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戦艦『ダークスター』の内部。

外見だけでなく中も真っ黒で、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。

それは『そんな気がする』と言うものではなく、確かに『生きて』いる。

恐怖や絶望、憎悪と言ったこの世界に存在するありとあらゆる負の塊が、確かにこの場に生きて存在していた。

ケイン(なんだここは……)

ケインは、頬骨の辺りに滲んだ汗を手でそっと拭う。

彼は、『ダークスター』内に過去一度来た事がある。

だが、当時の奴は全長およそ千メートルと言う恐ろしく巨大な大砲のような姿をしていた。

その時ケインが乗り込んだ場所は、中核からはほど遠い場所だったのだろう。

だが、今回は違う。

ケイン(最後に『ソードブレイカー』で『ダークスター』の中心に突撃はしたが……
この辺りは、生身だとさすがに恐ろしい場所だな)

恵「…………」

ここに足を踏み入れた時、恵は完全にすくみ上がっていた。

いや、ケインですら、入る直前怯んだように一瞬体を硬直させたほどだ。

それでも、彼がそんな様子を見せたのがその瞬間だけなのはさすがだが。

心臓……いや、魂を直接鷲掴みにされるような不快感に、背筋を蹂躙する悪寒。

恵(悪夢……)

彼女の頭にそんな言葉が浮かぶ。

少しでも気を抜くと、失禁しながら泣き叫んで暴れ出してしまいそうだ。

そうなると、完全に気が狂ってもう戻って来れなくなるだろう。

逃げ出したい。

それでも……

澪の事を思い浮かべると、そんな訳にはいかない。

恵(勇気を出して……!)

二人はドアを一つ潜り、その扉を閉めた。

そこは、開けた場所……なのだろうが、暗くてよくわからない。

恵「ど、どっちへ行けば良いんですか?」

さすがに震えは隠せないが、恵は気丈に口を開く。

ケイン「ちょっと待て……
……この構造だと、あっちが中心部だな」

暗闇でほとんど先が見えない中、ケインは冷静に観察してある一方を指差した。

ケイン「だがここから進むのは、宇宙服を脱いでからだ」

恵「そ、それって危険じゃあ?」

ケイン「大丈夫だ。この中は空気もあるし、他に誰も居ない。
『ダークスター』の気もキャナルが引いてくれてるしな」

話しながらもケインはさっさと宇宙服を脱ぎ始めている。

ちなみに、彼ら二人がこの中に降り立つと同時に『ソードブレイカー』は離れた。

こちらからまともな攻撃すら出来ないのに、
取り付いたままでいると一方的にゼロ距離射撃をされてしまう為、自殺行為だからだ。

今、『ソードブレイカー』はまた、『ダークスター』と交戦中だろう。

ケインと恵……そして澪をすぐに回収出来るように。

ケイン「それに、この格好じゃあ動きづらいし……戦えねえ」

恵「…………」

誰と戦うと言うのだろうか?

決まっている。澪の身体に乗り移った『ダークスター』とだ。

考えてみたら、恵はなぜここに来る事が出来たのだろう?

宇宙までは許可を貰ったし、確かにただ『ソードブレイカー』の中に居るだけなら、足手まといになる事も無いのだろう。

だがここは違う。明らかに違う。

恵「──なのに、どうして何も言わずに連れて来てくれたんですか?」

その問いに、ケインは答える。

ケイン「本当に澪をまだ救う事が出来るなら、お前が必要だからだ」

恵「えっ?」

ケイン「説明は後だ。
進むぞ」

恵が宇宙服を脱ぎ終えた事を確認すると、三着目の物と共に宇宙服すべてをその場に置き、二人は走り出した。

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開かれた扉を潜ると、広大な場所に出た。

深い闇が支配する空間。

床には昏く刻まれた逆五紡星。

その逆五紡星の中心には、少女が立っていた。

長い黒髪は、闇の中でも艶やかに輝きを放ち。

幼さを残しながらも美しい顔立ちは、何の感情も宿らずにこちらを見据え。

左手にはケインと同じ武器であるサイ・ブレードをぶら下げ。

……秋山澪

いや、秋山澪の身体に宿る、『ダークスター』。

恵「澪たんっ!」


ガシッ!


その姿を認め、思わず駆け寄ろうとした恵を、ケインが彼女の腕を掴んで止めた。

恵「っ!」

ケイン「わかってるな? 今のあいつは澪じゃねえ。
近寄ると殺されるぞ」

恵「……そう、でしたね……」

ケイン「──よう。久し振りじゃねえか……
って、さっき別れてから大して時間も経っていない上に、そん時も同じような事言ったっけか?」

恵を背にかばうように立ち、むしろ友好的と言った様子で『ダークスター』……“澪”に話しかけるケイン。

“澪”「待っていたぞ、ケイン=ブルーリバー」

“澪”は、ケインにのみ視線を向ける。

恵の事は眼中にないようだ。

ケイン「お前が、オレをか?」

“澪”「そうだ」

ケイン「前オレにぶっ倒されたから、その復讐のつもりか?」

ケインの挑発にも、しかし“澪”は表情を変えない。

“澪”「違う。
これでお前を倒せば、すべてが終わる」

ケイン「なに?」

“澪”「お前がここに居れば、『ヴォルフィード』は我を滅ぼせん。
お前を殺せばさしもの『ヴォルフィード』も絶望するだろう。
そのような奴など敵では無いからな」

ケイン「『ヴォルフィード』……『ソードブレイカー』以上にガタガタのてめえがよく言いやがるぜ」

“澪”「もちろんすぐには殺さん。
この人間の」

“澪”が、自分の……いや、澪の心臓の位置に右手をやった。

“澪”「恐怖を喰らう時間を稼ぐ為に、じわじわとなぶり殺しにする」

ケイン「そんな事が出来るかな?
決着がどうなろうとそう時間はかからないだろうぜ」

“澪”「わかっているだろう?
我がこの人間を人質にしていると言う事が」

ケイン「…………」

ケインは押し黙る。

“澪”はこう言っているのだ。

『お前にこの人間の身体を斬れるのか?』と。

“澪”「なぜかお前と『ヴォルフィード』は、この人間に執着しているようだからな。
お前に我を倒す事は出来ん。
そして、お前も捕える事が出来れば、よほど追い詰められない限り『ヴォルフィード』は我を撃沈出来まい。
時間稼ぎの為、合わせて利用させて貰った」

そう、すべては“澪”の作戦。

だからこそ、それに含まれていない恵には一瞥もくれないのだろう。

ケイン「……天下の『ダークスター』様が卑怯な手を使いやがるぜ」

“澪”「卑怯? 我が我の食事をどう扱おうと問題はないだろう。
どう利用しようが我の勝手であり、そこには卑怯も何も存在しない」

恵「な……!」

“澪”「そして、この人間から負を吸い付くしたら、この者はもう用済みだ。
そこまで搾り取ったら完全に喰らってやる」

恵「貴方……!」

“澪”のあまりの言い草に、恵が激しい怒りを見せる。

だが、『ダークスター』にとって人間は、勝手に増えて行くただの食料……

これは紛れもない事実なのだ。

ケイン「ちっ……まあこれ以上の話は時間のムダだな」

──だが、今の段階で澪を完全に喰らうつもりがないのは幸いだ。
それはまだ澪が生きている証拠だろうし、
あの野郎はしようと思えば強引にサイ・コード・ファイナルを発動させられるだろうからな……
──

それを許しさえしなければ。

ケイン(まだチャンスはある!)

ん? 変な改行だー。
423無しで↓でやり直しです。

ケイン「ちっ……まあこれ以上の話は時間のムダだな」

──だが、今の段階で澪を完全に喰らうつもりがないのは幸いだ。
それはまだ澪が生きている証拠だろうし、
あの野郎はしようと思えば強引にサイ・コード・ファイナルを発動させられるだろうからな……──

それを許しさえしなければ。

ケイン(まだチャンスはある!)

ケインが、マントに隠れた腰からサイ・ブレードを取り出した。

“澪”「そうか。我としてはぜひ長話をしたい所だったのだが」

軽口を叩く“澪”を無視し、ケインは恵に呟いた。

ケイン「なるべくあいつに語りかけろ」

恵「えっ?」

ケイン「今はまだ、澪はあいつに完全に取り込まれてはいねえ。
お前の声が届きさえすれば、必ず『チャンス』は来る」

恵「…………」

ケイン「そしてその『チャンス』が来たら、より強く呼びかけるんだ。
なんだったらひっぱたいても良い。
これはお前にしか出来ねえ」

恵「は、はいっ!」

……考えてみれば、ケインとキャナルは最初から澪を助けようとしてくれていた。必死に、全力で。

彼らに失策が無かった訳ではない。

しかし二人が居なければ、こうして澪を万が一助けられるかもと言う可能性にかける事すら出来なかったはずだし、
そもそも澪はとっくに死んでいたのだろう。

恵(疑ったり当たったり……ケインさん達には色々酷い事をしてしまったわね……
すべてが終わったら、ちゃんと謝ってお礼が言いたい。
澪たんと一緒に)

──だから──

恵「わかりました!
ですから『その時』まで、よろしくお願いします!」

ケイン「おう! その頼み……いや、依頼引き受けた!
どんな依頼も必ずこなす。それがトラブル・コントラクターだ!」


シュインッ!


サイ・ブレードの柄から、光の刃が伸びた。


ヴンッ!


それを見て、“澪”もサイ・ブレードの刃を生む。

ケイン「さあ行くぜっ! 澪は返して貰うッッ!!!」

強き光を感じる黒いマントをなびかせ、ケインが跳んだ。


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ドウンッ!


『ソードブレイカー』は、あれからも連続して攻撃を行っていた。

『ダークスター』に回避と言う行動をさせる事で、 ケインへの援護を期待して、だ。

恐らく今、ケインは澪に憑依した『ダークスター』と戦っているだろう。

奴の意識をそちらだけに向けさせる訳にはいかない。

そんな事をさせると、例えば、ケインにマニピレーターを伸ばして自分で自分を援護したりする可能性がある。

キャナル(それでも、ケイン達……
ううん。ケインがすぐ殺される事はないでしょうけど……)

キャナルは、『ダークスター』がどんな思惑でケインと恵を自分自身の中へ導いたのか悟っていた。

戦力差そのものはともかく、今の状況としては『ソードブレイカー』側の方が圧倒的に不利。

もしケインが敗れるような事があれば、すべてが終わる。

以前、敵地に乗り込んだ彼を救おうと動いた事があった。

しかし、今回ケインが居るのは敵の本拠地などと言うレベルですらなく、敵自身の中、中心部だ。

そこで彼が囚われるような事があると、さすがに救出は不可能だろう。

『ダークスター』は『ヴォルフィード』が追い詰められれば、
ケインを人質に取っていても本気で襲いかかってくると警戒している。

しかし、それだけは間違っていた。

キャナルは、ケインが殺されずに戦闘不能にされただけでも、
彼を完全に囚われて助け出す事が不可能になれば、その存在を放棄する。

撃沈寸前まで追い詰めるまでもなく。

キャナル(またマスターを失ってまで……私は存在していたくない)

それは、他の存在を食料としか認識していない『ダークスター』には、発想にも無い『気持ち』だった。

だがその思い違いはもちろん、『ダークスター』の不利になるものではない。

キャナル(絶対に皆で帰るんだから。
その為にも、彼らに不利な状況は作らせない!)


ヴァヴァヴァッ! ヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!


だが、もう一つ不安要素が生まれた。

先程ケインと恵を送り届け、『ダークスター』から離れる時に一撃を食らってしまったのだ。

完全に密着していた状態からの離脱だったので、それは覚悟していたのだが……

それでも戦力ダウンには違いない。

──と言っても、ケインの操縦技術なら回避出来ていたんでしょうけどね──

キャナル(ケイン、恵ちゃん、澪ちゃん。
なるべく早く帰って来てね。
反撃してくるあいつを生かさず殺さずって、あまり長くは出来そうにないわ)


ガッ!


『ダークスター』の攻撃が、『ソードブレイカー』をかすめた。

キャナル(あいつの力が強くなっていってるのは……
気のせいじゃないよね)

最初に戦力差があれども、これからただ疲弊していくだけの『ソードブレイカー』と、
澪を手中に納めた事で言わば自動回復を得た『ダークスター』。

キャナル(こんなに余裕が無い状況だと、修理ロボは使えないからね……)

戦局は徐々に覆りつつあった。


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ケイン「ぐっ!」


ガキィン!


“澪”の一撃を、ケインが弾いた。

ケイン「くそ……っ!」

毒づきながら、ケインは荒く息を吐く。

澪の肉体だからなのか、かつて戦った時に比べれば『ダークスター』に技のキレは無いし、一撃も随分と軽い。

だが、こちらもキャナルと同じく相手を倒してしまわないように立ち回っている為、彼も苦戦を余儀なくされていた。

ケインは正直の所、いざとなれば“澪”の足を動かなくしようとも考えている。

それでも駄目で、彼女を助けられる一片の希望も見出せなければトドメを……

しかし、今はそれも難しいかもしれない。

なぜなら……

“澪”「…………」


ザッ、ブンッ!

ドゥアッ!!


ケインが“澪”の袈裟斬り、逆袈裟をかわした所に、弾丸のように飛ばされた光の刃が襲いかかる。

ケイン「くっ!」


バシュンッ!


それを、ケインがサイ・ブレードで弾き飛ばした。

ケイン「はあ、はあ……」

なぜなら、まず一つにケインの左腕の怪我。

いくらそれが軽いと言ってもこの短期間で完治するはずもないし、激しい動きを続ければ当然痛みも出る。

次に、疲労。

朝からずっと動き回っていたのだ。

いかなケインとは言え、万全の時に比べれば動きが悪いのは当然だし、時間が経つにつれて鈍っていくのは必至だった。


ドゥン! ドゥンッ!!


ケイン「!」

再び放たれた光の弾丸を、ケインが紙一重でかわす。

“澪”「どうした、ケイン=ブルーリバー。
止まっていては危ないぞ?」

“澪”は、ケインを戦闘不能にしようと積極的に襲いかかってくる。

その攻撃を一発でも貰ってしまったら、そのままやられてしまうだろう。

“澪”「まあ、我はこのまま戦いが長引くのも、お前の手足を潰し動きを止めてからゆっくりするのもどちらでも良い」


ブンッ!


ケインの横薙ぎを、“澪”は軽く身を引いて避ける。

“澪”「どちらにせよ最後には、貴様を人質にして『ヴォルフィード』を追い詰め、
王手をかけた所で貴様を殺して奴を絶望させるのだから」

──そうすればさすがの『ヴォルフィード』の精神も砕け散り、戦意を失うだろう──

“澪”は邪悪に笑った。

ケイン(まずいな……)

激しい動きの連続で、腕の痛みが増してきている。

決断を下すならそろそろだろう。

ケインは横目でチラリと恵を見た。

必死かつ、心配そうな彼女と一瞬だけ目が合う。

これまでも恵は、“澪”に幾度となく声をかけていた。

だが、まったく効果は無い。



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最終更新:2012年12月28日 02:00