嬉しそうに言いながら、唯がその場で軽く飛び跳ねる。
それでも、唯の膣口からタンポンが飛び出したり、唯自身が痛がったりはしなかった。
どうやら完璧な場所にタンポンを挿入出来ているらしい。
初めてなのに、我ながら上手に挿入出来たものね……。
澪が後ろでまた何かを呟いていたみたいだけれど、
私はそれを無視して心地良い疲労感を全身で感じる事にした。
数秒間、素晴らしい満足感が全身を駆け巡る。
でも、すぐに何だか嫌な気分が全身に湧き上がって来てしまっていた。
嫌な気分の原因は唯の膣口から垂れるタンポンの紐だった。
膣口から垂れているその紐は私に何とも形容し難い不快感を湧き上がらせる。
タンポンの仕様上どうしようもないとは言え、
他人の膣口から妙な紐が垂れている光景は気になって仕方が無い。
その気持ちは澪も同じようだった。
不快そうな表情を浮かべ、私に視線を向ける。
『あれ、どうにかならないか?』とその視線は間違いなく言っていた。
唯もその私達の不快な表情に気付いたらしい。
自分の膣口から垂れるタンポンの紐に手を伸ばしながら苦笑した。
「あ、やっぱりぶらぶらしてると何か気持ち悪いよね?
どうにかした方がいいよね……。
でも、ふっふーん!
私、今、いい事を考えちゃったのです!
二人ともちょっと待っててね!」
その言葉が終わるか早いか、唯は居間から駆け出して行ってしまった。
澪と二人で顔を合わせて首を傾げ合っていると、
約一分後にひどく嬉しそうな表情の唯が戻って来て、
右手を前に出して左手を腰に当てた得意気なポーズを取った。
「じゃじゃーん!」
一見しただけでは何処が変わってるのか分かりにくかったけれど、
唯がタンポンの紐をどうにかした方がいいと言った以上、その女性器付近に何らかの変化が生じているのだろう。
私と澪は肩を竦めながら唯の女性器を確認してみる。
そうする事で、私達はやっと唯のその変化に気付く事が出来た。
「絆創膏って……」
澪がまた残念そうな表情で肩を落とした。
そう、唯の膣口付近には少し大きめの絆創膏が貼られていたのだ。
こうすれば確かにタンポンの紐が目立つ事はない。
ないのだが、澪にはそれが不満なようだった。
「なあ、唯……。
それは流石に無いんじゃないか?
秘密の花園に絆創膏を貼るなんて変だろ、流石に……」
「ええーっ……。
私はいいって思ったんだけどなあ……。
和ちゃんはどう思う?」
「そうねえ……、悪くないんじゃないかしら」
「悪くないのっ?」
澪が驚いた声を上げ、呆れた表情でその場に座り込んだ。
私は軽く微笑んでから澪の肩を軽く叩く。
「こうすればタンポンの紐は目立たないわ。
唯にしてはとても合理的な判断じゃない。
それに女性器を絆創膏で隠した姿……、前に本で見た事があるわ」
「どんな本を読んでるんだよ、和は……」
「普通の文芸書なんだけどね。
でも、文芸書を甘く見ては駄目よ、澪。
障子を勃起した男性器で突き破るような文芸書も一般向けに出版されてるんだから」
「文芸書怖い……。
私、読むなら普通の『赤毛のアン』とかがいい……」
∴
「じゃあ、次は和ちゃんの怖い話の番だよ」
「分かったわ、私の怖い話の番ね。
私の怖い話は……。
………。
……。
…。
………………」
「ど、どうしたの、和ちゃん?
お腹でも痛いの?」
「無いわ」
「ほへ?」
「二人には悪いけれど、もう無いのよ、怖い話。
ごめんなさい、二人とも。
次の出番までには家の本で仕入れておくわ」
「おいおい、和……。
それはちょっと……」
「違うよ、澪ちゃん!」
「な、何だよ、唯。
急に大きな声を出すなってば……」
「よく考えてよ、澪ちゃん!
皆の辞書くらい物知りなはずの和ちゃんなのに、
お婆ちゃんの知恵袋みたいな和ちゃんなのに、
そんな和ちゃんの頭の中にもう一つも怖い話が残ってないなんて……。
こ、怖い……、怖いよ、澪ちゃん……。
和ちゃんに何が起こってるのか分からなくて怖いよう……」
「た、確かに怖いな……。
和の頭の中で一体何が起こってるんだ……。
ひ、ひええええ……、私もすっごく怖くなってきた……」
「あんた達、私の事を何だと思ってるの。
私にはそれが怖いわよ……」
∴
【ひきこもりまくり】
陽も暮れかけた頃、やっとの事で私は『戦争と平和』を読み終わえられた。
この物語をどう読書感想文に纏めようかと頭を捻っていると、
不意に携帯電話が振動する音が居間のテーブルの上から聞こえて来た。
この振動のリズムパターンは……、唯の携帯電話ね。
唯もそれに気付いたらしい。
唯はウクレレを弾くのを中断して、
絆創膏以外は全裸という恰好のままで自分の携帯電話に駆け寄る。
携帯電話を手に取って画面に表示された名前を確認すると、嬉しそうな声を上げた。
「あずにゃんからだ。
わあっ、何だろ、何だろー?」
唯がそう言いながら携帯電話の通話ボタンを押そうとしたのを私は見逃さなかった。
私は瞬時に唯まで駆け寄って、携帯電話を持っているその右手首を私の右手で掴む。
そのままかなり久し振りに、唯の口の中に私の左手の指を五本捻じ込んだ。
唯は突然の事に動揺してるらしいけれど、
私は若干呆れながらも嘆息がちに言ってみせた。
「駄目よ、唯。
こちらから掛けるのは構わないけれど、
誰からの物でもあちらからの着信には出ちゃ駄目よ、って教えたでしょう?
前も説明したはずだけど、あんたが電話を取ってしまったら、あちらに通話料金が掛かってしまうじゃない。
その電話を掛けて来た誰かに何かの拍子でその通話料金を確認されてごらんなさい。
ハワイに掛けたはずなのに、電話料金が妙に安いって事に気付かれてしまったらどうなるかしら?
そうね、どんな鈍い子でも簡単に気付くはずよ。
私達がハワイに居るっていう話は嘘で、本当は日本国内の何処かに居るんじゃないか、って。
いいえ、もしかすると、その通話料金から逆算されて、
私達が同じ県内に居る事すら気付かれてしまうかもしれないわ。
だからね、私達の方が電話に出るわけにはいかないの。
分かってくれるわよね、唯?」
私が念を入れてその瞳を強く見つめると、
唯も私の言おうとしている事をどうにか分かってくれたらしい。
残念そうな表情で小さく頷き、自分の携帯電話をテーブルの上に置き戻してくれた。
私は唯の口の中から指を引き抜いてから、
震え続けるテーブルの上の唯の携帯電話を唯と二人で静かに見つめる。
意外にもそれからかなり長い間コールは続いていた。
軽く六十コール程度した頃、やっとの事で携帯電話の振動が止まった。
異常に長かったわね……。
それにしても、あの梓ちゃんがそんなにも唯と話したいとは思わなかった。
傍目からでは拒絶しがちに見えたけれど、案外と唯の事を気に掛けているという事なのかしら?
まあ、唐突に合宿の予定をキャンセルして、
ハワイに十日以上滞在している先輩の事なんて、誰でも気になるものかもしれないけれどね。
「何だ? 誰からの電話だ?
また憂ちゃんからの電話か?」
あまりにも長くコールが続いていたのが気になったのだろう。
ついさっきで読んでいたのか、手に『あずきちゃん』の単行本を持って澪が姿を現した。
私は知っている。
深夜、澪が私達に隠れてあずきちゃんのビデオを観ている事を。
そして、私達に隠れて感動の涙を流している事を。
気に入ってもらえたようで何よりね。
「ううん、違うよ、澪ちゃん。
さっきの電話はあずにゃんからだよ。
何の用事だったんだろうね……?」
唯が悲しそうな表情で澪の言葉に応じる。
その言葉を聞いてすぐ、澪もその表情を少しだけ曇らせた。
小さく口を開いて呟く。
「そっか……、そういえばもう合宿やってる時期なんだよな……。
そういえば、律からメールで聞いたんだけど、
結局、三人でムギの別荘で合宿する事になったらしいしな。
梓達、三人で上手くやってるかな?
特に梓は律の事をまだ苦手にしてるみたいだから、ちょっと不安なんだよな。
前みたいに突然部を辞めるなんて話にならないといいんだけど……」
「ええっ、そんなの嫌だよ、澪ちゃん……。
私、あずにゃんとずっと部活をやってたいよう……。
あずにゃん、やっと可愛い顔で笑ってくれるようになって来たのに……」
「ご、ごめんな、唯。
私、不安を煽る様な事、言っちゃったな……。
でも、きっと大丈夫だよ、唯。
律だけだと暴走するかもしれないけど、ムギが傍に居るんだしな。
ムギなら律の暴走を止めてくれるだろうし、
それにああ見えて律だって皆の事を考えてくれてる奴だからさ。
きっと律だってやっと出来た後輩の梓の事を大切に思ってるはずだよ」
「そうだよね……!
りっちゃんならきっとあずにゃんにいい先輩で居てくれるよね!」
唯が自分に言い聞かせるように呟き、それに応じるように澪が頷く。
それから二人して私の顔の方に視線を向けた。
責める風でもなく、懇願する風でもなく、ただ少しだけ寂しそうに……。
二人が何を言いたいのかくらい、私にもすぐに分かった。
私は軽く微笑んでから、猫背がちな二人の肩にゆっくりと手を置く。
「梓ちゃんに電話してもいいわよ、二人とも。
私が止めたいのはあちらからの着信に出る事だけだもの。
好きなだけ電話してくれていいわ。
こんな奇妙な同棲生活をする事になった一因は私にあるわけだし、
私だって生徒会役員として軽音部の合宿がどうなってるか興味あるもの。
律ならきっと大丈夫だと思うけれど、確認のために電話してみましょう、唯、澪」
「……うんっ!」
唯が嬉しそうに頷いて、テーブルの上の携帯電話を手に取った。
澪も嬉しそうな表情になって、でも、一つだけ言った。
「あ、携帯はハンズフリーモードにしてくれないか、唯。
だって、皆で一緒に話したいだろ?
多分、梓の傍には律もムギも居るんだろうし、
だったら、部室に居る時みたいにさ、皆でいつも通りに話そうよ」
「いいね、それ!
私と澪ちゃんと和ちゃんとあずにゃんとりっちゃんとムギちゃん、皆で話そう!」
私も? と訊ねるより先に唯が梓ちゃんに電話を掛け始めていた。
意外と行動の早い子ね……。
でも、別に悪くない考えだった。
唯達と旅行しているという設定上、私も唯の傍に居た方が自然だ。
唯の失言を防ぐ事も出来るし、何と言っても私も律達と話してみたかった。
うん、全然悪くない……、いいえ、とてもいい考えだと思うわ。
唯が携帯電話をハンズフリーモードに切り替えて四コールほどしただろうか。
そう会話を交わした事があるわけではないけれど、
何故か耳に残る声をしたあの子の声が、電波に乗って私達に届いた。
「もしもし?
唯先輩? 聞こえてますか、唯先輩?」
久し振りに聞けたその声にいたく感激したらしく、
唯は輝くような笑顔になって普段よりも更に甲高い声でその言葉に応じた。
「うんうん、ちゃんと聞こえてるよー。
本当に久し振りだよね、あずにゃん!
元気だったー?」
「元気かと言われたら、まあ、元気ですけど……。
って、お時間は大丈夫なんですか?
さっき電話した時は繋がらなかったから、海にでも行ってるのかな、って思ってたんですけど」
「あ、うん、時間は大丈夫だよ。
さっきはちょっと用があって外に出てただけなんだ。
それにあずにゃんと電話が出来るんなら、ちょっとした用があってもキャンセルしちゃうよ!」
「そ、それはどうも……。
って、それよりも唯先輩、酷いじゃないですか!
急に合宿の予定をキャンセルして、勝手にハワイに行っちゃうなんて。
あんまり突然過ぎるんで、憂も律先輩もムギ先輩も呆れるより先に心配してましたよ?
こう聞くのも変なんですけど、唯先輩、大丈夫なんですよね?
変な事に巻き込まれてたりしませんよね……?」
梓ちゃんって意外と頭の回る子なのね……。
それとも、梓ちゃんのように考える方が自然なのかしら?
散歩に出た当日、偶然出会った友人家族のハワイ旅行に同行する事になった。
……なんて、やっぱり少しだけ不自然だったのかしら?
でも、多少不自然だろうと、私は……私達はこの嘘を貫き通すしかない。
気が付けば、唯が変な汗を掻いて小刻みに震えていた。
何となく視線を向けてみれば、女性器に貼られた絆創膏が汗に濡れてはがれそうになっていた。
どれだけ動揺してるのよ、唯……。
昔から嘘を吐く時には多汗症な所があった子だけれど……。
私は一息嘆息してから、唯の頭を軽く撫でてあげた。
それで少しだけ落ち着く事が出来たのか、
相手から見えもしないのに大袈裟な身振り手振りを交えながら、どうにか言葉を続けた。
「や、やだなー、あずにゃん。
変な事ってどんな事に巻き込まれるって言うの?
私達、普通の高校生なんだから、そうそう変な事に巻き込まれたりしないよー!」
「それもそうなんですけどね……。
でも、唯先輩の声が元気そうで安心しました。
少なくともその様子たと元気な事には間違いないでしょうから、信じてあげます。
ハワイのお土産、ちゃんと買って来て下さいね?」
納得のいかない口振りではあったけれど、最後には語調に柔らかさが混じっていた。
その真偽がどうであれ、唯の言葉を信じる事に決めてくれたのだろう。
二人が順調に信頼関係を築けてるって証拠なんでしょうね。
部に所属していない私としては、それがちょっと羨ましい。
それにしても、そう言えばお土産の事を全く考えていなかった。
そうよね……、ハワイに行ったという事にしている以上、お土産を用意しておかなければいけないわ。
お父さん達に連絡して買ってもらうのも手間になるし、通販で探してみようかしら……?
「えへへ、ありがと、あずにゃん。
ハワイのお土産はちゃんと探しとくね。
でも、お土産だったら、あずにゃん達の方もよろしくね。
そっちは昨日から合宿なんだよね?
合宿のお土産、楽しみにしてるよー」
唯も落ち着いたようで、笑顔を交えて話を続けられているみたいだった。
この調子なら問題なく電話を終える事が出来そうね。
私が横から駄目出しをする必要も無さそうで何よりだわ。
また梓ちゃんの苦笑交じりの声が聞こえる。
「合宿のお土産ですか?
そう遠くに来てるわけではないですし、
初めての土地なんでいい名物があるかは分からないですけど、後でムギ先輩に訊いてみますね。
それよりもですね、合宿のお土産と言えば、
何よりもやっぱり上達した私達の楽器の腕前だと思うんですよ。
そのための合宿なわけですし、上達した私達の演奏で唯先輩も澪先輩もびっくりさせたいですから!」
「えへへ、楽しみにしてるよー。
ねえねえ、ところであずにゃん、皆とは楽しくやってる?
あ、楽しいのは心配しなくても大丈夫だろうけど、練習は出来てるのかなー?
りっちゃんの事だから、一日目は思い切り遊んじゃったんじゃないのー?」
唯が悪戯っぽく笑いながら梓ちゃんに訊ねる。
それは私としても気になる話だったから好都合だった。
こう言うのも何だけど、律には大雑把でいい加減な所がある。
部員が一年生だけとは言え、よく一年間も部長を務められたわね、って思った事も一度や二度じゃない。
どう考えても、律は部長向きの性格をしていないものね。
だけど、律には一つだけ部長に必要な資質を持っている事を私は知っている。
それは責任感だ。
何も考えていないように見えるけれど、律は本当は色んな事を考えている。
責任感を持って、皆を引っ張ろうとしているのだ。
空回る事も多いけれど、一生懸命皆を楽しませようと頑張っているのだ、律は。
部外者だからこそ、私にはそれがよく分かる。
ただそれはあくまで部外者の立場から見た時の話だ。
傍に居れば居るほど、律の良さは分かりにくい物だと私は思う。
特に梓ちゃんは律と知り合って日が浅いし、
生真面目なタイプだから、律に気を許せるのはまだ先の話になるだろう。
いつか梓ちゃんも律の明るさに馴染めればいいのだけれど……。
と私が真剣に考えていたら、梓ちゃんが意外にも明るい声で続けた。
予想外過ぎるほどに、明るくて楽しそうな声だった。
「そうなんですよ、唯先輩。
律先輩ったらですね、ムギ先輩の別荘に着いた途端に水着に着替えて飛び出して行ったんですよ?
予想はしてたんですけど、あまりの早業にびっくりしちゃいましたよ……。
ムギ先輩も一緒に遊びに出ちゃって、それから夕方まで遊び惚けちゃって。
もう……律先輩ったら……」
「ははっ、やっぱり律らしいな」
「あ、澪先輩の声?
澪先輩も傍に居るんですか?」
「ああ、ハンズフリーで唯と梓の話を聞かせてもらってたよ。
話に入る機会が無くて中々言い出せなくてごめんな、梓。
ちなみに和も隣で私達の会話を聞いてるよ。
それより、梓。
律の奴、やっぱり遊び惚けてたんだな。
仕方の無い部長だけど、悪く思わないでやってくれよ?
皆で泊まり掛けで遠出が出来て、はしゃいでるだけなんだと思うからさ」
「はい、分かりました、澪先輩。
律先輩の遊び癖には私ももう慣れましたしね。
でも、今近くに律先輩が居ないから言いますけど、律先輩って意外と凄いんですね!」
「……えっ?」
澪が驚いた声を上げて、釣られて私と唯も「えっ?」と呟いてしまった。
律が意外と凄い?
一体、どういう事なのかしら?
事態を掴めずに私達が首を捻っていると、梓ちゃんが嬉しそうな声色で続けた。
「ムギ先輩の別荘でですね、
律先輩が毎食ごはんを用意してくれるんですけど、すっごく美味しいんです。
今まで私の中で律先輩と料理が繋がってなかったから、びっくりしました!
それに昨日のお昼こそ遊び惚けてたんですけど、夕方から意外なくらいに練習してくれたんですよ。
普段遊んでる姿しか見ないのに、前見た時よりドラムのスティック捌きが上達してましたし、
夜は私の好きなアーティストについて、ムギ先輩に説明しながら夜通し語ってくれたんです。
律先輩の意外な姿が見れただけて、私、合宿に参加してよかったです!」
「そ、そうなんだ……」
複雑な表情で唯と澪が同時に呟く。
喜ぶべき事なんだと分かってはいるけれど、単純に喜んでいいものか迷っているのだろう。
私も自分の予想が完全に外れてしまって、少しだけ驚かされていた。
梓ちゃんの話を聞く限り、律は意外にもちゃんと部長の立場を果たしているらしい。
唯と澪が不在だし、ムギもしっかりして見えて抜けている所がある子だから、
自分がしっかりしないといけない、と律の部長としての決心がいい方向に働いたのだろう。
普段、律の遊んでる姿しか見ない梓ちゃんがそれを見て、かなりの好感を抱いたって事なんでしょうね。
それはとても素晴らしい事だ。
素晴らしい事なのだけれど……、この胸に湧き上がる不安感は何なのかしら?
不意に。
「きゃあっ!」
梓ちゃんの甲高い悲鳴が響いたかと思うと、
梓ちゃんとは別の調子のいい明るい声が聞こえて来た。
「唯達と電話してんのか?
私にも話させてくれよー、梓。
お、ハンズフリーのボタンはここか……。
よし、と。
やっほー、唯、澪、和ー。
ハワイで元気にしてるかー?
ハワイは羨ましいけど、いいもんねー!
ムギの別荘は豪邸だから、多分、おまえ達よりはいい生活出来てるもんねー!」
勿論、それは律の声だった。
さっきの梓ちゃん悲鳴からすると、梓ちゃんの手から携帯電話を奪い取ったという所らしい。
どうにも律らしいけれど、その後の梓ちゃんの反応が今までの梓ちゃんらしくなかった。
「もう……、律先輩ったらしょうがないですね……。
言ってくれれば電話くらい貸してあげますから、無理矢理奪い取らなくてもいいじゃないですか。
それにいきなりスカートをめくらないで下さいよ。
びっくりするじゃないですか」
「スカートめくり……っ?」
澪が驚愕の表情を浮かべて呟いていた。
澪にとってはそれほどまでに驚くべき事だったのだろう。
澪ほどではないけれど、私にとってもそれは驚くべき事だった。
梓ちゃんは生真面目なタイプの子で、
スカートめくりの様な悪ふざけには耐性が無く見えるし、実際にもそうなのだろう。
それなのに律には嫌がった素振りを見せていないし、その声色は優しくて逆に嬉しそうでもあった。
それはつまり……。
「えー、いいじゃんかよ、梓ー。
下には水着を着てるわけだし、裸だって昨日見せ合った仲だろ?
今更恥ずかしがる関係でもないじゃん」
「あはは、もう、誤解されるような事を言わないで下さいよー。
ムギ先輩と律先輩と私の三人でお風呂に入っただけじゃないですか。
そう言えば、律先輩ってあんな所にほくろがあったんですね。
意外な所にある可愛らしいほくろでしたね!」
「うっ……、それは内緒だって言ったじゃんかよー。
口が軽いぞ、梓ー!」
「律先輩がいきなり私のスカートをめくったお返しです!」
「だったら、私だって唯達に言っちゃうぞ!
おーい、唯、澪ー!
梓の奴だってなー、あーんな所やこーんな所にほくろが……!」
「そ……、それだけは内緒ですよ、律先輩……!」
律と梓ちゃんが電話の先で、
聞いているだけで恥ずかしくなるくらいのやり取りを始める。
部員同士が仲良くなるのはいい事だ。
お互いに気を許し合う事で到達出来る音楽もあるだろう。
ただ、これは何と言うか、急激に仲良くなり過ぎだった。
要因は色々と考えられる。
唯と澪の不在から必然的に生じる単純接触効果。
合宿と言う非日常により高揚する精神。
自分が梓ちゃんを支えなければと奮闘する律と、
普段見せない律のしっかりした姿にギャップを感じて惹かれる梓ちゃん。
そして、人を恋に燃え上がらせる夏の熱気。
二人が仲良くなる要因はいくらでもあったのだ。
何となく悪寒に背を震わせて澪に視線を向けてみると、
「私でも律にスカートをめくられた事なんてないのに……」と呟きながら呆然としていた。
これは後々が怖いわね……。
次に唯に視線を向けてみる。
唯の方は澪ほどではないけれど、悔しそうに肩を震わせて何事かを呟いていた。
よく耳を澄ませて唯のその小さな声を聞いてみると、
「あずにゃんの毛を私より先にチェックするなんて、りっちゃんずるいよ……」と呟いているみたいだった。
そうね……。あんたにとってはそれが一番の問題なのよね……。
最終更新:2013年02月20日 22:39