――あの頃に戻って、このメンバーで演奏がしたい。

 それはその場の9人が共通して抱く、淡い希望だった。

 言うのは簡単だが、実際問題、日々の生活に追われる中でその時間を作り出すのがどれほど大変か……その現実の無情さが、彼女達の希望に影を宿す。

 大人になってしまい、時間を自由には使えなくなってしまったからこそ分かる、“時間”というものの儚さ。

 若かりし頃、湯水の如く消費した時間の有り難みを、今この時になって彼女達は実感していたのだった――。


さわ子「ふふふ、みんな、今になってやっと時間の有難みに気付いたってところかしらね」

 そんな彼女達の憂鬱を察してか、優しい顔でさわ子は声を投げかける。


律「まぁ、こればっかは後悔してもしょうがないって思うけど……なぁ」

唯「うん、大人になった時、こんな気持ちになるって知ってたら、もっとみんなと色んな事、したかったって思っちゃうよね」

さわ子「それが大人になるってことよ……実際私も、今のあなた達ぐらいの歳の頃、あなた達と同じ気持ちだったからね」

律「さわちゃん……」

さわ子「……でも、人生ってほんと、何があるか分からないからね~」

 片手で別のグラスを呷りつつ、さわ子は続ける。

さわ子「みんな覚えてる? 私のお友達の結婚式の打ち上げのこと」

梓「そういえば、ありましたね……」

澪「ああ、あったあった」

律「みんなでやたらとトゲトゲしたメイクして……今思えば、ホント似合ってなかったよなぁ~」


さわ子「あの時唯ちゃん達、紀美にそそのかされて、慣れない衣装着て、慣れない曲でライブやったでしょ」

唯「うん、確か……それを見かねた先生がステージに上がって……私達の先輩の、デスデビルのライブが始まったんだよね」

紬「私達、あの時、初めて先生の生歌を聴いたんですよね」

澪「あの時のさわ子先生、少し怖かったけど、でも……とても格好良かったです」

 皆の中にかつての記憶が蘇る。

 それは、高校3年生の夏の日のこと。

 さわ子の旧友に誘われ、サプライズとして出演した結婚式の打ち上げライブ。

 そこで行われた唯達の演奏の拙さにさわ子……否、キャサリンは再びマイクを握り……。


 ――『今、ホンモノってのを見せてやる!!!』


 キャサリンの咆哮を皮切りに、彼女がかつて所属していたヘヴィメタバンド、“DEATH DEVIL”によるライブは盛大な盛り上がりを見せた。

 DEATH DEVILのライブの影響は、当時の唯達にも確かな影響を与え……それは彼女達の中に『いつかは自分達も大人になる』という意識を強く芽生えさせたのだった――。

さわ子「あの時はまさか、昔のメンバーと歌うことになるなんて思いもしなかったわ……ほんと、人生、何がきっかけになるか分からないものよね」

紬「さわ子先生……」

さわ子「ふふふっ、だからまぁ……無理だなんて思わなくても良いんじゃないの? きっかけなんて、案外すぐ近くにあると思うし……ね」

紬「はい……きっとそうだと……思います」

 優しく諭すさわ子の声にそれぞれが頷いていた。


さわ子「さ、堅苦しい話はこのぐらいにして、今日はまだまだ飲むわよ~~♪ 唯ちゃん、りっちゃん! ほら澪ちゃんも、お酒が進んでないんじゃない?」

唯「え~~、それ、アルハラですよぉ先生~」

さわ子「甘えたこと言わないの~」

律「へへっ……おうよ! 厳しい芸能界の縦社会で鍛えた肝臓、見せてやんぜっ」

澪「ぅぅ……わ、私、頭痛くなってきた……」

梓「ふふっ、先生、本当に楽しそうですね……」

紬「ええ……さわ子先生も、私達とこうしてお酒を飲み合うの、凄く楽しみにしてくれてたのよね……」

 真面目な顔から一変し、飲みの空気に気持ちを切り替える先輩。

 そんな先輩の意を汲むように、顔をしかめつつも相次いで酒を呷る後輩達だった。


 また、昔のように皆で演奏が出来る日が来るかも知れない。

 それがいつになるのかは分からないが、そう遠くないといいなと。

 そんな想いが、彼女達の心に宿る。


 ……そして、その想いは、意外な形で実現することを、この時の彼女達はまだ、知る由もなかった――。

―――
――

 宴の開始から既に長い時間が経過し、残り時間も短くなってきた頃だった。

 既にホール内には二次会に向け、次の飲み場の手配をする者や、明日も予定があると、早めに会場を後にする者が現れたりと、若干の慌ただしさが見えて来た時。

 唯達の姿を見かけ、“彼女”は声をかけていた。


まりな「やっほー、お久しぶり、みんな元気にしてた?」

 様々な話で花を咲かせる唯達の元に突如、声が投げかけられる。

 声の主……月島まりなの姿を見て、唯達は懐かしさのあまり、歓喜の声を上げていた。

唯「わぁ~、まりなちゃん! まりなちゃんも来てたんだねっ」

澪「どうも月島さん、久しぶり」

梓「えっと、すみません、こちらの方は……?」

紬「月島まりなちゃん、私達の隣のクラスで、よく移動教室とかで一緒だったのよ」

梓「あぁ、先輩たちの同級生の方なんですね」

まりな「みんな懐かしいねー、お変わりなさそうで良かったよ」

澪「うんっ、月島さんも変わりなさそうだね」

まりな「えへへ、まぁね~」


律「よー、まりな、久しぶり~」

まりな「やぁ、りっちゃんも、先月ぶりだねぇ」

律「ああ、まりなんとこ、いつもあの子達が世話になってるな、本当にありがと」

まりな「ううん、とんでもない、パスパレのみんなにはいつも助けてもらってるよ、こちらこそありがとうね」

唯「……え、まりなちゃん、パスパレのみんなと知り合いなの?」

澪「っていうか、先月ぶりって、律、月島さんとよく会ってるんだ?」

律「あ~、いや、あの子達のホーム、まりなんトコの、花咲川のライブハウスなんだよ」

 意外と言った表情でまりなを見る唯達だった。

 それもその筈、まりなが務めるライブハウス、CiRCLEには、今や花咲川や羽丘を中心に多くのガールズバンドが集ってライブを行っている。

 それは律の監督しているPastel*Palettesも例外ではなく、アイドル活動も含め、バンドとしてのパスパレのライブもCiRCLEでは頻繁に行われていた。

 その伝手もあった事で律も何度かCiRCLEに顔を出し、まりなとは仕事の上でも交流を深めていたのだ。

律「いやぁ、最初CiRCLEに行った時はびっくりしたよ、まさかまりなが仕事してるとは思わなくってさ」

まりな「うんうん、私もだよ。りっちゃんがパスパレのマネージャーさんだって聞いた時はびっくりしちゃってさ」

律「ほんと、世間って狭いもんだよなぁ」

まりな「あははは、うん、そうだねぇ~」

 互いに思うところは同じなのか、不思議な縁に笑い合う律とまりなだった。


唯「知らなかったなぁ……パスパレのみんな、花咲川でライブやってたんだね」

唯「……ん? あれ、でも花咲川って……」

澪「花咲川か……私も今日仕事で行ってたんだ、道に迷って困ってた私を、助けてくれた女の子達がいて……」

澪「そういえば……その子達、バンドやってるって言ってたっけ」

唯「私も、今日、花咲川の高校の子たちが職場見学に来てくれてさ」

唯「その子達も、バンドやってるんだって言ってたよ」

紬(そういえば……こころちゃん、花咲川の高校に通ってるのよね)

梓(湊さん、確かお住まいは花咲川の近くだって言ってたっけ……)

 それぞれが今日あったことを振り返る。

 それと同時に皆、この宴の前に偶然巡り合えた、眩いばかりの輝きを持つ少女達のことを思い出していた――。

律「まりなも高校の頃、バンドやってたんだよな」

梓「え、そうだったんですか?」

まりな「うん、1年生の頃に一度、軽音部に見学に行ったこともあったんだけどね」

澪「月島さんが入ってくれたら、きっと軽音部ももっと盛り上がったんだけどなぁ……結局、入部が叶わなかったのは残念だったよ」

まりな「まぁ……ほら、あの頃はりっちゃん達4人、凄く息ぴったりでバンドやってたからさ」

純「そういえば、先輩達の中に入れる自信がないって理由で入部を断ってた子、何人かいたっけ……」

憂「あ、私も聞いたことあるよ、その話」

まりな「うん、それに丁度その頃、私も外バンでバンド組むようになったからね」

まりな「きっと、軽音部に入ってみんなとバンドやるのも楽しかったと思うけど……でも私は、外バンでバンド組めたのも良かったって思うんだ」

唯「まりなちゃん……」

まりな「その時の経験がきっかけで、今のお仕事にする事もできた訳だしさ」

まりな「優秀なスタッフにも囲まれてお仕事ができて、私、今すごく幸せだよ♪」

 はにかみつつ、真っ直ぐな瞳で言い切るまりなだった。


澪「月島さん……」

律「ははは、さわちゃんの言う通り、人生何がきっかけになるか分からないもんだなぁ」

まりな「ウチでライブをやってくれるみんなのおかげで、花咲川も今すごく盛り上がっててね……」

 昔組んでいたバンドのことを振り返りつつ、まりなは今を見つめ直す。

 ――その時。

まりな(……あれ、そういえば)

 皆と楽しく談笑をするまりなの頭の片隅に、今日あったことが思い起こされる。

 来週開かれる大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』の事や、怪我で出場を辞退せざるを得なくなったスペシャルゲストの事と……。


 ――ガールズバンドパーティーに参加できる、スペシャルゲストに見合うバンド探しの事……。


 Poppin'PartyやRoselia達と同等……いや、彼女達以上の実力を持ち、高校時代、既に幾つものライブを成功させてきたガールズバンド。

 それはまさに、眼前にいるこの5人がそうだった。


まりな(もしかして……ううん、きっと、りっちゃん達以上に条件に当てはめられるバンドなんて、いないよね……)

まりな「あのさ、放課後ティータイムのみんなに、その……」

一同「ん?」

 突然、こんなことを言い出して迷惑じゃないだろうか、そんな心配がまりなの頭を過る……が、藁にもすがらなければならないこの状況だ。四の五のなんて言っていられる余裕なんて無い。

 刹那の間の後、意を決し……真顔でまりなは5人に話しかける。


まりな「―――折り入って、お願いしたいことがあるんだけど……、聞いてくれないかな」


 まりなの言葉をきっかけに、運命は大きく動き出す。

 それはまさに、放課後の復活……その兆しとも呼べる内容だった―――。



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最終更新:2019年12月15日 08:00