ケイン(やっぱりダメなのか……?)
彼はこれまでもロストシップに呑み込まれた人は見てきたし、戦ってもきた。
自分の意志で自分自身をロストシップに捧げた人達も居た。
その全員に共通する事は、誰も助からなかったと言う事。
それでも、もしかしたらと精一杯やってきたが……
絶望的な希望を期待して粘った結果、全滅してしまう訳にはいかない。
それはつまり、
“澪”『この調子だと、我は明日中には不満ではない程度の力は取り戻せる。
その後に、我の糧となる恐怖を更に喰らう為にこの星も消滅させるか』
地球滅亡を意味するのだから。
ケイン(……だが)
──諦めてたまるか──
ケインの脳裏に、恵と澪の笑顔が浮かぶ。
ケイン(人一人救えないなんて、守れないなんて冗談じゃねえっ!
オレは……)
そして、自分とキャナルの帰りを待っているだろう仲間達の姿も……
──オレは絶対諦めねえぞ!──
ドウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
ケインのサイ・ブレードの光が激しくなった。
“澪”「それがどうした?」
表情を変えない“澪”が、ケインに襲いかかる。
ガッ、ガッ、カギィンッ!
ガヅッッッ!
ギィィンッ!!!
ケイン「ぐううっ!」
今度は息もつかせぬ接近戦だ。
正直、“澪”を斬り捨てられる隙は何度もあった。
その隙をものにしようと反射的に体が動きそうになるのを何とか堪えながら、ケインは防御に専念する。
──っ!……!! ──っっ!?──
どこか遠くで、恵が必死で澪に呼びかける声が聞こえる。
ガギィン!
しかし、激しい斬り合いに集中している為、その内容はケインには認識出来ない。
ケイン(澪っ! 恵が精一杯声かけてるじゃねえか!
なんで届かねえんだっ!?)
ビッ!
ケイン「!」
“澪”の一閃が、身をよじったケインの横を過ぎ去る。
よけるのがもう一瞬遅れていたら、胴を裂かれていた。
ケイン「くそっ!」
──まだ終われるかっ!──
ブンッ!
カィンッ!
ケイン「っ!」
ガクンッ。
間髪いれずにやってきた追撃を弾いた時、ケインの体勢が大きく崩れた。
疲労と左腕の痛みがピークに達し、この戦いで初めて力負けしたのだ。
ケイン(やべえ!)
これでは、“澪”の攻撃をかわす事も受ける事も出来ない。
バッ!
ケインは慌てて無理な体勢ながら後ろに跳び、距離を取る。
ドウンドウンッ!
ケイン「ぐっ!」
その着地を狙うように光の弾丸が襲い、ケインは続けてジャンプで回避する。
ドウンドウンドウンッ!!!
一転、今度は息もつかせぬ遠距離戦。
と言ってもケインは回避で精一杯なのだが……
恵「!」
気が付いたら、ケインの後ろに恵が居た。
ケイン(しまった!)
激闘に徐々に余裕を失っていったケインは、恵を戦いに巻き込まないよう動く事を失念し、
彼らの戦闘範囲とスピードがあまりに広く・早かった為、恵は安全な場所を見付ける事すら出来ずに動けなかった。
ケインは慌ててこの場から離れようとするが、
“澪”「…………」
目の前には、すでに光の刃を振りかぶる“澪”が居た。
ケイン(!!!)
サイ・ブレードで受け止めるにはタイミングが遅い。
避ければ恵に当たる。
──どうする……!?──
その一瞬の迷いがケインの行動を遅らせ……
恵「やめてっ!!!」
突如、恵が叫んだ。
“澪”「……っ!」
ケイン「!?」
“澪”の動きが──止まった。
恵「もう嫌っ!」
ギュッ……
“澪”「!」
ケインの脇をすり抜け、恵が“澪”を抱き締めた。
恵「そんな事したら駄目よ……」
ケイン「馬……」
ケインは恵を慌てて引き剥がそうとしたが、彼は“澪”の様子がおかしい事に気が付く。
“澪”の顔が──歪んでいた。
ケイン(そうか……!)
そう。ついに彼が恵に言った、『チャンス』がやってきたのだ。
恵「もうやめよ? ね?
まだ心のどこかに居るんだよね?
帰ろうよ、一緒に……
澪たん」
“澪”「ぐ……う……」
“澪”の身体が震え、
カラン……
その手から、サイ・ブレードの柄が落ちた。
“澪”「ぐ……は、離せ人間……っ!」
初めて“澪”が──『ダークスター』が、恵を認識した。
恵「うるさい! あんたは一体何なのよ!
人を傷付けて苦しめて! 何様のつもり!?
さっきなんか、もう少しでケインさんを殺してたのよ!?」
腕の中でもがく“澪”に、恵は叫ぶ。
恵「その上澪たんの体を好き勝手動かすだけじゃ飽き足らず、彼女を人殺しにまでさせようとして……
ふざけるな! やるならあんた自身でやってみなさいよっ! この卑怯な臆病者め! 今度は私が相手になってやる!!
この糞やろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
“澪”「ぐっ、おぉ、おお……!」
間近で睨みつける恵に、“澪”は明らかに苦しがっていた。
“澪”「な、何だ……!?
身体の……身体の中が熱いっ!」
冷や汗を垂らしつつ恵の腕から抜け出そうとする“澪”だが、再びきつく抱き締められる事によって叶わない。
恵「ねえ、戻っておいでよ。
そんな奴に閉じ込められて、苦しいでしょ? 寂しいでしょ?
私に出来る事は何でもするから。ここには……私が居るから」
今度は囁くように語りかけ、恵は“澪”を切なそうに見つめる。
“澪”「ぐ……こ、こうなったら……
サイ・コード……!」
ケイン「!!!!!」
“澪”の呟きを聞いたケインが激しい狼狽を見せたが、恵は意に介さない。
恵「一緒に幸せになろうよ……」
その場の誰の行動よりも早く、優しく。
恵が澪にキスをした。
“澪”「!」
グアッッッ!!!!!
ケイン「!」
“澪”の背中から、『闇』が抜け出した!
恵「っ!」
力を失う澪の身体を、恵が全力で支える。
『ば、馬鹿な……! 我が、我が弾き出された!?
あの人間は完全に我の手に落ちていたと言うのに……!』
宙に浮かぶ『闇』から響く動揺の声に、ケインは不敵に笑いながら皮肉を返した。
ケイン「馬鹿はてめえだ。澪は完全にはてめえの手に落ちてなかったんだよ」
『ぐ……ぅ……ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
それはもはや振動であった。
地鳴りのような低音の絶叫を上げると、『闇』はかき消えた。
澪「……ん……」
ケイン「!」
恵「澪たんっ!」
それと同時に、澪が目を覚ます。
澪「恵、せん……ぱ、い。
ケイン……さん」
恵「よかった! よかったよう!!」
恵は、涙と鼻水をボロボロと流しながら泣いていた。
澪「私、ね。ずっと真っ暗な所に居て……黒くて怖いのに痛い事されて……
気が狂いそうで何度ももうダメって思ったけど……
軽音部の皆や、恵……先輩の事を思い出したら……諦められなくて……」
恵「澪たん……」
澪「皆の所に……先輩の所に帰りたいってずっと頑張ってたら、先輩の声が聞こえて、姿が見えて、抱き締めてくれて……
キス……してくれて。
あり、がと……う、ございます。助けに来てくれて……」
恵「澪たん……!」
澪「私、先輩が居……て、良かったな……」
ふっ……
そう呟いた後、澪はゆっくりと瞳を閉じた。
恵「みっ……澪たんっ!?
澪!?」
発狂しそうになる恵を見るなり、ケインがすぐに澪の手首を取って脈を確かめた。
ケイン「──大丈夫。気を失っただけだ。
今はこのまま寝かせておいてやろう」
恵「そ……そう、ですか……よかった……」
それを聞いて、彼女は大きく大きく安堵の息を吐いた。
ケイン「よし、じゃあ『ソードブレイカー』に戻るぞ。
もうこんな所に用はねえ」
恵「はいっ!」
ケイン(しかし……こいつらの根性は凄いもんだ)
大切な人達を心の支えにし、魂を直接喰われるに等しい恐怖や痛みに負けなかった澪。
恐ろしいだろうに、大切な人を助ける為にこんな所までついて来て、見事それを成し遂げた恵。
──尊敬、するぜ──
ケイン(──そして、その根性を生み出したのは、人と人との絆……か)
絆が想いを生み出し、想いは根性となって何ものにも負けない力へと昇華した。
──これが人間に備わっているとんでもない力であり、こいつらは自力でそれを引き出したんだな──
ケイン「さあ、澪はオレが運ぶ。
走れるな?」
恵「その必要はありません!」
ケインに首を横に振って見せ、恵は澪をいわゆる『お姫様抱っこ』の要領で抱き上げた。
恵「私なんかよりケインさんの方がずっと疲れているでしょうから、澪たんは私に任せて下さい!」
やたらと高いテンションで言うと、恵は先に出口へ向かって駆け出した。
ケイン「…………」
(あの細腕で、自分と大して体格が変わらない人間を運ぶのはそうとうしんどいだろうに)
その上、今の恵からは、『ダークスター』内部に乗り込んだ当初の怯えは微塵も感じられなかった。
ケイン(やっぱ凄いぜ。
恵も澪も……人間ってのは)
恵を追いかけながら、彼は思った。
────────────────────────────
戦闘の最中、『ダークスター』が突如として焦ったような動きをし始めた。
一瞬戸惑ったキャナルだが、もしやと思った時にケインから澪奪取の連絡があり、歓喜した。
最初に比べダメージが蓄積されていながらも、これまでの先が見えない戦いとは違う状況になり、キャナルの士気は高まる。
立ち回りに精彩を欠き始めた『ダークスター』とは逆に、
動きの良くなった『ソードブレイカー』が再び奴に取り付く事はそう難しくなかった。
やはり、取り付くまでと離脱する時に、乱射される攻撃を数発食らってしまったが……
それも何とか致命傷にはさせずにすんだ。
ケイン達を無事回収し終えた今は態勢を立て直す為、
相変わらず攻め続けてくる『ダークスター』から逃げの一手を打っている。
……………………
キャナル「お帰りなさい」
コクピットに戻ってきたケイン・恵、そして彼女に抱かれたまま眠る澪を見て、キャナルがいつもの笑顔で迎えてくれた。
だが、心なしかその姿に激しい疲労が見える。
キャナル「澪ちゃん……よかった。
よかったわね、恵ちゃん」
恵「は、はい……
あの、キャナルさん、大丈夫ですか?」
キャナル「ええ。大丈夫よ」
ケイン「待たせてすまなかった」
キャナル「本当ですよ……
折角三割は直した私のボディちゃんの大半が、また壊されちゃった」
それは責めるような内容ではあったが、キャナルのほほ笑みが言葉通りの意味では無い事を物語っていた。
──皆、無事に帰って来てくれて本当によかった──
ケイン「すまん。今度何か埋め合わせするよ」
それを察したケインも、どこか嬉しそうに言いながらパイロットシートに座る。
キャナル「逆に貴方は、『ダークスター』の中に行く前より元気一杯ね?」
ケイン「おう。あの二人がすっげえ根性見せてくれたからな。
ここでオレがへばる訳にはいかねえっ!」
そう言うケインの体からは、激しい闘志が湧き上がっていた。
今の彼には、疲れも傷の痛みも余計なすべてが吹き飛んでいるようだ。
キャナル「……そっか」
キャナルは恵と澪に一瞬視線を向け、愛おしいような頼もしく思うような……
不思議な感情のこもった呟きを漏らした。
キャナル(二人共、お疲れ様。
──よおしっ、私だってへばってはいられないわ!)
ケイン「恵、澪を適当な場所に寝かせ……るのは、これから激戦をおっぱじめる以上危ないな。
澪を座らせた後、お前も残った椅子に座ってくれ」
恵「はい」
返事をした恵だが、しかし彼女は澪をガンナーシートに座らせた後、その横にしゃがみこむ。
ケイン「……おい?」
他と比べてやや狭くクッションも悪いものの、もう一つ予備シートがあるのだが……
恵「なるべく彼女の近くに居てあげたくて……
私の事は気にしないで下さい。
この椅子にしっかり掴まってますから」
いくらロストシップの慣性中和システムが優秀だろうと、
これからの決戦ではさすがにちゃんとシートに座って貰った方が良い。
ケインは一瞬迷ったが……
ケイン「……わかった。
戦闘の衝撃で吹っ飛んで、体のどこかにアザが出来たりしても文句言うなよ?」
──今の『ソードブレイカー』の破損状態では、撃沈されない限り、死ぬどころか大怪我を負う事もないだろ──
つまり、致命傷を負うような衝撃を受ける時は撃沈される時。
今、『ソードブレイカー』と言う戦艦の命と、ケイン達それに乗る人間達の命は完全に直結しているのだ。
ならば、非戦闘員の恵がどこにいようと変わらない。
ケインは彼女の気持ちを尊重する事にした。
恵「はい!」
ケイン「キャナル、操縦と武器操作の権限をすべてオレに回せ」
キャナル「わかったわ。
それと、澪ちゃんには念の為シートベルトを巻いておきましょうね」
シュンッ。
恵「ありがとうございます!」
ケイン「よっしゃ! 準備は良いな!?
行くぜっ!」
キャナル「了解!」
────────────────────────────
人質と回復源を失った以上、もはや『ダークスター』には真っ向勝負で勝利するしか道はない。
互いの現戦力・余力などを考えたら、撤退は不可能だ。
むろん、これに関しては『ソードブレイカー』も同じなのだが。
ダークスター『ぐおおおおおおおおおおおおおお!』
『ダークスター』が、猛る獣のように襲いかかってくる。
その攻撃のことごとくを回避し、ケインは反撃の糸口を探す。
最終更新:2012年12月28日 02:01