治家2人を相手に怖気づく様子もなく、こころは2人の元へ向かっていく。その度胸……というよりも空気の読まなさ加減に、美咲の口からは呆れ声が出る。
そして何より、ここで下手に2人を刺激すれば、両国の関係が崩れてしまうのではないかと美咲が危惧した矢先の事だった。
2人の元にこころが駆け寄り、何やら話をしているのが伺える。
美咲「ちょっとこころ、あのバカ何やってんの……?」
花音「なんだか、2人の間に入ってお話してるしてるみたいだけど……」
美咲「ここからじゃ、何を言ってるのか聞こえないですね……」
こころ「~~~~? ~~~! ~~♪」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
こころ「~~~! ~~~♪ ~~~~☆」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
2人の間にこころは立ち、笑顔で話を続けている。
次第に強張っていた顔の2人は、その表情を緩め、互いが互いの顔を優しく見つめていた。
そして……。
白人男性「I was bad...... Would you like to get along well now?」
(私が悪かった……これからも仲良くしてはくれないだろうか?)
軍服男性「I was bad, let's go together and build a good country!」
(私こそ悪かった、共に2人で、良い国を築いて行こう!!)
2人の政治家は言葉を交わし、握手をする……かと思いきや、次に2人は、涙を流しながら熱く肩を抱き合っていた。
美咲「嘘でしょ……あの2人、泣きながら抱き合ってるよ!」
花音「ふえぇぇ……こ、こころちゃん、何を言ったんだろう」
こころ「ドナルドとジョン、ケンカでもしてたのかしら? 会った時からずっと笑顔じゃなかったのよ」
こころ「だから、私が2人を仲直りさせてあげたの♪ これでみんな笑顔になれたわよっ♪」
美咲「こころ、あんたって本当に……」
こころの行動は国際問題どころか、一触即発状態にあった国を和平へと導くことになった。
これをきっかけに後日、犬猿状態にあった両国間に友好条約が締結される事になるのだが、それはまた別の話である――。
―――
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最終更新:2019年12月14日 18:11