#2-4.放課後の邂逅~中野梓~



 ――いつからだろう、自分の音楽が分からなくなってしまったのは。

 ――いつからだろう、私の音に、迷いが籠もるようになってしまったのは。

 ――いつからだろう、自分の音が、かつての熱を失ってしまったと感じたのは。

 そんな風に停滞を感じていた時だった、父と母が、私に一つの話を持ちかけて来たのは。


 「――ある人を近々ゲストに招きたい。彼と会い、話を通しておいてくれないか」


 父と母はそう言い、私に彼を紹介してくれた。

 それが、私と“彼女達”を繋ぐ、一つの……大きなきっかけだった――。

―――
――

 その日、Roseliaの5人は、ライブ前の練習の為、とあるスタジオにて音合わせを行っていた。

 普段は馴染みのあるCiRCLEを使っているRoseliaだが、生憎とその日は既に予約で埋まっており、また近隣のスタジオも同様に埋まっていた為、5人は朝から花咲川から離れた場所……桜が丘にあるスタジオで練習に勤しんでいた。

 その日の練習は順調に進み、充実した時間は瞬く間に経過していく。

 昼を過ぎ、5人がスタジオを出てからの事……。


【桜が丘市内】

友希那「さっきのスタジオ……なかなか良かったわね」

紗夜「そうですね、設備も整っていましたし、料金も手頃だったので、次も利用したいと思います」

あこ「まさに、隠れた名店って感じでしたよねっ」

リサ「花咲川からはちょっと遠かったけど、また来たいよね」

燐子「はい……そう……ですね」

 などと言った会話をしながら道を歩く5人。

 それぞれが今日の練習の出来具合に満足だったのか、その表情は明るく見えていた。

あこ「う~~ん……たくさん練習したから、あこお腹へっちゃったぁ~」

紗夜「そうですね……湊さん、どうでしょうか? まだ時間もありますし、ミーティングも兼ねてこの辺りで食事にしませんか?」

友希那「そうね……じゃあ、お店を探しましょうか」

リサ「賛成ー♪ じゃあさ、せっかくだしここ行ってみない?」

 リサが器用にスマートフォンを操作する。……しばらくして表示された画面には、とある喫茶店の名前が表示されていた。


友希那「リサ……ここは?」

リサ「うん、前にモカがね、桜が丘のスタジオの近くに、おいしいパンを焼いてくれる喫茶店があるって言ってたのを思い出したんだ」

紗夜「そういえば……前に日菜も似たような事を言ってましたね、最近できたマネージャーさんの紹介で、桜が丘の喫茶店に行ったことがあって、そこのパンが凄く美味しかったと……それ、このお店のことだったんですね」

あこ「へぇ~、あの友希那さんっ。せっかくだしそのお店、今から行きませんか?」

友希那「そうね……この街のことはよく知らないのだし、宛があるのなら行ってみましょうか」

燐子「はい……楽しみ……ですねっ」

 そして、5人は目当ての店に向け、歩き出す。

 その日、その店で一つの出逢いが待っている事を知らず、友希那達の足は進んでいた――。

【桜が丘 喫茶店前】

紗夜「あのお店じゃないですか?」

リサ「うん、そうだね」

 歩くこと数分、紗夜の指差す先に、目当ての店と思われる喫茶店はあった。

 どことなく高級感のある店構えで、遠目に見ても店内の賑わいが見て取れる。

 通りに面したテラス席にもまた多くの客の姿があり、なかなか繁盛している様子が伺えていた。


燐子「綺麗なお店……ですね」

あこ「うんっ! 早く行きましょうっ」

リサ「ん……あれは?」

 何かに気付いたのか、唐突にリサが歩みを止める。


友希那「リサ、どうかしたの?」

リサ「ねえ、あの男の人……もしかして、友希那のお父さんじゃない?」

友希那「えっ……?」

 リサが指差す先、そこには、テラス席に座る友希那の父親の姿があった。

 その対面には……友希那達の方向からでは顔は見えないが、恐らくは自分達よりも年上なのだろう、髪を腰まで降ろした、長髪にスーツ姿の女性らしき人の姿も見える。

 友希那の父が時折、笑顔を見せて話をしている様子が伺えた事もあり、その女性と友希那の父が、親しい間柄であろうことが傍からも見て取れた。


友希那「お父……さん? どうしてここに……?」

紗夜「お知り合い……でしょうか、随分と楽しそうにお話をしてるように見えますが」

あこ「ん~~……なんか……怪しい感じがしますねぇ」

リサ「ちょっと、あこ! あんた何言ってんの!」

あこ「わっ……ち、違うんです友希那さん! あのその、決して変な意味じゃなくて……っ!」

友希那「…………っ」

リサ「あっ! ちょっと友希那! 待ちなよ!」

 あこの不用意な失言を叱責するリサだったが、そんなリサには目もくれず、友希那はテラスにいる父の元へと歩み寄る。

 そんな友希那の後を追うようにして、4人も歩くスピードを速めていった――。

【喫茶店 テラス席】

友希那父「そうですか……あのお二人が……」

女性「ええ……父も母も、湊さんの事をよく話してくれまして……」

友希那「あの……少しよろしいですか?」

女性「えっ……は、はい?」

 和やかに談笑する二人の間に突如として割って入る声。

 女性が顔を見上げると、そこには怒気を孕んだ表情で女性を見下ろす友希那の姿があった。

 そんな友希那の姿に友希那の父も驚きを隠さず、言葉を詰まらせる。

 無論、急に知らない人から怒りの形相を向けられた女性もまた、思考が一瞬止まっていた。


友希那父「……友希那? どうしてここに?」

友希那「あの、父に何かご用ですか?」

女性「えっ……? あ、その……」

友希那父「ゆ、友希那……ちょっと落ち着きなさい」

友希那「お父さんは黙ってて……あなたは一体……父とはどういったご関係なんですか?」

友希那父「おい……友希那……」

女性「父って…………ああ……そういう事……」

 友希那の言葉に、女性が何かを納得する。

 その直後、友希那に遅れてリサ達もテラス席に集まってくる。

リサ「もーー、ちょっと友希那ってば、速いって!」

紗夜「湊さん、周りに人もいる事ですし、少し落ち着きましょう」

あこ「そ、そうですよ友希那さんっ! と、とりあえず座りましょっ! ねっ!」

燐子「ここで騒いでると……その……店員さんも……来てしまうんじゃ……」

 紗夜達の言う通り、急にテラスに集まった人影に、周囲からは何事かと注目が向けられる。

 だが、そんな様子も意に介さず、尚も友希那は女性に詰め寄っていた。


友希那父「今井さん……これは一体……?」

リサ「あぁどうも、おじ様こんにちは……あ~~……まぁ、詳しいことは後でお話します」

友希那「答えて、あなたは一体……」

女性「……わ、分かりました、分かりましたから、落ち着いて下さいっ」

 下手なことを言うよりも、自分の身分を明かしたほうが手っ取り早いと思い、女性は懐から名刺を取り出し、友希那に差し出した。


女性「はじめまして、中野梓といいます……湊さんとは、父と母の紹介で、仕事の話のためにお時間を頂いてたんです」

友希那「……? どういう……事?」

 女性の告白に友希那は目を丸くする。そして、梓と名乗った女性に補足するように、父の言葉が被せられる。

友希那父「彼女の両親は、私が音楽をやってた頃の恩人なんだよ……まったく、一体何を勘違いしているんだ……友希那」

友希那「なっ……!!」

 父から発せられる、意外過ぎる言葉。

 決して嘘を言っているようには見えない梓と父の顔を見て、2人のその言葉が真実だと言うことを確信する。

 そして、自分が今の今まで何をしでかしていたのかを振り返り、友希那は大慌てで梓に頭を下げていた。


友希那「ご、ごめんなさいっ……まさか、お父さんの知り合いの娘さんだなんて……知らなくて……」

梓「ううん……いいんですよ、顔を上げて下さい」

燐子「友希那さんのお父様のお知り合いの娘さん……そう……だったんですね」

リサ「いやぁー、まさか、そういう事だったとはねぇー」

あこ「ご、ごめんなさいっ! あこが変なこと言っちゃったから、友希那さん、本気でそう思っちゃったみたいで……」

リサ「いやいや、あこ、さっきはつい怒っちゃったけど、私的にはグッジョブだよ♪」

紗夜「宇田川さん、これに懲りたら、まずは発言の前に自分の言おうとしてることを一度考え直したほうがいいわ……そうでなくても、あなたは不用意な言葉が多いんですから」

あこ「はーい、反省します……」

リサ「ふふふっ、しっかしさー、中野さんとお父さんが仲良く話してるのを見てそう考えちゃうって事は……友希那ってば、本っっっ当にお父さんのこと、大切に想ってるんだね~」

友希那「…………っっっっっっ!!」

 茶化すリサの言葉に友希那は涙目になり、耳まで顔を赤くする。

 事もあろうか自分は、父の恩人の娘のことを、まるで父の不倫相手か何かだと勘違いし、詰め寄ってしまうとは……。

 穴があったら奥深くまで入ってそのまま一生を終えてしまいたいと、そう思うぐらい恥ずかしい事をしてしまったと後悔する友希那だった。

紗夜「こんなに狼狽えている湊さん、初めて見ましたね……」

リサ「そうだねー、でも、これはこれで得だったね、こんなに可愛い友希那の姿、なかなか見られないもの」

友希那「リサ……はぁ、もう、勘弁してくれないかしら……っ」

リサ「うんうん、コーヒーでも飲んで落ち着こう、ね♪」

友希那父(友希那……良い仲間を持ったな)

梓(この人が……湊さんの娘さん……)

 こうして騒動は終息し、気を取り直した面々は席に座り、人数分の注文を済ませてから双方に自己紹介をしていた。


梓「改めまして……みなさんはじめまして、中野梓と申します。……今、両親と共にジャズバンドを組み、各地で音楽活動をしています。どうぞよろしくお願いします」

リサ「今井リサです、中野さん、はじめまして」

紗夜「氷川紗夜です、中野さん、以後お見知りおきを」

あこ「宇田川あこですっ! 中野さん、よろしくお願いしますっ」

燐子「白金燐子です……どうぞよろしくお願いします」

友希那「湊友希那です、先程は、大変失礼しました……」

 自己紹介と共に再度、友希那は深々と頭を下げる。

梓「ううん、もう大丈夫ですよ」

友希那父「さっきも軽く話したが、彼女は私の恩人の娘さんでね……それで今日は、彼女の方から仕事の話を持ちかけてくれてた所だったんだ」

友希那「……仕事?」

梓「はい、実は湊さんに、今度私達の開催するジャズライブにゲストとして出てもらえないかと思いまして」

友希那「ライブってことは……もしかしてお父さん、もう一度歌を?」

梓「あ、その……まだそこまで具体的なことは決まってないんですけど……」

梓「湊さんのお話は以前より父と母から伺ってまして、その時に、ちょうどゲストのお話が上がったんですよ」

梓「でも、今日は両親も別件で打ち合わせがあったので、それで、私に直接会って来るように言われてたんです」


友希那父「私も今日はたまたま桜が丘に用事があってね……それで、彼女に都合をつけて貰ってたんだ」

友希那「そう……だったのね」

友希那父「ああ、私も久しく人前で演奏してなかったからね、せっかくの機会なので、この話を受けようかと思ってるんだよ」

友希那父「それに、彼女のご両親には私も若い頃、よくお世話になっていたからね……この機会に、少しでも昔の恩返しができればと思っていたんだ」

友希那「そう……そんな事が……」

 ジャズ……昔の父とは別ジャンルの音楽だが、それでも、また父の演奏が見られるのかも知れない……。

 そう思い、自然と友希那の顔には笑顔が戻っていた。

あこ「十数年来の恩返しかぁ……なんていうか……運命に導かれし大いなる出会い……って感じですねっ!」

リサ「あははっ、そういうのはちょっと分からないけど……でも、ドラマみたいでステキだよね」

紗夜「ええ……本当に、人の縁とは分からないものですね」

燐子「はい……人と人の巡り合わせって……とても素晴らしい事だと思います……」

友希那「中野さん……その……」

梓「あっ……ううん、せっかくだし、皆さん、気軽に名前で呼んでくれてもいいですよ? あまり固いのも落ち着かないと思いますし……」

友希那「……はい、ありがとうございます。では……梓さん、父のこと、どうぞよろしくお願いします」

梓「こちらこそ……友希那さん、ありがとうございます」

 先程とは違い、笑顔で頭を下げる友希那に対し……梓もまた、笑顔で返していた――。

―――
――

あこ「……う~ん、このパン本当に美味しい~~っ♪ さあやちゃんの所のパンも美味しいけど、ここのはそれとは違っておいしい~♪ お姉ちゃんにお土産でいくつか買ってこうかな?」

リサ「うんうん、私も、モカへのお土産に何個か買ってってあげよっと」

紗夜「私も後程買って行こうと思います……日菜、喜んでくれるかしら……?」

燐子「私も、お父さんとお母さんに……少し、買っていってあげよっかな」

 焼き立てパンの評判通りの味に感銘を受けるあこ達だった。そしてその隣のテーブルでは、友希那、友希那の父、そして梓の3名による話が展開されていた。

 誤解が解けた今となっては、友希那達の存在は仕事の話の邪魔になるのではないかと懸念もされていたが、既に仕事の話もほとんど纏まっていたので、もし時間があるのなら少しだけお話をしたいと他ならぬ梓からお願いをされ、友希那達は快くその話を受け入れていた。


 ――梓の根底、そこには、両親の知り合いの娘……湊友希那の話を聞きたいと思う純粋な気持ちと……。

 今現在、停滞している梓自身の音楽……その停滞を打破するヒントになるのではという、藁にもすがる思いもあった。


 そしてその提案は、友希那達からしても願っても無い事だった。

 梓と友希那達の音楽は、確かに畑は違うが、それでも梓は、長く音楽を生業にしているプロの演奏者である。

 客前で演奏を披露し、それで生計を立てているプロの言葉は、間違いなく今後のRoseliaの為になると、友希那の中に強い確信があった。

梓「友希那さんは今……バンドを結成し、音楽活動をされているんですよね」

友希那「はい……リサ、紗夜、あこ、燐子達と共に、Roseliaというバンドを組み、音楽活動を行っています」

梓「友希那さんがバンドを組み、音楽活動を行ってる理由、聞いてもいいですか?」

友希那「私が音楽を……やる理由……ですか」

友希那父「…………」

リサ・紗夜・あこ・燐子「…………」

 一瞬、隣にいる父の顔と、こちらの話に耳を傾けるリサ達の顔が視界に入ったが、友希那は迷うことも無く、強く言葉を発する。


友希那「私達、Roseliaの目的は……いつかステージの上から、最高の音楽を届ける事……」

梓「最高の……音楽……」

 何よりも、誰よりも強い眼差しで、友希那は言葉を続ける。


友希那「それが、どんな物なのか……その『最高』まで、どれ程の距離があるのか……Roseliaが今、どの地点に立っているのか……それはまだ、分かりません」

友希那「だけど、私は……いいえ、“私達”は、確実に私達の目指すべき頂に近付いていると、それだけは確信を持って言えます」

 一切の迷いなく、友希那は言い切る。

 その言葉は仲間への揺るがぬ信頼と、自身の音楽への強い自信に満ちており。情熱の宿るその瞳は、まるで輝いているようにすら梓には感じられた。

友希那父(友希那……)

リサ「……っ……うんっ……えへへ、友希那……ああもう、急に泣かさないで欲しいなぁ……っ」

紗夜「湊さん……あなたと共にRoseliaで演奏ができて……本当に私、光栄に思います……」

あこ「っ……りんりん……あこね、今すっごく思うんだ……本当に、ほんとぅに……Roseliaに入って良かったっ…て……っ」

燐子「うん……あこちゃん……私も……だよ」


梓「最高の、音楽……」

 友希那の言葉を反芻し、自分自身の中に取り入れていく。

 そして……。


梓「うん、決して楽な道じゃないと思うけど……頑張って……私も応援してます」

 と、彼女達の決意を受け入れるように、梓は返す。

梓(凄いな……友希那さんの真っ直ぐな眼……こんなにも輝けるなんて……)

 友希那の眼に宿る、強い意志の輝き。

 それは仲間を信じ、目標に向かい、己が道を突き進む至高の輝き。

 自分達の奏でる音楽に対する、絶対的な自信に満ち溢れた、プロにすら匹敵する程の……情熱の輝きだった。


 ――高校生という若さで、Roseliaの様に崇高な決意を掲げているバンドは決して多くはない。

 音楽に対しては梓自身もかつて、友希那達に近い決意を掲げていた。が、その決意とは真逆に等しい音楽性を、梓は高校生の頃、2組のバンドに所属していた時に体験していた。

 その時に感じた、“仲間”という存在の大きさを、誰よりも梓は知っていた。

 一瞬、その崇高な自分の信念に盲信する余り、友希那が一人きりの道を進んではいないかとも心配したが、友希那の後ろで席を交える4人の表情を見て、その心配も杞憂だったと梓は思い直す。

 この子達は同じ志を持つ仲間と共に、自分達の音楽を信じ、今も立ち止まらず、ひたむきに突き進んでいる。

 友希那のその強い意志に梓は、素直に尊敬の念を抱いていた――。


梓(ああ……そっか、そうだったんだ)

 今の自分に抜けていたのは、もしかしたら、こういう意志の強さなのかも知れない。

 今までも、客前で演奏するプロとしての意識は確かにあった、が。

 それでも、長い生活の中で安寧の日々を過ごす内に、自分はどこかで慢心していたのではないかと、そんな事を考えてしまう。

 その慢心が……ここ最近の停滞を呼び、音に迷いが生まれるようになったのではないかと、自分自身を振り返り、分析する。


 もしかしたら、私に湊さんの事を紹介してくれた両親も、今の私の異変に気付いていたのではないだろうか。

 だからこそ、私に湊さんの事を紹介してくれた……彼に会い、自分自身の音楽を見つめ直すきっかけになれればという期待を込めて――。

 決して確信は持てないが、恐らくそうなのではないかと梓は悟っていた。

梓「友希那さん、話して下さって、ありがとうございます」

友希那「いいえ……そうだ、梓さんは今、プロとして演奏をなされているんですよね?」

梓「ええ、プロっていうと少し照れますけど……でも、聴きに来てくれるお客さん達には、友希那さんと同じく、最高の演奏をお届けしたいっていう気持ちはあります」

梓「とはいっても、私なんかまだまだ全然で……あははっ、さっきの友希那さんの話を聞いてたら、私よりも友希那さんの方がよっぽど凄いって思っちゃいましたし……」

友希那「あ、ありがとうございます……」

リサ「あ、あの! アタシ……梓さんの話、もっと聞きたいなぁ。こんな機会、あまり無いしさ」

紗夜「そうですね……演奏でお金を稼ぐプロのお言葉ですから、日菜達とはまた違った意見があると思いますし、私も是非お聞きしたいですね」

あこ「はいっ! 大変な事とか、楽しい事とか……あこも聞きたいです」

燐子「私も……あこちゃんと同じ気持ち……です」

梓「なんか、照れちゃうな……こういうの」

 そして、Roseliaの5人は梓の話に耳を傾けていた。

 自分が両親と共にジャズをやる事になったきっかけや、演者としてステージに上がることの大切さ、演奏をする時に何を一番に考えているかといった、演者としての梓のこと。

 ……そして、梓もまた友希那達と同じように、高校時代、先輩や後輩達と共に、2組のバンドを組んでいた事を話すのであった。

友希那「……梓さんも、昔は私達の様に、バンドをやってた事があったんですね」

リサ「じゃあやっぱり、パートはギターをやってたんですか?」

梓「はい、リズムギターをやってました」

あこ「リズムギター? 紗夜さん、それって普通のギターとは違うんですか?」

紗夜「Roseliaのギターは私だけですからイメージは沸かないと思いますが……私達の知り合いでいえば……そうね、Poppin'Partyの戸山さんのパートがリズムギターですね」

あこ「へ~、そうなんですね」

燐子「梓さんも……きっと……私達よりも厳しい練習を……していらしたんでしょうね……」

梓「あはは……どうでしょう……部活の時はいつもお菓子ばかり食べてたから……ちゃんとした練習をした事なんて、数えるぐらいしかなくて……」

友希那「そうなんですか……意外だわ……てっきり、私達ぐらいストイックに打ち込んでいたものとばかり思ってましたけど……」

 梓の言葉に、驚いた声で友希那は返す。


梓「最初は私も部活じゃなく、友希那さん達の様に外バンでやろうとも思ってたんです……でも、軽音部の先輩達の楽しそうな演奏がすごく魅力的に見えて……それで、軽音部でやるって決めたんですよ」

梓「当時の私が本当の意味でバンドに求めていたのは、バンドとしてのレベルの高さではなく、共に音楽を楽しめる仲間だったんですよね」

梓「ふふっ……あの頃は楽しかったなぁ……」

 過去を思い返す梓の脳裏に、二組のバンドと過ごした青春が蘇る。

 4人と先輩達と、2人の同級生と、2人の後輩に……1人の顧問の先生。

 みんなで奏でた音が、お茶を交わした日々が蘇る。

 それはもう、遠い日の記憶。いくら願っても巻き戻せない、懐かしい日々の思い出――。


リサ「一度でいいから聴いてみたいね……梓さんたちのバンドの演奏……」

友希那「ええ……そうね……」

―――
――

 そして陽も傾きかけてきた頃。

 梓は次の約束があるという事で、話はそこでお開きになった。


梓「湊さん、Roseliaの皆さん、本日はありがとうございました」

友希那父「こちらこそ、ご両親に宜しくお伝え下さい、ありがとうございました」

友希那「いつか、梓さんのステージも観に行きます。本当に、ありがとうございました」

梓「はい、皆さんもバンド活動、頑張って下さいね」

 皆に向け、梓は一礼し、喫茶店を後にする。

 その梓の背を見送り、友希那はつぶやく。


友希那「中野梓さん……あの人は、一体どんな音楽を奏でるのかしら」

友希那父「ああ、彼女のご両親の音楽は、まさに純粋そのものだったよ。あの人達は私とは違い、決して周りに流されることもなく、本当の意味で自分達の音を楽しんでいた……」

 遠い眼で、友希那の父は続ける。


友希那父「それは、彼等の娘である彼女にも受け継がれているだろう……友希那と話していた時の中野さんの瞳は、若い頃の彼女の両親と同じ輝きをしていたからね」

友希那父「彼女の音楽……友希那も是非聴いてみるといい、たまには畑の違う音楽を聴くのも悪くないだろう」

友希那「……ええ、そうね……近いうちに必ず聴いてみるわ」

 微笑みながら言う父の声に、友希那は梓の存在を強く認識していた。

 そして……。

友希那父「まぁ、そうでなくとも、友希那と梓さんは気が合うのかも知れないな、彼女も友希那と同じく、猫が凄く好きなようだったから……」

友希那「そう……なのね……ふふっ、次に会える日が、尚の事楽しみになってきたわ」

 猫好きという自分との共通点もまた、友希那と梓の間に一つの繋がりを築いたのであった。


友希那父「じゃあ、私もそろそろ帰るとしよう、友希那も、あまり遅くならないようにな」

友希那「お父さん、今日は本当にごめんなさい……」

友希那父「はははっ、気にするな……あそこまで娘に敬愛されていることが分かったんだ……むしろ、私の方こそお礼を言うべきだよ。ありがとう、友希那」

友希那「もうっ……あまり茶化さないでよ……ふふっ」

友希那父「ははは……じゃあ、私はもう行くよ」

友希那「うん……お父さんもお仕事頑張って……お父さんがライブに出るのなら……必ず、みんなで聴きに行くわ」

友希那父「ああ、娘達の前で恥をかかないよう、私も頑張ってみるさ」

 そして、友希那の父も喫茶店を後にする。


友希那「梓……さん……また、お会いしたいわね」

あこ「友希那さーん、日も暮れてきましたし、あこ達もそろそろ行きませんか?」

リサ「そういえば、結局ミーティングできなかったね」

友希那「いいんじゃないかしら……今日は、今までのミーティング以上に大きなものを得られた気がするわ」

燐子「はい……梓さんのお話……凄く、為になったと……思います」

紗夜「そうですね……それでは皆さん、今日はもう帰りましょう」

 程なくしてから友希那達も店を後にし、歩き出していた。

―――
――

梓「今日は来てよかった……オファーの話も上手く行ったし、自分の事も見つめ直すことができたし……」

 友希那の言葉、Roseliaの持つ信念に触発されたこともあり、梓の中に再び、音楽に対する熱意が湧いてきていた。

 ……だが、意気込みだけで全てが変わるかと言えば、決してそうではない。さすがにそこまで甘くはできていないのが世の中だ。

 ……そう、今のままではまだ不十分……私が停滞を完全に克服するには、更にもう一つ、何かが必要だ。

 そのもう一つが何なのか、今はまだ分からないけど……それでも、今日の彼女達との出会いは、間違いなく自分の前進に繋がったに違いないと、梓は信じていた。


梓(……でも、みんなの話してたら思い出しちゃったな……また、みんなと演奏したいな……)

 それが叶わぬ事だとは知りつつも、ふと思ってしまう。

 『放課後ティータイム』と『わかばガールズ』、昔梓が組んでいた2組のバンド……そこで奏でた音楽が、梓の頭の中で鳴り響く。


 ――その時、梓の携帯がメッセージの着信を告げる。


梓「んん……? あ、唯先輩からだ」

 梓の携帯に通知される一つのメッセージ。

 そこには、今でもたまに連絡をくれる先輩からの一言が表示されていた。


 『久しぶり、今お仕事終わったんだぁ、私はもう向かってるけど、そっちはどう?』という一言に対し。

 『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』と返信を入れ、梓は向かう。

 自分に、音楽の素晴らしさを教えてくれた仲間と、先輩達の待つ場所へ――。



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最終更新:2019年12月14日 18:21