「おっと、そういやムギを待たせてるんだった!
あんまり電話代を掛けさせるのも悪いから、とりあえず切るな!
三人とも元気そうでよかったよ。
じゃ、また電話してくれよな!」


「それではまた!
ハワイお土産話、楽しみにしてますね!」


律がまた気配りの出来る言葉を言って、
梓ちゃんがそれに加えて楽しそうな声を残すと通話が切れた。
最後まで妙に気配りの出来る律と、妙に楽しそうな梓ちゃんだったわね……。

一瞬後、私は強い視線を感じた。
確認するまでもない。
唯と澪の恨みがましい強い視線だった。
これほどまでの強い怨嗟を、私は今までの人生で感じた事は無かった。
私は一息嘆息してから、まずは話が簡単に終わりそうな唯に訊ねてみる。


「言いたい事があるなら、遠慮せずに早く言いなさい、唯」


「じゃあ、言うね!
ねえ、和ちゃん! りっちゃんってずるいと思わないっ?
私が居ない間にあずにゃんと仲良くなってるのもずるいし、
一緒にお風呂に入ってるって事は、あずにゃんに毛が生えてるかどうかもきっとチェックしてるよ!
しかも、私の知らないほくろの場所まで知ってるなんてずるいよずるいよー!
私もあずにゃんの秘密のほくろの場所知りたいよう!」


「脇の下とか乳房の裏とかでしょうね、多分。
そんなに知りたいなら、私が責任を取って後で律にメールで訊いてあげるわ。
それで問題無いかしら、唯?」


「あ、うん、問題無いです……」


こうして問題の一つは解決したわね。
さて、後は物凄い怨嗟の視線を向けて来る黒髪の同級生ね……。
私は意を決して黒髪の同級生に視線を向ける。


「和ぁ……」


半分死人の様な表情をしながらも、瞳だけは怨嗟に燃やして澪が呟く。
私は出来るだけ澪の視線を気にしないようにしながら、その肩に軽く手を置いた。


「落ち着きなさい、澪。
今の律と梓ちゃんは夏の熱気に惑わされて惹かれ合っているだけよ。
合宿が終わって二学期が始まれば元に戻るでしょうし、安心していいと思うわ」


「元に戻るかどうかは分からないじゃないか……。
大体、律は私相手にスカートめくった事無いのに、どうして梓だけ……」


「私、りっちゃんに何回かめくられた事あ……ほげっ!」


余計な事を言いそうだった唯の口の中に、左手の指を五本突っ込んで舌を掴んだ。
ある程度予想出来ていた事だけど、
つまり律はスカートめくりをしても許されそうな子を区別しているのだろう。
澪なんかスカートをめくった日には、しばらく泣いてしまいそうだものね……。
それは澪を大切にしているという意味でもあるけれど、
それを澪に直接伝えてしまったら、
『私はそんなに律に親しく思われてなかったのか……』と落ち込みそうだ。
さて、どう説得するべきかしら……?


私がそうやって頭を悩ませている間にも、
澪が誰に聞かせるだけでもなく長い長い独り言を呟いていた。


「どうしよう……、律が梓と付き合ったりしたらどうしよう……。
小柄な二人だからビジュアル的にも結構お似合いだし……。
律って梓みたいにちゃんと突っ込みを返す子の方が好きなのかな?
私だってちゃんと突っ込んでるつもりだけど、
よく考えたら叩いてばかりでワンパターンになってたかも……。
律はそんな私に飽きて目新しい梓に少しずつ惹かれてって……。
やだやだやだ、そんなのやだよ……!
同じ部内で律と梓のカップルを見続けるのなんて耐えられない……。
どうしようどうしようどうしよう……!」


極普通の女子高生同士が、
合宿で数日一緒に過ごしただけで恋は芽生えないとは思うけれど……。
ただその言葉を澪に届けても意味は無いでしょうね。
自身が律にこんなにも惹かれている澪だもの。
梓ちゃんが律に恋をしてもおかしくないと信じ切っている様子ね。
今の澪に何を言っても空々しい言葉にしかならないだろう。
だからこそ、私は律を信じた言葉を澪に届けるしかないのだ。


「ねえ、よく聞いて、澪。
律は飽きっぽくて大雑把な子よね?
夢中になっていたように見えても、すぐ新しい事に飛びつく子よね?
今は梓ちゃんに夢中に見えるかもしれないわ。
でも、それよりも、そんな飽きっぽい律とずっと一緒に居る自分を信じて、澪。
澪は誰よりも律の傍に居るの。
さっきも言ったけど、二学期になればきっと普段通りの律に戻るわよ。
そう心配しなくても、きっと律にとっては澪が一番好きな子なんだから……」


「和……、そう言われると照れ臭いけど、嬉しいよ……」


澪が温かい視線を私に向ける。
よかった……、どうにか分かってもらえて何よりだ。
これで澪も律の事を信じてひきこもり続けてくれる事だろう。
私の瞳を見つめながら、澪が静かに呟いた。


「なあ、和……。
律の様子は二学期には元に戻るとしてさ……、
合宿の残り四日間で律と梓の仲がただ事ではなく進んだらどうするんだ……?」


「さあ……。
じゃあ私、今から読書感想文書くわね」


「和ぁ……」




「よし、怖い話するぞ、和、唯!」


「妙に乗ってるね、澪ちゃん」


「私は変わるんだ!
怖い話も克服して、最近、おざなりだった突っ込みも修正して、
新しい私になって、夫婦漫才と呼ばれてた私達じゃない新しい関係になるんだ……!
梓から律を取り戻すんだ……!」


「前向きで何よりね、澪。
ただ律は臆病なのに強がりな澪の事こそが好きだと思うけれど……。
でも、それは大きなお世話かしらね。
あんたの好きなようにやりなさい、澪。
とりあえず、どんな怖い話か楽しみにしてるわ」


「よし、じゃあ、話を始めるぞ。
これも前に律から聞いた話なんだけど……」


「……それだけで結末が読めたけど続けて、澪」


「ああ、分かったよ。
これはついこの前、一学期のテストが終わった直後の話なんだ。
赤点を取らず、幸いにも補習が無かった律はTさんと街に遊びに行ったらしい。
二人で街を回って、楽器屋なんかにも顔を出して、
テスト終わりの解放感もあって、結構楽しく遊んでたらしいんだよ。
どうして律、その時に私を呼んでくれなかったんだろうな……。
私だって律ともっと遊びたいのに……。

そ、それはともかくとしてだな、律は……」


「……ねえねえ、和ちゃん。
話の中のりっちゃんが澪ちゃんを遊びに誘ってないのって、
りっちゃんのお話が全部作り話だからだよね?
だってだって、この前のテストの後、
りっちゃん、澪ちゃんとしか遊びに行ってないはずだし……」


「静かになさい、唯。
怖い話の真偽なんてね、本当はどうでもいいものなのよ。
怖がれて涼しくなれればそれでいいの。
むしろ怖い話が本当にあった事だった方が困るでしょ?
そんなものでいいのよ、怖い話なんてものはね」


「ええーっ?
私、これまで話したの、全部本当にあった事なんだけどなあ……」


「スイカ星人、虫、ドッペルゲンガー……ね。
やめてよ、唯。
他の話はともかくとしても、スイカ星人が実在していたら困るじゃないの。
押し入れの中とは言え、不法滞在者が私の家に居たって想像はあまりしたくないわ」


「不法……滞在者……?」


「そうね、唯の話を聞いてずっと考えていたんだけど、
唯が見たスイカ星人は、状況的に見て私の家に無断で住んでいた不法滞在者でしょうね。
当時はこの家も改修前だったから、防犯に結構問題があったの。
窓を少し横に揺らすだけで、簡単にクレセント錠が外れるくらいだったものよ」


「それは危な過ぎるよ、和ちゃん……。
でも、それじゃ、スイカ星人のあの緑色の身体とスイカの臭いは?」


「多分、近くの畑でスイカ泥棒をしてたんでしょうね。
近所にはスイカが収穫出来る畑もあるし、
緑色の身体は畑で人から目撃されにくい様に、緑色の服を着ていたと推察出来るわ。
保護色による擬態といった所かしら」


「何か急に現実的に考えて怖い話になって来たね……。
でもでも、それだけじゃ説明出来ない事もあるよ、和ちゃん!
私が紙の箱の中で見たあの小っちゃい宇宙人は?
あればっかりは不法滞在の人って話じゃ説明出来ないんじゃない?」


「髪の箱の中の小さな宇宙人の正体……。
答えは簡単よ。
その不法滞在者の持ち物のフィギュアだったんでしょうね。
唯の話を聞く限りは相当に凝った出来だったみたいだから、
その不法滞在者はそれを購入したせいで破産してしまった可能性もあるわね」


「無理がある……。いくら何でも無理があるよ、和ちゃん……。
ねえ、ひょっとして和ちゃん、
宇宙人が怖いから、そんな無理な想像をしてたり……?」


「そんな事は無いわよ、唯。
私はただ真っ当に現実的な推察をしているだけよ。
宇宙人が怖いなんてそんな事があるわけ……」


「「破ぁ!!」


甲高い声が野球場に響いたと思うと、
何とSちゃんがその幽霊にチキンウィングフェイスロックを極めていたんだ!
それがまたあんまり見事な技だったらしくてな……。
その三角頭巾を頭に着けたベタな幽霊は涙目で虚空に消え去って行ったんだそうだ。

セレブ生まれって凄い。
律はかき氷を食べてアイスクリーム頭痛になりながら、そう思ったらしい。

……って、そんなびっくりした顔してどうしたんだ、和?
私の話、そこまで怖かったか?」


「い、いいえ、何でも無いわ、澪。
単にタイミングが良過ぎて驚いただけよ。
と言うか、あんたの怖い話、ちゃんと続いていたのね……」


「何だよ、ちゃんと聞いてなかったのか?
とにかく、これで私の話は終わりだよ。

あ、ちなみに律が言うには、
そのベタな幽霊はエスパー伊東の様な声をしていたらしい……」




【ひきこもりすぎ】


「ねえねえ、和ちゃん。
こんなの見つけたんだけどー!」


私の家の漫画も粗方読み終わって暇で仕方が無かったのか、
家中を何往復も徘徊していた唯が、手に白衣を持って嬉しそうに居間に戻って来た。
私は読書感想文を書くのを中断して、唯に少しだけ微笑んでみせた。
これ以上読書感想文を書いていても、いい文章を書けないだろうと思ったからだ。
頭の中から文章が湧いて来ないわけではない。
単に私の汗が物凄い速度で原稿用紙に落ちて、用紙が酷い事になってしまっているだけだ。


「懐かしいわね、その白衣。
お母さん、まだ残していたのね」


私が小さく呟くと、唯がその白衣を両手で広げる。
私のお父さんの物だから、それはまだ唯の手に余るくらい大きく見えた。
少しの間、唯はそうしていたけれど、すぐに表情を歪めてその白衣を畳の上に置いて苦笑した。


「手が疲れちゃった……。
見かけによらず、白衣って意外と重いよねー」


「そうね、生地が厚いからどうしてもそうなるのよね。
当然だけど清潔さを保つ必要があるし、
危険な薬品から自分の身を護る役割もあるから、必然的に重くなっちゃうのよね。
私のお父さんが大学生の頃に使っていた白衣だから、
今とは生地の材質なんかも変わっているかもしれないし。

……って、昔、唯に全く同じ話をした憶えがあるわね。
あんた、憶えてない?」


「んーと……、そうだったっけ……?」


「そうよ、確か私達が小学四年生の頃の話だったかしら。
今と同じ様にあんたがお父さんの白衣を見つけて、
「私、これ着てみたい!」って言った直後に袖に腕を通して……」


「あっ、思い出したよ、和ちゃん!
それで私、科学者ごっこやってたんだけど、
白衣が大きいし重いし暑いしで、大汗掻いて動けなくなっちゃったんだよね。
あの時はご迷惑をお掛けしました!」


「それは別にいいけど、唯……。
あんた今からその白衣どうするつもり?
また着るつもりなんじゃないでしょうね?」


「駄目……かな……?」


「別に駄目じゃないわよ。
それくらい私に断らなくてもあんたの好きにしたらいいと思うわ。
ただ、また暑さと重さで動けなくなる……、って事だけには気を付けてほしいけど」


「えっへへー、分かってますって、和ちゃん。
そうそう、それならいい事考えたよ!
ちょっと待っててね、和ちゃん!」


それだけ言うと、私が返事するより先に唯が居間から駆け出して行った。
いつも慌しい子よね……。
そう考えながら麦茶を飲んでいると、
三分後くらいに唯が両手に多くの衣服を抱えて戻って来た。

これは何かしら?
と私が訊ねるより先に、また唯が居間から飛び出して行った。
まだ生理なのに、本当に慌しい子だ……。
少し呆れて今度は烏龍茶を飲んでいると、
今度は一分も経たない頃にお風呂場の方から悲痛な叫び声が響いて来た。


「ゆ、唯っ?
うわおいなにをするやめろぉ!」


「大丈夫だって、澪ちゃん!
痛くしないから! 怖くもしないから!
さあ、早くこっちこっち!」


本当に何をしているのだろう……。
それから更に三十秒程経っただろうか。
「お待たせしました!」と元気な声が響いたかと思うと、
唯が澪の腕を無理矢理引きながら、満面の笑顔で居間に姿を現した。

連れて来られた澪に視線を向けてみる。
どうやらお風呂場で水浴びをしていたらしく、髪や全身が水浸しで濡れていた。
普通なら目くじらを立てて注意する所だけれど、
私達の汗でそれ以上に床を濡らしている状況でそんな事を言っても意味は無いわね……。
私はほんの少し苦笑して、それからちょっとした違和感に気付いた。

澪が股間の周辺を、唯に掴まれていない方の右手で頻りに隠しているのだ。
これはここ最近の澪にしてはかなりおかしな行動だ。
唯ほどではないけれど、最近、澪もこの全裸の生活に慣れて来ている様に見えた。
一昨日の夜なんか、大股開きで眠っていたくらいだ。
勿論、起きている時も自分の裸身を隠す事は、全然無くなっていた。
だからこそ、おかしいのだ。
澪が自分の股間の周辺を隠すという事は。

私は眼鏡の蔓の位置を右手で直して、まじまじと澪の股間を見つめてみる。
異変にはすぐに気付く事が出来た。
澪の陰毛の様子がおかしいのだ。
女性器だけならともかく、流石に陰毛までは右手だけで隠し切れるものではない。
だからこそ、澪の陰毛の異変に気付けた。
陰毛かせ生えている箇所の左半分だけが不自然に短いという事に。

これはどういう事なのか……、って答えは簡単ね。
言わずもがな、澪の陰毛はかなりの剛毛だ。
剛毛という事は、剃っても即座に生え揃ってしまうという事よね。
そういえば、律と会う予定がしばらく無いせいか、
最近の澪は普段剃毛している陰毛を伸ばしたままにしていた。
傍目から見ても分かるくらい、その陰毛は生え揃い始めていたのだ。
流石は剛毛と言った所かしら。
多分、律と会う前日にでも、まとめて剃毛するつもりだったのだろう。

だけど、澪は今日突然に剃毛を行っている。
何故なのか、その気持ちは私にもよく分かった。
昨日、律と電話で会話をしたせいだ。
詳しく言えば、梓ちゃんが律と急接近している事に危機感を覚えたからだろう。
いつの間にか梓ちゃんは律と異常とも言えるほど仲を深めていた。
その後の様子を見る限り、澪にはそれがいたく衝撃的だったらしい。
恐らくは全くのノーマークだったのだろうと思う。
普段の梓ちゃんの様子を見る限り、律と急接近するなんて誰も思わない。
私だってかなり驚いたもの。
澪の驚きは私の何百倍にもなるでしょうね。

だからこそ、澪は今日剃毛を始めたのだ。
律への気持ちを忘れないために。
油断せずに今後も律を想い続けるために。
本当に健気な子よね……。
そもそも、律の剛毛嫌いも澪の勘違いだと思うけれど、確証が無いのに伝えていいものなのかしら?

私は澪の律への強い想いを感じて頷きながら、
澪の陰毛から目を逸らして、半分だけ剃られた陰毛については触れない事にした。
これでも私と澪はクラスメイトなのだ。
澪が幸福に向かって進むのなら、それを陰ながら応援するのがクラスメイトだろう。
二学期が終われば、律と澪の関係の手助けをしたっていいと思う。
このひきこもり生活だけはやり遂げてもらわなければならないのは大前提だけれど。


「それでね、和ちゃん、澪ちゃん!」


不意に唯が楽しそうな声を上げる。
私は唯に視線を戻して、唯の次の言葉を待つ事にした。
すぐに唯は興奮を隠し切れない様子で続けた。


「私、面白い事を考えたんだ!
そこで出て来るのが、ここに集めましたたくさんの衣装であります!
ねえねえ、皆で色々着てみようよ!
そう! コスプレ大会ってやつだよ!」


「コスプレ大会……ね。
ある程度予測出来ていた事ではあるけど、本当にやるの、唯?」


「あ、勿論、ただのコスプレ大会じゃないよ!
裸のままで着ちゃおうって思ってるんだ!
折角、私達裸んぼなんだもん!
これを生かさないって道理は無いよ!」


「唯から道理って言葉が出るとは思わなかったわ……。
裸コスプレ大会なんて、あんたもまた妙な事を考えたものね。
まあ、丁度読書感想文を書くのに疲れて来た所だし、付き合ってもいいわよ」


「付き合うのっ?」


軽く叫んだのは澪だった。
澪としては早く残りの陰毛も剃ってしまいたい気分なのだろう。
唯も澪のその気持ちを分かっているらしく、意地悪く笑って誘惑を始めた。


「まあまあ、いいじゃん、澪ちゃん。
きっと楽しいよ?
りっちゃんだって澪ちゃんの色んな恰好を見てみたいって思ってるはずだよ!」


「そ……、そうかな……」


「そうだよ!
りっちゃんって、澪ちゃんの髪型を結構いじったりする事あるでしょ?
それは澪ちゃんを色々変えてみたいって気持ちの表れだよ!
澪ちゃんって素材を大切に思ってる証拠だよ!」


「わ……、分かった!
私も色んな衣装を着てみる! 私も着るよ!」


こうして、一人のクラスメイトが落とされてしまったのだった。
唯にすら手玉に取られるなんて、何て簡単な子なのかしら、澪って……。
まあ、律にもかなり影響されている子だから、
澪って子は人に感化されやすい子なのかもしれないわね。


「じゃあ、早速始めようよ!
よーい、ドン!」


競争する必要は全く無いと思うけれど、唯が嬉しそうに手を叩いて宣言した。
よっぽど暇潰しに飢えているのだろう。
大体、お風呂場に居た澪を無理矢理連れて来るくらいだから、本気で暇でしょうがないんでしょうね。
唯を暇にさせてしまっているのは私の責任でもあるから、どうにかしてあげないとね。
私は苦笑しながら立ち上がって、その場に置いてあった服を手に取ってみる。

……あ。
初っ端からとんでもない物を引き当ててしまった。
正直抵抗はあるけれど、自分だけ我儘を言っていても仕方が無い。
当然だけれど、私はブラジャーもショーツも穿かずにそれを着用してみた。


「わー、和ちゃん、コケティッシュー!」


私の服装を見て、多分、意味も分からずに唯が歓声を上げる。
コケティッシュは確か日本で使われている意味では、
『独特な可愛らしさを持っている』だったはずだから、間違ってはいないのが唯らしいけれど。
私が着たのは古い時代の体操服……、要はブルマーだった。
私の物ではない。
そもそもブルマ―なんて穿いた事無いし、学校規定の体操服だって違う。
つまり、これは私のお母さんの物だ。
古さから考えるとお母さんが学生当時に穿いていたものだろう。
物を大切にする人だとは思っていたけれど、まさかこんな物まで取っているなんてね。


「ブルマなんて漫画くらいでしか見た事無いよー。
和ちゃんのお母さん、変なの残してるよねー」


言ってから唯が楽しそうな笑顔を見せる。
それに関しては反論の余地も無いから、私としては軽く苦笑する事で応じるしかなかった。
それにしても、お母さん……。
思い出が残っている物なのかもしれないけれど、流石にこんな物まで残さなくても……。

でも、お母さんの物持ちの良さより、私には気になる事があった。
こればっかりは非常に気になって仕方が無い。
私は体操服を乳房に触れさせないように前に伸ばしながら呟く。


「それにしても、この生地は酷いわね……。
乳房と乳首が擦れてとても痛いわ。
そもそもはアンダーシャツを着て着用する物なんでしょうけど、それを前提としないと辛いわ。
まあ、それはあんたにも言える事だけどね」


私が指摘すると、唯がかなり辛そうに苦笑した。
私が体操服を着ている間に唯が袖を通したのは、当然と言うか最初に見つけた白衣だった。
前を完全に綴じて一見しただけでは普通の白衣姿に見えるけれど、
その下の唯の身体が全裸という事を考えると、何とも言えない気分になる。
単なる全裸よりも恥ずかしい気がするわ。
そういえば、そういう服装の登場人物が出てくる文芸書、読んだ事あるしね。


「和ちゃーん……、おっぱいの先っぽが擦れて痛いよー……」


唯が表情を苦笑から半泣きに変えて、呻くように呟く。
それはそうでしょうね。
生地の厚さと丈夫さは体操服よりも白衣の方が遥かに上だもの。
それこそ画用紙に生の乳房を擦り付けているようなものだ。
うっ……、想像しただけでも、自分の乳首に嫌な感覚が……。
私の嫌そうな表情に気付いたようで、唯が今度は感心した素振りで呟いていた。


「変態さん、凄いね……」


「ええ、凄いわね……」


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最終更新:2013年02月20日 22:40