恵(澪たんは確かに臆病な女の子だけど、これはそんなレベルの話じゃないもの)

ケインとキャナルはそう言った事に恐怖は感じていないようだが……

それこそ環境なり生活なり──時代の事ではなく、彼らが別の世界で生きる者達だと言う証拠だろう。

恵「澪たん、大丈夫だから。
私が絶対に貴女を守るから……」

恵が澪の両手を取り、真摯な瞳で見つめる。

澪「曽我部、せん……ぱい……」

激しい恐怖と、恵の暖かさと……

その両方で澪は泣いた。

恵「大丈夫だから……」

彼女の涙を優しく拭い、恵は澪をきつくきつく抱き締めた。

周りの人々も喧騒も、二人の世界に入り込む事は出来なかった。

────────────────────────────

それから数日、ケインとキャナルはそれでも自分達で何とかしようと動いてはいた。

キャナル「……やっぱり駄目ね……」

桜が丘の外で、『ダークスター』の感知を試みていたキャナルが首を横に振った。

キャナル「動いてないから気配が弱すぎる。
これだったらもっとあいつに近づかないと、具体的な居場所はわからないわ。
学校の敷地内のどこかに居るのは変わらず間違いないんだけれど……」

ケイン「そうか……」

キャナル「まったく、一人の女の子にストーカーみたいに執着しちゃって。
そんな男は嫌われるってのに」

ケイン「…………」

キャナル「……ケイン?」

ケイン「──あ、ああ」

返事をする彼は、しかしどこか浮かない顔だった。

キャナル「やっぱり気になる?」

ケイン「まあな……」

ほう、とため息を吐くケイン。

ケイン「一番の上策とは言え、他人を……それも裏の世界を何も知らない人間を利用するような手はやっぱり好かねえ」

『ダークスター』をおびき出すには秋山澪と言う存在が必要だし、
澪の性格を考えれば、彼女を動かすには恵のような人間の力を借りなければならない。

わかってはいるが、ケインは完璧に割り切れないでいた。

キャナル「同感だけど……
仕方ないわ」

ケイン「そうだが……」

キャナル「って、貴方がこないだ『ダークスター』を追いかけた時に倒せていれば、もう終わっていたはずなんだけどね」

ケイン「うっ!」

痛い所をつかれ、ケインが呻く。

キャナル「まあ期待してなかったから良いけど」

ケイン「ひでえ!?」

キャナル「ふふふっ。
いくらケインでも、あの時間のあの場所では、ね」

ケイン「…………」

確かに、生徒達に見付かって騒ぎにならないように、気配も音もなるべくさせず・建物を壊さずに……

上空にも地中にも逃げられる存在を倒すのは、いかに腕が立つケインと言ってもかなり難しかった。

むしろ、追い詰めるところまで持っていけただけでも神業と言って良い。

……これがせめて、下校時間後などの人が少ない時間であれば結果は違っていたのかもしれないが……

キャナル「ともあれ、今の現状だとこんな方法に賭けるしか手が無いからね……仕方ないのよ。
切り替えて行きましょう」

ケイン「……そうだな」

もう現実に起こってしまった事をあれこれ考えても仕方がない。

それよりは、それを踏まえ、最高の結果を目指して動く事の方が大事──ケインは自分にそう言い聞かせた。

ケイン「しかし、さすがキャナルは冷静だぜ」

嫌味などはまったく無く、素直に尊敬の念を込めてケインが言った。

キャナル「これが私の役目の一つだからね」

答えるキャナルの瞳が、僅かに揺れる。

キャナル「むしろ、貴方はこう言う事はそうやってどんどん悩んで。
……ううん、悩める人間で居て。
私が、そこからまた立ち上がれるように支えるから。
アリシアのように」

アリシア──ロストシップ、『キャナル=ヴォルフィード』の現マスターであるケインの祖母にして、
『ヴォルフィード』の前マスター。

かつて幼いケインを、人間として男として。トラブル・コントラクターとして一人で育て・守りながら……

宇宙最高の犯罪組織であるナイトメアと、その背後に居る『ダークスター』達ロストシップと戦い散って行った偉大なる女性。

ケイン「……ああ。
ああ、そうだな」

ケインにとってアリシアは、今でも最大の目標であり憧れの存在だった。

ケイン「ばーちゃんが言ってたぜ。『嘘も方便』だってな!
よし、何があっても恵や澪を守ってやるぜ!
ここから切り替えて行く!」

キャナル「嘘は言ってないから使い方間違ってるけど、その意気よ。ケイン」

二人は笑い合った。

と、その時……


「お巡りさんっ、あそこです!」

??「むむっ、確かに怪しい奴!」


そんな声が響いたので声のした方を向くと、普通の一般人と思わしき女と、
トレンチコートと帽子を身につけた何やら雰囲気のある男が立っていた。

「ずっと女子校の前に居るんです!」

??「うむ、怪しいな!
たまたま通りかかって良かった!」

男は大きく頷くと、胸元から手錠を取り出してケインの方へ向かってきた。

ケイン「はあ!?」

??「わしの名は銭形! 怪しいマント男っ! わしと一緒に来て貰おうか!」

ケイン「意味わかんねぇ!
おいキャナルっ、逃げるぞって居ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

ケインが隣を見た時、すでにキャナルの姿は無かった。

まさに言葉通り、姿を消したのだ。

ケイン(あんにゃろう! 後でコントロールパネルにコーヒーこぼしちゃるっ!)


ダッ!


心の中で毒づきながら、ケインは駆け出した。

銭形「むっ!? なぜ逃げる!
……そうか! さては貴様、ルパンが変装した姿だな!?」

ケイン「誰だそりゃあ!」

銭形「そんな怪しい変装をして何を企んでおる!
逮捕だっ、ルパァァァァァァァァァン!!!」

────────────────────────────

ケインが銭形に追いかけ回された日の放課後、夕方。

日が落ちつつある中、恵は帰宅する為に町を歩いていた。

恵「……ふう」
(今日も澪たんは無事だった)

予想通り、こないだファミレスで話した日の翌日に不審者(ケイン)の件で全生徒へ注意があり、
桜が丘の防犯はさらに厳しくなった。

澪もあれから(恵が知る限りは)一人になる時間は無かったし、
今は学校の外は大丈夫だと言う話ではある。

恵(それでも、ね)

やはり心配だったので、澪が家に着くまで影から見守って来たと言う訳だ。

恵「…………」

冬休みとクリスマスが目前に迫り、人々と町は浮かれ気分だ。

しかしもちろん、恵はそんな気持ちにはなれない。


ふらっ……


突然、恵が歩きながらふらついた。

恵(……? めまいが……)

──疲れているのかしら?──

彼女は、『澪を巻き込まずにどう守るか』をずっと考えていて、ここ数日ほとんど寝ていない。

それに合わせて、影から澪を見守ったり、生徒会の仕事も含めた普段の学校生活もきちんとこなしているのだ。

これで疲れない人間など居ない。

恵(…………)

疲労と言うものは、一度意識すると何倍にもなって襲いかかってくるものである。

恵(倒れない内に、早く帰ろう……)

恵は、急激に重くなった足を根性で早めた。

梓「でさー。それがすっごく可愛くって!」

「へえ、そうなんだ~」

恵の隣を、中学生だろうか? 少し下くらいの歳の少女達が通り過ぎた。

恵(……羨ましいな。
当たり前の日常を楽しめるって、とても幸せな事だったのね……)

思いながら、大通りを抜けて一方通行の道へと入り、公園の入り口を通り過ぎ……


『えーっ、違うよぅ』

『ホント? じゃあキス、して欲しいわ』


ようとした所、公園の中から覚えのある声が聞こえた。

恵(……?)

少しだけ通り過ぎた道を戻り、恵は公園の中に入る。

唯「ん……ちゅ……んちゅ……」

紬「ちゅ……ん……んちゅ……」

恵「……!」

入り口近くのベンチには唯と紬が座っていて、二人はキスをしていた。



あの二人は、軽音部全員で下校している時に、道が違う所までたどり着いて澪・律組とは別れたはずだが。

恵(寄り道していたのね。
……っていやいや。それよりも。
な、な、何をやっているの???)

唯「……んふ。
もう、ムギちゃんたら強引なんだから」

紬「だって私、唯ちゃんの事大すきなんだもん///」

唯「えへへ、私もっ///」

などと言いながらいちゃつく二人を、身を隠しもせずに恵は凝視していた。

しかし行為に夢中の唯と紬は、彼女に気付かない。

唯「ムギちゃんはぬくぬくだねぇ☆」

紬「唯ちゃんもぬくぬく~♪」

恵「…………」

唯「──わっしょい!?」

紬「わっしょぉぉい!?」

恵「!?」ビクゥッ

どうやら気付いたようだ。

唯「あービックリしたぁ」

紬「曽我部先輩、こんにちは」

恵「こ、こんにちは」
(私だってビックリしたわよ……)

紬「今お帰りですか?」

恵「う、うん。そうなの」

唯「おぉ、こんな遅くまで……
生徒会長って大変なんですなぁ」

恵「うふふ、まあね」

唯「お疲れ様ですっ!」

恵「ありがとう。
……隣、座っても良いかしら?」

唯「どうぞどうぞ」

紬「どうぞ~♪」

恵は、二人の座るベンチに腰を掛ける。

恵「……ねえ」

少しだけ間を置き、恵が口を開いた。

紬「なんでしょう?」

恵「答えにくかったらごめんなさいね。
二人は、その……そう言う関係なの?」

唯「はひ?」

紬「はい♪ 私と唯ちゃんはカップルですっ♪」

恵「……!」

唯は質問の意味を理解出来ていなかったようだが、紬にアッサリと返答されて恵はやや面食らった。

唯「……あっ、そう言う事かぁ。
そうですっ、私とムギちゃんは熱い熱い恋人同士なのですっ!」フンス

恵「そ、そうなの……
凄いのね……」

唯「なにがですか?」

恵「だって、そうやって恋人同士だとか……
『大すき』とか普通に言えて……」

紬「……あっ///」

唯「……をっ///」

ここで、紬と唯が初めて少しだけ頬を赤らめた。

紬「やっぱりさっきの見られてたんですね///」テレ

唯「いやあ、参りましたなぁ///」テレテレ

彼女達はお互い片手を取り合い、残った手で頭をかいている。

唯「でも、別に凄くはないですよ~」

恵「えっ?」

唯「だって、私とムギちゃんはラブラブですし、恋人ですから~♪」

恵(……そうか。そうよね。それなら当たり前か……)

まあそうは言っても人・カップルによるのだろうが、恵にはこの二人だと尚更そのように思えた。

紬「うふふ、それでも最初はちょっとだけ照れくさかったよね///」

唯「そういえば……そうだったねえ///」

何やら思い出したようで、今後こそ唯と紬は真っ赤になった。

恵「……そうなの?」

紬「はい。やっぱり初めてだと……」

──……あ──

恵「そ、そっか」

合点がいった恵は、照れたように目を逸らす。

紬「あ、あ、あのでもですね、それだけじゃなくてキスとか告白の時だってそうだったんですよ///」

恵「そ、そうなの?
琴吹さんも平沢さんも、そう言うのはスッと出来そうだけど……」

紬「うふふ。やっぱりじゃれあってするのと、相手を好きになって意識してするの……
それと、恋人同士になってするのは違いました///」

唯「えへへ///」

恵「なるほど///」

恵にはそうした経験は無いのだが、確かにそう言うものなのかもしれないと思った。

唯「でも、大抵ムギちゃんから『やって』って言ってくるんだよね」

恵「そうなんだ」

唯「ムギちゃん、すっごく好奇心旺盛なんですよ~」

紬「うふふ♪」

唯「だから、ほとんど私からよくしてあげてるんだ~」

紬「私、唯ちゃんに色々して貰うのすき♪」ニッコリ

唯「おうっふ!///」

恵「///」

紬「でもね、思ってるだけ……期待して待ってるだけじゃ悪いし、いけないと思うから……
せめて私から求めるようにしてるの」

唯「まったく、かわいいよぅこの娘はっ!」ダキッ

紬「唯ちゃんだってかわいいですぅ~!」ムギュッ


ちゅっ。


恵(も、もうこの子達ったら……///)

もはやお互いしか見えてないのか、いきなりいちゃつく二人を前にして目のやり場に困った恵は視線を泳がせる。

紬「でもでも、私だってたまには自分からやったりするわっ」

唯「そういえば、告白して来てくれたのはムギちゃんからだったね」

紬「うんっ。勇気を出して頑張りました!」

恵(……!)

唯「うん、ありがとうムギちゃんっ」

紬「唯ちゃんも、私を受け入れてくれてありがとう」

唯「私だってムギちゃんの事大々々すきだったからだよ~。
ま、今はもっととびきり大々々すきだけど」

恵「……そっか」

唯「ほぇ?」

恵(冬なのに寒さを感じないくらい熱いこの二人の今の関係は、
お互いが勇気を出して行動しているから築け・維持出来ているのね。
……私はどうなのかしら……)

恵は澪の事が好きだ。大好きだ。

間違い無くこの気持ちは恋愛感情である。

しかし、それに対して何か動いただろうか?

恵は自分の行動を俯瞰してみる。

恵(私は彼女を守ろうとしている。
けど、それだけでは面倒見の良い先輩でしかないんじゃないかしら……)

いや、今回の事件は命に関わる事だし、
それでもなお守るとなると『ただの面倒見の良い先輩』と言うレベルは超えているかもしれない。

しかし、無論澪に告白などはしていない。

恵(ただ、それにしてもタイミングとかあるし、早ければ良いと言うものでも……
いえ、これは言い訳なのかしら?)

紬「先輩?」

唯「どうしたの?」

黙り込んでしまった恵を、紬と唯が心配そうに見つめる。

恵「──えっ?
あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ」

それに気付いた恵が、心配いらないと二人にパタパタと手を振った。


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最終更新:2012年12月28日 02:44