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梓「私が部長……ですか」

さわ子「当然そうなるわね」

梓「そうですよね。軽音部は私1人になっちゃった訳ですし」

さわ子「ああ……私のティータイムが」

梓「何言ってるんですか。ティータイムどころか今年部員が入らなかったら廃部ですよ」

さわ子「そうなのよねぇ」

3月中旬のある日、私はさわ子先生と軽音部のこれからについて話し合っていた。
先輩達が卒業したため現在の部員数は聞いてのとおり。
1年近く前からわかっていたことだけどいざ直面すると不安が増すばかりだ。

そう、廃部の危機である。


梓「先生どうしましょう」

さわ子「祈るしかないわね」

梓「えぇ……」

さわ子「勧誘したって最後に決めるのはその人自身だからこればっかりはねぇ」

梓「そうですよね……」

さわ子「……なんだか2年前を思い出すわ」

梓「2年前?」

さわ子「ええ、りっちゃん達も廃部の危機に晒されてたのよ」

さわ子「まあその時は3人目まではあっさり見つかったんだけどね」

さわ子「でも諦めなかったから今ここに軽音部があるのよ!」

梓「はい!」

さわ子「というわけで祈るのよ!」

梓「……」

梓「あ! そうだ! 新歓ライブを成功させればきっと新入生が入ってきてくれ……」

そこまで言ってから去年の新歓ライブを思い出してしまった。
私の中では手応えのある演奏ができたけど実際に軽音部へ来た人はいなかった。
それに……

梓「そういえば今年は私1人でした。バンド形態でライブできないです……」

さわ子「そうなのよねえ」

さわ子「それでも新歓で何かしらしないと部員集めはさらに難しくなるわ」

梓「はい……」

さわ子「あら、もうこんな時間。それじゃ私はそろそろ行くけど……」

梓「……」

さわ子「元気出しなさい。あの子達が作ってくれた部活を残したいんでしょ?」

梓「はい」

さわ子「私も何か考えておくから。梓ちゃんも練習サボっちゃだめよ」

梓「そんなことしません! 唯先輩じゃあるまいし」

さわ子「ふふ、そうよね」


それからは暇があればギターの練習と新歓ライブで何をやるかを考えていた。
けれどいい案は浮かばず蕾だった桜がいつしか七部咲きになってしまう。
結局1人で弾き語りをするくらいしか思いつかなかった。
気が気でない私はもう1度さわ子先生に相談するため学校へ行くことにした。

梓「失礼します」

さわ子「あらいらっしゃい。何かいい案は思いついた?」

梓「……」

さわ子「……そう。もうだめかもしれないわね」

梓「そんなっ!」

職員室で声を荒げてしまう。

さわ子「とりあえず部室に行きましょ」

先生はそう言って立ち上がると部室に向かっていった。


さわ子「さて」

梓「……」

さわ子「ごめんね梓ちゃん」

梓「え?」

さわ子「ちょっとからかおうと思っただけなのよ。実は策を考えてきたわ!」

梓「本当ですか!」

さわ子「ジャーン! これを見て!」

先生は私にCDを見せた。
これが策?

梓「これは?」

さわ子「聞いてみればわかるわ」

先生が隣の音楽室からCDプレーヤーを持ってきてCDを再生してくれた。
スピーカーから最初に流れてきたのは機材をセッティングするような文字通りの雑音だった 。
おまけにハウリングまで。それから……

  『うわっとっと!』


梓「え……」

聞き覚えのある声がした。

  『びっくりした……コホン、あずにゃん元気?』

梓「唯先輩……?」

  『さわちゃんからあずにゃんが困ってるって聞いたから私達も出来る限り協力しようと思って』

私達?

  『梓ー! 私のドラム聴いて元気出せよな! いつもより走って行くぜ!』

  『やめい! ……あ、演奏とコーラスを録音するからもしよかったら使ってくれ』

  『梓ちゃん、新歓頑張ってね。そうそう、唯ちゃんはサイドギターのパートを全部覚えたのよ』

  『えへへ~ほめてほめて』

足音が入る。多分演奏の準備をしているんだろう。

  『えっと、一応4曲分入れておくからな』

  『それじゃあ……』

  『……あ、そういえば憂が今度遊びに行きたいって言ってたよ』

知ってる。この前メールしたから。

  『それから……』

早くしろよ! と少し小さい声が入る。

  『えーでもCDって70分くらい録音できるんでしょ?』

そんなに録音したいなら演奏後にしろよ、と小さい声。

  『じゃあ……』

ここでトラックが切り替わってふわふわ時間の演奏が始まった。
その後はカレーとホッチキスとふでぺんの演奏。
最後に……

  『どうだった? 私うまくできたかな?』

  『唯にしては上出来じゃないか』

  『律もあんまり走ってなかったな』

  『というわけでうまくできました』

  『あずにゃん! メインギターは任せたよ!』

  『せーのっ、頑張れあずさー!!!!』


CDはここで終わった。

さわ子「みんなにお願いしたら快く引き受けてくれたわよ」

梓「そ、ですか」

涙をこらえるのに必死で言葉が詰まってしまった。

さわ子「新歓ライブはこれをかけて梓ちゃんのギター+歌ってことでどうかしら」

梓「もちろんです」

さわ子「よかったわね」

梓「ていうかやるなら私にも連絡してくださいよ!」

さわ子「おおぅ」

梓「それに今日だって会っていきなり、もうだめかもしれないわね……じゃありませんよ!」

さわ子「ごめんごめんつい」

梓「まったくもう……」

さわ子先生に怒っているからじゃなくて、嬉しさがこみ上げてきて言葉が溢れた。
何て言うか……ありがとうございます。


やることが決まったので後はひたすら練習の毎日。
リードギターは前から練習していたから歌を重点的に。
春休み中には憂と純をカラオケに誘って練習したりもした。
ちなみに新歓ライブで与えられた時間は10分。
2曲分とMCでぴったりな時間だ。

さわ子「ところで梓ちゃん」

梓「なんですか?」

さわ子「この2曲を選んだ理由は?」

梓「理由ですか……1曲目は私が軽音部に入るきっかけになった曲だからですね」

梓「2曲目は……やっぱり我らが軽音部といったらコレだと思ったので」

さわ子「なるほどね」

  『次は 軽音楽部による……』

さわ子「頑張ってね!」

さわ子「部員が入らなかったら梓ちゃんしか衣装を着せる人がいないんだからね!」

梓「……さーがんばるぞー」


1人で立つ舞台は広くて寂しくて不安だった。
初めての事だから余計にそう感じるのかも。
でもそんなことは言ってられない。
ここでうまくいかなければ今年の学園祭は1人で立つことすら出来なくなる。

幕が上がると同時にCDが再生される。
不安と緊張を振り切るように思いっきり演奏して歌った。
練習のおかげかいつも以上の演奏が出来たかもしれない。
そんな事を考える余裕があるのは頼もしい伴奏のおかげかも。
ふう、と一息入れてから新入生に挨拶する。

梓「新入生の皆さんこんにちは。軽音部です」

梓「軽音部は先輩が卒業してしまったので現在は私1人なんですけど……」

無難な言葉を紡ぐ。
こんな言葉で軽音部の楽しさが伝わるか不安だったけれど私の過ごした2年間の思いを込めてみる。
言葉で伝わらない部分は演奏で……ってそんなにうまく行ったら苦労しないよね。
あとは唯先輩のようにボケないよう気を付けて締めくくる。

梓「……なので、気軽に入部してください」

舞台袖に合図を送る。
スティックのカウントが響き、私もギターの演奏に入る。
それからはがむしゃらに演奏した。
後でさわ子先生に出来を聞いたら文句なしと言ってくれた。


新歓ライブは成功したと思う。
思うんだけど……

梓「……誰も来ない」

さわ子「まあまあ、まだ時間はあるわよ」

そう言って先生はカップにお湯を注ぐ。
このティーカップとティーパックは新学期早々先生が持ち込んだものだ。

梓「何をのん気な……」

さわ子「梓ちゃんはよくやったわよ。後は……祈る!」

だめだ……
私は飲みかけの紅茶を空にして立ち上がった。

梓「勧誘のチラシ配ってきます」


そんな私の努力も虚しく日にちが刻一刻と過ぎてゆく。

憂「おはよう梓ちゃん、大丈夫?」

梓「あ、憂」

憂「なんか顔色悪いよ?」

梓「そう?」

純「おはよう。確かにクマ出来てるよ?」

梓「うそっ」

憂「……」

純「……」

憂「今日も勧誘するの?」

梓「もちろん」

憂「あんまり無理しないでね」


放課後は部室にいる時間を惜しんで勧誘してるのに……

梓「軽音部でーす。よろしくお願いします」

今日も手応えは感じられない。
太陽はとっくに傾いている。
この時間だと部活に入っている生徒しか残ってないだろうな。
仕方ないので余ったチラシを持って部室に戻る事にした。
部室の扉が心なしか重い。

憂「おかえり梓ちゃん」

純「その様子じゃまた駄目だったのね」

憂「純ちゃん! ほら、梓ちゃんも一緒に紅茶飲もうよ」

梓「憂、純……どうしたの?」

純「梓が1人で寂しがってると思って見学にきたの」

憂「もー純ちゃんってば。ほら、座ろ?」

梓「あ、うん」

何て言うか、家に帰った時みたいな感じがした。


憂「新入部員入らないんだ……」

梓「うん……」

純「新歓ライブよかったのに」

梓「ありがと。でも駄目みたい……うあ~」

憂「……純ちゃん」

純「仕方ない」

梓「?」

純「新入部員2名追加で」

梓「……え」

憂「私達軽音部に入部することにしたの」

梓「へっ」

純「はい、入部届け。ありがたく受け取りなさい」

梓「いいの?」

憂純「もちろん!」

純「担任も宣伝してたじゃん」

私達の担任であり軽音部の顧問の先生は
「3年生からでも遅くないわよ」
とか言ってホームルームで受験生に部活を勧めてきていた。

梓「でも……」

憂「あ、やっぱり私達じゃ駄目かな」

梓「ううん、そんなことないけど悪いよ……」

純「気にしすぎだって。それに言ったでしょ、誰も入らなかったら私が入ってあげるって」

梓「でも澪先輩もういないよ?」

純「仕方ないから梓で我慢してあげるよ」

梓「こわっ」

純「おい」

憂「これからよろしくね梓ちゃん!」

梓「2人とも……ありがとう!」

梓「でもそれなら去年から入ってくれても」

純「それはほら……ねえ?」

憂「ねえ?」

梓「? まあいいや。よーしこれであと1人だー!」

憂「おおー!」

純「おおー!」

梓「あ、そういえばみんなパートはどうするの?」

純「私ギターやりたい」

憂「私もギターやってみたいな」

梓「憂なら即戦力だよ」

憂「そんな事ないと思うけど……」

純「私もギターを……」

憂「さっそくギター買いに行かなきゃ」

梓「それはちょっと待って」

憂「どうして?」

梓「楽器を買うのは部員が集まってからにしよう」

憂「……そっか、わかったよ」

純「私もギター……」

梓「純はベースね」

純「うん」

梓「あとはこれ」

憂「これは……楽譜?」

梓「うん。ふわふわ時間の楽譜」

純「ふわふわ……ああ、なんとなく思い出した」

梓「もし廃部になるとしてもせっかくだからこれはやっておきたいと思って」

憂「梓ちゃん、これって」

梓「新入生用にコピーしておいたんだけど無駄にならなくてよかった」

憂「梓ちゃん……」

純「……よし! さっそく練習したいけど……今日はベース持って来てないんだよね」

梓「だよね」

純「という訳で明日から頑張るぞー!」

憂「おー!」

梓「おー!」


練習と勧誘とたまにまったりティータイム。
1人の時より忙しくなった気もするけど久しぶりに部活を楽しめてる。
軽音部……こんな感じだったよね。

憂「どうかな梓ちゃん」

梓「どうもこうも憂って前からギターやってたの? ってくらいだよ」

私の貸したむったんをまるで自分のもののように扱うオールラウンダー憂。
憂ならドラムでもよかったかも。

純「くそう……私のほうが出来ると思ったのに」

梓「純も普通にうまいよ」

純「普通には余計。あとは弾きながらコーラスが出来ればねぇ」

憂「コーラスって楽しいよね~! みんなで歌ってる感じがするよね」

梓「ああ、わかるわかる」

純「いーつもがんーばーる」

梓憂「いーつもがんーばーる」

純「きーみのよこーがーお」

梓憂「きーみのよこーがーお」


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最終更新:2013年01月01日 02:23