憂(金曜日の部活はおやすみ)

憂(梓ちゃんに頼んでそうしてもらったんです)

憂(授業が終わったら、二人にさよならを告げて、駅に向かいます)

憂(切符を買って、改札を通って、電車に乗って)

憂(大きな駅で降りて)

憂(そこから新幹線にのって2時間15分……)


憂(遠距離恋愛って大変です)

憂(でも、新幹線に乗って紬さんに会いに行く時間)

憂(その時間が日々の中で一番楽しい時間かもしれないなって)

憂(最近そう思えるようになりました)

憂(お気に入りの曲を聞きながら紬さんのことだけ考えるこの時間のこと)

憂(私はいつの間にか大好きになっていたんです)


憂(寮につくのはだいたい夜7時半頃)

憂(この時間になっても紬さんは帰ってきていません)

憂(どうしてもとりたい講義が夜間にあったから、だそうです)

憂(30分ぐらいでパパっと料理を作っちゃいます)

憂(8時をちょっと過ぎた頃に紬さんが帰ってきます)


紬「あら」

紬「来てたんだ」

憂「おかえりなさい、紬さん」

紬「ただいま。憂ちゃん」

紬「ぎゅっとしてもいい?」

憂「もちろんです!」

紬「はぁ~。癒されるわ~」


憂(私が来ると紬さんはこうして抱きしめてくれます)

憂(紬さんはとってもいい匂いがします)

憂(梓ちゃんみたいに倒れたりはしませんけど)

憂(ちょっとだけ顔が熱くなるのを感じちゃいます)


紬「ごめんね、遅くなってしまって……」

憂「講義ですよね」

紬「そうだけど、憂ちゃんが来るって知ってたら」

憂「休んだら駄目です」

紬「ううん。それはしないけど、走って帰ってくるぐらいは、ね」

憂「それくらいなら……」

紬「憂ちゃんは厳しいね」

憂「そんなぁ……」

紬「うそうそ、冗談よ。今日も夜ご飯作ってくれたの?」

憂「はい。ソーメンチャンプルですよー」

紬「ソーメンチャンプル!」

憂「知ってるんですか?」

紬「うん。小学校の頃にね。国語の教科書に載ってたの」

憂「そんなのあったかな?」

紬「やどかりさんが出てくるお話なんだけど……」

憂「あっ、覚えてます」

紬「憂ちゃんも覚えてるんだ」

憂「なんとなくだけど……」

紬「あのお話を読んでから、ソーメンチャンプルを食べるのが夢だったの」

憂「それなら良かったです」

紬「あ、唯ちゃんのところへは?」

憂「もう持っていきました」

紬「そう。なら……いただきますっ!」

憂「いただきます」


憂(紬さんは私が作った料理を楽しそうに食べてくれます)

憂(美味しそうにじゃなくて、楽しそうに)

憂(そういうところ、お姉ちゃんにちょっとだけ似ているかもしれません)

憂(あぁあぁそんなに頬張ったら)


紬「ごほっ……ごほっ……」

憂「おみずです!」

紬「…………ありがとう」

憂「どういたしまして」

憂「それで、ソーメンチャンプルはどうかな?」

紬「うんっ。すっごく美味しい!」

憂「良かったです……」

紬「憂ちゃんも食べよっ」

憂「はい」


憂(御飯を食べ終わった後は、ゲームをやります)

憂(紬さんの部屋にはTVゲームはないのでトランプを)

憂(たまに他の人が押しかけてきて麻雀などをやる日もありますが)

憂(大抵は私達に遠慮してくれてるみたいです)


紬「今日はトランプタワーをやらない?」

憂「トランプタワーですか?」

紬「うん。どちらが高い塔を作れるのか勝負するの」

憂「いいですよ」


―――
―――
―――


紬「できた!」

憂「6段……すごいです。紬さん」

紬「ふふふ。練習したもの」

憂「それはズルいかも」

紬「だって普通にやったら憂ちゃんには勝てないから」

憂「そんなことありません」


憂(本当に、そんなことないんです)

憂(私、カードゲームで他の人に負けることはほとんどないんですが)

憂(紬さんはそれなりに腕が立つ上、ずば抜けて運がいいので……)

憂(ポーカーやブラック・ジャックをやると五分五分の勝負になるんです)

憂(スピードで私を負かしたのは紬さんだけです)

憂(それはともかく……)


憂「私と遊ぶために練習してくれたんですか?」

紬「ええ、そうだけど」

憂「嬉しいです」

紬「そう?」


憂(ゲームを楽しんだ後、シャワーを浴びて、歯を磨いて、ベッドに潜り込みます)

憂(同じベッドだけど、抱きついたりはしません。もちろんエッチなことも)

憂(だって私たちはキスさえしたことがないから)

憂(それ以前に、好きと言われたこともないのだから)


紬「電気、消してもいいかな」

憂「はい」

紬「明日はどうしよっか」

憂「先約は?」

紬「うん。それは大丈夫。でも天気予報だと雨ねぇ」

憂「梅雨だから仕方ありませんよ」

紬「そうだけど……」

憂「それなら明日は家でゆっくりしませんか」

紬「いいの? せっかく来てくれたのに……」

憂「いいんです。私がそうしたいから」

紬「そう? それなら」

憂「決まり、ですね」

紬「ええ。おやすみなさい。憂ちゃん」

憂「おやすみなさい。紬さん」


―――
―――
―――


憂(卒業式の日。紬さんのもとへ行きました)

憂(私は心臓に一番近いボタンをねだりました)

憂(紬さんは少し驚いた表情で、私と付き合いたいの、と聞きました)

憂(私がコクンと頷くと、紬さんは少し桜を見たあと、私でいいの、と言いました)

憂(こうして私達二人の交際がはじまりました)

憂(春休みの僅かな時間、私達はいろんなところにあそびに行きました)

憂(遊園地、ショッピング街、某テーマパーク、水族館、映画館、スケート場)

憂(梓ちゃん達とダブルデートもしました)

憂(あっ、梓ちゃんは澪さんと付き合ってます。もちろん現在進行形です)

憂(月日は流れ、紬さんとお姉ちゃん達は遠い街へ行ってしまいました)


憂(離れ離れになってしばらくの間はメールだけでした)

憂(でも、メールだけじゃ全然足りなくて、紬さんの声が聞きたくなって、スカイプもするようになりました)

憂(それでも全然足りなくなって、切符を買って紬さんに会いにいきました)

憂(はじめて会いにいったとき、紬さんがすごく驚いていたのを覚えています)

憂(あのときも紬さんは遅くに帰ってきて、私は扉の前でずっと待っていたんです)

憂(お姉ちゃんと律さんと澪さん、そしてその友だちの方々に冷やかされました)

憂(やっと紬さんが帰ってきたとき、私はすっかり冷たくなっていました)

憂(紬さんは私の手を握り、足に触れ、ゆっくりと温めてくれました)

憂(それから合鍵をくれたんです)

憂(この合鍵はボタンと同じぐらい大切な宝物です)


憂(もちろん楽しいことばかりじゃありません)

憂(新幹線はとにかくお金がかかります)

憂(片道1万以上。往復で2万円を超えます)

憂(だから平日の夜はバイトをやることにしています)

憂(夜のバイト、といっても怪しいものではなく、飲食店でのバイトです)

憂(部活が終わってから毎日4時間ほど)

憂(お姉ちゃんがいなくなって家事の量が減ったからこそできるバイトです)

憂(お姉ちゃんのいない寂しさを紛らわすと同時に、紬さんに会うためのお金を稼げる)

憂(私にとってバイトはある種の生命線なのかもしれません)


憂(紬さんから、自分が会いに行こうか、と提案されたことがあります)

憂(その時、私はなんとか紬さんを思い留まらせました)

憂(私の家に招きたくないわけではありません)

憂(ただ、自分に紬さんの好意が向けられているという自信がないんです)

憂(だから、お金も時間も私のためには使ってほしくない)

憂(こうやって会いに来ている時点でどうかと思われるかもしれませんが)

憂(越えたくない一線、というのが私にもあるんです)


―――
―――
―――


紬「……」パチッ

紬「朝……」

憂「……zzz」

紬「よくねてるわ……」

紬「かわいい寝顔」

憂「……うーん……zzz」

紬「ふぅ……このままでいいのかしら……」

憂「……つむぎさん?」

紬「おはよう憂ちゃん」

憂「おはようございます、紬さん」

紬「よく眠れたかしら」

憂「ばっちりです」

紬「そう。じゃあ朝ごはん、一緒に作りましょ」

憂「はい!」

紬「なににしよっか……」

憂「パンケーキはどうです?」

紬「パンケーキ……いいわね」

憂「それじゃ私ホットプレートの用意しますね」

―――
――

紬「もういいかしら」

憂「いいと思います。じゃあ、皿によそいます」

紬「ねぇ、半分こしない」

憂「私は次に焼けるので大丈夫です。紬さん、先に食べてて」

紬「そう? じゃあいただきます」

紬「うん。美味しい。やっぱりパンケーキにはバターねぇ」

憂「私もバターかな。メープルも好きだけど」

紬「ねぇ、憂ちゃん」

憂「?」

紬「あ~ん」

憂「……あ~ん//」パクッ

紬「どう?」

憂「とっても美味しいです」

紬「なんで憂ちゃんってこんなにかわいいのかしら」

憂「つ、紬さん//」

紬「うふふふ」

憂「もうっ……」

――

紬「憂ちゃんの分も焼けたわね」

憂「紬さん」

紬「うん?」

憂「あ~ん」

紬「さっきの仕返し?」

憂「仕返しなんかじゃないです」

紬「あ~ん」パクッ

憂「どうですか?」

紬「うん。憂ちゃんに食べさせてもらうともっと美味しく感じるわ」

憂「//」

紬「本当に憂ちゃんってかわいいんだから」

憂「そんなの……ずるいです」

紬「えっ」

憂「私ばっかり照れてます。紬さんも少しは……」

紬「私が照れたってかわいくないよ」

憂「そんなことないですよ」

紬「じゃあ頑張って照れてみるね!」

憂「どう頑張るんですか?」

紬「あれっ?」

憂「くすくす」

紬「もうっ……」


憂(楽しい朝食の時間は終わり、私たちはお話を始めました)

憂(こうやって一緒にお話するとき、紬さんは私のために紅茶をいれてくれます)

憂(菫ちゃんのお茶も美味しいけど、紬さんのお茶はもっと美味しい)

憂(……と感じてしまうのは私の贔屓目だけではないと思います)


紬「最近そっちはどう?」

憂「菫ちゃんのことですか?」

紬「うん。それもあるけど」

憂「良い感じです。直ちゃんとも仲良くなってるみたいだし」

紬「直ちゃんかぁ。一度あってみたいわね」

憂「大学のほうはどうですか?」

紬「みんな相変わらずよ~」

憂「お姉ちゃんはやっぱり」

紬「うん。抱きつく対象が晶ちゃんに変わっただけであんまり変わらないわ」

憂「そうですか」

紬「ええ。りっちゃんと澪ちゃんも相変わらず、すっごく仲良しさん」

紬「澪ちゃんに恋人ができてもそれは変わらないみたい」

憂「そっかぁ」

紬「あっ、それとね。最近りっちゃんにアタックをかけてる子がいるみたいなの」

憂「そうなんですか?」

紬「ええ。うまくいくといいわ~」

憂「ですねぇ」

紬「ところで憂ちゃん、志望校は決まったの?」

憂「やっぱりN女子大にしようと思います」

紬「それは、私がいるから?」

憂「それもあります」

紬「梓ちゃんと純ちゃんもN女子なんだ?」

憂「はい。やっぱりみんなと一緒にやりたいので」

紬「憂ちゃんと純ちゃんがHTTに入ったら七人編成だね」

憂「今から楽しみ……」

紬「でも、そっかぁ」

憂「どうしました?」

紬「うん。やっぱり憂ちゃんもN女子大に来るんだなって」

憂「……?」

紬「うん……うん……」

憂「紬さん?」

紬「なんでもないの、気にしないで」

憂「……はい」


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最終更新:2012年12月24日 01:28