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「ねえねえ、りっちゃんりっちゃん!
前から気になってたんだけど、この子って誰なの?」


十二月中旬のかなり寒さが身にしみ始めた冬の日。
ムギの部屋で四人で喋っていると、
飾られている写真の詳細が気になったらしく、
いつもの好奇心いっぱいで興味津々な表情を浮かべて、菖が私に訊ねてきた。
知り合って結構長いけど、菖ってこういう奴なんだよなー……。
一応、幸と話しているムギの邪魔をしないように、
私に訊ねてきたのはせめてもの気遣いって事にしといてやるとするか。

それにしても、『この子』ってのは誰なんだ?
私はムギのベッドから降りて、菖が指差している写真の方に歩み寄って覗き込んでみる。
お、これは私達が卒業式の日に内輪で撮った集合写真じゃんか。
私達軽音部の部員に憂ちゃんとさわちゃん、和も写ってる。
ちなみに写真を撮ってくれたのは純ちゃんだ。
あの時は『こういう時は裏方に回る人の方がカッコいいんですよ!』って妙にノリノリだったな。

まあ、それはそれとして、だ。
菖が好奇心旺盛な視線で指差しているのは、やっぱりと言うか和だった。
憂ちゃんは見れば唯の妹だってすぐ分かるだろうし、
さわちゃんの姿を見れば、一目で顧問か担任の先生だって分かるだろう。
梓の話は写真を見せながら何度もしてたから、今更菖が私達に訊ねるほどの話でもない。
となると、菖が『この子って誰なの?』と私に訊くのは、和しか居なくなる。


「ああ、そいつは……」


「和ちゃんって言うんだよ!」


私が菖の質問に応じようと口を開いた途端、言おうとした言葉はムギに取られてしまった。
幸と話をしながらも、菖の言葉をしっかりと聞いていたらしい。
それは別にいいんだけど、妙に楽しそうだな、ムギ……。
心なしか目までキラキラさせてる気がするし……。


「何? 誰の話?」


とうとう幸まで身を乗り出して写真の前に集まって、何だか手狭になってしまった。
私は苦笑してから写真立てに立てられてるその写真を取って、またムギのベッドに戻って座り込む。
それから、ムギ、菖、幸の三人をベッドの周りに手招いた。
この方が落ち着いて写真の話が出来るもんな。
三人が集まってその写真を覗き込んで、
私もまずは写真の中のその同級生の顔を覗き込んでみる。
まったく……。
卒業式当日だってのに、いつもと変わらない落ち着いた表情なんかしちゃってさ……。
まだそんなに経ってないはずなのに、もうかなり懐かしい気がするな……。
でも、まずは懐かしむより先に、菖達にこいつの説明をしてやらなくっちゃな。
私は胸の中に湧き上がり掛けたちょっとした寂しさを振り払いながら、ゆっくりと口を開く。
ほんの少しだけ昔の事を思い出す。

「さっきムギも言ってたけど、こいつの名前は和。苗字は真鍋。
軽音部……じゃないんだけど、何っつーかな……。
うーん……、スペシャルサンクス?
うん、そうだな、スペシャルサンクスだ。
そんな感じの立ち位置で、軽音部に協力してくれてた奴なんだよ」


「そうだよね、和ちゃんってスペシャルサンクスだったよね」


何故か楽しそうにムギが反応する。
スペシャルサンクスって響きが気に入ったのかな?
かく言う私も、上手い事を言ったな、って自分自身でちょっと思ってる。
うん、和はスペシャルサンクスなんだ。
私達の事を特別に支えてくれてた仲間なんだよな。


「スペシャルサンクス……ってどんな感じの?
パッと見、文学少女な感じに見える子だし、作詞に協力してくれてたとか?」


多分、和の眼鏡だけ見ながら、菖が首を傾げた。
文学少女か……。
言い得て妙だけど、和は文学少女とはちょっと違うよな。
だったら何なんだ、と言われても困るけどさ。
私は少し苦笑してから、菖の質問に応じる。


「ああ、いや、放課後ティータイムの作詞は澪と唯が大体やってるぞ。
私とムギもちょっとはやった事あるけどな……。
とにかく、和が作詞協力してたってわけでもないんだよな。
そうだな……。
和はさ、生徒会の立場で私達に色々と支えててくれてたんだよ」


「へえ、この子、生徒会役員共なんだ」


「共ってのは何なんだよ、共ってのは……」


「あ、共は気にしないで。
でも、りっちゃん達、凄いね。
生徒会とそんなに深いパイプを持ってたんだ。
何々? 会と倶楽部の癒着ってやつ?」


「嫌な言い方すんなよな……」


「会と倶楽部の癒着……。
そこから始まる謎の連続殺人……。
湯煙の中、一人、また一人と殺されていく被害者達……」


菖の軽口を本気にしちゃったのか、ムギが妙に真剣な表情で呟く。
いやいや、今はそういう話をしてるわけじゃないぞ、ムギさん……。
確かにそういう連想は私もしちゃったけどさ。
しかし、湯煙は絶対に何の関係も無い。
まあ、ひとまず正気に戻しておくとするか。
私はムギの背中に回って、首筋に軽くチョークスリーパーを極めながら話を続ける。


「癒着はともかくとして、和は本当によくしてくれたよ。
困った時には、結構手助けもしてくれてたもんな。
そうそう、和が生徒会役員って言ったけど、単なる生徒会役員じゃないんだぞ。
実はな……、何と和は生徒会長様なんだぜ。
さあ、生徒会長と深いパイプを持ってた私達に戦慄するがいい!」


私としてはこの言葉で菖達にちょっとでも驚いてほしかったんだけど、
意外と菖達は全然驚いた素振りも見せず、納得したように二人で頷いていた。
長い髪をかき上げて耳を出しながら、幸がまた写真を覗き込んで言った。


「あ、やっぱり生徒会長さんだったんだね。
何処かで見た事があると思ってたんだけど、そういう事だったんだ」


「え、何で?
恩那組の方こそ、桜高の生徒会と何か癒着してたの?」


私が半分真面目に訊ねると、幸が軽く笑った。
その後、菖が軽くどころか大きく笑って、私の肩を結構強めに叩きながら言った。


「あははっ、そんなわけないって!
りっちゃん達の卒アルだよ、卒アル!
前に見せてもらった時に、真面目そうな生徒会長だなあ、って印象に残ってたの!
それで私も幸も何処かで見た事がある気がしてただけだよ!」


「痛い痛い。
でも、なるほどな。
確かに和はある意味印象に残るかもな、いかにも生徒会長っぽいし。
つーか、痛いっつーの!」


「あ、ごめんごめん。
それにしても、どうしてりっちゃん達が生徒会長と知り合いなの?
いや、私だってうちの生徒会長と知り合いだったけど、
一緒に記念撮影するくらい仲が良かったわけでもないしね。
やっぱり癒着?
何か弱味を握ってたとか?」


「引っ張りますな、菖さん……。
そりゃアレだよ、菖。
この田井中律部長の人望が生徒会長すらも引き寄せたっつーか!」


「ふーん、そうなんだ」


「急に冷めんなよ!
まあ、冗談だったわけだけどさ」


「それでどうして生徒会長と知り合いだったの?」


「ああ、それはな……」


「和ちゃんは唯ちゃんの幼馴染みなんだよ、菖ちゃん」


答えたのは私の腕の中に居るムギだった。
和の話題になると妙に入ってくるな、ムギ……。
もしかしたら、ムギも和の事が懐かしいのかもな。
私だって同じ気持ちだから、私はまずムギの好きに話させてやる事にした。
昔の友達の事を新しい友達に話すのって、結構楽しくなってくる事だもんな。


「へえ……、唯ちゃんの幼馴染みだったんだ。
何かちょっと分かるね、菖」


「うんうん、何だか凄くそれっぽいよね。
何だか急にこの和ちゃんって子に親近感持っちゃうよねー」


「え、どうして?」


ムギが不思議そうに首を傾げる。
どっちかと言うと、唯に近い感性の持ち主のムギには分かりにくいかもな。
ムギもだけど、特に唯には何か放っておけない空気や雰囲気がある。
私達が見ててあげないと、って気にさせる奴なんだよな、唯は。
その唯を一番間近で見てたのが和なんだ。

菖と幸にはその事がよく分かるだろう。
菖と幸にも見ている奴が居るから。
ずっと傍で見てた奴が居るから。
晶っていう色々と危うくて放っておけない友達が居るから。
だから、まだ知り合いでもない和に親近感を持っちゃうんだろう。

本人は否定するだろうけど、晶は菖と幸に見守られて、フォローされてる。
三人の様子を見てると、それを強く感じる。
和が唯にしてたように、菖と幸は晶を支えてるんだなって。
大体、菖と幸が傍に居ない晶なんて、私だって危なっかしくて見てられないよ。
形から入るタイプで、色んな所がちぐはぐで、
唯みたいな前例も無いのにギターに名前を付けてて、
悪い男(多分)にも騙されそうなくらい危うくって……。
何か唯みたいだよな、うん。
タイプは違うんだけど、晶って唯みたいなんだ。


「晶と唯が似た者同士って事だよ、ムギ」


ムギの頭を撫でながら笑い掛けてやる。
ムギはまだ不思議そうな顔をしてたけど、
私に撫でられるのが気持ちいいのかすぐに笑顔になって頷いてくれた。
今はまだそれでいいんだと思う。
ムギはちょっとずつ色んな事を知っている最中なんだ。
私に教えてあげられるのは庶民的な遊びくらいだろうけど、
この大学生活、教えられる事は全部教えて見守っててあげたい。
和が唯をずっと傍で支えてたみたいに。

ふと視線を上げてみると、菖達と視線が合った。
菖も幸も笑顔で私達を見つめていた。
うっ……、何か恥ずかしい事しちゃったかな……。
私は咳払いすると、恥ずかしさを誤魔化すために話題を転換させてみる。


「そ……、そういやさ。
和ってしっかりしてる奴なんだけど、結構不思議な所があるんだぜ」


「えっ、そうなんだ。
人は見かけによらないなー。
何々? どんな事があったの?」


よし、菖が食い付いた。
幸も興味津々に私の次の言葉を待ってるみたいだな。
幸って落ち着いた雰囲気を漂わせてるけど、
意外とお茶目って言うか、ノリがいい所があるから助かるよな。
私は和の昔の所業を思い出しながら、少しずつ語り始める。


「唯の幼馴染みだからかな、何かずれてるんだよ、和って。
これは唯に聞いた話なんだけどさ、
唯がイチゴショートをちょっと分けてあげるって言ったら、
スポンジの上に載ってるイチゴを食べちゃったらしいんだよな。
これは無いよなー。
イチゴはイチゴショートの魂だってのに、そこから取るかよ、普通」


「あー、それは無いねー。
それはずれてるねー、その和ちゃん。
晶がそんな事したら、私だったらキック噛ましちゃってるねー」


「だろー?」


私は菖と顔を合わせて二人で頷き合う。
幸は何故か何となく悲しそうに顔を青くさせていた。
自分のイチゴショートがそんな被害に遭ったらと思うと、不安でしょうがないのかもしれない。
うん、幸だったら泣き寝入りしちゃいそうだな……。
澪もムギにイチゴ取られた時に泣いちゃうくらいだったし……。
殴られたのは何故か私だったけどな……。
分かるか、和。
イチゴはな……、イチゴショートの魂なんだよ……。


「それと他にもさ……」


「そうそう、和ちゃんったら、こんな事もしてたよね」


何だか楽しくなってきて、私とムギはまた和の話を始める。
何でかな、凄く楽しくて気持ちいい。
今まで私達の胸の中にだけ居た和って友達。
誰にも話さないままで居たなら、ずっと私達だけの思い出でしかなかった。
だけど、菖や幸って新しい友達に和の事を話す事で、和の位置が私の中で新しく定まっていく。
和がどんなに大切な友達だったか、再確認出来る。
それだけじゃない。
和の事を知ってもらう事で、菖や幸がもっと近くなっていく。
私の思い出と私の大切な友達を共有する事で、私をまた深く知ってもらえる。
距離がずっと近付いていくんだ……。


「会ってみたいな……」


私とムギの話が一段落した頃、幸が目を輝かせてそう呟いた。
うんうん、と菖も幸と顔を合わせて頷く。
面白い事が大好きな二人だもんな。
これだけ色んな話を聞かされたら、和に会いたいって思うのも無理ないかもな。
勿論、私達だって和に会いたい。
会いたいよな……。
でも……。


「私も会わせてやりたいんだけどさ……」


頭を掻きながら、私は菖達に向けて小さく呟く。
私のその少し寂しそうな表情が気になったのか、菖達が軽く首を傾げた。


「どうしたの? 何かあったの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどな……。
和さ、今、外国に留学してるんだよ。
留学だぜ、留学。すっげーだろ?
だから、そう簡単に会わせてやれそうにないんだよ。
ごめんな、二人とも」


「ほえー……、留学かー……」


菖が感心した様子で呟く。
流石に菖の周囲にも留学してる奴は居ないんだろう。
私の周囲でも留学してる奴は和くらいだもんな。
凄いな、と思う。
頑張ってるな、とも思う。
私は皆と一緒に居たかったから、って結構消極的な理由でこの大学を受験した。
その事を後悔してはいないけど、そうしなかった和は偉いと思う。
和は自分の進むべき道を一人で進んでる。
一人で頑張ってる。
自分の未来に向けて突き進んでるんだ。


私は和に会いたい。
離れてみて初めて、私は和の凄さと大切さが分かった。
大学の軽音部に入って、とりあえずの代表として頑張ってるけど、やっぱり大変なんだ。
書類の提出を忘れる事もよくあるし、和みたいに親身に手助けしてくれる友達も居ない。
和がどれだけ私達の事を助けてくれてたのか、骨身に染みて感じてる。
だから、私はまた和に会いたいんだ。
勿論、助けてもらいたいわけじゃない。
今までの事のお礼を言うためだ。
考えてみれば、和にろくにお礼を言った事も無かった。
あんなにしてくれた和に対して、私は何も出来なかった。
いや、しなかったんだ。
だからこそ、私はとても和に会いたいんだ。

でも、と考えてしまう。
和は一人で頑張ってる。
そんな和に会って私に何か言える事があるのかなって。
ずっと面倒を掛けてた私に再会して、和が喜ぶのかなって。
和がそんな事を気にするはずがないって分かってるのに、つい弱気の虫が騒いでしまう。


「でも、やっぱり会ってみたいな」


不意にそう呟いたのは幸だった。
突然の発言に私は驚いたけど、菖とムギも顔を合わせてその言葉に頷いた。
イシシ、と微笑みながら、菖が幸の言葉を継いだ。


「だよねー。
だって、唯ちゃんの幼馴染みだよー?
こりゃ、会ってみるしかないっしょ!
すっごく面白そうだもんね!」


「えっ、でも、留学……」


「そんなの海外旅行のついでって事で寄らせてもらえばいいんだって!
ねっ、ムギちゃん!」


「うんうん、そうだよね、菖ちゃん!
さっちゃんも一緒に和ちゃんに会いに行こ!」


「うん、面白そうだもんね。
ただそのためにもバイトを頑張らなきゃいけないけどね」


何だか話が大きくなってきた……。
これは私が止めるべきなんだろうか……。
私がちょっと狼狽えていると、菖がまた微笑んでから私の肩を叩いた。


「どしたの、りっちゃん?
ひょっとして、和ちゃんを自分達だけで一人占めしちゃいたいのー?
駄目だよ、面白い事の一人占めはー!」


「いや、そういうわけじゃなくてだな……」


「じゃあ、和ちゃんに会いたくないとか?」


「いや、私だって会いたいけど、和の都合が……」


「だいじょぶだいじょぶ!
りっちゃんは和ちゃんに会いたいんでしょ?
だったら、和ちゃんだってりっちゃんに会いたい、って思ってるって!
友達ってそういうもんなんだから!」


そういうもんなんだろうか……。
でも、菖のお気楽な笑顔を見てると、そんな気がしてくるから不思議だ。
うん、そうだな……。
結局、私は和に会いたいんだ。
だったら、その気持ちに正直に行動してみるのもいいかもしれない。
これでも三年間ずっと友達だったわけだしな。
その自分を信じなきゃ、和にも失礼ってもんだ。
私は菖達三人に心の中だけでお礼を言って、ムギのベッドの上に立ち上がった。


「よっしゃ!
皆がそう言うなら和の留学先に押しかけちゃおうじゃんか!
唯達がバイトから帰ってきたら、私の方から伝えとくよ!」


「そうこなくっちゃ!」


「また和ちゃんに会えるんだね!」


三人から歓声が上がる。
よっし、今度の旅行は海外、和の留学先だ。
何だかんだと胸がワクワクしてくる。
その時にこそ、私の感謝の気持ちを和に伝えよう。
さりげなく、だけどな。

でも、そうなるとまずバイトを目一杯入れなきゃな。
えっと……、次のバイトはいつだったっけ……?
そうやって私はムギの部屋に掛けられてるカレンダーに視線を向けた。


「あっ……」


そうして、私は気付いた。
海外旅行は楽しみだ。
和とまた会えるって考えるのも、凄く嬉しくなってくる。
だけど、私達には、それより先にしなきゃいけない事があったんだ。


「よしっ、三人ともよく聞け!
和に会うより先に、三人にやってもらいたい仕事がある!」


そうやって気合を入れると、腰に手を当ててから私は三人に宣言する。
しなきゃいけない事があるんだ。
私達の大切な友達のために。



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最終更新:2012年12月26日 21:36