……その歌は、あの子達の、純粋な想いを誓う歌だった。
時の流れに負けず、仲間と共に今という日々を生きようとする誓いの歌。
精一杯、彼女達の『今』を生きる輝き。
それは、遠い昔、自分自身にもあった輝きで……。
私が、みんなが持っていた、音楽に、仲間に対する純粋な想い。
いいのだろうか……こんな私が、あの子達と同じ舞台に上がっても……。
いや……きっとあの子達なら、私を受け入れてくれる……。
こんなにも優しく……力強く、勇気づけてくれる歌が歌えるあの子達なら……きっと……。
イヤホンから流れる歌声が、澪の心を支配していた恐怖心を振り払っていく。
振り払われた恐怖心は次第に前へ歩む勇気へと変わり、彼女達の歌声に呼応するように、とくんと心臓が高鳴る。
――そして。
『――あたしたちだけの居場所で どんなときも共に集まろう 叫ぶ想いは 赤い夕焼けに……』
最後のフレーズが終わった時、余韻に浸る澪の眼が静かに開かれる。
既にその眼は、恐怖に怯える者の眼ではなく……恐怖とは真逆の、ライブに対する強い決意と期待が込められた眼だった――。
まりな「澪ちゃん……」
澪「…………月島さん、ありがとう……良い歌だったよ」
一言礼を言い、澪はまりなにスマートフォンを返す。
澪「すごいな、あの子達……こんなに素晴らしい歌を歌ってるんだ……」
唯「澪ちゃん……」
梓「澪先輩……」
心配の声を上げる皆に向け、澪は一言、口を開く。
澪「なあ律、この後時間あるか? セットリストを考えようと思うんだけど」
律「……澪……っ!」
澪のその言葉は、参加表明と同義の意を示していた。
まりな「澪ちゃん……ありがとう……本当にありがとう……っ!」
澪「……正直、まだ不安はあるよ……できるかどうかは分からない……ブランクもあるから、みんなの足を引っ張るかも知れない」
澪「でも……それでも、やってみたいんだ……みんなで…………あの子達に見せたいんだ……私達の音楽を……私達の輝きを……!!」
律「へへへっ、ああ……ライブに来る人全員に見せつけてやろうぜ……私達の青春を……放課後をさ!」
唯「うん……私も頑張るよ!」
紬「ええ……決まりね……!」
梓「はいっ! 放課後ティータイム、再始動ですね!」
さわ子「放課後の復活かぁ……いい響きじゃない、頑張りなさいよ、みんな」
――『放課後の復活』……さわ子のその言葉に、周囲からも次々と期待と歓喜の声が上がる。
女性A「やったーー! 私、最前列で応援するからねっ!」
女性B「で、どこでやるの? 唯ちゃん達のライブ」
女性C「花咲川だって! 私も有給使って行くから! みんな、頑張ってね!」
女性D「あ~もう、来週が待ちきれないよ~♪」
まりな「うん……うんっ、みんなっ……本当に……本当に、ありがとう……っ」
ライブの開催が決定し、先程とは違った賑わいが唯達の周りで繰り広げられる。
ある者は酔いの勢いで再びジョッキを開け、またある者は唯達にあらん限りのエールを送る。
そんな周囲の反応に、目頭が熱くなる感覚を抱きながら、まりなは感謝の言葉を言い続けていた。
ここだけでどれほどの人がライブに来てくれるのか……即座に数えるのが難しい程多くの人がライブに来てくれるのは、既に明白だった。
まりな「えへへっ……嬉しいよ……私、すごく嬉しい……」
律「まーりな、やったじゃん、集客効果バッチリだな」
まりな「あはははっ、ううん……それもだけど、私自身も……来週が楽しみになってきたよ」
まりな「高3の時の学園祭のライブ……みんなの演奏、私、今も覚えてるよ…………」
律「あははっ、懐かしい事覚えてるなぁ」
まりな「うん、だから……私も期待してるから……みんな、ライブの件、どうぞよろしくお願いします」
律「ああ、ま、私達に任せときなって」
律「出演するどの演者よりも、最高にカッコいいライブにしてやっからさ!」
喜びと感謝、期待と興奮……様々な感情に涙ぐむまりなに向け、親指を立てて律は宣言する。
憂「えへへへっ……お姉ちゃん……良かったね……ん……っ ああもうっ……何だろ、この感じ……」
和「ふふっ……憂ったら……泣くのはまだ早いわよ?」
さわ子「さてさて……来週か……私も、久々に頑張るとしましょうかね……♪」
純「その日なら仕事休みだし、私も行くよ。もちろん直とスミーレも行くっしょ?」
菫「はいっ! もちろんです!」
直「ええ、私も……必ず行きますね……!」
そして……。
律「よーーし!! みんな! グラス持ったなー! 放課後ティータイム……やっるぞーーー!!!」
一同「おーーーっっっ!!」
律の掛け声に合わせ、彼女達は、掲げられたグラスを一気に呷る。
その味わいは、今まで飲んだどの酒よりも美味く、深い味……。
放課後の復活を祝う、奇跡の祝杯だった。
―――
――
―
それから程なく、幹事の和の一声により同窓会は幕を閉じ……律と澪を除いたそれぞれの放課後が家路についた翌日。
ライブの打ち合わせと音合わせの為にと急遽予約を取ったライブスタジオに5人は集結し、今に至るのだった。
澪「いきなりこんな感じで、本当に大丈夫かな……」
律「みーお、そんな顔すんなって、大丈夫だよ、私らならできるって」
澪「律……」
唯「……りっちゃんの言うとおりだよ澪ちゃん。私達、今までどんなに大変なことがあっても乗り越えて来たんだもん……だから、今度もきっと大丈夫だよっ!」
一切の迷いなく放たれる唯の声に、澪は頭を振り、再度芽生えつつあった戸惑いを振り切る。
澪「唯……ああ、いつまでもウジウジしていられないよな……うん、私もやってみるよ」
紬「ふふふっ、じゃあ早速だけど、音合わせ、やってみよっか?」
梓「そうですね、まずはふわふわ時間からやってみましょう、先輩方、スタンバイお願いします」
律「よし、じゃあやるか!」
律の声に合わせ、それぞれが所定の位置に立ち、楽器を構える。
……彼女達の、実に数年ぶりの演奏が始まるのであった。
律「……ワン、ツー、スリー!」
~~♪ ~~~♪
唯のギターから始まり、それに合わせるように各パートが入り、イントロが始まる。
律(入りは完璧……あとは……歌の出だしだけど)
唯「…………」
律(おい唯! 歌!)
唯「あっ! キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」
律(やれやれ……まぁ、久々だしな……)
~~♪ ~~♪
澪(律! ちょっと待って! 走りすぎだ!)
律(やべ! あれ……澪、なんか音違ってないか?)
唯(次、澪ちゃんのパートだよね?)
澪(っっ……ごめん…………歌詞飛んだ……唯、頼む!)
唯(ううん、大丈夫だよっ!)
唯「ふとした仕草に今日もハートZUKI★ZUKI……♪」
律(はははは……いやー、こりゃ相当練習しなきゃな……)
紬(ふふっ……でも、この感じ……)
梓(はい、凄く懐かしくて……)
唯(楽しいな……♪)
澪(…………っ……)
彼女達の演奏は、途中何度か危うい場面を迎えてはいたものの、それでもどうにか最後まで続けられた。
それは正直なところ、完璧とは程遠い出来栄えだったが……それでも止まることなく、最後までやり切ることが出来た。
その確かな事実に、5人の中には危機感以上の安心感が生まれる。
まだ……指は、手は、感覚は覚えている……昔、幾度となく演奏した自分達の代表曲は、完全に失われたわけではなかったのだ。
律「ふぅ……危なかったけどどうにか演奏しきれたな」
額に流れる汗を拭いつつ、律は言う。
澪「ごめん、唯、あんなに歌ったのに……私、歌詞、飛んで……」
唯「ううん、大丈夫だよ、澪ちゃん」
律「私もかなり走ってたからなぁ……ま、何回かやってきゃ勘も戻ってくるよ」
紬「ええ、梓ちゃんもさすがね……ソロパート、凄く綺麗だったわ」
梓「あ、ありがとうございます」
律「でも、一番簡単なふわふわでコレか……やっぱセトリ考え直したほうがいいかな?」
唯「う~ん……でも、私はこのセトリが一番だと思うんだけどなぁ」
律「あ~~、他の曲の音源が無いのは痛いよなぁ……」
昨日、全員が解散したその日の内に律は澪と共にライブで演奏する曲のセットリストを考え、メッセージアプリにあった放課後ティータイムのグループチャットに転送していた。
全員がそのセットリストを見て律に賛同していたのだが……ふわふわ時間以外の音源が行方不明となっていたのは予想外のトラブルだった。
澪「音源か……たぶん私の実家にあると思うんだけど、やっぱり今からでも探して来た方がいいんじゃないか?」
律「今から行っても探してる時間ないだろ……ライブまで時間もないんだしさ……」
律の言う通り、ライブまでの時間は刻一刻と迫ってきている。
当然、ライブ当日までの間にも各々仕事があり、そして少しでも集まれる時間を作るため、今週いっぱいは全員の仕事も忙しくなることは既に決まりきっていた。
本来、5人が2日も続けてこうして集まれる事自体が既に珍しいことなのだが……それでも、ライブまでに可能な限り時間を作り、仕上げに費やさなければならない。
今現在も多忙を極める自分達が、どれ程過酷な道を歩もうとしているのか、今更になって律は実感していた。
紬「だ、大丈夫よ! みんなで力を合わせれば、きっとなんとかなるわ!」
唯「そ、そうだよ! あ、そうだ! もう一度演奏してみようよ!」
気落ちしかけた皆の気を持ち直そうと、唯と紬が声を上げる。
だが、その声も虚しく、全員の顔に僅かながら焦りの色が浮かんでいた。
曲のマスターが無いということは、原曲を聴くことが出来ないということ。
それは、手探りで曲そのものを構築しなければならないということ。
譜面すらも無いこの状況でその時間を作り出すのがどれ程大変な事か……音楽に関わる仕事をしている者は特にだが、想像するだけで気が遠くなっていた。
律「あー、どうしよ」
どうしようかと考えあぐねいていた時、がちゃりとした音を立て、スタジオの扉が開かれる。
直「お疲れさまです……あ、やっぱりやってましたね」
菫「お姉ちゃん、皆さん、どうも」
梓「直、それに菫も、どうしたの?」
そこには、ノートパソコンなどの各種機材を手にした直と菫の姿があった。
菫「はい、私はお姉ちゃんに仕事のお話と……あと、先程お姉ちゃんから皆さんの事情を聞いて、私から直ちゃんに相談したんですよ、そしたら……」
直「ええ、既にお話は菫から伺ってます、放課後ティータイムの歌の音源なら、私全部持ってますよ」
律「……え、マジで?」
直の言葉に驚愕の声を上げる5人。
直「はい……昨日もお話したと思うんですけど、私、今フリーの作曲家をやってまして……」
直「作曲家を志した時に私、練習と特訓を兼ねて、放課後ティータイムの歌と私達、わかばガールズの歌を全部パソコンに打ち込んでみたんですよ」
澪「全部って、あの何曲もある歌を全部?」
直「はい……菫や梓先輩に音源貰って……最初は大変でしたけど、でもやってくうちに楽しくなってきちゃいまして……」
菫「もし良かったら聴いてみて下さい、直ちゃんの作った曲、凄く丁寧に打ち込まれてるんですよ」
そして、直はノートパソコンを起動させる。
恐らく仕事用のパソコンなのだろう、作曲に関わる様々なアプリケーションのアイコンが雑多に並ぶ画面の中に『HTT』というフォルダを見つけ、クリックする。
開かれたフォルダには、放課後ティータイムの全ての歌が一覧に表示されていた。
直「ふわふわ時間……あった、これです」
直の指が、『ふわふわ時間』と書かれたMP3ファイルを起動させる。
音楽再生アプリが立ち上がり、懐かしいイントロとともに機械的な歌声がスピーカーから聞こえ始め……。
『~~♪ ~~~♪』
律「うはっ、イントロは完璧だな……まるで昔の私達の音そのものだ……」
歌声「――キミを見てると いつもハートDOKI☆DOKI……」
澪「凄い、歌声まで再現されてる……!」
唯「ねえ、これってもしかして……」
直「あ、わかります? ボーカロイドで打ち込んでみたんですよ」
菫「ふふふ、直ちゃん、たまに動画サイトにボカロの曲も投稿してるんですよね」
梓「驚いたよ……直にこんな才能があったなんて……」
直の作ったふわふわ時間は、律達の想像以上の完成度を秘めていた。
他にも、U&Iやふでペン、カレーのちライス等。過去に唯達が演奏した全ての曲が完璧な再現度で打ち込まれており、誰もがその出来栄えを絶賛するのだった。
更に……。
紬「あの、この、OFF.RGtっていうのは?」
直「はい、リズムギターの音源のみをオフにしたバージョンです」
澪「えっ、そんなバージョンもあるの?」
直「はい……勿論他にも、ドラムやベース、リードギターやキーボードをオフにしたバージョンもありますよ」
直「それらとは逆に、各パートのみの音源もあります」
律「すげえ、これなら演奏のイメージも掴みやすいな」
直「あと、譜面も全曲分、全パートを揃えてありますので、必要なら仰って下さい」
紬「わぁ……直ちゃん、凄いわ……」
澪「なんかもう、感心で言葉が出ないな……ここまでやってくれてたなんて……」
直のその手際の良さに感服し、溜息すらこぼれる5人だった。
5人全員が今後の練習のために望んでいたもの、自分達が演奏する曲の音源……それは、律達の予想以上の形で眼前に並べられていた……。
律「これがありゃ、自主練もかなり捗るな……」
梓「あ、あの! 直、もし良かったらこの音源、貸してくれないかな?」
直「はいっ、そう思って、セットリストの曲は既にクラウドサーバーに保存してあります。後ほど梓先輩にURLをお送りしますので、皆さんで是非使って下さい」
直「スマートフォンやパソコンがあれば、すぐにでもダウンロードして聴けると思います」
唯「直ちゃん、ありがとう!」
梓「直、ありがとう! 直だって本当は凄く忙しい筈なのに、それでも私達のために、ここまでしてくれて……本当にありがとう……!」
直「いいえ……私も、皆さんのライブを楽しみにしてるんです……私にはこのぐらいしか出来ないですけれど……それでも、皆さんのお役に立てればと思いまして」
笑顔を絶やさず、直は続ける。
フリーの作曲家という、時間を自由に使える仕事を選んだとはいえ、それでも彼女はまだ駆け出しの身である。
今日、これだけの準備をするのにどれ程直が自分の時間を割いてくれたのか……そこには梓の想像以上の手間があったことは、言うまでもないことだった。
澪「律……これなら……」
律「ああ、仕事の空き時間や家に帰ってからでも、十分各自で自主練できるな」
紬「あ、そうだ、菫ちゃん、私にお話があるって言ってたけど、何のお話?」
菫「はい、お姉ちゃ……いえ、『紬お嬢様』」
紬「……?」
あえて『お姉ちゃん』ではなく、『お嬢様』という固有名詞を使い、菫は紬に向き合う。
それは、これから発せられる言葉は、姉としてではなく、琴吹グループ役員であり、琴吹家令嬢としての
琴吹紬に向けて投げ掛けられることを意味していた。
菫「お嬢様の今週の予定ですが、既に私の方で各方面の調整を済ませておきました」
菫「ですので、来週からは非常に忙しくなると思いますが、その分、今週は思う存分ライブに費やして下さい」
紬「菫……ちゃん……!」
菫「私も直ちゃんと同じです……皆さんのライブ、とても楽しみにしてますっ」
明るい笑顔で菫は言う。
その顔は直と同じ様に、ライブへの期待感で満ち溢れているように5人には感じられていた。
紬「すみれ……ちゃん……っ、うん、ありがとう。ありがとう……!」
律「ははっ……凄ぇ応援されてんなぁ、私達」
澪「ああ……皆の期待に応えるためにも、絶対に成功させなきゃ……」
梓「はい……そう、ですね」
唯「よーし、ねえみんな、もっかいやろうよ!」
紬「ええっ! もう一度、演奏しましょう!」
梓「直、菫、よかったら聴いてってくれる?」
直「はい、もちろんですっ」
菫「ええ、ありがとうございますっ」
律「よし、じゃあやるかっ!」
律達はステージに上がり、楽器を構える。
そして、再び彼女達の演奏が始まる。
その演奏は先程までの演奏とは違う、不安から開放された、本来の彼女達の演奏だった。
こうして5人で演奏するきっかけをくれたまりなに、昨日再会できた全ての人に、あの頃の懐かしさを思い出させてくれた5組の少女達に感謝の念を抱きながら、一心不乱に唯達は音を紡ぐ。
どれ程の時間が過ぎようが変わらない、5人が集まれば、どこであろうが私達は放課後に戻り、あの頃と同じ音を奏でることができる。
菫と直、憂に純、……また、和にさわ子達……自分達に関わる人全てがライブを楽しみにしてくれている。
重圧以上の楽しみが、興奮が5人の中に宿る。
その興奮が、彼女達の音を更に盛り上げる――!
菫「すごいな……お姉ちゃんも皆さんも、あんなに楽しそうに演奏してる……」
直「うん……ライブの当日、凄く楽しみだね」
彼女達が紡ぐその音は、演奏を聴いていた菫と直の心にも確かに響いていた。
かつての興奮が、懐かしさが二人の胸を打つ。
自分達の中の時計が、まるで学生の頃まで戻される感覚を覚えながら、菫と直の二人はステージ上で奏でられる歌に聴き惚れていた。
そしてその日、放課後ティータイムの数年ぶりの演奏は、日付を跨ぐギリギリまで続けられたのだった――。
最終更新:2019年12月15日 08:08