ケイン「……やっぱお前すげえな」

キャナル「さすが生徒会長って所かしら」

素直に感心しているケインとキャナルだが、恵は首を傾げる。

恵「……ファミレスで言われた時も気になっていたんですが……
私が桜が丘の生徒会長だって話しましたっけ?」

ケイン「ああ、それはな……」

キャナル「この時代に来た時、この世界の事を調べる為に、直したコンピューターで色々と……ね」

ケイン「さすがに何の情報も無い世界を出歩く気にはなれなかったからな」

キャナル「あちこちハッキングしまくったから、この地球上でデータ管理されている事はすべて私の頭に入ってるわ」

恵(ち、地球上のすべてって……)

それが本当だとしたら、やはり彼女は。

『ソードブレイカー』は、遥か未来の超高性能の宇宙船……コンピューターなのだろう。

キャナル「あ、ハッキング云々は大目に見てね。
それで得たデータは、この世界から出て行く時にすべて破棄するから」

恵「はあ……」

真面目な恵としては心に引っかかるものは感じるが、それを口にしてここで口論になっても不毛である。

恵(今はそんな事を気にしている場合じゃないものね)

キャナル「それと、ケイン。
私達がこの時代に飛ばされた詳しい原因……
逆に言うと元の時代に帰る方法を解明したわ」

ケイン「それを行うのに必要な事は?」

キャナル「この戦いに勝つ。
それだけです」

ケイン「なら問題ねえな。
説明は後で聞くぜ」

キャナル「はい。
──あっ、そういえば腕の怪我は?」

恵「……あっ!」

そうだ。ケインは左腕を負傷していたはず。

ケイン「ああ、大丈夫だ。
大した傷じゃねえ」

と、彼が左腕をぐるぐると回してみせる。

どうやらやせ我慢ではなさそうだ。

恵「でも……あれは何だったのでしょうか……?」

ケイン「戦艦の『ダークスター』の攻撃だよ」

恵「えっ?」

キャナル「一度姿を消したあいつは、一瞬だけ戦艦に戻った。
その一瞬の間に、サイ・ブラスター……あ、これはロストシップの兵器なんだけどね。
それを放ったんでしょう」

そして、再び戦艦を抜け出して『闇』となり、上空からケイン達を襲撃した。

その時の、ケインの一撃が炸裂する直前にサイ・ブラスターが地上に到着し、彼の腕を貫いたのだ。

ケイン「大気圏とか色々潜り抜けて来たおかげで、豆鉄砲みたいな威力になってたからな。
それと、本当はオレの心臓でも狙ったのかもしれんが、さすがにそこまで緻密な射撃は無理だったようだ。
助かったぜ」

キャナル「サイ・ブラスターは実弾兵器じゃないからね。
衝撃も無ければ玉が残らないのも幸いしたみたい」

恵「…………」

二人は何気なく話しているが、いくら威力が激減していて多少照準がずれたとは言え、
宇宙から放った兵器が地上まで届いて人一人に当てるなど……

一体どんな威力と命中精度なのだろう?

キャナル「──そろそろ行けるわ。
ケイン、命令を」

ケイン「その前に、『ソードブレイカー』の戦闘力はどれだけ回復した?」

キャナル「総合的には26%。
武装に関してはかなり制限があります」

恵(えっ? それって本当にボロボロなんじゃ……)

ケイン「オーケー。
『ロストシップ』じゃない普通の船と戦って、楽勝って程度か?」

キャナル「いえ。そいつらを十数機まとめて相手にしたらさすがにやばいか? って程度ね」

この会話に、嘘や強がりなどは感じられない。

恵(に、26%でそれって……
100%だとどれだけ強いのかしら……?)

ケイン「恵、心配するな。
こっちだけじゃなく相手も疲弊している。
奴だってまだロクに回復出来てねえはずだからな」

恵「は、はい」

キャナル「武装の制限を詳しく説明しますか?」

ケイン「それは戦闘に入ってからで良い。
じゃあ行くぞ。
『ソードブレイカー』、発進!」

キャナル「了解っ!」


ピッ。


ケインの叫びにキャナルが答えたと同時に、それまで真っ黒だったディスプレイに外が映る。

先程まで居た海辺だ。

『ソードブレイカー』に入ってから十分は経っているが、
それからもずっと、外からは船体が見えないようステルスは続けているだろう。

キャナル「普通にやると周りに風が吹き荒れて大変な事になるから、宇宙に出るまではゆっくり行くわね」

ディスプレイの景色を見る限り船体はどんどん上昇しているのだが、
その言葉の通り海面はほとんど揺れず、周りも落ち着いたものだ。

それでも微風等、多少は発進の影響もあるのだろうが、
これだとよほど近くに誰かが居ない限りそれを感じ取る事は出来ないだろう。

キャナル「まあ、この時代のレーダーではこの船は絶対に映らないからね。
全力発進して浜辺に砂が舞い上がって形が変わったりしたとしても、船体を見られない限り何の心配もないでしょうけど」

ケイン「それでもそんな事はしちゃマズいからな」

などと話している内に、宇宙へ来た。

ゆっくり、とは言っても3分も経っていないだろう。

初体験の恵は内心かなり身構えていたのだが、このスピードと呆気なさに拍子抜けしていた。

恵「す、凄いんですね、未来の技術って言うのは……」

ケイン「つーか、こりゃあさすがに『ロストシップ』のテクノロジーだけどな」

恵「……これが、宇宙……」

ケイン「ああ。
お前は初めてだったっけか」

恵「はい」

写真やテレビで見た通り真っ黒で、辺り一面に星や惑星の光が瞬いている。

恵(凄い綺麗……
……これが、こんな理由でここに来たんじゃなくて、旅行か何かで澪たんと一緒に来たんだったらどれだけ楽しかったかしら……)

恵の顔に、影が射す。

ケイン「…………」

キャナル「──ケイン、『ダークスター』の居場所はすでに特定済みよ」

ケイン「……おう。
場所は?」

キャナル「方位445、距離3857。
即着く距離です」

ケイン「じゃあ行くか」

キャナル「はい」

宇宙で、『ソードブレイカー』が動き出す。

生き物の『負』を喰らい、すべてに絶望を撒き散らす『闇』を今度こそ倒す為。

そして……

恵「待ってて澪たん。
必ず助けてみせる……!」

恵の愛する人を救う為に。

────────────────────────────

『ソードブレイカー』はまだ修理が不完全の為、船体は半壊していて歪になっている。

この手負いの黒き戦艦は、普段は真っ白な身体をしていた。

だがそれは、ロストシップである事を隠す為のカモフラージュ。

そんな必要も余裕も無い今は、この真の姿にて行動していた。

キャナル(黒は闇色。
でも、それは悪夢を撒き散らすものではないと示してみせるわ)

その身体で宇宙を感じながら、キャナルは思う。

キャナル(それに……
私達、古い時代の存在が大きな顔をする必要はもうない。
闇色をした光が……私達が、これからの未来を紡いでみせる)

────────────────────────────

恵「…………」

実際はそれほど時間は経っていないのだろう。

しかし、気持ちがはやっている上、今する事・出来る事が無いからか、
一度は落ち着いたはずの恵の焦りは再び激しい勢いで募っていた。

爆発しそうな気持ちを、必死で抑える。

その為に噛み締められた唇から、血が滲む……

……と。

キャナル「──着きました」

恵「!」バッ

キャナルの言葉に、恵は思わず立ち上がっていた。

しかし……

恵「えっ? ここ……?」

ディスプレイに映るのは、ただただ広がる宇宙と、遠くに見える大きな岩の塊の群れ。

恵には、他と変わらないただの宇宙空間に見えるが……

ケイン「ああ」

キャナル「あの岩の群れの一つ一つは、戦艦が一隻くっつくのに丁度良い大きさなの」

恵「……まさか」

ケイン「ご明察。
『ダークスター』はあの岩の一つに張り付いてやがる。
ホラ」


ピッ。


ディスプレイの隅に、岩の群れの一角をアップさせた映像が映る。

恵「!」

そこには、岩に張り付く黒い戦艦が確かに映っていた。

恵(あれが……『ダークスター』!)

ケイン「へっ。こっちと同じくガタガタだな。
あちこち破損してやがる」

その通り、戦艦『ダークスター』も半壊していた。

見た目のダメージは『ソードブレイカー』と同じか、それよりもやや酷いと言った所。

ケイン(前見た時はでっけえ大砲みたいな形だったのに、随分と小さくなりやがったぜ)

ケインの脳裏に、前回の激闘が鮮明に蘇る。

ケイン「あの野郎もこっちに気付いてやがるんだよな?」

キャナル「そうね。
待ち構えていたみたい」

ケイン「まあ、『ソードブレイカー』以上に病み上がりの奴が、遠距離から攻撃仕掛けてきても楽勝で避けられちまうしな。
逃げるのはなお論外」

キャナル「あいつにとっては最善の策ね。
……そもそも、あいつも私達と決着をつけたがっているみたいだし」

恵「それよりっ!」

と、恵が割って入る。

恵「澪たんはあれの中に居るんですよね!?」

ケイン「……たぶんな」

恵「た、たぶん……?」

そういえば、彼は前もそんな事を言っていた。

ケイン「奴はあの中で、澪の恐怖を今も喰らい続けているのは確かだろう。
だが……」

恵「だが……?」

ケイン「澪が澪として生きているかはわからねぇ」

恵「!?」

ケイン「以前、『ダークスター』が別の奴の身体に乗り移っていたってのは話したな?
そいつを倒した時、『ダークスター』はその肉体から抜け出し……
それと同時に抜け殻になった身体は、文字通り消滅しちまった」

恵「……!」

ケイン「その肉体はクローン技術で作られたものだったし、憑依から時間が経ちすぎていたってのもあるかもしれん。
だから今回も同じとは断言出来ねえ」

ディスプレイだけを見つめつつ、ケインは淡々と語る。

恵「…………」

ケイン「これから俺達は『ダークスター』に仕掛け、上手く隙を見つけて中に侵入する。
そこで澪を探し出して助ける……つもりだが、最悪の事態は覚悟していてくれ」

宇宙に出る前、ケインはこう言った。


『──例え死んでも……
もしくはそれ以上に辛い目にあっても後悔しねえな?』


それに頷いて恵はここまでついて来たのだ。

なにより、完全に絶望と言う訳ではないらしい。

ならば……

恵「……わかりました。
でも私、最後まで希望は捨てませんから!」

ケイン「おうっ! それで良い!
ばーちゃんも言ってたぜ。
『最後まで希望を持って頑張り続ければ、必ず道は開ける』ってな!」

キャナル「ケイン」

ケイン「ああ!
キャナル、お前が上手く立ち回ってあいつに接近してくれ。
その時に『ダークスター』内部に侵入する!」

キャナル「了解!」

ケイン「おっと、なるべく武装は温存してくれよ?
じゃないと戻って来た後あの野郎をぶっ倒せねえからな。
もちろん被弾も出来る限り避けてくれ」

キャナル「難しい注文ね。
まあやってみるわ」

ニッコリと笑うキャナルに、ケインも笑顔を返す。

ケイン「よし、ついて来い恵!
即突入出来る場所に行って待機する!」

恵「わかりました!」

こうして──

戦いは始まった。

────────────────────────────

開戦の幕を上げたのは『ソードブレイカー』だった。


ヴァヴァヴァヴァッ!


サイ・ブラスター……通常兵器とは比べ物にならない威力を持つ、ロストシップ主武装の一つ。

ただ、無駄なエネルギーの浪費を避ける為と、威嚇が目的の為に今は出力を抑えているが。


ドガガガッ!!


サイ・ブラスターの光が岩の海を叩き、破壊する。

その中を──宇宙のものとは違う漆黒が蠢く。

キャナル「来たわね」

生体殲滅艦(ダークスター)、『デュグラディグドゥ』。

それが完全に姿を見せた時、コクピットに一人残ったキャナルはそれを睨み付けた。

ダークスター『随分と遅い襲撃だったな。
待ちくたびれたぞ』

キャナル『貴方も随分と余裕の表情で待っていたものね。
てっきり逃げにかかるかと思ってたわ』

ロストシップ同士の二人は、意識で会話が出来る。

ダークスター『ふ……』


カッ!


『ダークスター』の船体が光る。


シュンッ!


お返しとばかりのサイ・ブラスターでの反撃を、キャナルは難なくかわす。

キャナル(さあ、ケイン……こっちは任せて。
向こうは頼むわね)

────────────────────────────

ケインと恵は、『ソードブレイカー』の非常口の前まで来ていた。

と言っても、修理がまともに行き届いていないここは、他と比べてもさらにボロボロだが……

二人はすでに宇宙服を着ていて、恵の片手には澪用の宇宙服。

ケイン「…………」

ケインは、小型のモニターを手にしている。

これで戦艦同士の戦闘を見ているのだ。

ケイン「やっぱまだこっちのが優勢だな」

そう。今の所、『ソードブレイカー』が押していた。

こちらの時代に来てずっと修理ロボで回復を続けていた『ソードブレイカー』と、
ようやくまともな糧を手にいれて本格的に回復し始めた『ダークスター』……

現段階でのこの二機には、やはり差があった。

だが、今は『ダークスター』を撃沈してはいけないのだ。

それにもちろん、自分を本気で撃墜しようと攻撃を仕掛けてくる敵を倒さずに、
相手に取り付くなどそんなに簡単なはずもない。

恵(……あれ?)

ようやく恵は気付く。

戦闘の内容がどうこうはわからないが、こちらも向こうもかなりのスピードで動いているのはわかる。

それなのに、ただ立っているだけの自分やケインにまったく影響が無い。

これほどの動きをしたら、中に乗っている者はとても立ってなどいられないはずだが……

恵(まだ被弾してないから?
……ううん、それだけじゃないはず)

そう、これもロストシップの技術であった。

現代科学や、ケインの時代のテクノロジーでも考えられないレベルの慣性中和システム。

恵(本当、完全な状態だったらどんな性能を持っているのかしらね)


ゴウッ!


ケイン「!」

『ソードブレイカー』の攻撃が、『ダークスター』の一部分を砕いた。

ケイン「いいぞっ!」

このまま細々とでも相手の戦闘力を削いでいけば、近付いて取り付く事も徐々に容易になっていくはず。

恵「……!」

ここで、『ダークスター』がこちらへ突撃してきた。

ケイン「勝ち目が無いと悟ってヤケになったか?」

それは隙だらけで、チャンスだ。

『ソードブレイカー』は何発か威嚇の射撃をし、その直線的な突進を避ける。

そして通り過ぎた『ダークスター』を即追尾し……


ドガァンッ!!!


『ダークスター』の背に取り付く事に成功した。

ケイン「大丈夫か?」

さすがにその時の衝撃は完全に中和出来なかったらしく、よろめいた恵をケインが支えた。

恵「はい、すみません」

キャナル『ケイン、恵ちゃん! その非常口を開けたらそのまま『ダークスター』の中に入れるはずよ!』

辺りに響くキャナルの声。

ケイン「サンキュー、キャナル!
すぐ戻って来るから待っててくれ!」

キャナル『OK!
……でも』

ケイン「……ああ。心配するな」

キャナルもケインも気が付いていた。

あまりに早く、そして簡単に狙い通りの事が出来たと。

ケイン「行くぞ、恵!」

恵「はい!」


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最終更新:2012年12月28日 01:59