#4.放課後の復活
――みんなが私達に期待をして、私達の復活を祝福してくれていた。
確かに、照れくささはあったけど、不思議と悪い気は全然しなかった。
多くの人が、私達の歌を楽しみにしてくれる事が誇らしかった。
もう一度、みんなと音楽を奏でられるという事が、凄く嬉しかった。
10年前、卒業してからもう二度と過ごすことは出来ないと思っていた、私達の放課後。
もう一度、その放課後を過ごすことができる……それが、私達が今ここに集まっている理由だった――。
【翌日 桜が丘ライブスタジオ】
街に夜の帳が落ちようとしていた頃、桜が丘のライブスタジオ内に、彼女達の姿はあった。
唯「おいっす、みんな、昨日ぶりだね」
愛用のレスポールを携え、唯がスタジオの扉を開ける。
中には、既に楽器の調律を終え、唯を待つ律達4人の姿も見られていた。
紬「ええ、唯ちゃん、こんばんわ」
律「よー唯、やっと来たかぁ」
唯「えへへ、まさか、またみんなで演奏できるなんてね~」
紬「うんっ、私、昨日から凄く楽しみだったわ♪」
和やかに話す唯と律、紬の3人だった。
和気藹々とした彼女達に対し、澪と梓は急かすように声を投げかける。
澪「みんな、ライブまで時間がないんだ、唯も来たことだし……」
梓「ええ、そうですね。早速ですけど、練習……」
律「ああ、お茶だな、ムギっ! お茶の準備だ!」
紬「は~い、ちょっと待っててね~♪」
唯「ムギちゃん、私も手伝うねっ♪」
『練習しましょう』と言いかけた梓の言葉を遮り、律は紬にお茶の用意を提案する。
その言葉に合わせ、揚々とティーセットの準備をする3人に向け、澪と梓は呆れと怒りの声を上げていた。
澪「って!! おい律!!」
梓「皆さん、ライブまで時間がないって分かってますよね? もう今週なんですよ??」
律「言われなくてもわーかってるよ、でもさ、これが私達のいつもだったろ?」
唯「昔はいつもこうしてお茶飲んで……それから練習してたもんね~」
紬「ふふっ、うん、これでこそ放課後ティータイム……よね」
澪「ったく……3人とも……事の重大さが分かってるのか……」
梓「仕方ありませんね……唯先輩達、ああなったら止まりそうにないですし……ここは気持ちを切り替えるために、私達も一度お茶にした方が良いかも知れません……」
澪「ああもう……ただし、15分だけだからな! スタジオの時間もあるんだし、一息入れたらすぐに練習するからなっ!」
唯・律・紬「は~~い」
焦る澪の声に向け、3人は生返事で返す。
そして、紬の手により次々とティーセットが並べられ、かつて幾度となく過ごした放課後のお茶会が開かれるのであった。
律「あ~~~~……この感じ……すっっっっげえ久々……またこうしてムギのお茶を飲めるなんてなぁ……」
唯「うんうん、私もだよ……ほんと、懐かしいなぁ……」
唯「……あれ? ねえムギちゃん、もしかしてこの黒いのって……」
紬「ええ、最近流行りのタピオカを入れてみたのよ♪ なかなか美味しいでしょ」
律「へー、彩ちゃん達もよく飲んでるけど、意外と悪くない味だな……」
唯「うんうん、このマカロンもすっごく美味しいよ~~♪ ね、あずにゃんもそう思うでしょ?」
梓「はい……でもこの味、凄く懐かしい感じが……」
紬「あ、分かった? それ、憂ちゃんからの差し入れなのよ」
梓「やっぱり……」
唯「そだ、憂と純ちゃんからメール来てたよ、皆さん、頑張って下さいって」
のんびりとした空気で唯達は談笑をする……。その中でただ一人、澪の表情だけが他の皆とは対象的に暗く、陰鬱に満ちていた。
紬「澪ちゃん、お茶のお代わりはいる?」
澪「ああ……ムギ、ありがとう……」
その表情は僅かに焦りの色が伺えており、紬に返す声も、何処か余裕がない様に感じられる。
澪(ほんと、とんでもない事になっちゃったな……)
差し出されたカップを口に運びつつ、澪は昨日の事を思い返していた……。
―――
――
―
【回想】
――昨日、まりなが皆に告げた頼み事は、ほろ酔い状態にあった唯達の酒を飛ばすには十分過ぎる程の衝撃があった。
来週開かれるCiRCLE主催の大型ライブイベント、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストの枠に穴が空いてしまったこと。
そして、まりなが今まさにそのゲストを探していたということ。
困惑の表情を浮かべながら現状を話すまりなの言葉を、その場の全員が親身になって聞いていた。
まりな「……っていう事なんだけど……みんな、お願いできないかな」
梓「ガールズバンドパーティー……そんな大きなライブに私達が……ですか……」
律「……………………」
まりなの言葉に、唯、澪、紬の3名は何かを思い出し、また梓と律の両名は戸惑いの表情で俯いていた。
そして、僅かな沈黙の後、唯が声を上げ……。
唯「ねえもしかして、それって……これの事?」
紬「私、その話、知り合いの子達から聞いたんだけど……」
澪「私も、今日花咲川に立ち寄った時に偶然そのライブに参加する子たちと知り合って……お客さんとして招待されたんだけど……」
相次いでカバンの中から1枚の紙を取り出す3人。
その手には、それぞれが今日知り合った少女達から手渡された、ガールズバンドパーティーの告知フライヤーが添えられていた。
まりな「え? みんな知ってたんだ?」
唯「すごい偶然だね……もちろんりっちゃんもこのライブの事、知ってたんでしょ?」
律「ああ……まぁ、な」
梓「すみません、そのフライヤー、少し見せてもらってもいいですか?」
唯「うん、いいよ」
唯からフライヤーを手渡され、告知内容を見る梓。
そこには、数時間ほど前に梓が知り合った少女達……Roseliaの名前も確かに記されていた。
梓「Roselia……友希那さん達も出るんだ……このライブ」
梓の中に、昼間会った少女達の顔が思い出される。
自分の音楽を、仲間を極限まで信じ、その仲間と共に最高の音楽を追求する少女達……そんな彼女達と同じ舞台で共演ができる……それは、この上なく喜ばしい事だ。
だけど……。
――自分はこのライブに参加することができない。
強い悔恨の念が、梓の心を支配していた。
まりな「お願い、みんなにしか頼めないの。もし良かったら、ガールズバンドパーティーに……ゲストとして、出演してくれないかな……」
頭を下げ、再度懇願するまりな。
そんなまりなの声に対し、唯と紬だけが嬉々として参加に乗り気でいた。
唯「うんっ! ねえやろうよ、みんなっ!」
紬「そうねっ、ねえりっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃんも……もう一度、みんなでライブをやりましょうっ! 私、またみんなで演奏がしたいわっ」
律「あ~~~~……いや、実はさ……」
言い出し辛そうに、歯切れ悪く律は返す。
律「その日、私……仕事の関係で出張入っててさ……」
唯「えええええ…………そ、そうなの?」
紬「そんな……残念だわ……」
まりな「あちゃーー……そっかぁ……」
律「ああ……だから、本当に悪いんだけど、私は参加できな……ん?」
参加できない旨を伝えようとしたその時、律の携帯が着信を告げる。
画面に表示されたのは、昼間に律の報告を酷評した社長からだった……。
律「悪い、ちょっと仕事先から電話……」
言いながら席を立ち、会場を離れつつ律は電話を取る。
律「はい、もしもし、お疲れさまです」
律「はい……はい……え? 本当ですか??」
律「はい、あ、ありがとうございます……はい、じゃあ引き継ぎは明日メールで……はい、どうも、失礼します」
電話を切り、驚きの表情で席に戻る律に向け、唯が声をかける。
唯「りっちゃん、大丈夫だった?」
律「ああ…………なんつーか、はははっ……運命ってこういうのを言うのかな……はははっ」
澪「律……何かあったの?」
澪の問いかけに対し、手が震える感覚を覚えつつ、律は言葉を返す。
律「……ああ、さっき言ってた話だけど、出張……別の奴が行くことになった」
紬「えっ!? じゃあ……」
律の声に、紬と唯が喜びの声を上げる。
律「うん、少なくとも私は出られるよ」
まりな「りっちゃん……! あ、ありがとう!」
律「ああ、私はいいんだけど……あとは……梓次第だな」
梓の方を見つつ、律は言う。
梓「…………」
唯「あずにゃん……」
憂「梓ちゃん……」
菫「梓先輩……」
全員の眼が梓に向けられる。
プロのジャズマンとして音楽で生計を立てている梓の演奏……それは、根本的に唯達とは違う質を持つ演奏だった。
プロとしてのその演奏は本来、相応の演奏料を支払ってこそ鑑賞できる価値があり、いくら知人に頼まれたからと言って、おいそれと気軽に聴ける程安いものではない。
ソロでの活動をしているのならともかく、両親と共に音楽活動をしているのなら尚更だ。こればかりは梓だけの一存で答えが出るものではなかった。
ならば当然、同じメンバーでもある両親への確認と了承が必要になるだろう。と、同じプロの道に関わる者として、律は梓の沈黙の意味を察していた。
梓「…………」
また、全員でステージに立てるかも知れない……こんな機会、おそらく二度と訪れはしないだろう。
出来ることなら、私も皆で……先輩達と、もう一度演奏がしたい……。
あの人達に、私達の音楽を……聴かせたい。
しばしの間、梓は思い悩み……そして決意する。
梓「すみません、少し待っててもらえますか、今から両親に……話してみます」
立ち上がり、梓は携帯を手にテーブルを離れる。
そんな梓の背を、その場の全員が心配の様子で見つめていた。
唯「あずにゃん……大丈夫かなぁ」
律「プロの世界のルールってのは唯が思う以上に小難しいんだよ、妙なしがらみばかりで、自分のやりたいことだって全部やれるってわけじゃないからなぁ」
直「はい……特に音楽の世界は尚更……ですよね」
澪(梓……)
梓「ああ、お父さん? うん、楽しんでるよ……それで、折り入ってお願いがあるんだけど……うん、実はね……」
梓「……って事なんだ……その……」
梓「うん、わかってます…………はい……もちろん、みんなに迷惑はかけないようにします、ジャズにも支障が出ないように気をつけます」
梓「お願いします、やらせてください……」
梓「………………はい……ありがとう……お父さん……ありがとう!」
数分の電話の後、明るい顔で梓が戻ってくる。
その顔を見た唯達の間に、安堵の溜息がこぼれていた。
律「あの感じだと、上手く行ったみたいだな」
紬「ええ、そうみたいね……」
梓「皆さんお待たせしました…………ふふっ、両親の許可、取れましたよっ♪」
唯「あずにゃん……っ!」
梓「父も言ってました、『若い連中に、お前の本気の演奏を見せつけてやれ』って……」
梓「ですからまりなさん……私も、ガールズバンドパーティーに参加させて下さい!」
まりな「梓……ちゃん、うんっ! ありがとうっっ!!」
右手を差し出し、梓はまりなに向けて微笑む。
差し出された梓の手を両手で掴み、歓喜の声を上げるまりなだった。
……そんな様子を、やや遠目に見つめる瞳が一つ……。
澪「………………」
澪は、戸惑いの眼でその光景を見つめていた。
律「みーお、澪ももちろんやるよな?」
唯「澪ちゃんっ! 澪ちゃんもやろうよ! またみんなでライブしようよ!」
澪「……唯……律……私は……その……」
確かに澪自身も、皆とまた演奏したいとも思っていた……でも、こんな大舞台に出るだなんて思ってもみなかった。
まりなの口から直接参加して欲しいと頼まれた事自体は嫌ではなく、むしろ嬉しいとすら思えたのだが……。
それと同時に、酷く巨大なプレッシャーが澪に襲い掛かっていた。
澪(……もうベースだって何年も弾いていないのに……こんな大きな舞台で演奏だなんて……)
澪(……それだけでも緊張するのに……それに、あの子達の前で失敗なんかしたら……)
今日会った子達……Afterglowの5人の顔が澪の頭をよぎる。
あんなにライブを楽しみにしていた子達の前で演奏だなんて……。
昔の5人で演奏できるという楽しさ以上に、絶対に失敗できないという重圧が、人一倍責任感が強く、繊細な澪の心を埋め尽くしていた。
まりな「秋山さん……」
澪「あの……さ、みんな、ちょっと冷静に考えてみないか?」
戸惑いながら、澪は言葉を続ける。
澪「律はさ、パスパレのみんなの前で演奏するの……怖くないのか? もし失敗したらって考えたり……」
言いながら、酷く滑稽な事を自分は言っているということに澪は気付く。
私の幼馴染は、その程度のことで怖気付くような奴じゃなく……むしろ、全力でその重圧に立ち向かおうとする強さを持っている……それが澪の知る、
田井中律という人間だ。
律「あのな……私がそんな事でビビるとでも本気で思ってるのか?」
澪「わ、私は違うんだ……仕事や生活が忙しくて……ベースだってもう何年も弾いてないし……」
澪「そりゃあ、仕事で演奏してる梓や律はいいさ……勘だって鈍ってないだろうし、むしろ昔以上に腕も上がってるだろうしさ……」
澪「唯やムギだって……プライベートでよく演奏してるって言ってた……し……」
言いながら、まるで子供の言い訳のようだと、澪は自身の言葉の薄さを感じていた。
……出来ない理由を正当化して、必死で逃げようとしている子供のような言い訳をする自分に、心底嫌気が差す。
無言で澪の主張を聞く律達だったが、澪の軽薄なその言葉に……特に律は納得していなかった……。
澪「でも私は……違うんだ……きっと……いや、絶対にみんなの足を引っ張るに決まってる……」
律「あのなぁ……お前……いいかげんに」
澪の言い訳に痺れを切らし、一喝しようと律が息を吸い込んだその時――。
女性A「え? なになに? 軽音部のみんな、ライブやるの?」
女性B「え~~、マジで?? いつ? 私絶対に行くよ!」
女性C「ああ……また澪ちゃんの演奏が見れるのね……私、絶対に行くからね!!」
女性D「ねえねえ、わかばガールズは? 憂ちゃん達はやらないの~?」
どこからその話を聞きつけたのか、澪の周囲には人だかりができていた。
殆どの声が放課後ティータイムの復活を望む声であり、中でも澪に対する期待の高さが一際目立っている。
集まった人の数に先程までの怒りも吹き飛び、律は水を一口飲みつつ、座り直していた。
憂「凄いね、澪さんの周り、一気に人が……」
純「澪さんの演奏、凄く格好良かったもんね……私も憧れてたし、また演奏見たいなぁ」
和「澪、軽音部で唯一、ファンクラブもあったぐらいだからね……」
さわ子「ふふっ……ねーえ澪ちゃん、これだけ多くの人が澪ちゃんの演奏を聴きたいって言ってるのよ? ベーシストとして、これ程嬉しいことってないんじゃないの?」
澪「みんな……」
唯やまりな達だけじゃなく、こんなにも多くの人達が、私の演奏を楽しみにしてくれる……。
その気持ちは凄く誇らしく……嬉しい事だと思う。
だが、いや、だからこそ尚更に怖くなる……みんなの期待に……重圧に、押し潰されそうになる……。
勇気が出ない……あと一歩、前へ踏み出す勇気が出ない……っ!
律「ったく……澪のやつ……」
唯「待って、りっちゃん」
まりな「あのさ……秋山さ……ううん、澪ちゃん」
尚も怖気付く澪に喝を入れようと律が立ち上がろうとしたその時、まりなが再び澪に声をかけていた。
まりな「この曲、聴いてみてくれないかな……今度のライブに出る子達の歌なんだ」
言いながらまりなは自身のスマートフォンから音楽アプリを起動させ、澪に手渡す。
『Scarlet Sky』と書かれた曲名の隣には、偶然にも澪が昼間に知り合った、Afterglowの名前が表示されていた。
澪「…………この歌は、あの子達の……」
無言でイヤホンを耳に入れ、澪は再生ボタンを押す……。
~~♪ ~~~♪
軽やかに奏でられるギターとベースから始まるイントロに合わせ、凛とした歌声が澪の耳に流れ込んでくる。
その歌声を、ただ静かに澪は聴いていた。
歌声『――当たり前のようにこんなにも近くでつながってて 欠けるなんて思わないよ』
歌声『――決めつけられた狭い箱 ジタバタぶつかっても どうにもなんないことは わかり始めたし……』
澪(この歌声は……蘭ちゃんかな……凄く前向きで、明るい声……)
イヤホンから聞こえる蘭の歌声が……Afterglowの演奏が……重圧に押し潰されそうな澪の心に響き渡る。
『――戦うための制服を着て 勇み足で教室へ進む 開け放つドアを信じ、進め!』
『――あの日見た黄昏の空 照らす光は燃えるスカーレット 繋がるからこの空で 離れてもいつでも……』
唯「澪ちゃん……」
澪「…………」
唯達が心配そうに澪を見つめる中……澪は眼を閉じ、無心で曲に聴き入っていた。
…………。
最終更新:2019年12月15日 08:05