いつもの帰り道をとさか頭のヤンキーたちが占拠していたから、
ちょっと遠回りして11月の夕日の映える河川敷を眺めながら口笛吹いてそれなりに上機嫌で帰っていたのだけれど、
その川のほとりであずにゃんがひとりで座ってたの思い出して、なんとなく立ち止まったら猫を見つけた。

わたしはあずにゃんのことをまあ好きだと思ってて、それに加えてホンモノの猫にも目がないわけで、
そんなこと言っちゃうとたいていの動物はかわいくてたまらないと思っているのだけど、
その時も目の前を白黒のどっちかっていえばかわいくないねって言われるような猫が歩いてたからなんの考えもなしにとことこついていった。
猫の顔は黒と白が三対一くらいの割合になっていたから、ちょうど真っ黒のコーヒーにミルクをぱっぱってふりかけたみたいだなんて考えた。
小さい頃、よく憂に知らない人についていっちゃだめだよーなんて言われてて、
それを思い出すと姉の立場が台無しになってちょっと悔しいのだけれど、
まあそれはそれで、猫はノーカンノーカンって呟きながらその白黒の猫の後ろをわたしは追っていく。
わたしには動物を見るだけで男の子か女の子か当てられるという特技があって、
だいたいその成功率は五割で、わたしが外すたびドラムのりっちゃんは
「逆に当てられないのを特技にしろ」
なんてよく言いそれに
「半々なんだからそれもおかしいだろ」
って澪ちゃんが返して、
ムギちゃんがまあまあまあって仲裁めいたことをするのがなんとなくのお決まりになってるのだけど、今回わたしは女の子の方にかけることにする。
とととって薄暗い坂道を駆け下りて、
最終的に彼女がわたしを案内したのはもう使われていないような、車5台入るか入らないかくらいの小さな地下駐車場だった。
蛍光灯がまともに機能しているわけもなく、
光らしい光はわたしの正面の小さな光取りから入ってくるオレンジのうらぶれた光だけで薄暗く、
しかもなんだかじめじめして、長い間触れられていなかった闇の中に見えたのは落ちていたえっちな、
女の人が股を開いて座ってるような表紙の本くらいだったから、最初はわたしが感じたのはむしろ不快感だったんだけれど、
暗闇に目が慣れてくるうちにその薄暗さや妙に秘密めいた空気がだんだん心地よく感じられるようになってきて、
気がつけばわたしは、「おぉ……秘密基地だっ!」って声を出している。


もう少ししてみると、ぼんやりと何かの存在を感じることができる。
もっと正確に言うならそれはつまり動物の匂いで、
わたしは動物の匂いのあのどうしようもなく懐かしいようなふわふわした感じが好きで、
動物園に行くとそれだけで満足してしまうくらいなんだけど、
鼻をひくひくさせて、ああこのなんとなく裏道じみた感じはずばり猫の……あでも犬の匂いにも、もしかして鳥?……なんて考えてるうちに、
ぎゃおおおぎゃおおおっておおよそ可愛げのない鳴き声がした。
ああ、これはさっきの猫だ、そっかついてきたんだから当然その猫の匂いがするよねって思ってたら、
それはさっきの猫の口から発せられているわけじゃなく、だからといって足からってわけでもないんだけど、
じゃあどこからっていうと、わたしから右斜めの角の方から声は聞こえていて、見るとずんぐり太った黒猫がどしりと座っている。

わたしは生まれてからこの方太った黒猫というものを見たことがなかったので驚き、
まるで見た目があずにゃんとは正反対だと思って、そう思うとやけにおかしくて一人笑い出しそうになるのをこらえて、
偽あずにゃんさんこんにちはこんにちはって近づいて行っても逃げないので、
調子に乗って肩のあたりに触れたら、じゃあああっ、と上げた悲鳴とともに引っかかれた。
引っかかれたところから赤い血がとろろーって流れだして、それをなめたらしょっぱい味がする。
わたしをひっかいたのはきっとわたしのことを敵だとみなしてのことなのだろうけど、それは流石その黒猫の度胸がなせる技というべきか、
それともわたしは敵としては物足りないかなり弱いやつに見えるのかそれならちょっとショックだけど、黒猫は姿勢すら変えようとしない。
わたしが弱そうに見えるというのはなんだか悔しいから、きっとこの黒猫はこの辺のボス猫なのだと思うことにして、
そう思うとそのずんぐりした体格やふてぶてしい態度もボス猫特有の威厳か何かのように感じられて、
やっぱり小さくてちょこちょこしたあずにゃんとは正反対のように思えるのだ。
もちろんあずにゃんと反対だからといってその猫が気に入らなかったわけではなく、
あずにゃんと真逆だというそのこと自体がむしろその猫に対するわたしの興味をいっそう引き立ていたのだけれど、
そこには好きな子にいたずらするみたいな一種のおかしみのようなものがあって、わたしはその新しい発見にすっかり満足してしまう。


そうだ、ボスというのはわたしたち軽音部ふうにいえば部長だ、あずにゃんもあと少しで部長になるんだったな、
と考えたところで急にみんなに会いたくなり携帯を手にしたのはいいんだけど、
誰に電話かけるかとなるとやっぱり問題で、澪ちゃんは受験勉強真っ最中でムギちゃんもそうだろうし、
りっちゃんならいいかもしれないけどでもやはりもしとか思うとなんだか気が引けるし、
よく考えればわたしだってほんとは今頃家で勉強していなきゃいけないはずで、こんなことしている場合じゃないんだろうけど、結局あずにゃんに決めた。
るるるるると呼び出し音が8回繰り返されて、わたしは電話を切った。
もしかしたら、あずにゃんも勉強しているのかもしれない。
でも、電話くらい出てくれたっていいのになとは思ったんだけれど、
まあ、秘密基地というのは秘密の基地だから、人にやたらめったらぺらぺら喋るものじゃないんだと気持ちを切り替えて、車止めの上に腰を下ろし猫を見ていた。
そういうわけもあって、結局わたしはここのことを誰にも話さずに通う日々が続き、
その間にもいろんな種類の猫が立ち代り入れ替わり現れて、
まあそれでも黒猫はいつもおんなじところにいたんだけど、
その豊富さに驚いた一方で、猫たちの間の不思議なまでに整ったバランスをたぶん壊してしまったことを少し申し訳なく思っていて、
毎日の繰り返しの中で徐々にわたしもそのバランスの中に組み込またらいいなあって考えるようになっていた。


そこを見つけた日、家に帰るとお母さんに誕生日に何か欲しい物はあると尋ねられた。

「お母さん、わたしの誕生日まだまだだよー」
「いいじゃない、唯がすごく高いもの欲しいって言ったらそれなりの準備が必要だもの」
「え、高いもの買ってくれるのっ?」
「あげないけど……」
「むー」
「おねーちゃん、パーティはどうするの、軽音部の皆さんも呼んだりする?」
「わかんないよー。だって、まだはやいもん」
「はやいほうがいいわよ。準備だってたくさんできるし。ね、憂」
「……お、おねーちゃんの言うとおりまだはやいかな、やっぱり」
「この子はいつも唯のみかたばっかりねー」
「えへへ」
「唯が照れることじゃないわよ」

一昨年はお母さんもお父さんもどっか行っちゃってたから、軽音部のみんなとうちでパーティを開いたんだけど、
みんながサプライズで翼をくださいを演奏してくれて、はじめて聞いた時よりみんなずっとうまくなっているのがよくわかって嬉しくなったのを覚えてる。
去年は家族に祝ってもらって、憂からもらった財布は今でもまだ使っている。
だから、結果からみればあずにゃんからはまだ誕生日を祝ってもらってないことになって、
別にあずにゃんが誕生日プレゼントはわたしです!なんてしてくれるとは思えないから、
それはそれでどうでもいいんだけど、やっぱり心の奥とか脳みその裏側とかそういった場所では、
まだなんとなくそういうのを期待してもいたのだから、こうやって現実的な予定を考えていくとどこか寂しい気がするのも事実だった。


「さ、わたしはご飯の準備でもしようかしら」
「あ、お母さん、今日はグラタンにしない?」
「憂がそんな注文するなんて珍しいわね」
「あのね、前にグラタン作ろうとしたらあんまりうまくできなくて、だから今度お母さんに作り方教わろうと思ってたんだ」
「ふふっ。じゃあ、そうしましょうね」
「うん」
「あ、はいはいっ、わたしも教わりたいでーす」
「……唯はだめ」
「ひどいっ!」
「だって、ほら、唯が何か作るとすごく時間かかるじゃない。ご飯遅くなってもいいならいいけど」
「それはやだっ」
「じゃあまた今度、ね」
「ふふっ」
「憂、笑わないでよー」
「ごめんごめん」
「わたしの料理が下手くそでお嫁に行けなかったどうするんだー」
「憂に養ってもらえばいいじゃない」
「そうしようかなあ」
「えへへー」
「ほんとに?」
「冗談だよー。冗談。ねー」
「ねー」
「はいはい」
「でも、おねーちゃんはきっと料理の上手なお嫁さん見つけるからだいじょぶだよ」
「お嫁さん?」
「お、お婿さんだよ、あははー」


わたしのあずにゃんに対する感情を憂とちゃんと話し合ったことがあるわけじゃないんだけど、
憂はどういうわけかいつもこういうことを知っていて、
知っているからちょっといい気になって、ちょくちょくこんなふうにわたしをからかったりしてみせる。
唯は気楽でいいねなんて言われはしてもわたしは案外どうだっていいことにもぐるぐる考えてしまい、
それに比べれば憂の悩んでる姿なんかは見たこともないからきっと憂のほうがわたしよりずっと気楽で超然としているんだと思うんだけど、
実はそれがすごくわたしの支えになっていて、まさにこうした重大問題に対する憂のちょっとした冗談がそれで、
例えばあずにゃんは女の子なのにわたしが普通にそれを好きでいても心痛まないのはたぶんそうした憂の力のおかげなんだ。
それはそうと、さっきの憂の発言があずにゃんの映像をわたしの頭の中の表層部分に引っ張りあげてきて、
しかもそのあずにゃんはエプロン姿をしていたものだから、わたしは自分の脳の自動化された部分に感心してしまう。
でも実際のところあずにゃんの料理がうまいのかと問われると、まだわたしはそれをちゃんと食べたことがないからよくわからなくて、
なんていうか顔つきとか動き方とかから察するにそんなに上手じゃないような気はしているのだけど、
まあそれはそれで楽しい生活なんじゃないかなあって夢想しているうちに、いつの間にかお母さんと憂はキッチンの方に移動している。
仕方なしにテレビをつけると、日本中の村々の名産品を巡って旅するグルメ番組がやっていて、
それがどこの地方だったのかはわからなかったんだけれど、
画面いっぱいに枕ぐらいもある大きくて真っ赤な蟹が映っていたからなんとなく寒い地方のことなんだろうって想像して、
同時にすごくお腹が空いてきて自然と体がキッチンの方に向かってふらふらと動き出す。


「お母さーん」
「まだまだよ」
「む、失礼な。別に催促しにきたんじゃないんだよっ」
「あら、そう」
「そうだよ。今後のために料理しておくところを見ておこうかなって……」
「ふうん」
「憂は何してるの?」
「え、わたし。わたしはマカロニゆでてるんだよー」
「へええ。おいしそう」
「あ、だめだよ。こっちのはまだ固いままだから食べてもおいしくないよ?」
「そっかあ。あ、猫ってマカロニ食べるかな?」
「固いのは食べないんじゃあないかなあ」
「急にどうしたのよ」
「んんーべつにー、ただなんとなくねーっ」
「……あ、もしかして捨て猫拾ったとかじゃないわよね」
「ちがうよちがうっ」
「そういえばさ、昔おねーちゃんが捨て猫拾ってきたいって言ったことあったよねー」
「ああ、あったわねー」
「え、そんなことあった?」
「ほら、テレビで捨て猫拾って最終的にはたしか死んじゃうんだけどそんなドラマがあって、
それ見ておねーちゃんがもし捨て猫がいたら拾ってもいいよねってお母さんとお父さん説得しようとしてたじゃん」
「そうそう、あれはおかしかったわねー。まだ捨て猫なんか見つけてないのに、まるでもう見つけたみたいに猫ちゃんがかわいそうだって言って」
「えー、覚えてないよー」
「それで、結局捨て猫がいたら飼ってもいいってことになって一日中わたしとおねーちゃんで街を歩いんだけど見つかんなかったんだよ」
「それで唯最後にはどうしたと思う?」
「なになに?」
「ペットショップの前までわたしたちを連れてって、あそこ猫捨ててある!って、言ったのよ」
「えー、ひどいやつだ」
「あなたのことよ」
「あはは」


そのうちお父さんが帰ってきて、4人で夕飯を食べた。
食卓中にもテレビはつけっぱなしで、食事が終わった後もそのままBS放送でやっていたスタンド・バイ・ミーを見ていた。
お父さんはこの映画のファンで、デートと称して何十回も同じ映画を見に行かされたとお母さんが前に言ってたのを思いだし、
そういうふうに言われて見れば今日のお父さんはいつもより楽しそうに映画を見ていて、
リヴァー・フェニックスも本当に死んじゃったんだよなあなんて呟いている。
憂は多彩な知識があるからスティーブン・キング原作映画の最高傑作はナントカカントカだなんて話題にもついていけるけど、
わたしは映画はあんまり詳しくないので皿洗いから戻ってきたお母さんと、
死体なんか探してどうなるのかねえとか最近CMじゃ健康的なコーラとかよく出てくるけどあれは美味しくないよいやいやおいしいよみたいなことをぺちゃくちゃと話していた。

「でも、この映画の歌は好きよ」
とお母さんが言ったので
わたしはその一部分を口ずさみ、すると憂が
「おねーちゃん、うまいねー」
って褒めてくれて、わたしは照れた。


それからはわたしは毎日あの駐車場に通い、
その間わたしは3回あずにゃんの出てくる朝夢を見て、
朝夢というのは夢から醒めた後の余韻を残したまま頭の中に浮かんでくる夢の続きのような妄想のことをわたしが勝手にそう呼んでいるんだけど、
その朝夢の中であずにゃんは拳骨くらいの小さな箱を手にしていてそれをわたしの前に置いてとととって逃げ出してしまう。
わたしは寝ぼけた脳みそで、ああこれはあずにゃんからの誕生日プレゼントなんだって考えながらそれを開けるけど、箱の中は空っぽなのだ。
だから、わたしは自分で思っているよりずっとあずにゃんから誕生日プレゼントを貰いたがってるらしく、
それはまた去年よりあずにゃんへの思いが強くなっていることの証明でもあるんだけど、
だからといって例えば、
誕生日の日に冗談めかしてあずにゃんプレゼントちょーだいなんて催促すればプレゼントをもらえることはもらえるかもしれないけど、
でもあずにゃんにそんなつもりがなかったらすごく気まずいし、当日にそんなこと言われても困ってしまうに違いない。
それを踏まえて前々からプレゼント!プレゼント!って言うのはもっと嫌な感じがするし、これはどうにかしないとなあって思った。
そんなこと考えていたところに、朝、たまたまあずにゃんと一緒に学校に行く機会があったから、
その会話が誕生日の方向に向かってしまったのはまあ自然なことだといえる。


「今日、憂は早朝補習でしたっけ?」
「そだよー。あずにゃんは行かなかったの?」
「自由参加だったので、いいかなって」
「まったく、そんなんじゃ後で苦労するよー。勉強!勉強!だよ」
「それはそうですけど、唯先輩には言われたくないですよ」
「むー。わたしだってちゃんとやってるんだよー」
「あたりまえですよ」
「あずにゃん厳しい……」
「だから当然のことですって」
「そんなにあたりまえあたりまえ言ってるとあたりまえお化けに食べられちゃうぞっ」
「なんですかそれ」
「あたりまえお化けはねー……」
「やっぱいいです」
「なんでさっ……あ、これはほんとは澪ちゃん怖がらせる用の話だから秘密だよ」
「はいはい。そんなこと言われなくても誰にも言いませんよ」
「あ、秘密といえばね」
「なんですか?」
「……あ、やっぱなし」
「え?」
「やっぱいいです」
「そう言われると少し気になるんですけど」
「あずにゃんがわたしにしたことはまさにそれだっ!」
「……いやそれ逆でしょう」
「あれれ」
「はあ、自分で言ってて混乱しないでくださいよ」
「あ、あーず、にゃんっ」
「抱きついてごまかさないでください」


言うまでもないことかもしれないけど、あずにゃんに抱きつくのは心地よい。
それは単にわたしがあずにゃんを好きだからそうなるというわけではなく、
誰がそうしたってそうで、例えばムギちゃんがあずにゃんに抱きついても心地よく思うんだろうし、憂がそうしてもそう思うはずだ。
きっとあずにゃんは誰かが抱きつくと心地よくなるようにできていて、
でもだからといってわたしはあずにゃんに抱きつくんじゃなくて、今度はあずにゃんが好きだからそうするんだ。
あずにゃんはいつも震えていて、といっても怖くてぶるぶる震えているのとはわけが違って、
指先や身体がわかるかわからないか程度にぴくぴくしていてそれはとてもかわいらしいものなんだけど、
そこからもあずにゃんは猫っぽいとあくまで後付でわたしは思っていて、さらにいえばだから抱きつくと心地よいんじゃないかと睨んでもいる。


「まあまあ、おーけだよおーけ朝だし」
「なんで朝はおーけなんですか」
「朝はあずにゃんあんまり反抗的じゃないもん」
「やな人ですね」
「えへへ」
「わたしが後輩じゃなかったら唯先輩ぼこぼこにしてますよ」
「きゃーあずねこ、こわーい……ってあずにゃん今はいいんだよ」
「今は?」
「だってほら今は一応同い年だし」
「ああ、でも後輩は後輩ですから」
「いいの? わたしの誕生日、がきたらあずにゃんもおそいんだよっ!」
「じゃあ、ぽかぽか……ってなんでそんなに嬉しそうなんですか」
「え、えー。なんでも、ない、よー」
「叩かれるの好きなんですか。引きます引きます」
「そ、そうじゃないよー」


わたしが嬉しかったのはまあ言うまでもなく誕生日のことをうまく話に盛り込めたということで、
これであずにゃんからの愛のこもったプレゼントの確約は取りつけたみたいなものだけど、
それともう一つ嬉しい発見がさっきの会話の中にあってそれがわたしをにやけ顔にさせたのだ。
それはつまりあずにゃんとわたしが今同い年だということで、
別にこんなことはよくあることであり
ましてはそのことによってあずにゃんがわたしにため口をを披露してくれたりいつも以上に親交を深められたりするわけでないのだけれど、
ただあずにゃんと同い年というそれだけでよくわからないけれどなんだか幸福めいた感じに満たされるのだ。
このよくわからないけれどなんだか幸福めいた感情に襲われると、
わたしはあずにゃんにプディングをかけられたことをいつも思い出すから、
これはわたしの中ではあずにゃんのプディングみたいな感じということになっている。
それはまだわたしが高校2年生だった頃の春の話で、
たしかわたしたち以外の三人は職員室のさわちゃんのところに行っていたんだと思うんだけど、
あずにゃんとわたしはムギちゃんが持ってきてくれたプディングを二人で食べた。
あずにゃんはまだ部活に慣れていなくて何をするにもどこかぎこちなく周りから少し浮いたようで、
それがわたしにはすごくかわいく映ったんだけど、
お茶と小皿に分けられたプディングを棚から机に持って来る際に
唯先輩のも持っていきますと意気込んで歩いて来たその時も手が少し震えてたからついバランスを失いそうになった。
その頃のわたしもやっぱり後輩をかわいがってやろうなんて生意気思っていたものだからあわてて立ち上がってあずにゃんを支えようとして、
今のわたしたちのチームワークならというよりたいていの人ならばそんなことにならないんだろうけど、それはそのぎこちない空気がなせる技であり、
さらにいえばわたしは生来からのドジでありあずにゃんもどこか間の抜けたところがあるからなんだろうけど、
よりによってわたしはあずにゃんの進行方向に机への到達をはばむ形で立ち、
大丈夫です大丈夫ですというかどいてくださいとわたしを払いのけようとしたあずにゃんの右手にはちゃんとプディングが掴まれていた。
そんなわけでわたしはプディングまみれになって、あずにゃんはあずにゃんでごめんなさいを繰り返すばかりであたふたしているだけだし、
そんなことをしているうちにみんなが帰ってきて、
澪ちゃんには呆れ顔されて、りっちゃんは大声で笑い出し、
ムギちゃんにいたっては意味深そうな顔で唯ちゃんと梓ちゃんいつの間にそんなに仲良くなったのかしらと訊かれる始末だった。
そんなふうにちょっとカッコ悪いところをみんなに見られてて、しかもプディングで体はべたべただったのに、
その時に何とも言えない幸福感というか、あ、いいなって感じがあって、
それはずっと小さい頃から実はあったんだけど、そこで改めてその感じをちゃんと意識して、
統一的にあずにゃんのプディングの感じだって考えることができるようになったのだ。


「何かわたしの顔についてます?」
「えーと、目がついてるっ」
「つまんないです」
「じゃあ口元にジャムついてるよ」
「へ、どこですか?」
「さっきのこと謝罪したら教えてあげよう」
「いやですよ。それに今朝ご飯ですし」
「む、それはずるいよっ」
「……ひぃあああ」

あずにゃんはあくびをしたあと、無感動な表情でわたしを見て、ずるいのは唯先輩じゃないですか、と言ってまたあくびをした。


その日の帰り道、猫たちのため憂に特別用意してもらったゆでたマカロニを袋に入れて、秘密基地に向かった。
前にわたしも自分で食べてみたけど、すでに冷えきった味のついてないマカロニは、
口の中でざらざらするだけであまりおいしくなく、
捨て猫は案外おいしいものも食べているだろうからもしかしたらまったく興味を示さないんじゃないかとか、
第一猫はマカロニを食べるのだろうかとかいろいろ考えさせられてしまった。
猫についてはわたしはまったくの素人で、軽音部のみんなもそのへんは同じようなので憂に相談したところ、
憂自身はよく知らないらしいけど純ちゃんが猫を飼ってるだけやはり詳しいらしくそんな経緯もあって純ちゃんに猫のことを聞きに行くと、
いつでも電話してくださいなんて言われたので、お言葉に甘えてときどき電話して猫のことやこっそりあずにゃんのことを聞いたりしている。


「あのね、猫ってマカロニ食べるのかな?」
「マカロニですか……どうでしょうねえ。うちの猫にやったことはないんですけど」
「ふうむ」
「あ、でも案外いけちゃうんじゃないですかね。別に化学調味料とか入ってるわけじゃないですし、あそういえばうちの猫はわかめが好きなんですよね」
「へええ。グルメだね」
「グルメではないと思いますが……。それにわかめが好きっていっても食べるのが好きってわけじゃないんですよね」
「あれ、そうなの?」
「ええ、あのほっそいわかめあるじゃないですか。
あれなんていうんでしったっけ、ぴらぴらしたやつ。とにかくあれで遊びたがるんですよ。
こう思い切り飛びついてひらひらーって舞ったところに飛びついたりして。
飽きずに繰り返しやってるんですよ。きっと猫ってバカなんでしょうね。こう、自分で上げたわかめをまたやって、またやって。
それが見ててかわいいんですよ。こうぴょんっばんばんぴょんばんって」

純ちゃんは猫の話をしだすと、
まあ普段からテンションは高いような気はするんだけど、でもやっぱり二倍増しくらいになるから、
きっとすごく猫のことが、少なくとも飼っている猫のことが好きなんだろうなというのはよくわかる。


「あ、そういえばなんでマカロニなんて言い出したんですか」

こんなに自分の猫の話に熱中していたのに純ちゃんはころりと話題を前に戻した。
純ちゃんの話の持っていき方はちょっと変わっていて、
自分の喋りたいことだけを喋るからそうなるんだろうけど、話がすぐにあっちに行ったり戻ってきたり、まったく進まなかったりする。
実はわたしにもそういうところはあって、そんな話し方をする人にはどちらかといえば聞き手側に回りやすいような人、
例えばムギちゃんや憂なんかを相手にするのがよく合っていて、
そういうタイプの人がふたりいると普通なかなかお互いの話したいことが話せずうまくかみ合わないものなんだけど、
わたしと純ちゃんの間にはなぜかこういうことは起こらない。

「あ、それはね最近、気になる猫がいるんだよー」
「おかしな言い方ですね」
「えへへ。マカロニあげてみることにするよ」
「報告お願いしますね」
「りょーかいですっ」


たいてい秘密基地には3から5匹の猫がいて、どうやらそれらは決まったローテンションでやってきたりいなくなったりしているみたいで、
それがどういう流れになっているのかよくわからないけど、
わたしも出席率でいえばなかなかのもので毎日いるあの太った黒猫の次くらいには来ているのだから新人にしてはよくやってる方なんじゃないかと少し誇らしげに思ったりもしていた。
今日はふんわりした茶トラの毛並みをもった子猫と痩せたぎょろりとした目の白黒といつもの黒猫の3匹がいて、
茶トラの方はよく見かけることがありわたしに対しても警戒心が薄く、なでなでできる仲とまではいかないまでも、
わたしが行くと必ず反応を見せてくれてときどき足元で丸くなったりもしてくれる。
太った黒猫は相変わらず愛想が悪いのが愛想だというような人間などお構いなしのふてぶてしい態度をとっているけど、
白黒は初見さんなのでその警戒心も強く、ぎりぎりと妙な音を立てわたしの方をちらちらと眺めては落ち着かなそうに立てた尻尾を左右に振っている。
初めの頃わたしは犬と猫を同じに考えていて尻尾を振るのは喜びの感情表現なんだと思っていたんだけど、
純ちゃんに言わせればそれは大大大間違いで、猫がそうするのはどうやら闘争心の表れらしい。
そういうのを見ると、ここにおいてはわたしは部外者なんだと改めて知らされて少し残念な気分になるのだけど、気をとりなおして

「ほーら、今日はマカロニもってきたよっ」

なんて言いながらマカロニの入った袋を三匹にもよく見えるように振ってみせる。
もちろん猫に人間の言葉がわかるとは思わないけど、
その声のトーンとか雰囲気とかでなんとなく言いたいことは伝わるんじゃないかとわたしは思っていて、
それが功を奏したのかどうかはわからないが茶トラがこっちに向かってのろのろ歩いてきた。


わたしは袋のマカロニを手のひらの上に広げてしゃがみ、口の後ろのほうで猫のごろごろ音を真似してみた。
茶トラは恐る恐るマカロニに向かって近づき、最初は訝しげに眺めたてみたり匂いを嗅いだり手でちょこちょこいじってみたりしていたが、
とうとう意を決したのかひとつくわえてそれでもまだ食べることはせずに、
その状態で完全に静止してしかも右手だけは垂直に上げたままで、
その格好がおかしかったのでわたしは吹き出しそうになったのだけど、それでは猫が驚くだろうと我慢していて、
でも猫がマカロニを食べた瞬間に「やったあ」ってつい声をあげてしまったので結局その努力は無駄になった。
茶トラは一度はわたしの声に驚いて逃げたものの安全だとわかったからなのかまた戻ってきて、
今度はもうさっきみたいに訝しんだりはせずに、わたしの手のひらの上のマカロニをはむはむと咀嚼し始めた。
唾液で湿った口元がときどき手のひらを掠めると、冷たいのにふわふわした不思議な感触がする。
一心にマカロニを頬張る猫の姿はとてもかわいらしくて、
まるでそれが精一杯だとでもいうように口を動かすからなんだか余計な応援までしたくなってしまう。
もう一匹の白黒はまだわたしに対する警戒心をびんびんに放っているが、
それでもわたしの手のひらの物体が気になるんだろう、
こちらに近づいてきて少しの間鼻をひくひくさせそしてまた戻っていくというのを繰り返す。
わたしもこわくないよこわくないよなんて声をかけたりシッシッなんて猫風の音を出してみたりもしたけれど、
逆効果に思えてしまい、結局はだんだんとうちとけていくしか方法はないんだろうかとはんば諦め、
その諦めが茶トラにも通じてこいつ猫に対する愛がないなというふうにでも思ったんだろうか、ふらふらとわたしから離れて行ってしまった。
一度は肩を落としたけれど、
でもまあまだわたしは新参者だしマカロニも食べてもらったからこれは一応勝利とはいかないまでも健闘したとはいえるのではないかとかなんとか考えてたところに、
まるでわたしを励ますかのように、白黒猫がやってきてわたしの指先を舐めはじめた。
わたしの手のひらにはまだちゃんとマカロニが残っていて、
その猫がマカロニを食べようとすれば十分にそうすることもできたわけだから、
白黒猫はマカロニではなくわたしの指先をなめたくて舐めたということになる。
犬にはあっても猫に指先を舐められたことはなかったので、まずその舌の予想外のざらざらした感じに驚く。
あずにゃんの舌使いはちろちろして猫みたいだと、わたしは常々考えていたのだけれど、
実状はその予想とはまったくかけ離れていて、もしあずにゃんが本当に猫の舌を持っているなら、
一度舐めるだけでわたしの肌にぎざぎざの裂傷をつくってしまうに違いない。
おっかなびっくり猫の背中に空いた手を近づけ触ると、猫は一度びくり大きく震えたけれど、
別に逃げることもなくそのままわたしの指先を舐め続けていて、そのままゆっくりさすってやると、
まるでそれにこたえるかのように足を畳みその場にごろりと伏せた。
そのうちにさっきの茶トラ猫も帰ってきて、その子はマカロニがお気に入りなのかそれをまたもぐもぐたべはじめた。


そんなふうにして、わたしは猫とのはじめてのコンタクトを果たすことができた。
コンタクトなんて言うと、なんだかおおげさでSF映画のようなのだけど、
実際、お互いに相手のことがまったくわからないからそこにある種の敵意みたいなものが生まれ、
スイカに塩理論とはちょっと違うけども、
どちらの世界ともまったくかけ離れたところでおこるその交流はどこか未知との遭遇的なところはある。
未知といえば湿った角で佇む、そんなところで佇めるなんてわたしは今まで思ったこともなかったんだけど、
黒猫は他の2匹の猫よりずっと未知で、マカロニなんかに興味を示しすらしないし、
目の前でふわふわ時間歌ってやったってまったくお構いなしだった。
そんな黒猫だけどひとつだけ反応を見せてくれることがあって、
つまり触れられると怒るんだけど、これはわたしの幾度とない失敗によって実証されている。
でも、もしかすると、今日の行動によってなんというかこのボス猫に、
おっこいつも人間だけどなかなかいいやつじゃないかと思ってもらえたなんてこともあるのではないかとわたしは考え、
肩の辺りにそっと触れようとすると、じゃっという雄叫びとともに尖った爪がとんできて、わたしは手のひらに3つ目の絆創膏を貼ることになってしまった。


前にも話したようにわたしたちは部活が終わっても今までと同じように部室に通い、
今までしていた演奏の練習の代わりに受験勉強をすることにしているのだけど、
1学年下のあずにゃんだけはまだ受験期ではないので
ひとりギターの練習をしていて、
あずにゃんが奏でるそのピロピロした音やジャキジャキした音をBGMにして勉強するのにはわたしたちはまだ衝動に溢すぎてて、
ちょっと休憩しようといつも決まって誰かが言い出すのだ。
衝動があって結局することがお茶会だというのはなんだかおかしいような気もするし、
実際に澪ちゃんはそれに意義を差し挟さんだりもするのだけれど、
なんだかんだいって結局はいつも5人でお茶をすすり、昨日のテレビの話とか学校の様々な話題とかそんなようなことを話している。
今日は、お茶にしようと言い出したのが澪ちゃんだったから、みんな少し驚いて、
澪ちゃんも澪ちゃんで恥ずかしそうな顔をして誰かが何かを言い出す前から小さい声で「だって……」とかなんとかぼそぼそ呟きだしてしまった。
りっちゃんがいつものような軽いノリで、
「澪、風邪でも引いた?」
と言って、ムギちゃんが嬉しそうに、
「じゃあ、お茶にしようね、しよ」
って言ってわたしもそれに、
「やったお茶、お茶っー♪」
とメロディーまでつけて賛成したのに、あずにゃんがいつもの調子で
「先輩勉強はいいんですか……?」
なんて言ってしまうから澪ちゃんの方もあわてて、
「そうだな、わたしたち勉強しなきゃな、受験生だからな」
と前言を撤回し始めるから話は混乱してきて、

「おいおい、澪が言い出したんじゃないかー」
「いや、別に……あれは、その、なんていうか言ってみただけだ」
「えー、澪ちゃんお茶にしようよー。あ、もしかして今日はお菓子ないからやとか?」
「そんなんだから太るんだよー」
「りっちゃんそれは禁句よっ」
「うるさいうるさい……お菓子は関係ない。っていうか律、
前回の模試の数学悪かったんだったんだろ、こんなコトしてる場合じゃないだろ、ほらわたしが教えてやる」
「なんでわたしだけ……唯だってぺーぺーだろ」
「そうだよ澪ちゃんわたしはどうするのさ」
「お前らは少しは自分で……」
「あ、じゃあわたしは唯ちゃん見まーす」
「やったあ、ムギちゃん……ここがわかんないんだけどね」
「あーこれわたしわかるぞー……これはだなあ……えと、うんと、Yを……Yを、な、Yを……ってとこまではわかる」
「お前はでしゃばるな」
「いてっ……ついでにムギも叩いてやれ」
「え」
「どんとこいですっ」
「いけーいけー、澪ちゃん」
「やれー澪」
「こ、これはムギに対するいじめだっ」
「わー、わたし、澪ちゃんにいじめられちゃうー」
「なんで嬉しそうなんだ……ていうか、これはわたしに対するいじめだっ」


「あの……」
「なんだ梓かまってもらえなくて寂しいのかー。こいつー」
「ちょっ……ぎぶぎぶ」
「おーい唯、梓がいじめて欲しいってさー」
「え、あの、別に、そういうわけじゃ……」
「あっずにゃーん」
「ひゃあっ。やめ、やめてくださいよー」
「さっきまでわたしがいじめられてたのに、いつの間にか梓に移ってて寂しい……」
「勝手に人で喋るなっ!」
「いたっ……梓と唯が遊んでるうちにお菓子食べちゃおーぜ」
「でも、わたしお菓子持ってきてないわ」
「今日はわたしが持ってきたんだよ」
「なげわとチョコパイ、なんだその微妙な人選は」
「家にあったの持ってきただけだからな」
「わたしなげわを指にはめて食べるのが夢だったのー」
「ああ、やるよなー」
「あーずるいっ! わたしのいないうちにお菓子食べようとするなんてー」
「……あ」
「唯ちゃんも指にはめるのする?」
「おおっ、ムギちゃんすごいっ。よし、どっちが多くはめられるか勝負だ」
「その勝負受けてたちますっ」
「どんな勝負だ」
「唯先輩……わたしよりお菓子の方がいいなんて、あんなに抱きついてくるくせに」
「……」
「いたいいたい。無言の攻撃やめろって」
「ホント迷惑だよ」
「まったくです」


その間にも秘密基地の方には毎日ちゃんと通っていて、
最近ではコンビニで買ったスルメや夕飯の残りものなども持っていくようになり、
だんだんと猫の方もわたしのことを受け入れてきているんじゃないかという気がする。
そんなふうに猫と触れ合い、距離を近づけたりときどきうまくいかなかったりして、
現れる猫の区別も徐々につくようになってきて、もちろん他の人間がやってくるわけもなく、固定された日々が流れていった。


あえて言うなら一度だけ人間に出くわす機会があった。
それは水曜日のことで、なんでちゃんと曜日まで覚えているかというとわたしは日替わりでこの日はこの教科の勉強をしようと決めているんだけど、
水曜日はちょうど英語の日で、澪ちゃんに現在分詞を後にとる動詞の一覧を作ってもらってそれをひたすら暗記させられたことをよく覚えているからで、
もちろんその一覧だってしっかり覚えてる、たぶん。
その日はいつもより帰るのが少しはやかったから、
まだ夕暮れまでには時間があって心地よい昼間の空気が残っていてちょっといい気分でバックをぐるぐる回しながら帰っていたのだけど、
秘密基地への坂を下ると誰かの気配を感じた。

恐る恐る、別に恐れる必要はなかったのかもしれないけどわたしにとってそこは秘密基地なわけでそうなると誰かがいるというのは非常事態だから、
やっぱり恐る恐る、そこを覗くと男の人がいてなにやらがさごそやっていて、
なんだろうと思ってさらに目を凝らすと、本を捨てているところだった。
雰囲気というものは案外力強くて、その表紙がちゃんとわたしに見えたわけじゃないんだけど、
肌色の割合とか赤とか派手な文字の色などからそれがえっちな本だということはわかる。
この狭い地下駐車場に入り口はひとつしかなくてだから男の人が自分の仕事を終えて戻ってくるところでわたしたちはすれ違わなくてはならなかった。
男の人は若いともおじさんとも言い難い容貌で、
わたしに気づくやいなや気まずそうに口をもごもごと動かして愛想笑いを浮かべ、
わたしもどうすればいいのかよくわからないのでとりあえず笑って返すと、
男の人はすいませんというとらえどころのない言葉を一言残したあと、
通りすがりの女子高生に弁解する必要が全くないことにやっと気がついたのか、そのままどこかに行ってしまった。


その後はいつもどおりにころころ遊ぶ猫の様子を眺めたりスルメをあげたりしていたんだけど、
その間も隅のえっちな本がちらつきなんとなくどきまぎして、
わたしだってもうそろそろ18歳でその手のことに興味がないわけではないんだけど、
実際に本なんかを目にするのははじめてで、
まるでそれが何かの生きもので今にも動き出すんだとでもいうようにちらちら眺めてしまうのだ。
実際のところ、わたしはそういうえっちなことをどう思ってるんだろうと考えてみると、
これがどんどんこんがらがってよくわからなくなり、
あずにゃんのことは好きだけどそういうことまで踏み込んで考えるとなんかちょっと面倒になっちゃうし、
第一女の子を好きになるっていうのが特殊で予備知識がぜんぜんないし、
もちろんだからといって男の子ってふうにも思えないのだ。
そんな中であの太った黒猫はいつもどおり座り続けていたんだけど、
その姿がなぜかいつもより超然として見えて何もかもを知ってうえでそうしているんだというふうに感じられたんものだから、
なんとなく心強く、よくわからないことは考えなくたっていんだってわたしに言ってくれているようにさえ思えた。
『女子高生のパンツプレゼント』って雑誌の端っこの方に書いてあって、
わたしが隣の茶トラ猫に向かって、「そんなこと言われてもどうしようもないよ、ね」って呟くと、茶トラ君は30秒くらいあとでにゃあと鳴いた。



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最終更新:2012年11月28日 20:06