さわ子「曽我部さんみたいに真面目でキチンとしている子ほど、悩みを抱えて参っちゃう事って結構あるのよ」

恵「…………」

さわ子「……まあ、無理に話せとは言わないけどね。
それでも、愚痴るだけでも少しは楽にならないかなと思って」

優しいさわ子に、恵は思う。

──少しだけなら……良いかしら……──

恵「……私」

ぽつりと、恵が口を開いた。

さわ子「うん」

恵「私、大切な人が……
誰よりも大切な人が居るんです」

さわ子「……うん」

恵「その人、今ちょっと大変な問題を抱えてまして……
私、その人の力になってあげたいんですけど、何も出来ないんです」

──考えても考えても良い方法を思い付かない。
どうして? もう……
嫌よ──

恵「私、どうすれば良いんでしょう……」

さわ子「自分に出来る事をすれば良いのよ」

勇気を振り絞って言った恵に、しかしさわ子はあっさりと答えた。

恵「でも……っ。それじゃあ……」

さわ子「結果が欲しい?」

恵「もちろんです!」

さわ子「うーん、結果を残すのは大切だけど、そればかり追いかけるのも……
って、曽我部さんならわかっているわよね」

恵「はい……」

恵は、どんな行動をするにも、何より結果を出す事が最重要だと考えていた。

しかし、あくまで優先順位が一番と言うだけであってすべてではない。

だから、物事へ取り組む姿勢・経過と言ったものも決して無視はしないのだが……

恵「でも、今回はそれじゃあ駄目なんです……
私が出来る事をやっても、その人を助けられなかったら意味が無いんです……!」

さわ子「そこまで深刻な話なの?」

恵「……はい」

さすがに、その内容までは話せなかったが。

さわ子「…………」

それを察知し、さわ子もそこまでは聞き出そうとしない。

さわ子「……その人には、貴女がここまで悩んでいる事を話したの?」

恵「はな……す?
まさか……そんな事出来る訳ありません……!」

この様子を見るに、そう言う発想すら無かったようだ。

さわ子(曽我部さんは、生活態度だけじゃなくて能力の方も文句無しに優等生だからね……
何でも自分で抱え込んで解決しようとするタイプっぽいわね)

それは、なまじ大抵の事は一人でこなせ、かつこなして来たからこそのものである。

だとすれば、恵が先程さわ子の言った事を思いついていたとしても決して実行はしなかっただろう。

さわ子(むしろ、こうして私に話してくれているだけで奇跡に近いのかもしれない……)

それはつまり、それだけ恵が追い詰められていると言う事でもあるのだろうが。

さわ子「でも、どうやっても、どれだけ考えても駄目なのよね?」

恵「……はい」

さわ子「他の人に相談は?」

恵「出来ません……」

さわ子「ならやっぱり、その人自身と一緒に考えるのが良いんじゃないかしら。
結果が欲しいと言うけど、今のままでは何の結果も出てないし、これからも出そうにないのよね?」

恵は黙って頷く。

その通り、今のままでは手詰まりである。

さわ子「ならちょっと視点を変えると言うか、やり方を変えてみるのがベストなんじゃないかしら」

恵「そう……でしょうか」

さわ子「まあ、私の一意見だからね。
もし参考になりそうなら一考してみて」

恵「……はい」


ドンッ!


恵「!」

突如、廊下側の壁から音が鳴り、それと共に教室が揺れた。

暴力を連想するそれに、恵の背に恐怖が走り抜ける。

もちろん、彼女の頭に浮かんだのは『ダークスター』……

さわ子「? 何かしら……」

さわ子が立ち上がり、入口へ向かう。

恵(駄目っ!)

恵はさわ子を止めようとしたが、彼女がドアを開ける数秒までの間に動揺から抜け出せず、
体を動かすどころか声も出なかった。


ガラッ。


恵「せん……」

さわ子「──もうっ、なにやってるのよ」

ようやく腰を浮かせる事が出来た恵だが、しかし廊下から聞こえてきたさわ子の声は、呆れ半分の平和なものだった。

恵「……先生?」

恵もドアをくぐり、廊下へ出る。

唯「あう~」

律「うー……痛て~……」

恵「平沢さん、田井中さん!」

そこには、片手で頭を抑えてフラフラしている律と、心配そうな唯が立っていた。

さわ子「どうしたの? 一体」

律「いやぁ、ははは。
追いかけっこしてたら前方不注意で壁にぶつかっちゃって……」

それが先程の、教室の中で聞こえた音だったのだろう。

恵(なんだ……人騒がせな子達だわ。
でも、よかった)

本気で『ダークスター』の襲撃を予想してしまっただけに、恵は胸をなで下ろす。

恵(って、澪たん以外が狙われる事はなかったんだっけ。
今はまだ……)

そうは言っても、やはり警戒してしまうのだが。

さわ子「ほらほら、大丈夫?
そもそも廊下で走ったら駄目よ」

律「ごめんさわちゃん。
でもホラ、私なら平気だぜっ!」

両腕で力こぶを作る態勢を取り、その両腕を上下に動かす律。

唯「おおっ、さすがりっちゃん隊員!」パチパチパチ!

律「へっへー、私は無敵だぜっ!」パチッ☆

拍手をする唯に、彼女はウインクを返す。

そんな律の頭に、さわ子が無言で手を伸ばした。


スッ。


律「あ痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

すると、律が飛び上がった。

さわ子「やっぱりコブが出来ているじゃない!
強がらずに保健室に行きなさいっ」

律「えーっ、良いよぅ。めんどくさい」

さわ子「ダメ! もうちょっと自分を大切にしないと」

律「ちぇー、わかったよう」

唯「大丈夫だよりっちゃん、私ついてってあげるから」

律「おおっ、さすがだ唯! 世界一良い女っ!」

唯「でへへへへ///」

褒められて照れる唯を横目に、さわ子が止める。

さわ子「だーめ。もう昼休みも終わりじゃない。
唯ちゃんは教室に戻りなさい」

唯「えーっ、つまんないよぅ。
せっかく保健室で寝れると思ったのにぃ」

律「そっちが本音かいっ!」

さわ子「……あ」

と、さわ子が恵の方を振り向き、

さわ子「ごめんね曽我部さん。
たぶん貴女、お昼ご飯食べてないわよね?」

申し訳なさそうに言った。

恵「そうですね。
でも良いんです。むしろ先生とお話出来て、少し気が楽になりましたし」

さわ子「そう? だったら良いんだけど……」

律「なんだなんだ? 曽我部さん説教されたの?
さわちゃん怖いですよねっ! まるで鬼みたいっ!」

さわ子「だ・れ・が・鬼ですってぇ!?」


ギラッ!


律「ぴゃあ!? さわちゃんその顔がまさに鬼っ!」

さわ子「まったく! 貴女達じゃあるまいし、説教な訳ないでしょ!?」

唯「しどいよさわちゃん!」

律「そうだよぅ!
二人きりの時はいつも赤ちゃんみたいに甘えてくるくせにっ!」

さめざめと泣きながら、唯と律は手を取り合う。

さわ子「なっ!?」

律の言葉を受け、さわ子の顔が真っ赤になった。

律「特に昨日の夜とか、私の胸にすがりつきながら……」

さわ子「や、やめなさいっ!///」


ガッ。


律「もぐぅ」

慌てて律の口を塞ぐさわ子。

唯「わぁぁ、さわちゃんってそうなんだぁ!」

キラキラとした目で、唯がさわ子を見た。

さわ子「ち、違うのよ! そんな訳ないじゃにゃいっ!///」

恵「……山中先生と田井中さんって、そんな関係だったんですか……」

狼狽するさわ子をよそに、恵が唖然とした様子で呟いた。

さわ子「い、いやあの……」

律「そうで~す♪」

さわ子「田井中さん!?」

恵「そう、だったんですか……」

真面目で、どちらかと言えば頭が固い恵には、教師と生徒が付き合って良いの? と言う疑問が頭をよぎったが、
今はそれ以上に思う事があった。

──羨ましいな──

律「えーっ、まあ自分から言う事ではないかもだけど、聞かれて隠すような事でもないじゃん」

唯「そーだそーだっ!」

さわ子「こんな場所で言う事でもないじゃない!」

唯「そーだそーだっ!」

恵(年の差とか立場とかそう言うのを越えて、あんな風に仲良く出来るなんて……)

じゃれ合う(?)律とさわ子を見て、恵の胸が熱くなる。

恵(私も澪たんと、あの二人みたいな関係になりたい)

その為には、やはり今のままでは駄目なのだろう。

やり方にこだわって今回の事件で澪に何かあれば、もはや完全に先は無い。

恋人同士になると言うのももちろん、友達止まりの関係にしたってそうだ。

恵(……そういえば)

以前軽音部の部室に行った時に恵は、

(自分の気持ちを優先して、澪たんに何かあったら最悪だものね)

と思った事があった。

にも関わらず、気付かないうちに真逆を行ってなかったか?

澪を助ける為と言いながら、いつの間にかその目的を二の次にしてしまい、
自分の気持ちややり方の方を優先してしまっていなかったか?

思えば、無茶をしてでも突っ走り、頑張り続けたのは失敗だったのだろう。

自分の力で何とかなる問題ならそれも正解ではある。

しかし、今回のこれは明らかにその範疇を超えているのだ。

それなのに無理を続けても、自分を痛めつけるだけにしかならないのは当然だった。

恵(澪たん……)

一つの決意を固め、恵は……


ドサッ。


……その場に倒れた。

律「──あっ!」

さわ子「曽我部さん!?」

唯「先輩っ!?」

恵(あ、あれ……?
……やっぱり思った以上に参っていたのね、私……)

それに合わせ、これからに備えて体が無理にでも休息を取らせようとしているんじゃないか──そんな風に恵は思った。

さわ子達三人の声と気配をどこか遠くに感じながら、恵の意識は遠のいて行った。

────────────────────────────

恵「ん……?」

意識を取り戻した恵が、まぶたを開けた。

恵(ここは……?)

視界には天井しか映ってないし、まだ焦点が定まらない為にここがどこかはわからない。


『曽我部さん!』


恵「!」

すぐ側から聞こえて来た、覚えのある……いや、ありすぎる声に、恵の意識が一瞬で覚醒した。

恵「澪たんっ!」


ガバッ!


澪「ひゃっ!」

突然飛び上がるように体を起こした恵に、隣に居た澪が悲鳴を上げる。

恵「う……」

澪「だっ、大丈夫ですか?
まだ目が覚めたばかりなんですから、無理しないで下さい」

そのまま頭を押さえてうずくまってしまった恵に、心配そうな顔を向ける澪。

恵「う、うん……
ってごめんね澪たん。驚かせちゃったわね……」

澪「大丈夫です」

笑顔を返す澪に安心し、ようやく辺りを確認すると……ここは保健室のベッドだった。

恵「そっか……私、倒れて……」

澪「そうみたいですね」

恵「あれからどうなったのかしら?
澪たんがここまで運んでくれたの?」

澪「いえ、さわ子先生が運んでくれたみたいです」

恵「そうだったの……
山中先生に、後で謝罪とお礼を言わないといけないわね。
迷惑かけちゃった……
あっ、保健室の先生にも挨拶を……」

澪「保健室の先生は曽我部さんが起きるちょっと前に席を外されました」

恵「そうなの……」

そういえば、と恵が聞く。

恵「澪たんはどうしてここに居るの?」

壁に掛かっている時計を見たら、今の時間は部活の最中なのではないだろうか?

恵(って私、結構長い事倒れていたのね……)

澪「昼休みの後に律から曽我部さんの事を聞いて、居ても立ってもいられなくて……」

恵「……ずっと、私の側に居てくれたの?」

澪「はい」

恵(澪たん……)

嬉しさのあまり、恵は涙が出そうになった。

恵「ふ、ふふっ、ありがとう。
でも、まさか授業を抜けてまで、じゃないわよね?」

しかし彼女はそれを何とか堪え、澪に笑ってみせる。

澪「あ、はい……そこまでしたら怒られるかなって思ったので……
放課後からです。
正直、曽我部さんが心配で授業は頭に入りませんでしたけど」

恵「うふふ、そうね。正解よ」

澪「…………」

ふと、澪の表情が曇った。

恵「……澪たん?」

澪「すみません……」

恵「えっ?」

澪「曽我部さんが……ぅ……倒れたのっく……って、私のせい……ですよね……」

恵「み、澪たんっ?」

突然泣き始めた澪に、恵は動揺する。

澪「だって、あれからずっと曽我部さんに支えて貰って、助けて貰って……
……迷惑かけて。
それで疲れが溜まったんですよね? ぐすっ……ごめんなさい……」

恵「……もう、何を言ってるのよ」


そっ……


澪「あ……」

恵が、澪の頭を撫でる。

澪の言う事は間違いない。紛れもない事実である。

しかし。

恵「私はね、好きでやっているの。
澪たんの助けになりたい、力になりたいって」

そう。これもまた確かな真実なのだ。



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最終更新:2012年12月28日 01:50