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それからおよそ三十分後。
ケイン・キャナル・恵の三人は、近くの海辺にやって来ていた。
さすがに冬は日が落ちるのが早く、もう辺りは真っ暗である。
ケイン「ここだ」
その一角の海の前で、ケインとキャナルが立ち止まった。
恵「えっ?」
目の前にはただただ海が広がっているだけで、特に何も無い。
ケイン「キャナル、頼む」
キャナル「わかったわ」
キャナルが頷いたと同時に、海面が僅かに揺れる。
それは目を凝らさないと気付かない程度のものだが、決して自然に起きている波ではない。
恵「!?」
やがて、『何か』が恐らく目の前に現れた。
恐らくと言うのは、恵の瞳には何も映っていないからだ。
それでもわかる。見えなくとも、そこに圧倒的に大きな『何か』がある。
ケイン「周りにバレないようステルス機能を使っているから目には見えないが、
そこにオレの宇宙船『ソードブレイカー』がある」
恵「…………」
眼前からビシビシと感じるこの威圧感……ケインの言葉は本当なのだろう。
キャナル「じゃあ、何も無い所進んで海に落ちないよう、私の後について来てね」
ケイン「おう。
……じゃあ行くぞ、恵」
恵「は、はい……」
恵は明らかに戸惑っているが、歩き出した二人に従って足を踏み出す。
その足運びは、さすがにおっかなびっくりと言った様子だった。
無理もない。いくら口で説明を受けたと言っても、
彼女にはケインとキャナルが海へ向かって歩いて行っているようにしか見えないのだから。
恵「!」
しばらく進んだ時、体が浮いた。
──いや、違う。
見えない床? があるのだ。
それは坂になっているらしく、どんどん上へのぼって行く。
キャナル「恵ちゃん、もうちょっと足を早めて。
この姿を誰かに見られたらめんどくさいから」
恵「あ、は、はいっ!」
不可思議な感覚にほとんど足が進んでなかった恵は、キャナルに急かされて自分が二人からかなり遅れている事に気付いた。
タッタッタッ……
慌てて二人に追い付く恵。
ケイン「じゃあ入るか」
彼女を待って、ケインとキャナルは再び先に進む。
恵(入る?)
未だに恵には何もない空を歩いてるだけにしか見えないのだが……
それから数歩進んだ時。
シュインッ。
恵「?」
背後から何かが閉まるような音が聞こえた。
そう、いつの間にか船内に入っていたのだ。
そして……
シュゥゥゥン……
恵「!?」
ゆっくりと。
全方位、外が見えていた周りの光景が変わった。
そう、まるでSF映画で見る宇宙船の中のような景色に。
キャナル「二人共中に入ったから、ドアを閉めて内部の偽装をやめたの。
それでもまだ、外からは何も無いように見せてるんでバレたりはしないわ」
恵「は、はあ。
……あれ? キャナルさん……」
いつの間にか、キャナルの服装が変わっていた。
さっきまでのコートではなく、フリルのついたメイドのような服装に。
キャナル「現在、私はこの姿をベーシックとしているの。
さすがにこの世界だとちょっと目立っちゃうから自重してたんだけど……
ここなら、ね」
恵「なるほど」
余計な人目は無い。
三人は、ケインの宇宙船であり、キャナルそのものであるロストシップ・『ソードブレイカー』の廊下を進みながら話す。
キャナル(ケインにもこう言う恥じらいを持って欲しいんだけどね……)
これは言わずと知れたマントの事を指している。
ケイン「キャナル、とりあえず宇宙へ上がるぞ」
キャナル「そうね。
さ、恵ちゃん。こっちがコクピットよ」
恵「は、はい……」
見慣れない機械的な光景と匂いに未だ困惑しながらも、恵は頷いた。
恵(そうよ。今はとにかく澪たんの事だわ……!)
……………………
…………
桜が丘にて、澪が『ダークスター』に体を奪われ、何処かへ消えた後──
……………………
ガッ、バキッ!
恵「どうしてっ! どうして彼女を守ってくれなかったんですか!
言ったじゃないですか! 『百パーセント危害は加えさせねえ』って!」
ガッ!
ケイン「……すまねえ」
恵「謝って許されるんですか!
澪たんは、あの子はどうなったの!? ねえっ! どうなったのよッッッ!!!」
バキッ!
ガッ……
恵「!?
は、離して下さい!」
ケイン「……すまねえ。
思う存分殴らせてやりたかったんだが、そのやり方じゃあ拳を痛めそうだったんでな……」
恵「!」
キャナル「恵ちゃん、ほら。手が真っ赤になってる……
痛いでしょ? 見せて」スッ
恵「うるさいっ!」
バシッ!
ケイン「……言い訳はしねえ。完全に俺の不手際だ。
すまなかった……」
恵「っ……!
だから謝られたって……」
ケイン「俺は……
俺達は、『ダークスター』を追う」
恵「えっ?」
キャナル「あいつが魂を戦艦に戻したのなら、私達はそこへ向かうわ。
今ならその場所も特定出来るからね」
ケイン「この失態でもう信じて貰えねえかもしれねえが……
ちゃんと戻ってくる。
その時は俺をボコボコにでも何でも、好きにしてくれて良い。
だが決着がつくまでは待ってくれないか?
頼む……!」
キャナル「お願い……」
恵「……やめて下さいよ。頭なんて下げないで下さい……」
ケイン「こうなった以上時間の猶予は完全に無くなった。
急がねえとこの星がヤバい」
キャナル「それに、もう夜になるとは言っても学校にはまだ先生も居るでしょうからね。
見付からない為にも即行動に移さないと」
ケイン「恵、前渡した無線機はまだ持ってるよな?
そのまま預けておく。すべてが終わったらすぐに連絡するよ。
なんだったら、常にスイッチ入れて俺達の事を監視してくれてても良い。
……つっても音声だけでしか出来ないけどな」
キャナル「じゃあ急ぎましょう」
ケイン「ああ。
じゃあな恵。明日の朝には帰って来る」
恵「──待って!」
ケイン「…………」
恵「どこに行くかはわかりませんけど、そこに澪たんが居るんですよね!?」
ケイン「……たぶんな。
だが、『ダークスター』はともかく、それは断言出来ねえ」
恵「って事は、居ないって断言される事もないんですね!?」
ケイン「……そうだな」
恵「私も連れて行って下さい!
澪たんを……彼女を助けたいんですっ!」
ケイン「正直、言うと思ったが……
それは出来ねえ」
恵「どうして!?」
ケイン「ハッキリ言って邪魔だからだ。
これから始まるのはガチの殺し合い。それも宇宙船同士のな。
お前は何の役にも立たねえ」
恵「宇宙船同士の殺し合いなら、私は宇宙船の中でじっとしていれば足手まといになる事はありませんよね?」
ケイン「む……
それでも気が散る可能性だって……」
恵「さっきみたいに、気を使って守って貰わないといけない状況だったらわかります。
でも、たぶん宇宙船での戦いならその必要はありませんよね?
それともケインさん達は、居ても居なくても変わらない人間が居て、気を取られる程度の実力なんですか?」
キャナル(経験の無い事ながら一瞬で正しい予測を立て、それを使って上手く挑発している……)
ケイン(やっぱこいつ優秀なんだな)
キャナル「……あのね、恵ちゃん……」
さわ子『そこに誰か居るのー!?』
キャナル「!」
ケイン「まずいっ!」
恵「──私を連れて行ってくれないと、大声出しますよ?」
ケイン「恵……」
恵「それとも、漫画か何かみたいに私を気絶させて二人で逃げますか?」
ケイン「──例え死んでも……
もしくはそれ以上に辛い目にあっても後悔しねえな?」
恵「しません」
ケイン「……しゃーねえ。ついて来い!」
ダッ!
恵「はいっ!」ダッ!
キャナル「……信じるわ、マスター」タッ!
恵「──あの、ケインさんキャナルさん」
ケイン「あん?」
恵「殴ったり、失礼な事を言ってすみませんでした……」
キャナル「気にしないで。貴女の言動はもっともだもの」
ケイン「むしろ逆に、これからの死地でもその度胸や根性を維持してくれよ」
恵「……はい!」
キャナル「さあ、まっすぐ『ソードブレイカー』に向かうわよ!」
恵(そうだ。さっきは頭に血がのぼってこの人達だけが悪いように言ってしまったけど、私だってそうなんだ。
私だって何度も、そしてこの人達よりも早く澪たんに……)
『貴女は私が絶対に守ってみせるわ』
恵(──そう約束したんだから)
……………………
…………
それから恵は、彼らの宇宙船がある場所に案内すると言われてついて行き、
桜が丘から比較的近い場所にある海辺にたどり着いたのだった。
話によると、ケインが船に乗り降りする時以外は、海の底に『ソードブレイカー』を沈めていたらしい。
恵に、
『知り合ってそう長くは無い人間について行って、彼らの乗り物に乗る』
と言う事への抵抗が完全に無かった訳ではない。
だが、彼女の澪を想う気持ちの前に、それは障害と呼べる物ですらなかった。
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ウィーン。
『ソードブレイカー』の廊下を進み、目の前に現れた自動ドアの中に入る。
恵「──ここが……」
ケイン「ああ。この船のコクピットだ」
正面にパイロットシート。その前にディスプレイと、
その他シートが二席。
先程の廊下もそうだったが、これもまさに恵が以前映画で観た風景そのものであった。
ケイン「とりあえずそのどっちかの椅子に座ってくれ」
恵に声をかけながら、ケインは彼の指定席、パイロットシートに着く。
恵「は、はい」
ケイン「──キャナル、すぐに発進出来るか?」
ケインは、恵がガンナーシートに座ったのを横目で確認すると、隣に立つ相棒に声をかけた。
ガンナーシートとは射撃に集中し易い席で、当然その為のコントロールパネルもある。
だが、操作の権限をそちらに回さない限りどのパネルもただの飾りなので、恵が誤って触ってしまっても問題は無い。
キャナル「……ごめんなさい。やっているんだけど、ちょっと時間がかかりそうだわ」
ケイン「そうか。
まだダメージが回復しきれてないからな……仕方ねえ」
恵「ダメージ?」
キャナル「ええ。
こないだ話した、この時代に来る前の、犯罪組織『ナイトメア』との決戦の時のね」
ケイン「ほぼ撃沈されちまってたからな。
何とかこのコクピット、入口とここに来るまでの廊下に、他数ヶ所まではザッと修理したんだが……
さすがに完全回復とはいかねえ」
キャナル「私、身体がバラバラになってたからね。
『キャナル』としてのメインメモリーも一度死んじゃったし」
苦笑し合う二人に、恵は戸惑う。
恵「ええと……私そう言う知識はないのですが、それってとてもやばい状況だったんじゃ……」
キャナル「そうね。
サイ・コード……
……とある技を使ったのと、修理メカが一機だけかろうじて無事だったから良かったものの、そうでなかったら終わっていたわ」
その最後の一機で他の修理メカ達を作り直し、頭数を揃えてから船体そのものの修復にかかったのだと言う。
ちなみに、キャナルが立体映像化してケインと行動を共にしている間も、そのメカは働いていたらしい。
本当は、力を分配させずに完全に修理に専念した方が回復は早まったとの事だが、
『ダークスター』の気配を探るのにキャナルの力がどうしても必要だったのだ。
ケイン「それで、発進まではどれ位かかる?」
キャナル「後……八分程ね」
恵「八分……」
キャナル「ごめんね。早く行きたいでしょうに……」
申し訳なさそうなキャナルに、恵は首を横に振った。
恵「いえ。大丈夫です」
あの時ケインに当たった事、寒空の中走ってここまで来た事、『ソードブレイカー』の見慣れない内装……
恵にとってはそのすべてが良い方に働き、彼女は多少冷静さを取り戻していた。
恵「焦っても……どうしようもない事はどうしようもありませんから。
その分、焦って何かが出来る時が来たら全力で動くだけです」
──そうだ。落ち着かないと。無意味に焦っても良い結果は生まれないもの。
……と言っても、私に出来る事があるかはわからないけれど……──
最終更新:2012年12月28日 01:56