澪「あぁ、ついに明日からロンドンかぁ」
澪「楽しみだなぁ」
澪「でもそんな旅行を最大限に楽しむためにも、ちゃんと準備をしないと」
澪「備えあれば憂いなしって言うし、何かあってからじゃ遅い」
澪「とりあえず、お腹痛くなっても大丈夫なように正露丸はいるだろうな」
澪「あと、湿布に包帯、バンドエイド」
澪「律や唯がはしゃいで転んだりするかもしれないし」
澪「それに虫除けスプレーもあれば何かと役に立つかもだし
携帯用トイレもあった方がいいよな」
澪「で、なんといっても自分の枕
部屋が変わるとナイーブな私は寝れなくなっちゃうから
せめて枕は自分のものじゃないと」
澪「あと、それから……」
翌朝
律 ピンポーン
律「あ、おばさんおはようございます。澪の準備できてますか?」
律「長野原の方のみおちゃんじゃなくて」
律「ええ、長野原の方のみおちゃんじゃなくて
あ、ですから、長野原の方のみおちゃんじゃなくてですね」
律「あの~だからですねー、日常の長野原の方のみおちゃんじゃなくて」
律「ですから、長野原の方の……。
あ、いいですいいです。なんでもないです。はい、すみません」
律「……」
ガチャ
澪「じゃあ、行ってくるねママ」
澪「おはよう、律」
律「はよーん! 長野原じゃない方の澪ちゃん」
澪「んん?」
律「あ、だから、日常の長野原じゃない方の……いや、もういいや」
澪「なんか律のテンションおかしくないか?」
律「当たり前だろ。なんたって初海外だぞ! テンション上がらないほうがおかしいだろ!」
澪「まったく……。その調子で皆に迷惑かけるなよ」
律「わーってるって。じゃあ、駅に向かってしゅっぱ……」
澪 ガラガラガラ
律「って!? スーツケース3つ!?」
澪「この旅行を楽しむために必要な物を選んでたらこれだけの量になったんだ」
律「いや……持ってきすぎだって」
澪「何かあってからじゃ遅いからな。それにこれでも吟味して必要最低限のものに絞ったんだ」
律「そんなに心配しなくても大丈夫だって」
澪「旅行を、海外をナメるな!
その気の緩みが大切な一生の思い出になるはずだったものに傷を付けるんだ!」
澪「ああすればよかったのに……。って後悔したって初海外は戻ってこないんだぞ!」
律「まぁ、澪がそこまで言うんだったら……」
澪「じゃあ、律はこっちお願い」
律「は? なんで澪の荷物を私が?」
澪「さすがにひとりで3つは無理だし」
律「でも、自分の荷物だろ」
澪「はぁ……。お前は何もわかっちゃいないな」
律「な、何がだよ」
澪「自分だけのためならこれひとつでも余るくらいだよ。
私は皆が旅行中に不便な思いをしないようにと考えてこれだけの量の荷物になったんだ」
律「まぁ、それはありがたいけど」
澪「だから、むしろ私がひとつで律が3つコロコロと持っていくのが普通なんだけど
3つはさすがに可哀相だから、私が妥協して2つずつコロコロと持って行こうって話じゃないか」
律「なんかおかしい気がする」
澪「ほら、早く行かないと待ち合わせ時間に遅れるぞ」
律「あ、待てよ。って、一番重そうなの残していくなよ!」
… … …
律「はぁ……、着いた……」
澪「まだ唯と梓は来てないみたいだな」
律「あのさぁ~」
澪「なに?」
律「いくら用意周到にしといた方が良いっても
いったいこれだけの量何持ってきたんだよ」
澪「まずはお腹痛くなっても大丈夫なように正露丸だろ」
律「うんうん」
澪「あと、怪我した時のための湿布に包帯、バンドエイド」
律「うんうん」
澪「なんかは現地でその都度調達すればいいかなって思ったから
持っていくものリストから全部外して」
律「うんう……。うん?」
澪「とくに、薬とかはあっちの税関やらで面倒臭そうだし」
律「じゃあ、何を持ってきてこれだけの量に……」
澪「全部ぬいぐるみだよ」
律「……は?」
澪「せっかく海外に行くんだから、私の可愛いぬいぐるみたちにも
その楽しさを分けてあげないと可哀相だろ?」
律「これ、全部ぬいぐるみなの?」
澪「まず、お気に入りのウサちゃんは当然として」
澪「最近人気に陰りが見えてきたコアラさん
そのコアラさんと入れ替わるように頭角を現してきたペンギンさん」
澪「それから、人間の脳髄を好んで啜ってそうな、なんだかわからないさんと
スパイスが効きすぎたトラさんに絶好調な星さん」
澪「で、あとは……」
律「いや、別に何持ってきたかとか聞いてないから」
律「あと、途中で言ってた乳酸菌塗れっぽいのはペンギンじゃなくてツバメだから」
澪「いや、ペンギンだろ」
律「う~ん……。まぁ、そうなんだけどさぁ……」
澪「もしあれをツバメと言い張るんなら
今度からお前のことを巨乳ちゃんって呼ぶからな」
律「訳わかんないし。しかもなんかちょっと屈辱的だし」
律「ってか、あれだけ皆のためとか言っといて
結局全部自分のためじゃねーかよ!」
澪「私、夜はぬいぐるみに囲まれてないと安心して眠れないんだよぉ」
澪「だから、あっちのホテルで眠れない日々が続くと寝不足になって体調を崩して
結果皆に迷惑かけちゃうかもしれないだろ」
澪「そういう意味でも、これは旅行中皆が楽しく過ごすためにとても大事なものなんだ」
律「まぁ、わかるようなわからないような……」
澪「もしかしたら私はぬいぐる症かもしれない……」
律「なんだそれ……」
澪「こんな歳になってまでひとりじゃ寂しくて寝れないなんて
なんだか自分が情けないよ……」
律「澪……」
澪「笑いたければ笑えばいいよ……」
律「あのさ、澪。こんな事言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……」
澪(あ、なんかいっぱい喋ったから喉渇いたな。あっちの自販機で何か買ってこよ)
律「ロンドンのホテルでは私たち同じ部屋なんだから、そのさ……」
律「ぬいぐるみなんか無くったって私が一緒に寝てやるって!」
律「って、あれ? 居ない……」
唯「おーい、りっちゃーん、おはよー」
律「ああ、おはよ……」
唯「あれ? なんか元気ないね」
律「ん? ああ、ちょっとな」
唯「てか、なんか荷物多くない?」
唯「あ! もしかして、りっちゃんスーツケースに弟くん詰めて持ってきたとか!?」
唯「あ~も~。だったら私も憂持ってくればよかったよ~」
律「怖いこと言うなよ! んなわけねーだろ!」
律「私のはこれ1個。あとは全部澪のだよ」
唯「ってことは、あと3つあるからひとつは澪ちゃんの着替えとかとして……
あと2つは澪ちゃんのお父さんとお母さん!?」
律「だから違うって! ちょっした事件になっちゃうだろ、それじゃ」
唯「えへへ、なんか変にテンション上がっちゃって
もうボケずにはいられない! みたいな」
律「まぁ、その気持はわからないでもないけどな」
梓「おはようございます先輩」
唯「あ、あずにゃんおはよー」
律「よっ、梓」
梓「なんか荷物多くないですか?」
唯「澪ちゃんのらしいよ全部」
梓「いったい何を持ってきたらこれだけの量に……」
律「ぬいぐるみらしい」
梓「これ全部ですか!?」
律「なんでもぬいぐるみに囲まれてないと安心して眠れないんだと」
梓「意外でした……」
唯「可愛いよね」
梓「それにしてもこれだけの量だと移動も大変そうですね」
律「そうなんだよ。実際澪んちからここまで苦労したしな」
唯「ところでその澪ちゃんは?」
律「いや、なんか気づいたら居なくなってて……」
澪「お、みんな揃ったな」
唯「澪ちゃんおはよー」
梓「おはようございます、澪先輩」
律「お前急に居なくなって、どこ行ってたんだよ」
澪「いや、喉渇いたからあっちの自販機で何か買ってこようと思ってさ」
律「それならそう声かけてくれればいいのにさ……」
澪「なんか律が急にモジモジしてボソボソ喋りだしたもんだから
うわぁ……こいつ気持ち悪いなぁ……
って思ってとりあえず放置しとこうかなって」
律「酷い扱いだ……」
澪「そんなことよりちょっと聞いて聞いて」
梓「どうしたんです?」
澪「あっちの自販機にさ、お金入れても相性が悪いのか何度も何度も戻ってきてね」
澪「なんでかなぁ~って小銭確認したら、それが薄めの石でさ~」
律「なんで財布に石入ってんだよ……」
澪「私それに気づくまで薄めの石を何度も何度も投入してたんだと思うと
なんだか可笑しくなってきちゃって」
澪「自販機にしてみれば、お前何時代の人間やねん! って話だよな」
澪「はじめ人間ギャートルズでも、もうちょっとましな石のお金持ってるだろうし」
梓「いつになく澪先輩が饒舌だ」
唯「なんか澪ちゃんも荒ぶってるねぇ」
律「今日は初っ端からこんななんだよ……」
梓「ところで、澪先輩。この荷物全部ぬいぐるみって聞いたんですけど」
澪「ああ、そうなんだ。よかったら梓も寝る時に貸してやろうか?」
梓「いえ、私は大丈夫です」
澪「遠慮するなよ。あれだったらこのバッグごと貸してあげるから」
梓「け、結構です……」
律(こいつ、梓にも自分の荷物運ばせるの手伝わす気だ)
梓「そ、それよりもそろそろ電車来るんじゃないですか?」
律「だな、ぼちぼちとホームに上っとくか」
律「よ……っと!」
唯「スーツケースだとホームに上るだけでも一苦労だね」
梓「ですね」
澪「こんなに持ってこなきゃよかった……」
律「今更かよ……」
唯「ところで澪ちゃん」
澪「なんだ? ぬいぐるみだったらいくらでもこのバッグごと貸すぞ」
唯「じゃなくて、これ全部ぬいぐるみってことは
澪ちゃんの着替えとかは持ってきてないってことなのかなって思って」
律「さすがにそんな訳ないだろ」
澪「あ」
梓「え?」
律「お、おい。まさか……」
澪「どどど、どうしよう律。準備はしてたんだけど、持ってくるの忘れちゃったよぉ~」
律「どうしようたって……。そろそろ電車来るし……」
プップ~
梓「あれ? あの車なんでしょう?」
澪「うちの車だっ!」
唯「澪ちゃんの着替え届けてくれたのかな?」
澪「ちょっと行ってくる!」
梓「はぁ~、よかったですね」
律「けど更に荷物が増えるわけだが……」
澪「みんな~。私のその荷物こっちまで持ってきてくれないか」
梓「どうしたんです?」
澪「いや、せっかくだから、家に持って帰ってもらおうと思ってさ」
律「いやいや、必要だから持ってきたんじゃないのかよ。夜寝れないんだろ」
澪「って言っといて、持って行かない~」
律「……」
澪「その辺はあくまで私の自由だからな」
唯「あ~、自由って素晴らしいよね~」
澪「ああ、私は自由が好きなんだ」
律「ただの我儘を自由なんて表現でぬるくするなよ」
澪「なっ! 我儘じゃないぞ! むしろぬいぐるみを持って行かないことは
逆に大人になるために必要なことなんだ!」
澪「なんとかひとりでも寝れるようにこの旅行中に挑戦するんだ!」
唯「澪ちゃん偉い!」
律「都合のいいこと言いやがって
持ってくのが面倒になっただけだろ」
梓「まぁまぁ、律先輩。これで荷物も減るわけですし」
律「それもそうか」
澪「この私の英雄的な決断に救われたな」
律「お前が言うなって」
唯「あ、電車来たよ」
律「よ~し! じゃあムギの駅に向かってしゅっぱ~つ!」
… … …
『終点~ムギの駅~ムギの駅~』
律「いやぁ~。ムギの駅に着いたなぁ~。
まぁ、ムギの駅って駅名はどうかと思うけど……」
澪「電車通学がしたい娘の希望を叶えるために家の近くに駅を建造させて
そこまで線路を延長させちゃうんだもんな」
唯「お金持ちはスケールが違うねぇ」
梓「きっとこの鉄道会社の大株主だったりするんでしょうね」
紬「みんな~」
律「よっ、おはようムギ」
紬「ごめんね、うちのプライベードジェットが使えないばっかりに
狭くて小さいエコノミークラスに乗ることになっちゃって」
紬「本当なら大丈夫だったはずなんだけど
急にアラブの石油王の接待が入っちゃってどうしても駄目だったの……」
梓「気にしないで下さい。ムギ先輩」
紬「でも、こう言うのもなんだけど
私、一度でいいからエコノミークラスに乗ってみるのが夢だったのぉ~」
律「親友にこんな並外れた金持ちが居るっていうのに
ちゃんと自分たちで旅費を出すんだから、私たちはとんでもない良識派だよな」
澪「まぁ、ムギからしたらこれくらいは端金だろうし
普通だったら、なんとなく出してもらえそうだもんな」
唯「もう! りっちゃんも澪ちゃんもそんなこと言っちゃダメだよ!」
唯「私たちは常に対等な間柄だからこそ強い絆で結ばれているんだよ!」
梓「唯先輩がまともなことを……」
律「ところで唯。ギターの代金ムギに返したのか?」
唯「ムギちゃん! その荷物持つよ!」
紬「ありがとう。でもすごく重いわよ?」
唯「うをっ!? いったい何が入ってるの? これ」
澪「いいかげん返せよ」
梓「まぁ、私たちもムギ先輩のおかげで部室ではタダで飲み食い出来てる訳ですけどね」
律「よし! 皆でムギの荷物を運ぼう!」
澪「なんてったって私たちは親友だからな!」
紬「別に気にしなくていいのに」
澪「じゃあ、もし不況の煽りをくって会社が倒産しちゃっても返せとか言うなよ?」
梓「澪先輩、ちょっと一言多いです」
最終更新:2013年01月06日 01:53