──その時。
ギャンッ!
いつかも見た光景。
いずこから飛んで来た光が『影』に直撃し、それの動きを止めた。
???「大丈夫か!?」
スタッ!
澪「!?」
横の木の上から、例のマント男が飛び降りて来た。
右手には、光の刃が伸びる白い筒を相変わらず持っている。
澪「あ、あ、あ……」
????「──もう大丈夫」
澪「ひっ!?」
唐突に後ろからかかった声に、澪が体をすくませた。
それが逆に良かったのか、固まっていた彼女が声を上げてそちらを向くと、いつの間にそこに居たのかこちらは例の女。
???「さあ、ここでケリを……って逃げるなぁ!」
光の刃を構えて意気込む男だが、しかし『影』は扇状に広がった部分を収束すると、彼が居るのとは別の方向へ飛び去る。
????「ケイン! 追って!」
ケイン「おう!」
返事をする前に、マントの男……ケインはすでに走り出していた。
????「……怖かったわね」
トン。
『影』とケインの姿が見えなくなってから、女が澪の肩に優しく手を置いた。
澪「は、はい……」
ようやく緊張の糸が切れた澪は、その場に座り込んでしまった。
恵「澪たんっ!」
そこへ、今回の件にて桜が丘の人間で唯一ずっと油断をしていなかった人物──恵が息を切らせながらやって来た。
澪「曽我部……先輩」
恵「大丈夫!? ねえっ、大丈夫っ!?」
話によると、自分の掃除を早目に終わらせて澪を見守ろうとした恵は、廊下の窓から彼女が襲われるのを目撃したらしい。
それから慌ててここへ駆け付けたとの事だ。
????「……やっぱりこのままでは駄目ね」
ケインが走って行った方を見ながら、考える素振りを見せていた女がそう呟いた。
????「ねえ、『あいつ』を倒す為には貴女達の力が必要だわ。
協力して貰えない……かしら?」
恵「私達、の……?」
????「ええ。
──自己紹介が遅れたわね。
私はキャナル。よろしく」
────────────────────────────
ケイン「よっしゃ!」
地へ空へと逃げようとする『影』に、光の刃を上手く飛ばしてそれを許さなかったケインは、とうとうそれに追いついていた。
ケイン(……つってもこう上手くいったのは……)
ここは桜が丘の校舎の隙間。人影は無い。
いや、それだけではなくここに来るまでも誰にも会わなかった。
ケイン(あいつの特性のおかげで動きが読みやすかったからなんだけどな。
人と出くわさなかった事も含めて)
今『影』は、校舎を背にしている。
奴は壁もすり抜ける事が出来るのだろうが、やらないと言う確信がケインにはあった。
じり、じりっ……
ゆっくりとケインが間合いを詰める。
ケイン(……この距離なら一足飛びでぶった斬れる。
逃げようとしたらブレードを飛ばし、叩き落として斬り捨てる。
チェックメイトだぜ!)
勝利を確信し、『影』に飛びかかろうとしたその時。
ビシュッ!
『影』が、その漆黒の体から黒い刃を飛ばしてきた!
しかし、
ケイン「──チッ!」
互いの距離やタイミングを考えると、プロの格闘家でも避けるのが困難であろうそれを、ケインは身を捻って軽くかわす。
ケイン「もうそんな真似が出来るようになりやがったか!」
──キャナルの予想通りだな──
思いながら、ケインは『影』に斬りかか……ろうとしたのを中断し、横へ跳んだ。
ズアッ!
後ろから、先ほどかわしたはずの闇の刃が襲いかかって来たのだ。
ケイン「ブーメランかよ!?」
再びケインに避けられた刃は、元の『影』の元へ戻……
いや。
ガヅッッッ!!
『影』をすり抜けて校舎に直撃し、揺らした。
ケイン「!?」
『なに? 地震!?』
『ってゆーかさ、さっきから男の人の声がしない?』
『あ、やっぱりしずかも思った?」
窓がある場所から、そんな校舎内の声が漏れ聞こえてくる。
ケイン「やべえ!」
──気が付いたら、『影』の姿が無くなっていた。
ケイン「あ、あいつ……!」
(そんな知恵までっ!)
ザワザワ。
ケイン「!」
もう声が近付いてきた。元々近い場所に人が居たのだろう。
ケイン「……まずいな」
辺りを見回すも、人に会わずに逃げられるルートは無さそうだ。
ケイン(仕方ねえ!)
ケインは懐からマスクを取り出してつけると、走り出した。
────────────────────────────
放課後、桜が丘からそう遠くない場所にある『エンジェルモート』と言うファミリーレストラン。
ここに、恵・澪、ケイン・キャナルの四人がテーブルを囲っていた。
詩音「──ご注文の品、お待たせしました」
と、この店のウエイトレスである園崎詩音が飲み物の乗ったトレーを片手にやって来た。
キャナル「ありがとうございます♪」
詩音「あらあらどうしたんですか、恵さん澪さん。
今日はまた美男美女を連れて」
恵「ちょっとした縁で知り合ってね」
詩音「そうですか。
とてもお似合いのお二人で☆」
その言葉に、しかしケインとキャナルは苦笑した。
ケイン「俺とこいつはそんな仲じゃねえよ」
詩音「あら、そうなんですか?」
ケイン「ああ。
それよりどうだこのマント! ビッとしてるだろ!?」
詩音「は、はい。そうですね。
とても良くお似合いだと思います」
突然にっこにこといつものマント自慢をし始めたケインにやや面食らいながらも、詩音は返す。
ケイン「おっ話がわかるじゃねえか!」
それで、ケインは上機嫌になった。
恵(……まあ似合っているのは間違いないんだけどね……)
しかし、現実的に考えたらやはり浮いている。
ケイン「じゃあさ、例えばこのマントをさらに痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
恵・澪・詩音『!!!?』
浮かれるケインが話を広げようとした時、キャナルが彼の足を踏んだ。
キャナル「ごめんなさいね、お仕事の邪魔しちゃって☆」
ケインの悲鳴はどこ吹く風。キャナルは詩音の両手を取り、上目使いで見つめる。
詩音「あ、は、はい。
私は気にしてませんよ///」
彼女の少し幼い美貌を間近にし、詩音はやや頬を赤らめて目を逸らすと、
「じゃ、じゃあごゆっくり!」と言い残して去って行った。
キャナル「貴女達もごめんなさいね。この人いつもこうだから」
恵「いえ……」
澪「だ、大丈夫です……」
キャナル「さて、とりあえず改めて」
と、キャナルは居住まいを正し、
キャナル「キャナル=ヴォルフィードです。よろしくね」
ケイン「……ケイン=ブルーリバーだ」
こちらはまだ足が痛むのか、やや体を倒した状態かつ、くぐもった声で言うケイン。
恵「曽我部恵です」
ケイン「ああ。よろしくな」
恵「はい……
──あの、お二人は日本人ではないのですか?」
キャナル「そうね」
ケイン「ああ、違う」
同時に頷く二人。
恵「それにしては日本語、お上手ですね」
ケイン「仕事上、な。大抵の言葉は操れる」
恵「仕事上? 何かお仕事をやっていらっしゃるのですか?」
この質問はただの好奇心だった。
容姿・言動共見た所二人は若いし、平日の昼間から出歩いていた。
失礼な話だとは思うが、何ヶ国語も操れるほど教養のある人物には見えない。
ケイン「まあな」
恵(もしかして……と言うかやっぱり。
この二人、やばい人達なんじゃ……?)
ケイン「俺達は、トラブル・コントラクターをやっている」
しかし、恵の不安をよそに返って来たのは聞き慣れない職業名。
恵「トラブル……コントラクター?」
ケイン「……やっぱり知らないか」
恵「秋山さん、知ってる?」
澪「い、いえ……」
キャナル「まあこれだけ昔の世界ですものね」
ケイン「しゃーねーな」
恵「昔?」
納得顔で笑い合うケインとキャナルだが、恵は聞き逃さなかった。
恵「それはどう言う……?」
ケイン「──ああ。そろそろ本題に入ろうか」
ケインが声を落とした。
恵「……はい」
空気が変わった事を感じた恵が表情を引き締め、
澪「…………」
澪が不安そうに恵の服を掴んだ。
ケイン「どこから話すかな……
お前らが襲われたあの影みたいなのは、とある宇宙戦艦の魂だ」
恵「……?」
ケイン「ええとな、オレとキャナルは未来から来たんだが、その未来の世界でオレ達はあの影……
いや、闇。
『ダークスター』と戦ったんだ」
恵「何かのゲームの話ですか?」
現代に生きる者として、この反応は至極もっともだ。
しかし……
ケイン「それが事実なんだ」
キャナル「まあ、この世界の人達にはとても信じられないでしょうね」
ケイン「そうだな。
つーか、オレの時代でも常識外れのレベルの話だからな……」
恵「ええと……?
と言う事は、キャナルさんはケインさんよりさらに未来の人と言う事ですか?」
ケイン「いや、こいつは……
オレとお前達との間の時代の奴、って所か?」
キャナル「そんな所ね。
私は人間じゃないけど」
恵「……はい?」
澪「……?」
恵も澪も、ケイン達の話をまったく理解出来ていなかった。
ケイン「まあ、それらの事情をこれから話すよ」
ケインは咳払い一つし、語り始めた。
────────────────────────────
──あー、もしわかりづらかったりしたら質問してくれよ。
オレも完璧に説明出来る自信はねえからな。
……まず、さっき言ったようにオレはこの時代の人間じゃねえ。
まあ、お前達から見てうーんと先の未来の奴だと思ってくれれば良い。
宇宙船で宇宙中を駆け巡ったり、他の星で人類が暮らすのが当たり前になる程の、な。
で、オレとキャナルは元の世界でトラブル・コントラクターっつう仕事をやっていた。
トラブル・コントラクターって言うのは、簡単に言うと『宇宙の何でも屋』だな。
色々な星で様々な依頼を受け、報酬を貰って生活してる奴らの事だ。
まあ、何でも屋って言ってもそれぞれ得意分野が違うから、受ける依頼が人によって片寄るのが普通なんだけどな。
荷物の輸送中心の奴も居れば、用心棒とかの荒っぽい事中心の奴も居る。もちろん万能で仕事を選ばず、ってのだって居る訳だ。
……それで、俺達がとある仕事をこなしている時だ。
ちょっとした事情で、宇宙最大の犯罪組織、『ナイトメア』と事を構えざるをえない状況になっちまった。
ヤバい事だらけでもう駄目だと思った事が幾度となくあったが、まあ何とか生き残ってこれてな……
────────────────────────────
恵「ちょっとした事情……?」
ケイン「あー……その辺りは適当に想像してくれ。
今回の話には関係ないしな」
恵「そうですか……」
恵は好奇心でその辺りの詳しい話も聞いてみたいと思ったりもしたのだが、今はそんな場合ではないと自重した。
ケイン「話を続けるぞ」
────────────────────────────
その戦いの果て、最後に戦う事になった相手が『ナイトメア』の総帥……
ではなく、奴らを裏から操っていたロストシップ、『ダークスター』。
そして、そいつの魂が乗り移ったとある奴のクローン、『闇を撒く者』だった。
────────────────────────────
恵「ロストシップ、とはなんですか?」
ケイン「ここの言葉だと、『損失宇宙船』……とでも言うかな?
つまり大昔の……オレの時代から見て、大昔の失われた技術が使われた化け物性能の宇宙船だ」
恵「それでも私達の時代からは遠い未来になるんですよね」
ケイン「ははは、まあな」
────────────────────────────
激しい戦いの末にオレ達は何とか敵の軍勢を退け、ナイトメアの本拠地に乗り込んで『闇を撒く者』を倒す事が出来た。
だが奴の魂自体は、滅ぼす前に肉体から抜け出て、本体であるロストシップ・『ダークスター』の元に戻りやがった。
それからオレも自分の宇宙船、『ソードブレイカー』で『ダークスター』と戦ったんだが……
その時の戦闘の余波で、オレとキャナル、そして『ダークスター』はこの時代に飛ばされてな……
結局、決着はつかずじまいでここまで来ちまった。
────────────────────────────
ケイン「──と言うのが、オレ達がこの時代に来た理由っつーかきっかけなんだが……」
恵・澪『…………』
困ったように顔を見合わせる恵と澪。
無論こんな話、そう簡単に信じられるはずはない。
だが、二人が嘘をついている様子はないし、実際恵と澪はあの『影』に襲われているのだ。
信じられないからと言って、すぐに切り捨てるのは軽率だと、ひとまず恵は考えた。
恵「……その……『ダークスター』?? ですか?
とんでもない性能のロスト……シップ? なのによく戦えましたね。
いえ、そもそも宇宙最大の犯罪組織をそこまで追い詰めるなんて……」
ケイン「まあ、こっちも味方はオレ達だけって訳でもなかったからな。
『ダークスター』に関しては……」
ケインがチラリとキャナルを見た。
キャナル「話しても良いでしょ」
ケイン「……そうだな。
この時代なら『宇宙船だから』で詮索される事はあっても、『ロストシップだから』って詮索される事はない、か」
一人言のように呟いてから、ケインは続ける。
ケイン「──オレの宇宙船もロストシップでな。それでサシの勝負ならまあ何とかなるんだ」
澪「ロストシップ、ってそんなに当たり前のようにあるんですか……?」
澪が、初めてまともに口を開いた。
ケインとキャナルから悪意が感じられず、逆にどこかしら頼もしい雰囲気を発している事。
それに、何よりも恵が隣に居る事で多少落ち着いてきたのだろう。
ケイン「んにゃ。
オレの時代に残っていたロストシップは七隻」
キャナル「性能の悪い量産型とも一回戦ったでしょ」
ケイン「ああ……そうだったな」
性能が悪いと言っても、あくまでそれはロストシップの中では、と言う事らしいが。
ケイン「まあ、雑魚は物の数じゃねえから除いて……
その七隻の中の四隻は『ナイトメア』にあって、そん中の一隻が『ダークスター』。
他の三隻はオレ達が破壊した」
ケインが指を折りつつ答える。
ケイン「別の一隻はオレの宇宙船……
戦闘封印艦(ソードブレイカー)・ヴォルフィード」
恵「……ヴォルフィード?」
それは確か……
恵と澪は、女を──キャナル=ヴォルフィードを見た。
キャナル「そう。
ソードブレイカーとは私の事。
──あっ、この姿は立体映像よ。さっきの話に出てきた『闇を撒く者』みたいに、魂を人の体に乗り移らせている訳じゃないわ」
恵「はあ……」
最終更新:2012年12月28日 01:40