澪の誕生日を明日に控えて、律は憤懣やる方ない思いに襲われた。
電話を終えたばかりの澪へと向けて、滾る不満に衝かれたまま口を尖らせる。
「何で、断ってくれなかったの?」
当然のように、明日は一緒に過ごすものだと思っていた。
その思惑は、先程、和から澪に掛かってきた電話が発端となり砕け散ってしまった。
和が急遽、明日の誕生日に合わせたイベントとして、
秋山澪ファンクラブの為のライブを依頼してきたのだ。
当初、律は澪がその依頼を断ってくれるものだと思っていた。
だが期待に反し、澪は二つ返事で承諾してしまっている。
「しょうがないだろ?ファンあっての、バンドなんだぞ?
ファンは大事にしていかなきゃならない。
それに友達だって、大切にしたいしな」
その友達とは、明らかに和の事を指している。
和の依頼を優先させた事も、律にとっては気に障る要素だった。
「でも、こんな急にだなんて、非常識だもん。
飛び込みなんて断って、カノジョの私を優先してよ」
「私に張り付いて、耳をそばだててたんなら分かるだろ?
前々からファンクラブの会員の間では、
ハロウィンとかクリスマスとかでのイベントライブを、望む声が多かったんだよ。
でも和は、そういう特別な日は私と律のデートを邪魔したくないからって、
見送ってきてくれたんだ」
律が澪と和の電話に不審を感じて、耳を寄せた時には交わされていなかった話だ。
だが、そういった事情がある事くらい、律も知っていた。
その事で和に礼を表す澪の姿は、律も幾度となく見てきている。
ただ、律は澪と違い、和に感謝する気にはなれなかった。
どうしても和の取り成しのもと、自分達の思い出が作られているとは認めたくなかったのだ。
「でも、ファンクラブったって、向こうが勝手にやってる事じゃん」
律の抗議に、澪は首を振った。
「そのファンクラブにチケット捌くの頼んでるんだから、
勝手にやってるって論理は通用しない。
いつまでもファンクラブの声を無視するんじゃ、一方的に利用しているみたいだよ。
それに、今回は和の方でも、今までよりも強い圧力が掛かってる。
そこは、律も聞いていただろ?
曽我部先輩も、圧力を掛けてきているんだよ。
今回ばかりは、和の力になってやらないと」
澪の言う通り、曽我部恵の件は律の耳にも入った部分だった。
恵は単に秋山澪ファンクラブの創設者であるというだけではなく、
和にとっては生徒会でも先輩に当たる人物だった。
その為か、今でも和は彼女に対して中々頭が上がらないらしい。
そういった事情を理解してなお、律は不満で仕方がなかった。
自分よりもファンや和を大事にしているのではないか、その懸念が拭えない。
律の不満を表情から感じとったのか、澪が宥めるような声で続けてきた。
「機嫌直せよ、律。
ハロウィンもクリスマスイブも大晦日も新年も、
ファンの声に応えずに私達は二人きりで過ごしたじゃないか。
そろそろ、応えないと不味いタイミングなんだよ。
そうだ、律も入るか?私のファンクラブ。
そうすれば、明日だって一緒に過ごせるぞ?」
何も分かってない、その怒りが律の頭に血を上らせた。
「和なんかが会長やってるファンクラブなんて、嫌だよ。
私、そこの誰よりも澪の事分かってる。
なのに和より下で、
見てくれだけでファンやってるミーハーな面々と同格だなんて、耐えられない」
怒りに衝かれるまま、辛辣な口調になってしまった。
嫉んでいる和やファンクラブと同列に扱われたのだから、無理もない事ではある。
ただ、そのような事情を理解していないだろう澪は、険しい表情を浮かべていた。
「幾ら律でも、言っていい事と許せない事があるぞ。
私の事はともかく。和やファンの悪口を言うのは、止めてくれ。
どっちも、大切な存在なんだ」
澪の無理解に、律は悔し涙を浮かべながら言い放つ。
「何さっ。そんなに、和やファンクラブの事が大事なんだ?
私なんかより、ずっとずっと大事なんだ?」
澪は溜息を吐くと、怒りから一転して鬱陶しそうな表情を浮かべた。
「面倒な女だな。
お前って、仕事と私、どっちが大事なの?とか訊きそうなタイプだよな。
あのな、ファンに報いていくのは、律の為でもあるんだぞ?
バンドを盛り上げてくれるんだから、律にとってもいい事だろ?」
それは唯や梓、紬から度々諭されている事でもあった。
澪は律の作ったバンドを成功させる為にも、ファンを一際大切にしているのだ、と。
律も今まで、その論理に縋る事で自分を何とか納得させようとしてきた。
だが怒りが脳裏に巡る今は、そう自分を納得させる事はできなかった。
澪の発言のうち、刺のある部分を看過する事もできない。
自然、そこに反発して、律も言葉に刺を含めて報いた。
「澪に言われたくないよっ。
澪なんて、仕事を言い訳にするタイプじゃんかっ。
いや、私まで言い訳に使ってるっ」
「何だとっ?」
澪の怒りの籠もった顔が律へと向き、拳が握り締められる。
律は咄嗟に身構えたが、澪はすぐに冷静さを取り戻したようだった。
拳を解いて、諦念の滲んだ表情で言葉を放ってきた。
「もういい。今日のところは、もう帰るな。
このままじゃ、売り言葉に買い言葉だしな」
澪の言う通りだろう。律は素直に頷いた。
このまま言い争って、関係を悪化させる事は本意ではない。
澪はドアの手前で振り向くと、寂しげな表情を見せてきた。
「私の誕生日、期日過ぎてからでいいから、祝ってくれよな」
明日はファンクラブのイベントに行く、という意味の言葉でもあった。
「うん。でも、できれば、当日が良かったのに」
律は頷きつつも、どうしても恨みがましい言葉を止められなかった。
「ごめんな」
澪は寂しげな表情のまま笑むと、ドアの向こうへと姿を消した。
*
澪が律の部屋から出て行って暫く経つと、流石に律も冷静になってきた。
勿論、澪の誕生日を二人きりで過ごしたい思いは未だに強い。
だが、澪の意思も尊重すべきだったと今になって思う。
また、感情的になって、辛辣な言葉を掛けてしまった事も悔いていた。
一応、明日のイベントを終えてから、澪の誕生日を祝うつもりではあった。
だが、それでは今日の諍いに対するフォローが、明後日になってしまう。
せめて、誕生日プレゼントだけでも、会場に届けた方がいいのかもしれない。
律はそう判断すると、立ち上がった。
「澪、許してくれるかな」
思わず漏れた気弱な声を否定するように、律は勢いよく首を左右に振った。
「許してくれるように、思いっきり美味しいケーキ作るもん」
少なくとも、明日の誕生日会の会場にあるどんなケーキより、美味しく作りたい。
それが和やファンクラブに抱く対抗心故であると、律自身も自覚していた。
澪に対する謝意が擡げていても、嫉妬までは消せなかったのだ。
*
翌日、ケーキの入った箱を抱えた律は、市の運営する文化施設に来ていた。
すぐ近くにある市の支所は時間外とあって閉まっているが、
こちらは二十二時まで開放しているらしい。
ここの音楽室を借り切って、イベントを開くとの事だった。
律はそれを知る為に、友人である
平沢唯を頼っていた。
サプライズの目的はないが、仲違いも同然の澪に開催の概要を聞く事は憚られた。
かといって、和やファンクラブの面々も、嫉妬心が邪魔をして聞く気になれない。
結局、和の友人である唯に聞くしかなかったのだ。
律は施設の中に入ると、まずはインフォメーションボードで音楽室の場所を確認する。
この施設には図書室を目当てに訪れた事はあるが、音楽室は初めてだった。
見ると、図書室と同じ二階に部屋を二つ隔てて、音楽室の表示があった。
階段は、受付の奥にある。
そこを目指して歩く途中、受付の脇に備え付けてあるホワイトボードが目に留まった。
施設の予約状況が書いてあり、音楽室にも表記があった。
『17時~ MAFCライブイベント』とある。
秋山澪ファンクラブの事だろう。唯の情報に、間違いはなさそうだ。
律は確信を持って、階段を勢い込んで上がった。
だが、いざ音楽室の前に立つと尻込みしてしまった。
澪にいきなり会う勇気が、なかなか持てない。
そもそも、今は入れる雰囲気なのだろうか。
せめて、室内の様子が分かれば、入る機も掴めるというのに。
律は歯噛みすると、視線を落ち着きなく彷徨わせた。
右往左往する律の目に、避難経路を図示したパネルが飛び込んできた。
思わず食い入るように見つめてしまい、律は苦笑を浮かべる。
逃げたい、という意識の表れだろう。
そこまで考えて、ふと律は気付いた。
もう一度、パネルを見遣る。そして、確信した。
避難経路となるベランダが、建物の外側を囲むように設置されているのだ。
律は図書室の中に入ると、司書の目を盗んで非常用の出口からベランダに出た。
そこにも本の盗難対策としてセンサーを設置している為か、司書も警戒していないようだった。
施錠もしていなかった。
自然災害や襲撃事件が立て続けにニュースを賑わせているだけに、
避難経路はオープンにされているらしい。
律はそのまま音楽室の前まで歩くと、壁に身を隠した。
そして、気付かれないよう警戒しながら、中の様子を窺う。
二十名は居るであろう輪の中心に、タキシードに身を包んだ澪の姿があった。
澪は手にベースを持っているが、
その他のパートの音源としてはタブレットを使用しているらしい。
遠目ではあるものの、アンプに繋げたネクサス7で音楽ソフトを起動していると察せられる。
今は歌っておらず周囲の者と談笑しているが、
少し前までは演奏を交えて歌唱していたに違いなかった。
歓談の今ならば、入る機として悪くないだろう。
少なくとも、演奏に水を差すという最悪の事態は避けられる。
澪から視線を転じても、そこかしこで交流し合うファンの姿を認める事ができた。
その中には、和は勿論、恵の姿もあった。
「あ……」
恵の姿を認めた直後、意図せず口から力の抜けた声が漏れ出ていた。
恵の近くに鎮座しているケーキの豪華さに、気勢を削がれてしまったのだ。
そのタワー状のケーキは多人数を想定している為か、サイズが律の背丈程もあった。
デコレーションにも趣が凝らされている。
『HAPPY BIRTHDAY MIO』程度の文字は律もチョコレートで作っているが、
ファンクラブが用意したケーキはそれだけに留まっていない。
可愛らしい飴細工が、ケーキの至る個所に置かれているのだ。
飴細工は小人を象ったものから、澪の誕生石であるガーネットを模したものまで多彩だった。
傍らのケーキが入っていたであろう大きな箱には、
有名なケーキ店のマークが刻印されている。
そこにオーダーメイドして、作ってもらったのだろう。
律は溜息を吐くと、自分が持参したケーキの箱を見遣った。
到底、太刀打ちできるような代物ではない。
律は恨めしそうに、会場のケーキを睨み付ける。
その時、ふと、ケーキの傍に居た恵と目が合った。
彼女にしてみれば、何気なく視線を転じた先に律が居たのだろう。
恵の浮かべる驚いた表情が、予期していなかった視線の交差だと教えている。
瞬時に律は決断を下した。帰ろう、と。
律が室内の様子を窺っていた事など、一見で悟られてしまっただろう。
隠れていただけに、気まずかった。
その事が打ちのめされていた気分に、致命的な追い討ちとなっていた。
律は踵を返すと、来た道を早足で戻り始めた。
だが、図書室には入らない。
その前を素通りして、非常階段を下った。
避難経路のパネルにも書いてあった、施設の外まで通じている階段だ。
*
寒い。怖い。寂しい。
泣きそうな感情を代わる代わる胸裏に巡らせ、律は一人で家に向かう夜道を歩く。
澪と二人で歩く事ができれば、こんな思いをせずには済んだ。
だが澪には会う事すらなく、もう家が見えてきてしまっている。
渡せなかった小さなケーキが、手に食い込むように重い。
このケーキをどうするかも、未だ決めていなかった。
明日、澪に渡すケーキは作り直した方がいいのだろうか。
だが、今の沈んだ気分では、意気込んで作ったこのケーキを凌駕する出来になるとは思えない。
かといって、敗北感に塗れたこのケーキを渡す事も気が引ける。
もう何度目になるか分からない溜息を吐いた時、背後に物音と息遣いを感じた。
「騒がないでね」
警戒した途端の出来事だった。
律は悲鳴を上げる間もなく、口を塞がれていた。
直後に聞こえてくる、荒々しい複数の足音。
危険を感じて逃げようともがくが、非力な律では口を塞ぐ者にさえ敵わない。
その間にも近付いてきた足音は、律のすぐ近くで消えた。
直後、律は抱きすくめられるようにして、身体を両腕ごと拘束されてしまった。
この時に漸く、後から来た者の人数が二名だと律にも分かった。
「さっすが、曽我部先輩。ステルス性能は触れ込み以上ですねー」
律は恐怖の中で、側面に立って身体を拘束している者の声を聞いた。
曽我部、知人の名字と一致している。
偶然だろうかと、律も一旦はそう思った。
だが首を傾けて見た発言者の顔には、見覚えがあった。
確か、秋山澪ファンクラブに居た顔だ。
そういえば、と律は思い返す。
口を塞ぐ直前に聞いた声にも、聞き覚えがあるような気がしていた。
「空気みたいに言うのは止めてよ。気にしてるんだから」
もう一度その声を聞いた時、律は確信に至った。
間違いない。秋山澪ファンクラブの創設者である、曽我部恵の声だ、と。
だが、知人と知った今も、律は安堵する事ができなかった。
澪以外の者に、乱暴された事実は揺らがないのだから。
「あっは、褒めてんだから、いいじゃないですかー。
ここに先回りできたのも、そのステルス性能活かして活躍した過去のお蔭でしょ?
それもう長所ですよん」
恵がかつて行っていた、澪に対するストーキング行為の事を言っているのだろう。
律と澪は家が近く、一緒に下校する事も多かった。
澪をストーキングする過程で、恵が律の家を知る事も必然と言える。
だが、どうして自分が今、待ち伏せされなければならないのか。
そこまでは律にも分からなかった。
「やっぱり、あまり褒められてる気はしないわね。
まぁ、その事はいいわ。それより……。
ねぇ、りっちゃん。解放してあげる。だから、さっきも言ったけど。
騒いだりしないでね。いい?」
恵の声が、今度は律へと向いた。
この状況下では、肯んずる他にない。
律は首を縦に振ろうとしたが、上手く動かせなかった。
恵に口を押さえられているせいだろう。
だが、手に感じる力で律の返答を悟ったらしく、恵は解放してくれた。
律の身体を抑えていた二人も、恵に倣って解放する。
「でも、大丈夫なんですか?
協力を確認する前に、解放したりなんかして」
恵の援護に来た二人のうち、今まで黙っていた方が不安気に口を開いた。
彼女の顔にも、律は見覚えがあった。彼女もまた、秋山澪ファンクラブの一員だったはずだ。
律は逃げるつもりも声を上げるつもりもなかったが、
澪のファンクラブに遠慮している故ではない。
知り合いとはいえ、不意を打って拘束してきた相手である。
下手に抵抗して、刺激を与えたくないだけだ。
「あんなの誰かに見られたら、不審者でしょう?
それに心配せずとも、りっちゃんは私達に協力してくれるわよ。
だって、澪ちゃんの為だし。ね?」
恵は彼女へと諭すように言った後、律に向かって同意を求めてきた。
その協力の内容も分からないまま、律は頷く。
そもそも律には、協力ではなく強制としか思えないのだ。
「じゃあ、私達に付いて来てくれる?
悪いようには、しないから」
恵の言葉に、律は再度頷いた。
自分よりも体格のいい三人に囲まれては、従うより他になかった。
三人に包囲されるようにして歩きながら、律は澪の事を想った。
こんな時に助けて欲しい相手は、律が宿敵と目する者達に記念日を祝われて喜んでいる。
そう思うと、自然と涙が溢れてきた。
*
律は先導する恵達に従って、市の文化施設の前へと戻ってきていた。
だが恵は、正面玄関には目もくれていない。
律を伴ったまま、施設の脇にある駐輪場へと進んで行く。
冬の夜が齎す寒さのせいか、それとも普段からなのか。
駐輪場には、ほとんど自転車は停まっていなかった。
ただ、無人ではない。一人だけではあるが、そこには人が居た。
律は彼女の顔を見ずとも、秋山澪ファンクラブの一員であると分かった。
彼女の側にある大きな箱を、律は澪誕生日イベントの会場で見ている。
あのタワー状の大きなケーキが入っていた箱だ。
「お待たせ。寒かったでしょ?」
恵の声に応えて、ここで待機していたと思しき彼女も口を開く。
「冬、ですからね。そちらも、首尾よく運んだようで。
お疲れ様でした」
労い合う二人を差し置いて、律は箱を注視していた。
その視線に気付いたのか、恵が箱を指差しながら言う。
「ああ、これ?やっぱり、気になるのね。
実はね、これが協力してもらいたい内容なのよ。
りっちゃんには、この中に入ってもらうわ。
安心して?絶対に悪いようにはしないから。
素直に従えば、澪ちゃんにも会わせてあげる」
協力と言いながらも、口調は強制に近かった。
律は圧されるようにして頷く。
「素直ね。じゃあ、早速お願い」
恵は嬉しそうに笑むと、律を促してきた。
律は不安に軋む胸中を抱えたまま、箱へと入る。
「ちょっと待って。何も、今入ってもらう必要、なくないですか?
直前で入ってもらえば、運ぶの楽ですよ?
それに、箱の底だって」
この段になって、抗議の声が入った。
ここで待っていた者だ。
「駄目よ。見つかったりしたら、意味がなくなるわ。
底に関しても、重いケーキの入ってた頑丈な箱だし、この子軽いから。
問題ないはずよ」
窘める恵に、援護の声が続く。
先程、律の身体を拘束して、饒舌に恵を茶化していた方だった。
「そうそ。てか、私らが会場出る時の口実、覚えてる?
この箱を捨ててくる、っていう口実だったでしょー?
それにしては明らかに時間掛かり過ぎてるんだから、
不審がられて誰か会場の外に様子見に出てたりするかもよ?」
「それもそっか。まぁ、軽そうだし、四人掛かりなら大して負担にもならないか」
抗議した者は納得したらしく、引き下がっていた。
それと同時に、恵の手から青色と黄色のリボンを渡された。
「これ、体中に纏っていてね」
恵はそう指示すると、箱の蓋を締めた。
同時に、浮遊感が律の身体に訪れる。
彼女達が、箱を持ち上げたのだろう。
流石に律も、恵が何をしたいのか、察しが付いてきてはいた。
ただ、それで不安が消える訳ではない。
もし、律の予想が外れていて、恵達に並外れた敵意があったとしたなら──
律が震えた原因は、寒さだけではなかった。
澪の恋人である自分を嫌う者がファンクラブ内に居る事くらい、律も知っていた。
その事と考え合わせると、今のやり取りさえ自分を油断させる演技に思えてくる。
「この子、本当に軽いねー。羨ましい」
「ほんと、天使みたいな子だよねー」
掛け声を聞きながら、律は祈るように思った。
恵の言葉通り、澪に会わせてくれますように。
そして、天使という言葉が、天に召されると言う皮肉ではありませんように。
と。
最終更新:2013年01月16日 02:11