HAPPY BIRTHDAY YUI


唯「おおーいい天気!」

唯「さっそく水着に着替えるとしますかー」



梓「でも今日は」

唯「だぁいじょうぶだってーせっかくの西カリブだよ? グランドケイマンだよ?」

唯「海が世界一透明なんだよーこれは泳ぐしかないでしょ!」

豪華客船の部屋から見える海と太陽が私を誘っている。
泳がないわけにはいかないでしょー。
せっかく西カリブにまで来たんだから。



唯「そ、れ、に」

唯「水着持って来てるんでしょ?」

梓「う……」

唯「ふふー。さっ早く着替えないとみんなに置いて行かれちゃうよ」

唯「あーずさっ♪」


梓「もーしょうがないなー」

とか言いつつも顔はにやけてる梓。
いやー素直になったもんだよ。
出会ってすぐの頃だったらキレてたかもしれないね。

唯「ぷふー」

梓「何笑ってるのよ。着替えるんでしょ」

唯「着替える着替えるー」


梓がキャリーバッグから水着を取り出した。
ピンクだ。パステルピンクのビキニ。
この前一緒に水着買いに行った時のやつ。
あの時梓はどの水着にするかすごい悩んでて、パットとパットポケットを入念にチェックしてたからすかさず

唯「でもパットってスポンジだから水吸うよね。身体が乾いてるのに胸から雫が垂れちゃったり。西カリブは暑いから身体乾くの早そうだなー」

唯「それにシリコンでも海で泳いだら取れちゃうかもしれないし」

って言ってみた。
そしたらしばらく動かなくなった後、何か吹っ切れた顔をしてパステルピンクの水着を掴んでいた。
ごめんね梓。
気持ちは十二分にわかるんだけど、こう、ありのままを見たりさわったりしたいっていうか……。


そんな事を思い出している内に梓が着替え始めた。
水着もそうだけどやけに手際がいいなぁ。
からかいたいけどここは我慢しよ。
それよりも。
梓は部屋着のショーパンを脱いで下着に手をかけて……動きが止まった。あれ。

梓「……見過ぎ」

唯「へっ? あ、あはは……」

ばれた。

唯「そ、そんなに気にしなくてもいつも一緒に着替えたりしてるじゃーん」

梓「……」

その後の梓は鉄壁の守りだった。
何となく中学校の水泳の授業を思い出した。


無言で着替えた。

梓「着替え終わったよ」

唯「私もー。おおー水着似合ってるよ~可愛い」

梓「……どもです」

目をそらしつつそう言って、軽く足をすり合わせた。
かわいい。

唯「ふむ……」

無地のパステルピンクのビキニ。
南国っぽいトロピカルな水着も捨てがたいけどこっちもいいねえ。
上下共にフリルが施されていてかわいい。
特に胸のあたりのフリルがボリューム満点で梓のつつましやかな膨らみをふわっとカバーしている。
なるほどこれが狙いだったのか。
そこを気にしてる梓かわいいよう。

唯「あず……」

梓「……」

ジト目で睨まれた。
どうして思ってる事がすぐばれちゃうんだろ……。

唯「い、いやー私てっきりチェック柄の水着にするのかなって思ってたけど私はこっちの方が好きだなー……」

梓「まあ……そうですか」

梓はそっけない返事をしてキャリーバッグをあさり出した。
そっけない返事の中に何となく含みのある感じがする。
梓がこういう態度を取る時は実は嬉しがってたりするんだよね。
なんだろ……何か前に……。
水着の話だと思うんだけどなぁ……水着……ピンク……あれかなぁ。
2年くらい前に高校時代に着てたピンクの水着可愛かったねって梓に言った気がする。
確か旅行中に海で泳いでた時だっけ。
もしかして今回のチョイスはそれを踏まえてだったり? フリルもついてるし。
ってそんなわけないか。

梓がバッグから取り出したのは日焼け止めだった。
なるほど必需品だね。

梓「塗ってあげる。そこ座って」

唯「まあ!」


唯「ありがとー」

ベッドに座って背中を差し出す。
梓の指が首筋、肩、背中へと滑り液体が塗られていく。
あー、いいねこれ。
梓の小さい指がやさしく行ったり来たり。
おお……なんていうか、いいんだけど触り方がなんだか……。

唯「……あずさ?」

梓「どうかした?」

唯「いやぁ、別に……」


とてもゆっくり指を這わせて鎖骨のそばとか、腋の下のそばとか、脇腹の周りなんかを執拗に塗ってくる。
我慢できるくらいのくすぐったさなんだけど、それがずうっと続いてくると変な感じに……。

唯「……んっ」

梓の指に身体が反応しちゃって自然と力が入る。
触れるか触れないかぎりぎりの撫で方。
くすぐったい。たまにぞくっとくる。
……わざとかなあこれ。
ここでようやく背中から指が離れた。
やっと終わっ――

唯「ひあっ!?」

解放されたと思ったら腰の辺りから背骨のラインをつつーっと撫で上げられた。
不意打ちのせいで身体が弓なりに跳ねてしまう。
背中が弱いの知っててやったな。
変な声まで出ちゃったじゃん!

梓「ぷっ」

唯「もうっ! わざとでしょ!?」

梓「えへへ、ごめんなさい。でもさっきのお返しだもん」

たまにイタズラ(?)されるんだよね。
これも素直になったって事なのかなぁ……?


ようしおかえししちゃうぞ。

唯「わたしもぬってあげるヨー」

梓「自分で塗るから大丈夫」

唯「そんな事言わずに」

梓「……はい塗り終わった。準備出来たし行こうか」

唯「……」

梓「早くしないと置いて行くよー」

唯「昔はもっと可愛げがあったのに……」

梓「気の所為でしょ」

唯「そんな……」



そんなこんなで私達は今豪華客船に乗っています。
とっても大きいんだよ。
容積は東京ドームといい勝負で世界最大級の豪華客船。
そこにはホテル並みの客室とかプールとかライブホールとか色んな娯楽施設とかが詰まってる。
他にもレストランがあったり買い物出来たりそれから公園みたいな場所もあるんだ。
それでいてどこもすごく広いんだよねえ。
一回のクルーズじゃ遊びつくせないんだもん。
そんなすっごい船に乗るのも今回で……何回目だっけ?
この船を拠点にカリブ海をぐるっと周って色んな場所を旅行したっけ。
思い出深い船です。色々と。



そして西カリブクルーズ最初の寄港地グランドケイマン島へやってきました。
ここの海は世界で一番透明なんだって。
天気もいいから海の底まで楽々見えたよ。
シュノーケリングしたり間近でエイを見たり。
世界にはこんなに綺麗な場所があるんだなって思った。

砂浜も白くて波打ち際がとても綺麗だったから海と砂浜の間を歩くことにした。
日射しは強いけれど時折くるぶしの辺りまで波に浸されるのが気持ちいいな。
こうやってぼーっと歩くのが何となく楽しい。
けどちょっと疲れてきた。それに戻るのが大変だ。
と思ったら丁度いい所にビーチサイドバーがあるじゃないですか。
まだ午前中だけどここは一杯……ふふっふ。

梓「ゆいっ!」

唯「え?」

梓「何してるんですか。……まさか飲もうなんて思ってないですよね」

唯「あえっ……あずにゃん先輩どうしてここに……」


梓「もう、急にいなくなるんだから。置いて行かないでよ。それに今日はまだダメでしょ」

唯「や、やだなぁジュースだよジュース……ほんとだよ?」

梓「……はぁ。少しだけ休憩したらすぐに戻りますからね」

唯「さっすがあずさ話がわかるぅ!」

梓「ジュース、だからね」

唯「え、あ、うん……」

梓「じゃあ行こ」

振り返れば私の足跡とそれに寄り添うもう一つの足跡。
結構長く歩いたと思っていたけど前を見ればそれ以上にまっさらな砂浜が続いている。
まだまだ知らない場所がいっぱいあるから、いつかそこに辿り着けたらいいな。

梓「唯ー?」

唯「今いくよー」



その後みんなと合流してもう少しだけ泳いで日の高いうちに豪華客船の自室に戻った。
透明な海が名残惜しいけど仕方ない。
夜に備えてやる事もあるし何より遊び疲れてちょっと眠い。

ベッドに入ってちょっと休憩。
あぁ、ふかふかのベッド最高……。
この船には何度か乗ってるけど旅先のベッドって新鮮な感じがするなあ。
自分のベッドじゃないと何故か早起きも出来ちゃったりするんだよね。
最初にこの船に乗った時もそうだったしホテルなんかでも……。
思えば今この豪華客船にいるのは早起きのおかげかも。
同時に梓と特別な関係になるきっかけでもあった。
早起きは一生の得かもしれないね。

あれは私達が一歩前進したライブツアー。
……が終わった次の日だっけ。




ライブとその打ち上げ第一弾が終わってホテルでぐっすり。
朝起きると珍しく梓だけ寝坊してたんだよね。
疲れが出たのかなと思って梓の部屋を覗きに行ったんだ。
あれ、部屋の鍵どうやって開けたんだっけ?
まぁいいや。


薄暗い部屋に入る。
梓の寝息が聞こえそうな気がした。
暗くて顔も見えないからちょっとだけカーテンを開けて朝の光を入れる。
さあ起こそうと思って梓の傍まで行って、寝顔に見入ってしまった。
寝顔が可愛いかったからもっと見ていたくて。
それになんだかとってもしやわせそうな顔をしていたからもう少し寝かせてあげたくなった。
急ぎの用があるわけでもないしね。



あどけなさの残る寝顔に少し開いた唇。
呼吸で僅かに動くそれから目が離せない。
もっと近くで見てみたくなる。
艶のある真っ直ぐな髪。
綺麗に伸びた睫毛。
ちょっとだけ小さくてふっくらとした唇。
色付き始めた桃みたいな唇。
やっぱり唇に目が行く。
寝息もはっきり聞こえる距離からさらに顔を寄せた。
気付かれないように自分の息も止めて。
あと少しで触れる距離まで来て、やっぱり顔を上げた。
……これはまずいでしょ。
と思いつつまだ眺めていると梓が唸った。
慌てて梓から離れる。
よかった起きなかったみたい。
今すぐ起こすのは何となく恥ずかしいからソファに座って待つことにした。



10分くらい経ってもぞもぞと動く音がしたけどまだ起きてこない。

梓「はぁ……」

ため息?
もう起きたのかな。
それから少しして梓がむくっと起き上がった。

唯「あっ起きた」

梓「ふぁい………………なんでいるんですか!?」

寝ぼけた表情も可愛いなあ。

唯「あずにゃんが中々起きてこないから様子を見に来たんだよ」


梓「何で勝手に部屋入って来てるんですか。どうやって」

唯「えーっと……」

梓「……」

唯「それより珍しくお寝坊さんだねー」

あ、呆れた顔した。

梓「疲れてましたから」


梓「それより部屋入って来たなら声かけて下さいよ。私起きてたのに音も立てないから気付きませんでしたよ」

さっきまで本当に寝てたみたい。
よかった。

唯「気持ちよさそうに寝てたから起こし辛くてつい……えへへ」

梓「うっ……」

唯「あれ?」

梓「はい?」

梓の表情からさっきの寝顔のような柔らかみが消えている事に気付いた。
さっきまであんなに気持ちよさそうに寝てたのに。

唯「あずにゃん……気持ちよくなかった?」

梓「え、は!?」

唯「寝てる時と違ってなんていうか……んー……元気ない? あれ、寝てる人は元気じゃないか」


梓「あ、ああ、気持ちよく寝てたっていう意味ですか」

梓「……ちょっと夢を見まして」

唯「もしかしてよく見るっていうあの夢?」

梓「それではなかったんですけど……」

梓はライブ前になるとたまにライブで失敗しちゃう夢を見るんだって。
私そういう夢見た事ないや。

唯「どんな夢だったの?」

梓「え゛っ?」



梓の見た夢は豪華客船に乗って旅行する夢だった。
泳いだりレストランで食事したりとにかく素敵な夢だったんだって。
だからそれが夢だったのが哀しいって言ってた。
これは後から聞いた話だけどその夢の中で私と一緒に旅行したらしい。

その話を聞いて私まで旅行に行きたくなって、あわよくば梓と一緒になんて思った。
梓を元気付ける事もかねて実際に夢を叶える事を提案して、そしたらうまい具合に梓も乗ってくれて。
その勢いで私と一緒に行こうよって言おうとしたのに、口を衝いて出たのは『みんなで行こう』。
自分でもびっくりした。
ここ一番で怖くなって、それでも何とか梓と行けるようにと思ってみんなって言っちゃった。
今更言い直す事も出来ない。
私の意気地なし。
だけど、まさかここで梓が言ってくれるなんて思ってもみなかった。

梓「あ、あのっ! 夢だと二人旅のクルーズだったっぽいんですよね。だから……一緒に行ってくれませんか?」



梓がもう一度私にチャンスをくれた。
予想してなかったからすっごくびっくりしたし本当にうれしかった。

唯「私でいいの!? 行きたい行きたい!」

梓「あ……ではお願いします」

唯「やったーあずにゃんと豪華客船の旅だー!」

即了承して早速行き先を決める話に移る。
西カリブか東カリブかで揉めてこの時は東カリブのクルーズへ行く事になった。



それから数日。
当時の世界一大きい豪華客船に乗って二人きりの旅行が始まった。
南国の島々を周って泳いだり観光したり。
梓と行く旅だったからずっとはしゃぎっぱなしだったなぁ。
それに梓がくれたチャンスは私に勇気もくれた。
今度は絶対に怖気づかないぞって肝に銘じたし、これからもとにかく頑張ろうって決めた。

今までに色々考えてた事があって、そのせいで怖気づいちゃったのかもしれない。



私のお父さんとお母さんはとっても仲が良い。
みんなそう言うし私もそう思ってる。
それは私が年を重ねるにつれて余計にそう実感するようになった。
というのも友達や知り合いの話を聞くと必ずしも両親の仲がいいわけじゃなかったから。
じゃあその夫婦がそれでも一緒にいる理由はなんだろうって考えた。
結婚しているから?
子供がいるから?
お金の問題?
別れた先に何もないから?
私の予想でしかないけれど、これらを私と梓に当てはめてみると急に怖くなった。
私達が結ばれたとしても結婚は出来ない。
私達の子供は生まれない。
お金だって余計にかかる。

私と梓の間に縛るものは何もなかった。


繋がりがあるとすればたったひとつの目に見えないものだけ。
そしてもしそれが途切れてしまったら。
私の都合で何年も梓を振り回して、その先で別れたとしたらどうなるのか。
私と一緒にいればいる程梓の次の夢を潰していく事になる。
どうしたって年は取ってしまうんだから。
何もかも若い時のようにはいかなくなる。

梓が結婚したかったら。
梓が子供を産みたかったら。
梓が……。



縛るものがないからこそ気持ちと覚悟は人一倍持っていないとだめだって思った。
私は……いつも考えてた。
だから気持ちも覚悟もあるって言える。
だけど私ひとりじゃだめ。
梓が私と同じ気持ちを持ってくれたとして、その先の事を受け入れられなければ。
生活だって他と比べて大変だろうし。
今じゃ想像も出来ない事だって起こるかもしれない。
ずっと一緒に暮らせても死ぬ時は別々で、その後は?
私がいなくなったとしても梓を守らなきゃいけない。

だから梓にもそう思ってもらえるようにしたかった。
決して無理強いじゃなく。
っていうのが怖気づいた理由の半分で、もう半分は……ただ自信がないだけだったり。


とにかく!
この旅行で梓に触れて話して、改めて梓の事が好きだって確認できたんだ。
今まで考えてきた事。
それは臆病になるためじゃなくて二人で長い路を歩いて行くためのものだって思い出した。
だから頑張ろうって。
そういう心配はもう少し後でも、二人で歩けるようになってから一緒に考えたっていいんだよ。

そんな私の決意が功を奏したのか、クルーズも後半に差し掛かったあの日の夜に――。



私と梓は船の船尾で行われるショーを見てた。
600の客席は全て埋まって大勢の人が楽しんでいた。
私はこのステージに立ってライブがしたいと思ったんだ。
船の中には1350席のライブホールもあるけどこっちの方が海の上って感じがして楽しそうだった。
それにこっちは野外ステージだからより多くの人に私達の演奏を聞いてもらえるかと思って。
そんな思いつきの夢を梓に話した。
そこから梓が見た夢の話になって……そうそうこの日は梓の誕生日だったんだ。
だけどすっかり忘れててプレゼントを用意してなかった。
そんな私に

梓「唯先輩がここまでついて来てくれた事が私にとって既にプレゼントです。という訳で誕プレはもう貰ってます」

なんて言ってくれちゃって……えへ。
それから梓は――

2
最終更新:2012年12月21日 00:19