もう一人の私、もう一つの私。
例えば私が桜高に行ってないとする。
そしたら、みんなどうなってたのかな
そんな世界が存在するのかなあ
律「なあにブツブツ言ってるんだよ、唯」
どうなってるんだろ、その世界
律「唯?」
行こうかな
律「唯………?」
………
……
…
朝
憂「お姉ちゃん~遅刻するよ…?」
唯「ん……ん…」
瞼をこじ開ける
朝日と鳥の囀りが、私を夢から覚めさせる。
私は急いだ。パンを齧りながら走って家を出た。
いつもの道。
並木道に沿って踏切を渡り、いつも書店前の自販機で一服。
荒れるに荒れた髪型を整えながら私は学校に行く。
普遍的な共学高校だ。とくに目立ったところもない。
私は今年で高校二年になる。妹は違う学校に進学した。
私もその学校が希望だったが、学力が足りなかったみたいだ。
2-Bと書かれた教室に入っていく。
疎らな人数が輪っかを成して彼方此方で会話をしている。
男「唯~遅いじゃないか?」
唯「男君~おはよう!」
幼馴染の男君。私が幼稚園の頃からの付き合いだ。
昔から遊んでたっけ。親友と呼べる存在なんだと思う。
男「二年生そうそうの二日目で寝癖だらけかよ」
唯「直してる時間無かったんだ~」
にっこり此方がはにかむと、彼もわらってくれる。
男「そういや、妹の憂ちゃんも高校生だよな」
唯「うん、憂は桜高行ったけどね~」
橘「あの進学校!?生まれる順番間違えたんじゃ」
唯「酷いよ~」ガーン
橘「そんな出来た妹だったとはな…」
こんなたわいもない話をしてれば時間は過ぎた。
私はこれが"私"と思っていたんだろう
このころから、私は憂に劣等感を抱いていた
私は部活にも入っていない。
憂は入ったみたいだけど。
帰宅部の部長みたいなものだ。
わたしの日課といえば、下校時にスタバによることだと思う。
彼処のコーヒーは中々美味しい。
お洒落だし、私も大人な気分になれる。
私の生命線というべき存在か。
学校がようやく終わり、私は日課に勤しむ。
今日もコーヒー片手に勉強をしようか
そんな時、隣の席から声が聞こえてきた
澪「似合ってるじゃないか!」
律「中々だな~ムギ!」
梓「ムギ先輩はなんでも似合いますね!」
ムギ「みんなありがと~」
典型的な女子グループか。
私も中学生の頃の切実な夢
こうやって輪っかになってふざけあうこと。
でも今は…
そんな事には目もくれず、私はひたすら勉強に明け暮れる
あの高校に落ちてからかもしれない。
私は夢とかは無く、ふわふわ生きてきた人間だからだろう。
私は良い大学に入り、立派なOLになるんだ。
唯「ふぅ……」
私はやれば出来る子なんだろう。
確実に成績は右肩上がりだ。
其れを楽しめてはいないのかもしれないが、
勉強が私の頼みの綱であり、生き甲斐になっていっている
この生活がベストだと私は思っていた。
唯(あの女子グループはまだ居るのか…)
彼女らはイヤホンを耳にかけながら、ノートにいろいろかいているようだ。
とはいっても覗き込むのは無理なようだ。
私は彼女たちの笑顔を観ていた。
彼女達は、幸せなんだろう。幸せなんだろうな
私はそろそろ、と夕飯の準備にあたらなければいけないから、
スタバを出る事にした。
???「ごめーん!遅れた……」
澪「遅いぞ!」
律「全くなにしてたんだよ~」
私が料理するのも日課だった。
憂は最近帰りが遅い。
私とは違くて、人生に満足しているんだろう。
いつも彼女の話題は部活だ。
唯「お肉…高いよ…」
両親は共働きだ。
中々裕福だった。父がリストラされるまでは。
それから、両親の教育方針は私を除外する形になった。
そのせいとは言わないが。
唯「ついた……」
唯「重かったなあ」
冷蔵庫に食べ物を入れていく。
静寂がつつむ家は息苦しかった。
憂「ただいまー!」
そう、私はこの声に癒される。
唯「おかえりー、憂!」
寒いねーと話しながらリビングに向かう。
憂「今日も美味しそう!ありがとうお姉ちゃん!」
唯「良いんだよ~うい~」
私は彼女に癒しを貰ってるんだろう
そんな大切な彼女を、私は僻んだ目で見つめるようになり始めた
憂「お姉ちゃん!今日はね~…」
憂は桜高に入ってから本当にイキイキしてる。
彼女は本当に楽しそうで、私はそこに嫉妬してしまう
私は彼女が大好きなのになあ…。
彼女は食べ終わると、急いで部屋に帰る。
部活の練習の予習をしているらしい。
最近はどんどん彼女との時間も減った。
昔は一緒に料理したり。
買い物したりしてたのに
憂「お姉ちゃん~」
部屋に入った彼女がドアを開ける
唯「ん~?」
憂「明日のクリスマス、部活の先輩方が来るんだけど、良いかな?」
私は心底嫌だった。
一瞬眉間に皺が寄り、凍りついた表情を憂に晒してしまう。
だが、私はすぐに表情を戻す。
ニコッと「良いよ」と一言
それは突如の話だった
唯「言うの遅いよ~」
憂「ごめん~ついさっき先輩が勝手にきめちゃってさ」
唯「もう~」
唯「良いよ、私が料理とかしとくから。」
憂「本当!?ありがとう!お姉ちゃん」
本当は嫌だったかもしれない。
しかし彼女のお願いだ。私は考えもせず、決めてしまったのだろう
ピーッピーッピーッ
人工物の動作音と呼吸の音がする。
各種の人工物は其れの至る所に刺さっておおり
ケーブルがそれを仲介する。
二人の人間が騒々しく怒鳴り合っている。
雫を垂らして、這いつくばって、人間が悶絶したような表情で私を覗く
機械音に掻き消されたその言葉。
ある人は叱責し、ある人は冷静で
ある人は人格が崩壊したように阿鼻叫喚している。
私は見えてはいない。
見えない眼で"見ている"のだ。
人々はやがて去っていく---------
律「おじゃましまーす!」
澪ムギ梓「失礼します、」
唯「どうぞどうぞ!」
笑顔で彼女らと対応する。
みたところ、私とおない年くらいみたいだ。
律「似てるなー、憂とお姉さん」
澪「瓜二つだな」
憂「ありがと~律先輩、澪先輩!」
梓「しかし、出来たお姉さんですね。」
出来てるもんか、と私は小ちゃな女の子が言った言葉を腹で否定した
彼女らは和気藹々と、家族のような距離で接している
律「凄いね~唯さん!料理の才能あるよ!」
澪「律はないからな」
律「なにを~!」
楽しい人達だ。皆がお互いを信頼してるような、そんな関係を感じた。
だからこそ、その中心に憂が居る事に、私は憤りを覚えた。
八つ当たりの類だろう。それでも私はなにかをゆるせなかった。
律「澪はおっぱい無いくせに」
澪「それは……//」
律「梓に負けているもんね~」
元々彼女は人に好かれていたんだろう。
私はお姉ちゃんながら、憂に憧れていた。
それは何より両親からも愛されていたんだ。憂はね。
私は寂しかったよ。でも憂がそばにいたから、
でも遠くなっちゃったね。
私は寂しくないよ。
憂「…お姉ちゃん?」
唯「ん?どうしたの~憂~」
憂「お姉ちゃんにもきてほしいなって」
憂「文化祭」
律「ぜひ来てくださいよ!お姉さん!」
梓「お願いしますです!」
私は彼女らの熱気にも怖気つかされた。
部活ごとき…とは冗談でも言えないような、
唯「もちろんだよ憂~」
憂「本当?やったあ!」
唯「でもなにするの?」
憂「ライブだよ、ライブ」
唯「ライブ?」
律「私たち、HTTってバンドを--------…
またそれか。団結アピールだよね。
私、そういうの嫌いなんだよ。
お姉さん相手に挑発しているのかな?
私は憂のお姉さんなんだよ?
血が繋がってるんだよ?
私は彼女らを蔑んだ目で傍観した。
格が違うのを理解していないのかな
何を勘違いしたのだろうか
私は私でなくなってた。
生き甲斐を寝取られた気分だった。
同病相憐れむといったところか
私と憂は傷を舐め合う関係で、痛み分けしてると思った。
でも彼女は違った。彼女は人に好かれる性質だった。
両親も私と彼女とは態度が違った。
それだけ彼女が特質で、才能を有する人間だったのだろう。
最早活きている世界が違ったのかな。
彼女は明るくて人気者だった。
中学の頃は一緒の学校だったから、私は彼女の姉という。
所謂大義名分をいただいていた。
しかし高校では違った。
彼女は両親に桜高を半ば強引に推し勧められ、
彼女は受け入れた。
もう私は要らない、用済みの存在だったのかもしれない
両親は落ちた私をこっぴどく叱責した。
当然だったのかもしれない
なぜなら
---ある日の事
父「話があるんだ」
何時もと同じ、低く冷たい声で私は父の書斎に呼ばれた。
父は半ば私を気遣いせずに言い放った。
私は腹違いの子であり、今のお母さんは義母だと。
父は自分の失態を正当化するような言い回しで
私に来れまでの経歴を述べている。
父は反省も謝罪も失態も落ち目の欠片も、彼の言動、挙動には感じなかった
父は私を育てた恩人だと言い切った。
最早最下層の人間に成り下がった父のくせに。
ギャンブルに没頭し家計も知らず、酔狂している父
男をはべらかせ、一日中パートではなくホテルの一室で乱れてる母
平沢家の大黒柱は常時揺らぎ、軋む音が響いている
私は冷静だった。
資産、財産を全て妹につかって貰った。
そのお蔭で彼女は進学校に合格し、悠々自適な日々を送っている。
かたや私は、限られたお金で家計を成立させ、スタバかバイトの日々
昨今の高校生の時給など高が知れている。
それでも、私は労働するしかなかった
三大義務も果たせない両親だから。
最終更新:2013年02月22日 22:17