さわ子「せっかくの元教え子達の再結成の晴れ舞台だもの……憂ちゃんと純ちゃんにも協力してもらって、徹夜して作ったのよ……」
唯「さわちゃん、こんなになるまで頑張って作ってくれたんだね……」
律「気持ちは嬉しいけど……また、とんでもない衣装じゃないよな……」
澪「と、とりあえず開けてみよう……」
高校の頃の記憶が全員の頭を過る。
さわ子が作った軽音部時代のライブ衣装……それらのほとんどが人前では着られないような衣装であり、当時の唯達ですら着るのを躊躇うような代物が多かった。
そんな心配が脳裏を過るのを自覚しつつ、澪は恐る恐る衣装を広げていた。
澪「これは……Tシャツ?」
律「な~んだ、何の変哲もない普通のTシャツじゃん、別にそこまで苦労するようなもんじゃないでしょ?」
肩透かし感を喰らいつつ、澪と律は口々に感想を述べる。
2人の言う通り、それは一見すると何の変哲もない、無地の白いTシャツに見えた。
しかし……。
唯「あれ、でも裏になにかスイッチみたいなのがあるね?」
梓「これは電池……ですか? 裾の辺りに何か入ってますね」
さわ子「いいから、一回着てみてご覧なさいな」
さわ子に誘われるがまま、唯はTシャツを着込み、裾にあるスイッチを押す。
……すると。
律「うわっ! ひ、光った!」
唯「えー? 私からじゃうまく見れないよぉ~」
澪「凄い……一見すると無地のTシャツなのにこんなに明るくなって……これ、LEDで光るTシャツだったんですね」
紬「このデザインは……懐かしいわ……学園祭ライブのTシャツですね」
梓「わぁぁ……凄く、凄く良い衣装ですよ、これ!」
さわ子「ふふっ、みんなのその顔が見たかったわぁ……」
さわ子が用意した衣装、それは無地の白いTシャツに紫色の星が黄色く縁取られたデザインが施され、その前面には大きく『HTT』という文字が描かれた、唯達にとって思い出のTシャツだった。
まさしくそれは10年前、放課後ティータイムが高校最後の学園祭で演奏した際に着ていた衣装を再現したものであったが……。
しかし、それは単なる再現ではなく、Tシャツの各所にLEDが埋め込まれ、スイッチ一つで発光するという、10年前よりも遥かに進化した衣装となっていた。
さわ子「苦労したのよー、1週間しか時間なかったんだし、今日なんてもう寝ずに仕上げてそのまま来たってわけ」
律「さわちゃん……」
澪「先生……あ、ありがとう、ございます!」
紬「ステキな衣装ですね……ありがたく着させてもらいますっ!」
さわ子「ええ、私にここまでさせたんだから頑張りなさいよー? みんなの演奏、あなた達の元顧問として……軽音部の先輩として、しっかりと観させてもらうからね」
唯「さわちゃん先生……」
さわ子「唯ちゃん、あなたの歌も、楽しみにしてるわね」
疲労の中にも確かな期待が宿るさわ子の眼に、全員の顔が強く引き締まる。
それと同時に、さわ子と過ごしたかつての記憶が律達の中で思い起こされていた……。
律(……そういや、さわちゃんって昔っからこうだったよな……)
澪(ああ……3年間、いつも私達のことを見守ってくれていて……)
唯(ギターが下手だった私にいっぱいギターを教えてくれたり……ライブの衣装を人数分作ってくれたり、ロンドンにも応援に来てくれたよね)
紬(ええ……合宿に来てくれたり、夏フェスにも連れて行ってくれて……私の淹れるお茶をいつも美味しそうに飲んでくれてたのも、さわ子先生だったわ)
梓(どこか抜けてて、それでもかっこ良くて……先生っていうよりも、まるで歳の近い先輩みたいな感じで、気付いたらいつも私達と一緒にいてくれましたよね……)
さわ子「……? みんな、どうかしたの?」
律「ううん、いや、ちょっと昔を思い出して……」
律「……さわちゃん、ありがと……さわちゃんの想い、確かに受け取ったよ」
さわ子「……? ええ……私がいて、みんながいた頃の軽音部……桜高の軽音部魂を、会場中に集まってる若い子達に見せつけてあげなさいっ」
唯「うんっ! 私達に任せて!」
律「よーっし! みんな、準備は整ったし、行くか!」
一同「うんっ!!」
眼前の恩師の言葉に、5人は力強く返す。
その言葉に合わせ、憂達からもエールが送られる。
憂「お姉ちゃん、私達も応援してるからねっ」
唯「うんっ! 憂、純ちゃん、和ちゃん……ありがとう!!」
紬「菫ちゃん、直ちゃん、私達の演奏、最前列で見ててねっ♪」
直「はい! お気をつけて!」
菫「うん! それじゃあお姉ちゃん、先輩方、また後で!」
一同「皆さん、頑張ってくださーい!」
唯「はーい! みんな、行ってくるねー!」
そして、さわ子から託されたTシャツを着たその上に上着を羽織り、放課後は歩き出す。
揚々とした素振りでライブハウスへ進む放課後に向け、あらん限りの声援が投げ掛けられる。
1人の先輩と親友、そして4人の後輩……多くの人々の期待を背に彼女達は、その舞台へと大きく足を進ませていた――。
―――
――
―
【CiRCLE 受付】
CiRCLEの受付前、そこは既に多くの人で賑わっていた。
引っ切り無しに人が往来する中、受付と誘導の手伝いに来ていたPoppin'PartyとPastel*Palettesの面々もまた、来る客の誘導と応対に追われているのが伺える。
多くの人が入口付近で沙綾と有咲の誘導に従って列を作り、その先の受付では、彩と日菜の2人が笑顔を絶やさず接客を行っていた。
沙綾「はーい、皆さん列を乱さないようにお願いしまーす! って、あ、唯さん!」
唯「や、沙綾ちゃん、やっほー♪」
有咲「どうも唯さん、今日は遠くから来て下さってありがとうございます……そちらの方々は?」
唯「うん、私のお友達も呼んできたんだ、有咲ちゃんもお疲れ様、頑張ってるね」
自分の後ろに並ぶ律達を軽く紹介し、誘導に従って唯も並び始める。
沙綾「皆さん、今日は早くから来ていただいてありがとうございます。唯さん、香澄ならもう下にいると思いますよ」
唯「うん、あとで顔見に行くよ、ありがとね♪」
次第に列は進み、そして程なく、彩の前へと唯達は進んでいった。
女性「彩ちゃん、今日も応援してるよ、頑張ってね!」
彩「はいっ♪ ありがとうございますっ! では、奥へどうぞ♪」
唯「…………あ、あの! 丸山彩ちゃん……ですよね?」
彩「はいっ? あ、えっと……」
唯「あ、あのその……サ、ササササインをを……」
彩「え? あっ、はい」
律「うおっほんっっ! あの、詰まってるんだけど……」
どこに隠し持っていたのか、唯が懐から色紙を取り出し、流れで彩がペンを持とうとしたうとしたその刹那、背後から物凄い剣幕で咳をする律の声が響いていた。
唯「あっ! す、すすすすみましぇんっっ!」
彩「……え? あ、特別客の方ですね、そのまま奥へどうぞ♪」
その威圧感に押し出されるようにして、唯は予めまりなから手渡された特別チケットを彩に手渡し、背後の律に背中を押されながら受付を済ませていた。
律「ったく……あ、どうも」
彩「……??」
日菜「………あれは…………ふふふっ♪ ……おねーさん♪」
律「ん……?」
律の姿を見かけた日菜が含み笑いを絶やさず、優しく声をかける。
日菜「ライブ、楽しんでってくださいね♪」
律「あ、ああ……ありがと……」
律(受付、日菜ちゃんもいたのか……バレてない……よな)
努めて冷静に、クールを装いながら律は日菜に言葉を返す。
そんな律に送られる日菜の視線を受け流しつつも、5人はライブハウスの奥へと歩を進めていった。
彩「……あの人達、なんだか不思議な人だったね」
日菜「あれ? 彩ちゃん、気付かなかったの?」
彩「えっ、な、何のこと?」
日菜「ふふふっ……♪ ライブ、頑張ろうね~♪ るんるんっ♪」
彩「…………???」
【CiRCLE ラウンジ】
律「ゆーーーいーーーーーっっ」
――ぎゅうううう………
唯「いひゃいいひゃい……! りっひゃん……ご、ごごごごごめんなひゃいいいいぃぃぃ!!」
紬「ほらほら……りっちゃんもそのぐらいにして……」
律「ったく……後で彩ちゃんにもキツく言っとかなきゃな……あんま安売りすんなっていつも言ってんのに……」
先程の唯の問題行動に対し、怒り心頭の様相で律は唯の頬をつね上げていたが、紬の声により、その手は開放される。
そして当の唯は、涙目で赤くなった頬を擦っていた。
唯「あーずにゃーん、みおちゃあぁぁん……痛かったよぉぉ」
澪「まったく……さっきのは唯が悪いと思うぞ」
梓「同感です」
まりな「あ、みんなー♪ 今朝はどうもね」
唯「あ、まりなちゃん♪」
まりなの声に涙目から一変し、唯の顔に笑顔が戻っていた。
律「よ、まりな、どうかしたの?」
まりな「うん、もうすぐ最初のバンドの演奏が始まるんだけど、ポピパやパスパレの演奏まではまだ少し時間あるからさ」
まりな「今のうちにみんな、知り合いの演者の子達に挨拶とか激励とか、行ってきてあげたらどうかなって思って」
唯「え、いいの?」
まりな「うん、本当は関係者じゃなきゃダメなんだけど、放課後ティータイムのみんなは特別ってことでね」
律「そうだなぁ……って言っても私は行けないからな……あ、そうだ」
思いついたように律は手に持った袋をまりなに手渡す。
律「まりな、これ、あの子達に差し入れ持って来たんだ、あとでパスパレのみんなに届けてくれないかな?」
まりな「うん、いいよー」
澪「私も、Afterglowのみんなに差し入れ持ってきたんだ、喜んでくれるといいけど」
紬「ハロハピの演奏までまだ時間あるし、私、こころちゃん達に挨拶してくるわね」
唯「私も、ポピパのみんなに挨拶してこよっと♪」
梓「じゃあ、私と律先輩はここで待ってますね」
唯「あれ、あずにゃんは行かないの? Roseliaのみんなと知り合いだったんでしょ?」
梓「あの人達には激励とか、そういうの不要だと思います、友希那さん達の演奏、1回目は最初の方ですし……今行ったら邪魔になると思いますので」
唯「あ、そうなんだね」
梓「はい、ですから私にお構いなく、唯先輩達は皆さんの挨拶に行ってきて下さい」
唯「うん、わかったよ、じゃあまたあとでねー!」
そして、
律と梓の2人を残し、唯、澪、紬の3人は、それぞれがそれぞれの縁ある少女達の元へと向かって行くのだった。
―――
――
―
【控室】
受付をCiRCLEのスタッフと代わり、彩達Pastel*Palettesの面々は控室でメイクのチェックに勤しんでいた。
まりな「みんな、いるかな?」
彩「あ、まりなさん。どうかしたんですか?」
まりな「うん、さっきそこでファンの人から差し入れ届けてもらうように頼まれたから、ここに置いとくね♪」
まりな「あ、もちろん中はちゃんとチェックしてあるから、そこは安心してもらっていいからね」
千聖「わざわざすみません、ありがとうございます」
まりなに礼を言い、日菜と麻弥は差し入れの袋を開ける。
袋の中には、以前日菜の話にも出た、桜が丘の喫茶店のパンが詰め込まれていた。
日菜「あ~~、これ、前に律さんと食べた喫茶店のパンだ~~♪」
麻弥「へぇー、それが日菜さんが前に言ってた、桜が丘の喫茶店のパンですか」
日菜「うんうん♪ 前にお姉ちゃんもおみやげに買ってきてくれたし、本当にここのパンって、ルンっ♪って味がするんだよね~♪」
イヴ「どんな味がするのか、楽しみですっ」
千聖「そうね、あとで休憩の時にでも頂きましょうね」
日菜「ふふふっ♪ あーー、そっか……そうだったんだね♪」
彩「……日菜ちゃん、さっきからすごくご機嫌だね……ほんと、どうしたんだろ?」
日菜「ねえ、みんなー♪」
千聖「日菜ちゃん、どうしたの?」
日菜「ライブ、がんばろうねっ!」
彩「日菜ちゃん……うんっ! もちろんだよ!」
イヴ「はいっ! 緊褌一番、私も頑張ります!」
千聖「ふふっ……日菜ちゃん、なんだか今日はいつも以上に燃えてるわね」
麻弥「ハイ……何か、良いことでもあったんでしょうか?」
日菜「……♪ 今日は楽しいライブになりそうだなぁ~♪」
日菜の眼が一段と輝く。
普段以上にやる気に満ちた日菜のその意図は4人には読めないが、それでも日菜の言う通り、今日は楽しいライブになるだろうと彩達は予感していた。
―――
――
―
【控室前】
澪「……差し入れ持ってきたはいいけど、ライブ前でみんな集中してるだろうし、私なんかが入ってみんなの邪魔にならないかな……」
ひまり「……あれ? み、澪さん!?」
澪「……? あ、ひまりちゃん、どうも」
声に振り向くと、今まで髪のセットをしていたのだろう、ヘアスプレーを片手に衣装を着込んだひまりが澪の前に立っていた。
ひまり「やっぱり澪さんだ! お久しぶりです、今日は来て下さってありがとうございますっ♪」
澪「うん、久しぶり……ひまりちゃん、元気そうだね」
ひまり「はい、そりゃあもう……あ! そうだ、もし良かったら中へどうぞ、みんなもきっと喜んでくれると思います!」
澪「いいの?」
ひまり「はい、大丈夫ですよ♪」
澪「……ありがとう、それじゃ、失礼します」
ひまり「みんなー! 澪さんが応援に来てくれたよっ!」
モカ「も~、ひーちゃん騒ぎすぎー……って、お~~、澪さんだ~」
勢いよく扉を開け、ひまりは澪を中に招く。
既に準備は終えられたのだろう、控室には、衣装をバッチリと決めたAfterglowの姿があった。
澪「みんな久しぶり、ふふっ、準備万端って感じだね」
モカ「澪さん、どうも~♪」
蘭「……こんにちわ」
巴「どうも、ご無沙汰してます、今日は来てくれてありがとうございます!」
つぐみ「澪さんお久しぶりですっ♪ 今日は楽しんでって下さいね」
澪「うん。みんな、誘ってくれて本当にありがとう……はいこれ、差し入れ持ってきたんだ、良かったらどうぞ」
律がまりなに手渡したのと同じ袋を澪はひまりに手渡す。
その中は言うまでもなく、以前Afterglowとの話に上がった、桜が丘の喫茶店のパンが入っていた。
最終更新:2019年12月15日 08:21