ケイン(……思った以上に『ソードブレイカー』の反応が悪いな。
攻撃からただ逃げるだけなら何ともねえが、奴を倒す事も考えた動きをするにはちと厳しい)


ヴァヴァヴァヴァッ!!


『ダークスター』の射撃を掻い潜って、ケインはサイ・ブラスターを放つ。

だが、命中する気配すら感じられない。

ケイン(照準は甘いし、ボタンを押してから実際に発射されるまでのタイムラグもある)

キャナル「左舷、来ます!」

ケイン「なんの!」

『ダークスター』の攻撃も、やはり当たらない。

ケイン「キャナル、こっちが今使える武器は?」

キャナル「エネルギー残量が僅かのサイ・ブラスターと、リープ・レールガンが一発。
以上です!」

ケイン「プラズマ・ブラストは!?」

キャナル「使用不可!
ちなみに、その他ミサイルやレーザー等通常兵器は元から一つも残ってません!」

ケイン「それはどうでも良い!
サイ・バリアは!?」

キャナル「使用不可!」

恵「…………」
(主力の物も含めた、兵器がほとんど使えないって事かしら……?)

キャナル「ごめんね。私がもっと上手く操縦出来てれば……」

ケイン「何言ってんだ。
無事生き残って、こうして俺達を拾い上げてくれただけで大ファイン・プレーだぜ」

キャナル「でも……」

ケイン「ああ。今のままじゃあちょっと勝てねえな」

恵「……!」

──私が澪たんを助けるって言わなければ……──

確かに、澪や恵の事を考えていなければ、とっくに『ダークスター』に勝てていたのだろうが……

ケイン「おっと。勘違いするなよ恵。
このピンチはお前のせいでも澪のせいでもねえ」

『ソードブレイカー』を操縦しながら、まるで恵の心を読んだかのようにケインが声を掛ける。

……………………

数秒、船内に沈黙が訪れた。

そして。

ケイン「……それに、まだ手はある」

恵「えっ?」

キャナル「……大丈夫、よね……?」

キャナルが問う。心細げに、怯えたように。

ケイン「もちろんだ。
前出来た事が今のオレに出来ない訳はねえし、お前や恵と澪をほっぽってここで消える訳にはいかねえ」

しかし、ケインはハッキリと、力強く答えた。

恵「消え……る?」

キャナル「ミリィやレイル達だって待ってるはずだしね」

ケイン「ああ。そうだな」

彼らの仲間の名前だろうか。

その言葉を聞いた時、ケインの表情に戦闘中には不釣り合いな程優しげな光が射した。

ケイン「──キャナル」

キャナル「……はい」

ケイン「こいつらを……この凄くて良い奴らを守る為に。
守って、皆で在るべき場所に生きて帰る為に!
サイ・コード・ファイナル、発動だ!」

キャナル「はい、ケイン」

ケインの叫びにキャナルが答えた時、


カッッッッッ!!!!!!


恵「!?」

『ソードブレイカー』全体に、眩い光が立ち込めた。

──この時キャナルは感じ取っていた。

『ダークスター』の発する強い恐怖を。

────────────────────────────

サイ・コード・ファイナル。

それは、性質としては『ダークスター』が澪にしていた事と同じ。

別の生命体を糧として戦艦の力とする、ロストシップの中でも高位の存在のみに許された能力。

特にそれが最高位のものとなると、精神──魂だけではなく、物理的な肉体すらも己が力と出来る。

それが可能なのは、
封印戦闘艦(ソードブレイカー)・ヴォルフィードと、生体殲滅艦(ダークスター)・デュグラディグドゥのみ。

かつて『ヴォルフィード』は、ケインの祖母、アリシアでそれを行った。

まだ幼かったケインを守りたいと言う彼女自身の意志で。

その結果、アリシアは肉体そのものも『ヴォルフィード』の力となり、この世界から完全に消滅した。

時は流れ……この時代にやってくる前の戦いで、ケインはサイ・コード・ファイナルを使った。

やはり自分の意志で。

だが、彼は肉体も心も……何一つ消えはしなかった。

その結果撃沈寸前の戦艦『ソードブレイカー』を救い、
様々な回路を破壊されて一度は消滅したはずである、『ソードブレイカー』の意思にして魂・キャナルすら復元した。

今回、『ダークスター』は澪を使ってそれを行おうとした。

だが、彼女の存在そのものを喰らう前に、
澪の負の感情を最後の一滴まで搾り取ってやろうと欲をかいたのが仇となってタイミングを逃してしまう。

結局最後は、彼女の心と恵の想いに弾かれて叶わなかった。

そして今。

ケインは、再びサイ・コード・ファイナルを発動させた。

────────────────────────────

ダークスター『なぜだ!? なぜ貴様はサイ・コード・ファイナルを使っておきながら、自分の宿主(マスター)を喰らわない!』

そう叫ぶ『ダークスター』は、明らかに恐怖で混乱していた。

キャナル『私にとって人間は……
そして主人(マスター)は、餌でもなければ糧でもないからよ』

ダークスター『何だと……!?
アリシアを喰らったお前が何を言う!』

キャナル『……そうね。否定は出来ない。
あの時は仕方なかった……と言っても、言い訳にもならないでしょうから。
でもね、私はあんな事はしたくなかった。したくなかったの……』

──共に大切な思い出を作ってきた、大切な人を消したくはなかった。
けれど、あの時の未熟な私にはどうしようもなくて──

ダークスター『愚かな! 人間など我らの力となるだけの糧だ!
そのような者達がどうなろうと構わないではないか!』

キャナル『わかって貰おうとは思っていません。
元々私と貴方は、作られた理由が真逆なんだもの』

一方は、とある時代に宇宙で起こった、大きな戦争に勝利する為の虐殺兵器として。

かたやもう一方は、その兵器のあまりの威力に数を激減させた人類が、その悪夢とも言える虐殺兵器に対抗する最後の希望として。

殺す為に殺す力を授けられた戦艦と、救う為に殺す力を授けられた戦艦……

キャナル『でもね。
だからこそ私は。
今の私には、サイ・コード・ファイナルを貴方とは違う使い方が出来る!』

ダークスター『ぐ……っ!』

キャナル『貴方は人を……そして自分の力のすべてを、ただ奪う為だけにしか使えなかった。
けど』

ダークスター『ヴォル……』

キャナル『けど私は……
ううん。成長した今の私とケインは、与える為に。
与え合う為に使うの!』

──大切なものを守る為に。
未来を切り開く為に……!──

ダークスター『ヴォルフィードォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』

────────────────────────────

光が止んだ。

恵「……!」

ようやく目を開く事が出来た時、恵は感じた。

船に……『ソードブレイカー』に、力が満ち溢れている。

特に何か見た目が変わった訳ではない。船体など、物理的なものは相変わらずガタガタだろう。

だが、わかったのだ。

キャナル「全エネルギー90%、運動性85%、リープ・レールガンの残弾数七発まで回復!
サイ・バリア及びプラズマ・ブラスト、使用可能になりました!」

ケイン「おっしゃあ!」

コクピットに、キャナルとケインの歓声が響く。

キャナル(──アリシア、見てる?
ケインは強くなったよ)

かつて彼は、恐怖に呑まれそうになった事がある。憎悪に負けて破滅しそうになった事もある。

──辛い横顔も、見てきたわ──

それでも生き抜いて、乗り越えて。ケインは真の強さを身に付けた。

悠久に近い時の中で、発動させた誰もが呑まれ・喰われてきた、サイ・コード・ファイナルすら使いこなすほどに。

キャナル(そして、この時代に来てケインは更に成長した)

今の彼は、過去の誰よりも・どの時よりも頼もしい。

ケインが発し、『ソードブレイカー』に充満して力となったエネルギーも、前回と比べてすら圧倒的な激しさの純度と密度だ。

恵や澪と関わり、彼女達の心や強さに触れ。キャナルのマスターは更に進化した。

前回の『ダークスター』との決戦では、生きて『帰る』と言う目的はまだ果たせていない。

キャナル(でも)

ケイン(今こそそれを果たす!)

そしてその瞬間こそが、ケインが今も憧れ・尊敬し続けるアリシアを真の意味で超える時なのだ。

ケイン「一気にカタをつけるぜ! 最大船速だっ!」

キャナル「はい、マスター」


ギュンッ!


恵「!」

違う。さっきまでとは明らかに。

ディスプレイに映る敵の動きが、酷く緩慢に見える。

『ダークスター』の性能が落ちたと言う訳ではないのに。

ダークスター『グォォォォォォォォォ!』


ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァッッッ!!!!!


ケイン「遅え!」

『ダークスター』の豪雨のようなサイ・ブラスターの連射を、ケインは間を縫うように避けて行く。

もちろんこんなもの、半壊して船体が小さくなっているとは言え、戦艦の動きではない。

ダークスター『馬鹿な!』

ケイン「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ダークスター『な、ならば!』

そのまま突進してくる『ソードブレイカー』に、『ダークスター』は変わらずサイ・ブラスターの連射を……

──いや!

ケイン「!」

ケインは慌てて進路を変えた。

ダークスター『何だとっ!?』


ガクンッ!


恵「っぐぅっ!」

ほとんど直角の方向転換の為、さすがに今回ばかりは慣性中和システムも働かず、
激しいプレッシャーが『ソードブレイカー』を襲う。

恵がバランスを崩すが、全力で椅子を掴み、すんでの所で倒れる事は免れた。


ドォォォンッ!

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!


サイ・ブラスターの海の中に、別の兵器の玉が混じっていた。

リープ・レールガン。

着弾した場所の、半径50メートルの空間を転移させるロストシップ必殺兵器の一つ。

その範囲内にある物すべてを問答無用で別の空間へ転移させるそれは、
その特性故にどんなバリアも通用せず、避ける以外に対処法はない。

ケインがあのまま突進を続けていたら、
今のリープ・レールガンの攻撃に巻き込まれて船体をえぐられ、撃沈させられていただろう。

恐らく、今の状態の『ダークスター』が使える中では、これが最強の武器。

ケイン「サイ・ブラスターを目くらましにしてとは、面白いじゃねえか!」

ダークスター『おのれ、おのれっ、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

『ダークスター』はなおもリープ・レールガンを含めた攻撃を仕掛けて来るが、焦りからか狙いが甘い。

もはや、『ソードブレイカー』には危ない場面もなかった。

ダークスター『ヴォルフィードッッ!
ケイン=ブルーリバーッッッ!!』

やがて玉が尽きたのか、『ダークスター』の攻撃からリープ・レールガンは無くなった。

ケイン「いけっ!」


ドウンッ! ヴァヴァヴァッ! ドウンッ!


隙を付き、逆にケインがサイ・ブラスター数発と、リープ・レールガンを時間差で二発撃ち込んだ。

最初に、リープ・レールガンの一発が『ダークスター』へ。

ダークスター『ぐっ……!』

それは難なくかわす『ダークスター』。

続けて、その回避方向を予想してのサイ・ブラスターが到着する。

直撃コースだ。

ダークスター『おのれっ!』


ブウンッ!

バシィッッ!!!


これは、ロストシップが誇る円形の鉄壁の盾、サイ・バリアで防ぐ。

そこへ……


ドォォォンッ!

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!


ダークスター『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

間髪入れずに二発目のリープ・レールガンが直撃し、サイ・バリアごと『ダークスター』の居る空間を転移する!

ケイン「おぉぉぉぉぉぉっ!」

そして船体のほとんどをえぐり取られ、もがく『ダークスター』との距離を詰め、

キャナル「射程距離内に入りました!」

キャナルの声が船内にこだまする!

ケイン「キャナルっ! ブーストチップ射出!」

キャナル「ブーストチップ射出!」

『ソードブレイカー』から猛スピードで六基のチップが射出され、周りに正六角形の位置で動きを止める。

ケイン「サイ・バリア展開!」

キャナル「はいっ!」

そのまま展開したバリアが触れた瞬間、ブーストチップが青白い輝きを放つ。

ケイン「とどめだ!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!


ダークスター『!!!』

ケイン「プラズマ・ブラスト、発射ッッッ!!!!!」

サイ・バリアから十を超えるプラズマの腕が伸び、蒼く輝く光の柱が放たれた!


ダークスター『うぉぉぉっ!?』

光の柱が『闇』を呑み込む!


ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!


それは、『ソードブレイカー』最強の一撃。

ダークスター『ヴォルフィードォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……』

キャナル以外には聞こえないはずのその断末魔は、確かにケインと恵の耳にも届いていた。

────────────────────────────

『ダークスター』は気付いていたのだろうか。

サイ・コード・ファイナルを発動させた『ソードブレイカー』の力に恐怖した『ダークスター』は、
それまで温存していたリープ・レールガンの連射をし始めた。

しかし初撃こそ良かったものの、それをかわされてより焦りを募らせた後は、
ほとんど一発狙いで無駄撃ちとしか言えない使い方しかしなかった。

それをせず、冷静に狙ってさえいればもっと逆転のチャンスはあったのだ。

性能は回復しても船体は半壊したままだった『ソードブレイカー』には、
バリア無効の上に破壊力のあるリープ・レールガンを、一度でも直撃させられていれば勝てていたはずなのだから。

『ダークスター』は『ソードブレイカー』の力を恐れるあまり、わずかな逆転の芽を自身で摘んでしまったのである。

……いや、更にその前。

完璧だと思っていた自分の束縛から抜け出した、澪の……人間の未知の強さに怯え、焦りを覚えなければ。

恵が、憑依された澪にいくら呼びかけても効果が無い事に絶望するか、
そもそも『ダークスター』内部に侵入した時に恐怖に呑まれていれば。

より多くの負を喰らう為に少々欲をかいてしまったとは言っても、とっくに決着はついていたのだ。

気付いていたのだろうか。

『ダークスター』は、己が糧としている恐怖などの負の感情に……

そして、それに打ち勝った人間達に敗れたのだと。

────────────────────────────

恵「終わった……んですか?」

プラズマ・ブラストの光も『ダークスター』の姿も完全に消えた後、恵が呟くように言った。

ケイン「ああ。終わった」

それで緊張の糸が解けたのか、ケインがシートに浅く座り直し、体を脱力させる。

恵「よ……よかった……」

ケイン「さて、今地球は何時だ? まだ日は回ってないよな?」

キャナル「そうね。そんなに遅くはないわ」

ケイン「まず恵達を地球に送っていかなきゃならねぇが……」

キャナル「門限とかはあるのかしら?」

と、二人は恵を見る。

恵「あ、いえ。特に無いです」

しかし、激闘が終わったばかりだと言うのに、すぐに次の事を考え始めるのはさすがである。

恵(こう言うのを百戦錬磨って言うんでしょうね……)

正直、恵はこのままこの場に倒れ込んでしまいたかった。

ケイン「あと、オレ達の世界に帰る方法がわかったって言ってたな。
それは?」

キャナル「簡単に言うと、前回の私達と『ダークスター』との戦闘の余波が変な風になって、時空が歪んだのね」

そのエネルギーの大きさもあるけれど、
それよりも何よりも、『ソードブレイカー』と『ダークスター』が全力でぶつかったから──
キャナルが言った。

最高位のロストシップ同士の激突が、不可思議な奇跡を作り出したのだった。


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最終更新:2012年12月28日 02:48