キャナル「ふふっ、ピンときてないみたいね。
……えっと」

キャナルはキョロキョロと周りを見渡し、こちらに視線を向ける者が居ない事を確認すると……


シュウンッ。


恵・澪『!?』

一瞬で、キャナルの髪型・服装が変わった。

目にかからない長さの前髪を中分けにし、おさげにしていたストレートの髪の毛は、
長い前髪で額を出してウェーブのかかったセミロングに。

リボンベルトのコートはビシッとしたスーツに。

ついでにメガネのオプション付き。


恵「こ、これは……一体???」

唖然とする恵に、口元に手をやって目を白黒させる澪。

これはいくらなんでもトリックなどありえない。

恵の頭では、今回の件はTVか何かのドッキリである可能性も考えられていたのだが、
最新の技術を使ってもこんなマネは出来ないだろう。

キャナル「やろうと思えば男の人の姿にもなれるわよ☆」

恵「い、いえ。そこまでして頂かなくても結構です……
……まだ話はよく理解出来ていませんが、少なくとも私達の常識では測れない事が起きているのは確かみたいですね……」

そういえば、ケインが使っている白い筒から光の刃を出して斬りつけたり、弾丸のように飛ばしたり出来る武器……

果たしてあれも、現代の科学で作る事が出来る物なのだろうか?

まあ一般人には知られていないだけで、あの武器の製作も、今のキャナルの変身も……

もしかしたら例の『影』すら、現代最新鋭の技術ならば実現可能なのかもしれない。

例えばどこかの軍隊の機密技術とか。

しかし、そうだとしても極普通の女子高生には十分現実離れした話である。

恵「……え、えっと。残りの二隻は?」

ケイン「所在不明だ。
たぶん宇宙のどこかに眠っているんだろうな。
まあ、それも今回の件には無関係だから気にしなくて良いぞ」

澪「はあ……」

恵「それで、お二人がこの時代に来たのは狙ってではなく……?」

ケイン「偶然だ。
最後の最後、あと一歩で勝てるって時にお互いの力が変な風に暴発しちまったみたいでな。
気が付いたらこの時代に来ていた」

キャナル「そのおかげであいつを取り逃がしちゃったのよ」

ケイン「だからこそ、奴にトドメをさす為にこうやって動いていると言う訳だ」

ちなみに、この時代に飛ばされた詳しい原因は、今キャナルが調べている最中らしい。

恵「……宇宙戦艦が相手なのに、
地上で動いているんですか?」

ケイン「今のあいつはこっちの太陽系のどこかに居るはずなんだが、疲弊しきっていて動けないみたいなんだ」

キャナル「それで『ダークスター』は力を回復しようと、『影』の状態になってこの地球に来てウョロチョロしているのね」

ケイン「俺達はそれを掴んだからすぐに地球へ来て、行動を開始した」

恵「戦艦が太陽系のどこかにあるってわかっているなら、そっちを何とか探し出して狙うのは駄目なんですか?」

ケイン「うーん。あいつにとって、戦艦と魂はリンクしているようなモンらしいからな。
それが出来ればそれでも良いんだが」

つまり、どちらか一方でも撃破出来れば勝利出来ると言う事だ。

キャナル「私はロストシップの気配を感じる事が出来るわ。
ただ、それは戦艦の方ではなく魂側に関してのみね。
この時代に飛ばされた直後にかなり大まかな位置は感知したけれど、あいつはすぐに魂を戦艦から離したみたいで……
細かい場所まで特定する時間が無かったの」

──ああ、あまりに距離が離れすぎていてもダメね、とキャナルは笑う。

そして地球へとやって来た彼らは、『ダークスター』の魂の居る場所を完全に特定し、ここへ……

桜が丘へとやって来たのだった。

恵「…………」

これが事実かどうかは置いておいて、一応話の筋は通ってはいる。

通ってはいるが……

もはや恵と澪は信じる信じない以前の問題で、このとんでも話を理解しようと頭を巡らせるのに必死だった。

恵「……では、その『ダークスター』はどうして秋山さんを狙ったのですか?」


ビクッ。


恵の隣で澪が震えた。

思考の海から現実に引き戻され、恐怖を思い出したのだろう。

ケイン「『ダークスター』の力の源は、人間のような知的生命体の『絶望』などの負の感情だ。
その中でもあの野郎は、特に『恐怖』を好んでいたっけか?
……で、この時代、地球以外に知的生命体は存在しねえ」

キャナル「ここからは推測なんだけど、あいつは負の感情を得る為、地球……日本にやってきた。
それも、それらの感情を一番搾り取れるここ──桜が丘に」

恵「桜が丘が……?」

ケイン「そうだ。
負の感情を喰う奴らってのはな、ただそれを垂れ流すだけの奴のモノより、
心が綺麗だったり幸せだったりする奴の物の方が好物らしいんだ」

キャナル「今の疲弊した『ダークスター』には、ものを思考する力も無いはず。
恐らくあいつは本能で、自分が回復するのに一番効率の良い負の感情を放てる人が集まる場所へ来たんでしょう」

恵「それが……」

澪「桜が丘?」

ケイン「そうなるな」

恵(桜が丘って、そんな凄い所なのかしら?)

だが考えてみれば、桜が丘は平和だ。

もちろん、細かく調べればすべてがすべて綺麗と言う訳ではないだろうが、
どこか殺伐とした現代の中ではとても穏やかな場所である。

恵(……私が気付いていないだけで、あの学校は確かに幸せな所なのかもしれないわね……)

澪「で、でも、桜が丘がそんな場所だったとしてもなんで私が狙われたんですか……?」

ケイン「理由は二つ考えられる。
一つは、澪が一人で居たからだ」

澪「えっ?」

キャナル「今の知恵すら働かないあいつは、一番力の回復が出来そうな所に寄って来た。
でも、そこからは生存本能で安全・確実に負の感情を摂取出来るように行動しているんでしょう」

ケイン「害虫は食い物のある場所にわくが、それを思う存分食うのは危険が無い時だけで……
例えば、奴らは人が来たりして身の危険を感じたら速攻逃げるだろ?
そんな感じだと思ってくれたらわかり易いか」

恵(だから、ケインさん達が現れたらすぐ逃げて行ったって事かしら)

そして、人の居ない所にのみ現れ、逃げる時もそんなルートを移動していた。

キャナル「で……『ダークスター』は、一定範囲内の周りの存在から負の感情を吸い上げるだけじゃなく、
個人に憑依して直接喰らう事も出来る。
それは同時進行が可能なんだけど……」

ケイン「それなら憑依する相手はなるべく幸せな奴の方が、より美味い『恐怖』とかが喰えるわな」

澪「じゃ、じゃあ……」

ケイン「ああ。
もう一つは、澪自身が幸せな奴だからだ」

澪「そ、そんな……
でも私……別に幸せな……訳、じゃ……」

しかし、澪の声はどんどん小さくなって行った。

最後まで言い切れなかったのだ。

ケイン「……日本っつーのは、随分と幸せな国みたいじゃねえか。
食べ物を筆頭に物はあるし、夜道を歩いてもそうそう襲われたり殺されたりしない。
普通に学校に行けて普通に職がある。
……あれこれ拘ったら別かもしれんが」

優しい表情で続けるケイン。

ケイン「まあちゃんと頑張ってれば、贅沢三昧こそ出来なくても生きるには困らねえ。
中にはそうでない人も居るみたいだが、そう言う人達が例外……比率で見たら少数と言えるレベルには裕福だ」

キャナル「この時代、その当たり前な裕福・当たり前な幸せのありがたさに気付かず、
胡座をかく人達が社会問題になってるみたいですけどね」

肩をすくめるキャナルに、ケインは苦笑する。

ケイン「だからこそ、それに気付いている……
気付いた、か?
ともあれそんなお前はやっぱ幸福で綺麗な奴だよ。
それは素直って事だからな。
素直なのはすげぇ宝だ」

キャナル「そうそう。
この人、子供の頃から荒っぽい世界で生きてきたから捻くれちゃって捻くれちゃって」

ケイン「だー! オレの事は良いだろ別にっ!」

澪 (……確かに私は幸せ、だな)

澪は思う。

澪(そりゃ辛い事もあったけど、この人達が言うように『当たり前』の人生は与えられてるんだもん。
その『当たり前』も無い人だって居るのに)

それだけではない。

澪(そういえば、これまでいじめとかには合わなかったし……)

──いじめの報道が当然のように流れる現代・かつこの自分の性格で、これはとっても大きな奇跡なんじゃないかな──

澪(その上、親友である律や他の軽音部の皆のような大切な仲間達に出会えたし、クラス全体の仲も良いと思う)

そして今彼女の隣には、今回の件が起きるまではほとんど接点が無かったのにも関わらず、
ここまで親身になってくれる先輩が居る。


ギュッ。


恵「!」

澪が恵の手を握った。

それは、これまでのように不安で彼女にすがる為とかではなくて。

澪「…………///」

恵「///」

澪(……うん。『当たり前』だけじゃなくて、私はそれ以上のものも与えられてる、な……)

澪から再び恐怖が薄らいで、代わりに暖かいものが胸に流れる。

そんな彼女の様子を見て、ケインが口を開く。

ケイン「……やっぱお前は凄い奴だよ」

──あっさり気付けて、即感謝してやがるんだものな──

キャナル(なるほど。こんな子の『負』を直接喰らえたら、
『ダークスター』にとっては最高の力になるわね……)

ケイン(……だからこそ執着されてんだろうな。
なまじ、今のあの野郎がほぼ本能だけの状態になってやがる分……)

澪「い、いえ。私別に凄くなんか……」

恵「ううんっ!」

澪の言葉を遮り、恵が言った。

恵「そんな事ないわ。
ケインさんの言うように、澪たんは宇宙一可愛くて素晴らしくて最高で凄い女の子よっ!」

澪「先輩、そ、そんな……///」

真顔で瞳を見つめて来て熱く断言する恵に、澪の顔は真っ赤になった。

ケイン「さすがにそこまでは言ってねえけどもっとやってくれ」

キャナル「綺麗は正義。
百合は綺麗ね♪」

ケイン「ああ。これぞまさに大正義百合娘だなっ!」


ガッ!


こちらは熱い友情をほどばしらせ、グータッチをする。

ケイン「──と、まあ話を戻すが……
『ダークスター』を倒すのに、あまり悠長にはしていられなさそうでな」

キャナル「これまでもあいつは、人に憑依こそ出来なかったみたいだけど、周りの『負』は取り込んでいた」

ケイン「それでもまだ大して回復はしていないが、時間を与えすぎるのはマズい」

キャナル「特に、知恵を取り戻すくらい回復させてしまうと危険すぎる」

ケイン(……いや、もう微量ながら取り戻しているかもしれねえがな)

ケインの脳裏に、先程の戦いがフラッシュバックする。

戦術を使い、まんまと撤退した『ダークスター』……

あんな真似は、本能だけでは不可能ではないのか。

ケイン「本当はさっさと決着をつけたかったが、奴はなかなか姿を現しやがらないし、
場所が女子校と言う事でまともに探索も出来ず苦労してるんだ」

キャナル「『ダークスター』を見付ける事より、貴方が他の人に見付からないよう立ち回る事の方が難しかったわね」

恵「って、ケインさんはもう……」

そう。ケインは今日見付かってしまった。

顔をマスクで隠していたし、抜群の身体能力を持っている為に捕まりこそしなかったが……

防犯は、間違いなくさらに厳しくなるだろう。

澪(そもそも、顔がバレてなくても黒マントで特定は簡単だろうし……)

恵(明日、不審者が居たって学校で確実にニュースになるわね……)

澪と恵は思ったが、これに関してツッコむとケインが怒り出しそうなので黙っておく。

ケイン「ともあれオレは、桜が丘に侵入……自体は可能だとしても、もうまともな捜索は無理だ。
かと言って放っておいたら、『ダークスター』はどんどん力を取り戻して行く」

キャナル「知性が本能を上回ったら、あいつは問答無用で人を襲いにかかるでしょうね。
今みたいに臆病なほど慎重になりすぎる事はなく、むしろ積極的に。狡猾に」

当然、戦闘力も増して。

ケイン「そこまで回復したあいつにとって、戦闘経験の無い人間なんざまとめてかかって来られてもものの数じゃねえから、
そんな事になったらまあ止められないだろうな」

つまり。

ケイン「つまり、確実に犠牲者……
死人が出る」

恵と澪が顔色を失う。

警察を呼ぶにしてもこんな話信じて貰えないだろうし、来てくれるとしたら犠牲が出た後だろう。

キャナル「私達は、そんな状況になる前になんとしても『ダークスター』を討ち取りたい」

キャナルが静かに、しかし強い決意を込めて言った。

……………………

しばし、彼女達の間に沈黙が生まれる。


ザワザワ……


周りの喧騒を聞きながら、四人は今まで手をつけていなかった飲み物で喉を潤す。

恵「……事情は飲み込めました。
でも、それで私達に何が出来るのですか?」

キャナル「『ダークスター』をおびき出すのに協力して欲しいの」

恵「! それって……」

ケイン「澪に囮になってくれって事だ」

────────────────────────────

恵と澪は、腕を組んで寒い夜の町を歩いていた。

澪「…………」

澪は……震えていた。

恵「澪たん……」

そんな彼女を、恵は組んだ腕の力を込め、より近くに引き寄せる。


……………………

…………


恵「囮にって……」

ケイン「このままだと桜が丘から犠牲者が出るのを待つだけだ。
その上でまだ『ダークスター』が糧を欲しがるなら、桜が丘の外にも出て来るだろう。
それならオレも学校内よりは存分に戦えるが……」

キャナル「もし、桜が丘の人の『負』を喰らうだけで満足して戦艦へ魂を戻すのであれば、
すぐさま宇宙へ出てそれを撃沈すれば良いわね」

ケイン「……が、どっちにしろ被害が出る事確定の選択肢はオレ達にはねえ」

キャナル「だから澪ちゃんに『ダークスター』をおびき寄せて貰って、ケインが確実にあいつにトドメを差す」

ケイン「警戒が厳しくなったであろう桜が丘内部で、探索を行ったりチャンスを待つのはもう無謀すぎる。
しかし充分に作戦を練って、準備をしておびき出すなら話は別だ」

澪「…………」

恵「そ、そんなの無理ですよ! 襲われる事前提で動くなんて……!」

ケイン「タイミングや場所がわかっていれば、百パーセント澪に危害は加えさせねえ」

恵「そうは言っても……!」

ケイン「……まあ怖いよな。
だからすぐ決断してくれとは言わねえ。
とりあえず、オレとキャナルの見たてでは、そんな事態になるまで六日は猶予があると思う。
何とかそれまでに決意を固めて貰えねえか?」

恵「私……私じゃ駄目なんですか!?」

ケイン「『ダークスター』に最初に目を付けられたのがお前さんだったら、よかったかもしれねえけどな」

恵「えっ?」

キャナル「澪ちゃんがターゲットになってから十日は経っている訳だけど……
その間に、学校で一人の時間を過ごした子は沢山居たはずよね」

恵「それは……そうでしょうね」

キャナル「なのに襲われたのはまた澪ちゃんだった。
澪ちゃんだけだった。
彼女の『負』がよほど美味だって、あいつは本能で感じ取っているんでしょうね」

ケイン「『ダークスター』の野郎、お前に固執していやがる」

澪「!」

ケイン「奴が物事を考えられるようになりゃあ、固執しながらも別の奴を狙うって言う合理的な事もしてくるんだろうがな……
今の『ダークスター』は、澪しか狙わねえと考えて良いと思う」

キャナル「本質が慎重なあいつが、本能だけで動けばそうなるわね」

恵(だから、引き際って言うのかしら……?
それが妙に良かったのね……)

ケイン「あとは桜が丘っつう環境にもだな。
例えば、人の居ない夜とかは学校外で──ってのもありえるはずなのに、そんな動きをした形跡はねえ」

キャナル「外に出る選択肢を見付けるだけの脳すら、まだ失っているって事ね」

ケイン「今の段階だと、桜が丘の中限定で、澪に憑依してお前の『負』を直接喰らうのを狙ってる……
ってだけがあいつの行動パターンと見て間違いない」

キャナル「だからこそ、他の人の事を考えずに澪ちゃんを囮にするって手が使えるんだけど……」

恵「で、でもそれじゃあ秋山さんが……」

キャナル「──恵ちゃん。貴女は桜が丘の生徒会長なのよね」

恵「……? お話ししましたっけ。そうです」

キャナル「その生徒会長さんは、澪ちゃん一人を危険に晒す事は確かだけれど、誰も死者を出さずに済む可能性が高い方法と、
澪ちゃんを危険に晒す事はないけれど、他に確実に死者が出る方法と。
どちらがより良い選択だと思うかしら?」

恵「!!!
…………」

キャナル「……嫌な事を言ってゴメンなさいね。
私達も、私達だけで何でも出来れば良かったんだけど……」

ケイン「──ともあれ考えてみてくれ。
この通信機を二人に渡しておく。
超小型で常に持ち歩けるはずだから、決断出来たらいつでも連絡して貰いたい。
……じゃあ、頼む」


……………………

…………


ピタリ。


大きなクリスマスツリーがある広場に通りかかった所で澪が足を止め、それに合わせて恵も立ち止まった。

澪「……曽我部先輩」

恵「……うん」

澪「ケインさんとキャナルさんの言う事、正しいと思います」

恵「そうね」

犠牲者を出さないようにするやり方もだし、ケインの、

『百パーセント澪に危害は加えさせねえ』

と言う言葉。

彼は、過去の二回とも見事に澪を救っているのだ。

作戦を立てて準備も出来るのなら、説得力は間違いなくある。

恵(本来なら、ケインさん達の頼みを聞くのがもっとも正しいのだと、私も思う。
……でも)

澪「でも、私怖いんです……」

隣の澪の震えが大きくなる。

恵「うん」

──当然だわ。あんなの、誰だって怖い──

トリックでは説明のつかない闇の塊の化け物に、
現代の日本で普通に暮らしていてはまず向けられる事のない本物の殺気を浴びせられ、襲われたのだ。

例えそれが一番良い作戦とは言え、自分からそんなものの前に出られるか?


5
最終更新:2012年12月28日 02:43