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憂「そろそろお昼ごはんにしませんか?」
紬「ねぇ、憂ちゃん。ちょっとこっちに来てくれる?」
憂「……? はい……」
紬「横に座って」
憂「はい」
紬「……」
憂「……?」
紬「……憂ちゃん。キスしない?」
憂「キス……」
紬「うん……」
憂「いいの?」
紬「うん」
憂(突然の申し出でした)
憂(紬さんの青い二つの瞳が痛いぐらいに私を強く見つめています)
憂(私は意を決して顔を近づけます)
憂(すると紬さんもこちらに顔を寄せてくれました)
憂(唇と唇が触れる瞬間、ふたり一緒に目を閉じて……そのままキス)
憂(紬さんの唇は柔らかくて暖かくて……少しでも長く触れていたくて)
憂(ずっとずっと動かないでいました)
憂(たっぷり10分ぐらいした後、紬さんが離れていきました)
紬「キス、しちゃったね」
憂(頬を赤く染め、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべながら、そうささやく紬さんはとてもかわいくて)
憂(私たちはやっと恋人になれたんだなって思いました)
憂(キスをした後、二人でお昼ごはんを作りました)
憂(あまり会話はなかったけど、幸せな時間でした)
憂(私は何度も唇に指をあて、キスの感触を思いだしました)
憂(それを紬さんに見られて顔を赤らめることも何度か)
憂(お昼ごはんを食べた後は、お菓子を食べながらティータイム)
憂(午前中とやってることも話すこともそんなに変わらなかったけど)
憂(午前中とは比べ物にならないぐらい幸せな時間を過ごせました)
憂(でも、幸せは長続きしないんです)
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紬「ねぇ、憂ちゃん」
憂「どうしました?」
紬「あと2ヶ月もすると夏休みよねぇ」
憂「はい」
紬「それに半年とちょっとすれば憂ちゃんもこの大学に来るのよねぇ」
紬「そしたらいくらでも会えるんだから、しばらくは会うのをやめない?」
憂「……」
憂「……」
憂「……」
憂「……」
憂「……」
憂「……………………えっ?」
紬「やっぱり高校生が毎日夜にバイトするのはよくないと思うの」
憂「そんなこと……」
紬「憂ちゃんもN女子大にくるなら半年の辛抱じゃない」
紬「そしたらいくらでも会えるし……。夏休みだって実家に帰るからたくさん会える」
憂「だからって……」
紬「ね。澪ちゃんと梓ちゃん達だってほとんど会ってないけど、ちゃんと続いてるじゃない」
紬「だから……」
憂「そんなの関係ない!!」
紬「う、憂ちゃん?」
憂「後から会えるとか、梓ちゃんがどうだとか関係ない!!」
憂「私が紬さんに会いたいんです!!」
憂「それとも紬さんは……やっぱりお姉ちゃんのほうが」
憂「あっ……」
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紬(憂ちゃんはなにか考えるような仕草をした後、急に泣きだしてしまいました)
紬(慰めようと近寄ると拒絶され、そのまま走って部屋から出て行きました)
紬(走って追いかけたけど、すぐに引き離され、見失ってしまいました)
紬(息を切らせながらたどり着いた駅のホームに、憂ちゃんはいませんでした)
紬(寮に戻るとドアの前に唯ちゃんが立っていました)
唯「……壁が薄いというのは難儀なものだね紬くん」
紬「唯ちゃん……聞いてたの?」
唯「うん。聞こえちゃったんだ」
紬「そう……」
唯「ちょっとお話しよっか」
紬「えぇ」
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紬「紅茶よ……」
唯「ムギちゃんの紅茶久し振りだね―」
紬「そうね……」
唯「ムギちゃんも飲んでよ」
紬「うん……」
唯「落ち着いた?」
紬「うん」
唯「何があったのか聞かせてくれる?」
紬「私ね、実は唯ちゃんのことが好きだったの」
唯「本当?」
紬「うん。でも昔のこと」
紬「1年の時にね、唯ちゃんのことを好きになったの」
紬「でもね、1年のうちに好きじゃなくなったの」
唯「……随分短いね」
紬「うん。あの気持を抱えてたら軽音部での楽しい時間が終わってしまいそうで」
紬「頑張って諦めたの」
唯「……そうだったんだ」
紬「とは言っても2年の夏休み前ぐらいまで、ちょっとは引きずってたんだけど……」
唯「……」
紬「憂ちゃんはそれに気づいてたのかな……」
紬「必死に隠してたつもりだったんだけど」
紬「とにかく、唯ちゃんのことは好きだったけど、今好きなのは憂ちゃんなの」
唯「ねぇ、ムギちゃん」
紬「なぁに」
唯「どうして憂のことを好きになったの?」
紬「憂ちゃんはああいう子だもの。好きにならないほうが無理よ」
唯「……そっか」
紬「ねぇ唯ちゃん。私はどうすればよかったと思う?」
唯「そうだねぇ……」
紬「……」
唯「憂はムギちゃんが思ってる以上にしっかりした子なんだよ」
唯「学生生活を大事にしながらバイトするぐらいへっちゃらだよ」
紬「……そうかしら」
唯「うん。そうだよ」
唯「……それにね。2万円で会いにいけるなら安いものだよ」
唯「私も頑張ってお金貯めてるんだけどね。全然足りないし…‥」
紬「唯ちゃん。もしかして……」
唯「えへへ~。そういうこと」
唯「自分の気持ちに気づいたの最近なんだ~」
唯「こんなことなら卒業する前に気持ちを伝えればよかったよ」
紬「そう。唯ちゃんは……」
唯「それにね、澪ちゃんたちとムギちゃんたちはちょっと違うと思うんだ」
唯「澪ちゃんとあずにゃんは軽音部で積み重ねてきた時間があるけど、憂とムギちゃんにはそれがないでしょ」
唯「憂が二人の時間を必要だと思ってるなら、本当に必要なんだ」
唯「それともムギちゃんは憂と一緒にいたいと思わないの?」
紬「……唯ちゃん、ありがとう」
唯「憂を、よろしくね」
紬「ええ」
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憂(紬さんのところを飛び出して、私は電車に乗りました)
憂(東京駅で新幹線に乗り換え)
憂(紬さんのところから帰るときの新幹線は前から好きじゃなかったけど)
憂(今日のそれは今までと比べ物にならないぐらい最悪でした)
憂(……)
憂(紬さんが私のバイトのことで悩んでるのは知ってました)
憂(だから、会いに来て欲しくないというのが本音なのも知ってました)
憂(私が、本当に許せなかったのは)
憂(あのキスが――)
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憂「……」
憂「……あさ」
憂(あの後なんとか家に帰って……)
憂(泣いてたら寝ちゃったんだ)
憂「……紬さん」
憂「私……私……」
紬「起きたんだ」
憂「えっ」
紬「おはよう、憂ちゃん」
憂「ここ私の家」
紬「そうだね」
憂「どうして紬さんが」
紬「追いかけてきたから」
憂「でも鍵とか」
紬「唯ちゃんに借りちゃった」
憂「そう……ですか」
紬「憂ちゃん。ごめんなさい」
紬「一方的過ぎたよね」
憂「……」
紬「憂ちゃん。お話しましょう」
紬「きっと私たちには時間が足りていなかったの」
紬「お互いのことをよく知るための時間が」
紬「だから、ね」
憂「……はい」
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紬「憂ちゃんは、私が唯ちゃんのこと好きだったって、知ってたんだね」
憂「はい。ずっと知ってました」
憂「まだ中学生だった頃、入学前に軽音部の見学にいったんです」
紬「純ちゃんと一緒のときね」
憂「はい。その時、紬さんを見てわかりました」
憂「この人はお姉ちゃんのことが好きだったんだな、って」
紬「見ただけでわかったの?」
憂「お姉ちゃんと手が触れたときの紬さんの表情」
憂「お姉ちゃんとお喋りしてるときの紬さんの笑顔」
憂「そういうのを見てると自然にわかっちゃったんです」
紬「そう……」
憂「この人は、必死にお姉ちゃんを諦めようとしてるんだってわかって」
憂「紬さんのことを見るたび考えるようになったんです」
憂「どういうことを考えながらお姉ちゃんに紅茶をいれてるんだろう、とか」
憂「抱きつかれたときに何を想ってるんだろう、とか」
憂「そうしているうちに、いつの間にか、紬さんから目が離せなくなって」
紬「好きになってくれたの?」
憂「私、好きなんです」
憂「紬さんみたいに何かを諦めて、何かを選べる人のこと」
紬「ただ勇気がないだけだと思うけど」
憂「諦めるのだって勇気です。簡単にできることじゃありません。だって……私も」
紬「もしかして……」
憂「私もお姉ちゃんのことが好きだったんです」
憂「まだ小学生の頃の話だけど」
憂「あの頃のお姉ちゃんは今みたいに楽しそうにしてなかったけど」
憂「私にとってはとてもステキなお姉ちゃんだったから」
紬「そう…‥」
憂「でも女同士だし、姉妹だったから、諦めたんです」
紬「それで良かったの?」
憂「その答えは多分ありません」
憂「紬さんも一緒じゃないですか?」
紬「……うん」
憂「それでその……ごめんなさい!!」
紬「どうして憂ちゃんが謝るの?」
憂「お姉ちゃんのほうが、なんて言っちゃって」
紬「……いいのに」
憂「よくありません。酷いこと言ってしまいました」
紬「でも、怒らせることをした私が悪いから」
憂「そんな……」
紬「私、ここに来るまでの間、ずっと考えてたんだ」
紬「憂ちゃんがなんであんなに怒ったんだろ、って」
紬「よーく考えて一つの結論に達したの」
紬「ねぇ、憂ちゃん。私はどうしてキスしたと思ってる?」
憂「それは……」
紬「教えて」
憂「……会うのをやめたくないって反発する私を説得するための予防線……」
紬「やっぱり、そう思ってたんだ……ごめんね」
憂「……」
紬「でもね、本当は違うの」
紬「会わなくなる前に、憂ちゃんにもっと近づきたいと思ったから」
紬「だからキスをしたの」
憂「……ほんとう?」
紬「ええ、本当」
憂「……ほんとう?」
紬「ええ、本当に本当」
憂「ほんとう……」
紬「ええ、本当に本当に本当なんだから」
憂(紬さんの言葉を聞いて、私は泣きだしてしまいました)
憂(紬さんはしばらく慌てふためいてから、私の頭を撫でてくれました)
憂(その手から紬さんの優しさが伝わってくるような気がして)
憂(私はますます泣いてしまいました)
最終更新:2012年12月24日 01:29