二次キャラ聖杯戦争@ ウィキ

Memento mori(前編)

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1 魔術師殺しは策謀を巡らせ蠢動する

「――――――っ!?」

新都をトラックで走り回っている最中、衛宮切嗣は突然訪れた痛覚に顔を顰めた。
マスターの些細な様子の変化を鋭敏に感じ取ったのであろう、傍らで霊体化しているライダーが怪訝そうな声音で声を掛けた。

「おい、どうしたマスター?何かあったのか?」
「…僕は大丈夫だ、それよりも一瞬で良い。ペガサスフォームを使ってくれ。
探る場所は深山町の大橋前だ、説明している時間が惜しい」

ライダーとしては今はディケイドライバーの修復に全力を注ぎたいのだが、切嗣は恐らくそれを踏まえた上で言っているのだろう。
ともかく指示に従ってペガサスフォームで索敵を行なったところ、今までは見られなかった異常を発見した。

「こいつは…何かが飛び回っているな。何かまでは分からないがどうも“見られている”、そんな気がするな。
俺の勘だが多分これは街を監視するためのものなんだろうさ、十中八九キャスターのサーヴァントの仕業だな」

ライダーが捉えたものの正体はキャスター・リインフォースが街中に飛ばしたサーチャーである。
ステルス性能が高められたサーチャーもペガサスフォームによって強化された超感覚ならば問題なく補足できるのだ。
ただしそれ以外の形態では注意していても察知するのは難しいとしか言えないのだが。
閑話休題。


ほんの数秒足らずの索敵を終えて変身を解除、再度霊体化したライダーの分析を聞いた切嗣の表情が露骨に曇った。

「実はさっき深山町からこちらに移動させていた使い魔が破壊された。
君に探ってもらったのも使い魔が落とされたあたりだ、やったのは…まあ言うまでもなくキャスターあたりのサーヴァントだろう」
「タイミングから考えれば偶然って事はないだろうな、何せあんたが使い魔を放ってからもう半日近く経っている。
もしキャスターが最初から深山町に網を張っていたならもっと前に使い魔が落とされているはずだ」
「ああ、まず要点を省いて結論だけを言うならば…君の言う殺し合いの打破を狙う連中にキャスターが新たに加わった可能性が出てきた。
事実だとすればはっきり言って想定する限り最悪の状況だ。理由は言わずとも理解しているだろう?」
「………」

現状の深刻さを理解しているのかライダーは沈黙を保っている。
だが黙っていても事は進展しない、切嗣は構わず話を続ける。

「今まで僕らが他の参加者を相手に優位に立ち回れていたのは事前に敵マスターとサーヴァントの情報を入手し、その上で常に奇襲を仕掛けていたからだ。
柳洞寺のライダーを始末した時点である程度はこちらの情報が漏れる事は覚悟していたが、それでも僕は問題ないと思っていた。何故だかわかるか?」
「さっきのセイバーとそのマスターを倒した後で他の奴らを各個撃破する気だったから、か?」
「それもある、しかし一番の理由じゃない。最大の理由は連中のサーヴァントは全て騎士系のクラスだったからだ。
多少こちらの情報を得たところで向こうが取れる手段は少ない。何しろ搦手を使おうにも使えないんだからね。
だがキャスターがここに加わるとなると話は変わる。君の言う通り今になって使い魔が破壊されたという事は即ちキャスターが動き出してからそう時間は経っていないということだ。
にも関わらず簡単に使い魔は補足された。オーズのマスターかルルーシュか、とにかく僕の流儀を多少なりとて知っている者の助言があった可能性が否めない」

一息に捲し立てるように話し終え、一旦言葉を切る。
切嗣らしくない饒舌さをライダーは当人も自覚しきれていない焦りの表れだろう、と心中で評した。
恐らくだが以前にも参加したという聖杯戦争でもここまで戦略レベルで多勢に追い詰められた経験が無かったのだろう、あっても困るが。

「それだけじゃないな、オーズとそのマスターは学園に向かい、オーズは俺のことを知っていた。
今頃俺の能力は全て奴らに暴かれているだろうな、もしキャスターと手を結んだのがオーズだとすると…」
「…今後はこちらの弱点を執拗に狙われることになるだろう、僕から見ても君に弱点が無いわけじゃない」


ライダーのプライドを傷つけるような発言だが当のライダーは動じない。
本人も自分を絶対無敵の存在などと自惚れてはいない。

まずライダーのサーヴァント・門矢士には本来騎士クラスに備わっているべき対魔力スキルが無い。
響鬼のように防御力に優れた形態はあるものの、それとて専用の防御スキルや宝具を持つ者と比較すれば大きく見劣りする。
またカードを装填することで多種多様な戦術を展開するという独自の戦い方も状況次第では弱点になり得る。

ライダーカードを使用することで能力を扱うということは、特殊能力を使用あるいは他の形態に変身する際は必ずカードをバックルに装填するという工程が必要になるということ。
また、カードは手にしたライドブッカーから取り出して装填する。つまり、腕と腰のバックルのどこか一箇所でも損傷を負えばそれだけで特殊能力の発動が困難になってしまうのである。
先のセイバー戦ではこの点を突かれて敗走を余儀なくされた。敵の情報を得ているのはこちらだけと思い上がった結果が宝具にして生命線たるディケイドライバーの破損である。
総じて攻撃力と機動力に優れる反面防御面では過信できるだけの性能が無いのが仮面ライダーディケイドなのだ。

「しかもこちらは索敵の手段を一つ潰されディケイドライバーが直るまではペガサスフォームによる索敵も満足にできない。
キャスターが実際に連中と手を結んだかどうかは未確定だが常に最悪の状況を想定しておいた方が良い。
こちらで戦力を整えるまでは深山町に戻るべきじゃないだろう、袋叩きにされるのがオチだ」
「それで?あんたはわざわざ現状を嘆くためだけにこんな話を振るようなタマじゃないだろう。
あんたがこんな話をするってことは必ず何かしら打開策を用意している、違うか?」

渋面を作りながら問いかけるライダーに切嗣は無言で首を縦に振って応じる。
確かに状況は加速度的に悪化の一途を辿っているが既に後戻りなど出来はしないのだ。

「魔術の基本原則のひとつは己に足りないものを他から補うことだ。
ちょうど今僕らが動けない分を補ってくれる人間がいる、今までに比べれば確実性に欠ける策なのは否めないがね」

そう言うや切嗣は裏路地に車を走らせ路肩に停車させると懐から携帯電話を取り出した。
迷いのない手つきで先ほどこちらに掛けてきた番号を入力していく、相手は無論枢木スザクだ。
二回目のコール音が鳴ったあたりで相手が出たようだ。

『枢木です、衛宮さんですか?』
「ああ、こちらも一段落したところでね。今話せるかい?」
『はい、むしろ待ちかねていたところです』

電話越しのスザクの声音には意欲、あるいは闘志めいたものが含まれている。
恐らくスザクの置かれている状況は逼迫したものではなくある程度打って出るだけの戦力的余裕があるということだろう。

(やはり枢木には協力者がいる可能性が高いな。そうでなければこれほどの強気は有り得ない。
ライダーから奪った武装を破壊する程の実力者と交戦してたった半日で巻き返す…相当の実力者を引き入れたのか?
だからこそ弱者を気にかける余裕も生まれる、そう考えると奴の動かせる戦力は少なくともサーヴァント3騎以上ということになりかねない)

実際切嗣の推測はかなり的を射たものであった。スザクの何気ない一言や言葉の端々に込められたニュアンスから少なくない判断材料を得ているのである。
しかしそれらは判断材料であっても確定事項ではない、故にここで推測と事実の誤差を少しでも埋めておく必要がある。

「まず最初に聞いておきたい事がある。僕は先ほどまで君は脱落したものだと思っていた。
君のバーサーカーが僕のサーヴァントから強奪した宝具が消滅した事をこちらで感知した時点でそれほどの強敵に襲撃されたものと判断して君の生存を諦めていたからだ。
にも関わらず君はこうして立ち直った。鳴上悠と協力でもしたのか?」
『彼に関しては…そうですね、僕のミスです。あの後お互いに別行動を取っていたのですがいつの間にか行方をくらませていました。
正直に白状すると彼に令呪を一画使わせてランサーがバーサーカーに攻撃できないようにさせてはいたのですが……』
「行動自体は制限しなかったせいで逃げられた、と。言いたくはないが詰めが甘いな」

切嗣の指摘にスザクはしばらく沈黙した。その正直な反応に若さ、あるいは未熟さを感じた。
最初に戦闘に介入してきた時は強かという印象を抱いたものだがその考えはどうやら間違っていたらしい。
だがそれはそれで構わない。指揮官たるマスターが未熟な方がこちらで操縦しやすいというものだ。

『ともかく、僕がこうして復帰できたのは別の協力者のおかげです。無論、詳しい素性やサーヴァントについては教えられませんが。
少なくとも僕に協力者がいるという事実はこうして貴方に連絡を取れた事である程度証明されたと思っています。これが僕から貴方に提供できる一つ目の情報です』

要するに「自分には協力者がいるから妙な事は考えるな」という牽制なのだろう。
まあ言われるまでもなく状況的にスザクが協力者を得ている可能性は高いと考えてはいたし、今は敵対する気もないので特に気にはしない。

『僕の方からもいくつか聞きたいことがあります。まず柳洞寺の攻略についてはどうされるつもりですか?
鳴上悠は抜けましたが僕と貴方、そして僕の協力者なら攻め落とす事は不可能ではないでしょう。
特に宝具を無効化するライダーはできるだけ早期に排除するべきだと―――』
「枢木、悪いがそのライダーならこちらで既に排除したよ」
『………え?』

電話越しから聞こえる間抜けな声から察するにスザクの持つ情報はかなり古い段階で止まっているのだろう。
同時にスザクが戦線に復帰して間もなく、まだ十分な情報を仕入れていないことが窺える。
この男は情報というものが生ものであり、少しの時間で古くなるということを理解しているのだろうか。

(しかしこれはこれで利用価値がある)

スザク側の情報が乏しく古いということはこちらで提供する情報での誘導がしやすいということだ。
現状では数少ない味方であると同時に目の上のたんこぶでもある陣営がわざわざ自分達の弱点を晒してくれたのは望外の喜びである。

『…そ、そうですか。衛宮さんも誰か協力者を得たのですか?』
「いや、あいにくこちらは一人だ。現在の情勢にも関わる事だからその時の状況を君にも話しておこう」

内心でほくそ笑みながら切嗣は柳洞寺のライダーを排除した経緯とそこから今までの状況を説明した。
尚この時オーズの事も教えたが、その途端霊体化しているライダーから刺すような視線を浴びせられたが無視した。

確かにスザクのバーサーカーの能力を鑑みれば自身のライダー同様オーズもバーサーカーに対して相性が悪い可能性は高い。
もしオーズがバーサーカーに倒されるようなことがあれば折角ある程度修復されたライダーとの関係も再び悪化するのは火を見るより明らか、さらにオーズの力を取り込み戦力を強化するという目論見も水の泡になるだろう。
だが切嗣が考えるにオーズの情報は隠し立てできるものではない。
独特すぎる外見から一度見ればライダーとの関係性を看破されるのは確実であり、教えなかった場合こちらの信用を損ねる結果になりかねない。

『……そうでしたか。しかし、まさかルルーシュが出し抜かれるなんて…』
「…?君の知り合いか?」
『…ええ、まあ。彼は元の世界では革命家のリーダーとして戦っていました。
正直に言ってギアスを抜きにしても相当な智謀の持ち主なのですが…』
「成る程ね、革命家と聞いて得心がいったよ。ルルーシュはギアスと奇策頼みの無能マスターだったというわけだ」
『なっ……!?』
「奴はガウェイン卿の能力を活かさず他人のサーヴァントを連れ歩いた。
恐らくここぞというところで令呪を使うのと、柳洞寺を守る門番としての役目を期待したのだろうが僕に言わせれば上手くない策だ。
奇策とは正攻法が活きてこそ役に立つ。正面戦力を疎かにした奇策など手品同然だよ。
はっきり言って指揮官としては二流、よくても一流半だな。ギアスさえ警戒していればどうということのない相手だと思うがね」

これは嘘偽りの無い切嗣の正直な感想である。
所謂傭兵である切嗣が言えた事でもないが基本的に戦争の必勝法は正攻法である。
相手以上の戦力を揃えて戦う。極端な話戦争はこれを徹底するだけで大抵勝利できる。
奇策というものは多くの場合正攻法に付随して展開されるべきもの、それだけに頼れば少しの計算違いで脆くも崩れる事となる。
あのルルーシュの状況への対処能力の低さとギアス頼みな醜態を鑑みれば、第四次聖杯戦争で戦ったロード・エルメロイの方がまだしも歯応えがあったぐらいだ。

『……いえ、そうですね。聖杯戦争に適応できないのなら元の世界でどれだけ有能でも意味はない。
それで、僕にこんな事を話したという事は何かしらの見返りか働きを求めているのでしょう?
貴方が意味もなく僕に情報を与えるだけとは考えていません、違いますか?』

前半の部分はどこか自身に言い聞かせるようであった。あるいはスザクとルルーシュは浅からぬ関係なのかもしれない。
それはともかく予想通りスザクはこちらの伝えた情報の裏にある意図を見抜いてくれた。
これでようやく切嗣にとっての本題に入ることが出来る。

「ああ、とはいえ君にとっても有用な話だと思っているよ。
今柳洞寺にはセイバー陣営一組だけが陣取っている。君、いや君たちには奴らの討伐を頼みたい。
もう知っているかもしれないが柳洞寺はこの冬木で最大の霊地、サーヴァントの魔力を回復させるのに最も適している。
確か君のサーヴァントはバーサーカーだったと記憶しているが?」
『そして僕達が柳洞寺を占拠したところを貴方が裏を掻いて撃滅する、そういうシナリオですか?
今の貴方の物言いで確信しました。衛宮さん、貴方はこの聖杯戦争以外の、どこか別の聖杯戦争に参加したことがある。
そしてその時の会場は地上に実在した冬木市で、僕のサーヴァントとも面識がある』

やはり気付いていたか、と内心で一人ごちる。とはいえ別に隠し立てしようと思っていたわけでもないが。

「ああ、その通りだ。しかしそれを反則と言いたいのならお門違いだな。
僕自身今回の聖杯戦争の舞台が模倣されたものとはいえ冬木市だとは思いもよらなかった。
第一全ての参加者は最初に教会に集められている、事前に会場の詳細を知る術など誰にも無かったさ」
『…確かにそうですね、失礼しました。しかしこの依頼、やはり僕達に厄介払いをさせようとしているとしか思えません。
他にも何かしらの見返りが無ければ素直に頷くことは出来ませんね』

相変わらずスザクの態度は硬いが、それはある種当然のことだ。
同盟を組んでいるとはいっても最終的には敵対する間柄、こちらの狙いを警戒するのは至極当然だ。

―――だが、その言葉すらも魔術師殺しの予想の範疇を出ない。

「それならば柳洞寺攻略に有用な情報をいくつか提供できる。
まずあそこに陣取っているセイバーは以前の聖杯戦争で僕が使役していたサーヴァントだ」
『―――!』
「だからサーヴァントとしての能力は全て把握している。何なら真名を含めた全ての情報を開示しても良い。
何しろ今となっては敵でしかない存在だからね、その能力を君に明かしたところで僕の懐は一切痛まない。
それからセイバーのマスターの能力についてもこちらである程度は把握している、勿論信じる信じないは君次第だが」

恐らく予想外の返答だったのだろう、電話越しのスザクは暫し押し黙った。
ややあってこの依頼を受けることとセイバーの真名とスキル、宝具に加えマスターの能力の開示を求めてきた。
それに対して切嗣は偽ることなく明確な情報全てを話した、特にセイバーの対城宝具やマスターが有する投影魔術と狙撃及び白兵戦能力の高さ、何より土地から魔力を吸収する紅剣に関しては念入りに説明した。
切嗣にとってスザクは今のうちに出来るだけ消耗させたい難敵ではあるが、かといってあまりにもあっさり壊滅されてはルルーシュやオーズらに利するだけ。
スザクには出来る限り深山町の敵勢力を掻き回し、合流を阻止してもらいたいのだから。

『情報の裏付けはこちらで取ります、もし貴方が開示した情報に明確な偽りがあればその時は―――』
「無論、理解しているさ。それに今の段階で無意味に敵を増やす気もない。
少なくとも今話した敵サーヴァントの能力に偽りが無いことは保証するよ」
『それもこちらで確認します。ああ、それと一つ朗報がありますよ。
―――どうやら鳴上悠とランサーが脱落したようです』
「何……?いや、なるほどそういう事か。
君のバーサーカーの右足の負傷はランサーにつけられたものだった、というわけか。
しかし解せないな、なら何故あの時介入した?君からすれば少し待っていればバーサーカーの傷を消せただろうに」
『ランサーの戦闘能力を買ったまでのことです、まあその前に逃げられてしまいましたが。
ともかく返礼というわけではありませんが、これが僕から貴方に渡せるもう一つの情報です。
これで鳴上悠が万が一にも貴方を恨んで攻撃を仕掛けてくるという可能性は消えましたね』

確かにそれは現時点での懸念事項の一つではあった。
コンテンダーを失いライダーも弱体化している今の段階で鳴上悠に発見されれば流石に劣勢を免れない。
午前までならいざ知らず、多くの参加者に敵視された現状では娘の仇などと言っていられる状況でなかったのは事実だ。
そういう意味では確かに意味ある情報ではあるだろう。

「わかった、情報の提供に感謝しよう。競争相手にこう言うのも何だが武運を祈っているよ」
『ええ、今貴方に倒れられるのは僕としても少々困ります。それではまた』

そう言ってスザクは通話を切った。携帯電話をしまい、代わりに煙草を取り出して火をつける。
すると傍で霊体化していたライダーが突如実体化した。その表情はこの聖杯戦争で何度となく見てきた、魔術師殺し・衛宮切嗣に対する侮蔑のそれだ。
薄々感じてはいたが、どれほど孤高であってもこの男は根本的に善良さを捨てきれないのだろう。

「随分悪どい真似をするんだな、キャスターの事を伏せたのもそうだが…さっき俺が言った事を忘れたわけじゃないんだろ?」
「…同盟者に対して誠実さを通しただけさ、キャスターの存在もほぼ確実というだけで証拠は無いしセイバーの件にしても同じ事だ。
確証の無い推測で味方を惑わすわけにもいかないだろう?」

そう、切嗣はスザクに対して二つ話さなかったことがある。
一つは先ほど使い魔を破壊したと思しきキャスターの存在。
そしてもう一つは先ほどセイバーと交戦したライダーが漏らした所感である。

ライダーと交戦中、令呪の援護と膨大な魔力供給を得たセイバーは間違いなく戦力を増大させた。
それ自体はこれといって不思議なことではない。マスターとサーヴァントの合意によって発動された令呪はサーヴァントに比類なき力を齎すのだから。

だが同時にライダーの直感はそれだけではないのではないか、という警鐘を鳴らしていた。
ライダー自身確かな事は何も分からない、だが令呪による一時的なブーストだけでは説明しきれない何かがあの時のセイバーからは感じられたのだ。

だが結局その正体を確かめることは出来なかった。何故ならサーヴァントにはマスターに与えられるような透視能力は備わっていないのだから。
そしてマスターである切嗣も令呪の援護を受けた後のセイバーを目視していない以上、何かしらの変化があったかどうかは掴めていない。

どちらも場合によっては柳洞寺の攻略に影響が出かねない情報である、しかし切嗣はスザクにそれらを伝えることをしなかった。
確かにスザクに簡単に脱落されては困るが、だからといって柳洞寺攻略を躊躇されても切嗣の思い描く戦略に支障が出る。

即ち士郎やルルーシュらとスザクを喰い合わせ、タイミングを見計らって切嗣らで敵を処理していくという図式である。
スザクが穴熊を決め込み深山町の戦況が膠着するのは戦力の乏しい切嗣にとって望ましくない展開だ。
バーサーカーを従えるスザクにとって魔力の補充手段の確保は間違いなく死活問題であり、その点を刺激するよう切嗣も話を誘導したが念には念を入れておくべきだ。

この件についてこれ以上話すことは何もないとばかりに切嗣は再び軽トラックのアクセルを踏み、表通りに向けて車を走らせた。
ライダーもまたそれ以上何も口出しはしなかった。彼にとってもスザクらは自分の力の一端を奪った怨敵、同情の余地は微塵も無い。

目指すは警察署、敵情視察の前に武装の補充をするべく魔術師殺しは静かに動き出した。

【新都/夜】

【衛宮切嗣@Fate/zero】
 [令呪]:1画
 [状態]:固有時制御の反動ダメージ(中)、魔力消費(大)
 [装備]:ワルサー、キャレコ 、携帯電話、鉈、大きな鏡、その他多数(ホームセンターで購入できるもの)
 ※携帯電話には枢木スザクの番号が登録されています。
 ※深山町内に放っていた使い魔が撃墜されました
 ※トンプソン・コンテンダーが破壊されました。少なくとも自力での修復・復元は不可能です

【ライダー(門矢司)@仮面ライダーディケイド】
 [状態]:ダメージ(小)、魔力消費(中)、隠蔽能力再発動まであと約一時間半、ディケイドライバー損傷
 ※ライダーカード≪龍騎≫の力を喪失(コンプリートフォームに変身するだけなら影響なし)。
 ※ライダーカード≪電王・モモタロス≫破壊(コンプリート フォームに変身するだけなら影響なし)。
 ※ライダーカード≪キバ≫の力を喪失(コンプリートフォームに変身するだけなら影響なし)。
 ※ステータス隠蔽能力には以下の制約があります。
 ・コンプリートフォームを発動したか否かに関係なく真名を知ったマスターには一切効果を発揮しない
 ・最後にコンプリートフォームを発動してから六時間経過するまで隠蔽能力は消失する
 ※アタックライド・イリュージョン再使用不可
 ※ディケイドライバーが損傷しています。それに伴い魔力生成機能が一時的に停止しています。修復が完了すると同時に再び稼働します
















2 動き出す騎士

衛宮切嗣との通話を終え電話をしまうと、いつの間に起きていたのか出夢がすぐ近くにいた。

「ん?おにーさん、電話する程の仲の奴なんていたっけ?」
「ああ、しばらく前に色々あってね。一応は同盟関係にある人だよ」
「ふーん、ま、どのぐらいの仲かはおにーさんを助けに来なかった時点でお察しだわな」

ばっさりと同盟者を切るような発言に苦笑しつつスザクは話を切り出した。

「確かに油断できない人ではあるね。ただその人からかなり重要な事を聞かされたんだ。
そこで君やアサシンの意見を聞かせてほしい。俺一人では何かしら陥穽があっても気づけていないかもしれない」

そう言ってスザクは切嗣との電話の内容を出夢とすぐ近くにいるであろうアサシンに話した。
話を聞き終えた後、真っ先に口を開いたのは意外なことにアサシンだった。

「ふむ、最大の霊地にたった一組で篭るマスターとサーヴァントか。
とはいえその情報、簡単には鵜呑みに出来んな。マスター、俺は真偽を確かめるために偵察に行かせてもらうぞ。
殺戮と戦闘の時間制限は了承したが偵察や工作活動まで制限された覚えは無いのでな」
「んー…ま、しゃーねーか。旦那も旦那の事情があるんだし」

やや不承不承といった体で出夢もアサシンの提案に頷いた。
出夢と違ってアサシン、サブラクには勝利するという意思がある。その意思を無碍にしない程度の器量は出夢にもある。

「ありがとう、アサシン」

スザクの礼には応えず暗殺者の英霊は姿を消し、陽が沈み始めた深山町へと躍り出た。
これで衛宮切嗣が齎した情報の真贋がハッキリするだろう。

(しかし衛宮さんのあの言いよう…彼は聖杯戦争においてはルルーシュ以上の策士かもしれない。
俺だけでは彼にいいように使われて終わっていたかもしれない、出夢とアサシンには本当に感謝してもしきれないな)

スザクは自分がさほど頭脳労働に向いていないという自覚はある。
だからこそこれまで多くの失策を重ねてきてしまった。本来なら自分は間桐慎二に一矢も報いること叶わずに朽ち果てていたはずだ。
故にこそこれから先は今までと同じ鐵を踏まないよう細心の注意を払わなければなるまい。

(それに―――)

ベッドに寝かせられ、未だ目を覚ます気配の無い少女、羽瀬川小鳩を見やる。
彼女の処遇、目を覚ました後の意思確認も避けては通れない問題だ。
もし小鳩が錯乱し、こちらに牙を剥くならば―――スザクと出夢は彼女を殺さざるを得ない。

いや、殺さざるを得ないなどと考えている時点で自分の中には未だ甘さと迷いが残っているのは明白。
それこそ出夢なら、どれだけ同情する余地ある相手であろうと一切の迷いなく殺せるだろう。
スザクに欠けているのはギアスの呪いに依らない意思の強さだ、牙があっても誰も殺せないとあっては話にならない。
実際、自分とバーサーカーは勝利を目指しながら未だ誰一人として殺せていない。


「戻ったぞ、情報通りだな。柳洞寺の階段あたりで様子を窺ったが山奥から感じられるサーヴァントの反応は一体だけだ。
好機と言いたいところだが少々面倒なことにもなっている。まず近くにいるNPC共の動きが妙だ、通常のルーチンから外れたように柳洞寺の周囲を歩き回っている者が複数人いる。
加えて柳洞寺の近くを魔力で構成された物体が飛び回っている、俺の推測だがキャスターが生み出した監視手段の一つかもしれん。
あるいは柳洞寺にいる敵がキャスターとも手を組んだのかもしれん、攻め入るなら時間はかけられんぞ」

いきなり傍で話しかけられ仰天するとそこにはついさっき偵察に出たはずのアサシンがいた。
しかも頼んでもいなければ心の準備も出来ていないのに饒舌に成果を話している。

「は、早かったねアサシン」
「旦那仕事早いなー、汚ないさすがアサシン汚い」
「何しろ柳洞寺の様子を探るだけだったからな。行って帰るだけならば時間はかからん」

何でもないことのように語るアサシンに強い頼もしさを覚える。
バーサーカーはこうした偵察などが出来ないのが難点だった。間桐慎二に付け入る隙を与えてしまったのもこのあたりにある。
ともかく情報の裏付けは取れた。問題は攻めるかどうか、そしてどう攻めるかだ。

「およ、おにーさんもしかしてやる気?わかってると思うけど僕は行かねえよ?」
「ああ、勿論それはわかってる。しかしアサシン、君はどうなんだ?」

スザクが矛先を向けたのは出夢ではなくサーヴァント・アサシンだった。
出夢が自らに課した殺人の制限時間は当然のようにアサシンにも課されている。
が、それにアサシンが心底から従っているかといえばそうとも言い切れない。実際今までも軽口程度の不平不満なら何度か口にしている。
第一アサシンは出夢と違って勝利を求めている。そして出夢もアサシンの意思をある程度は尊重している。

切嗣の齎した情報が確かなら柳洞寺という土地とセイバーのマスターが持つ魔力を吸収する剣は是が非でも手に入れたいものだ。
だが同時にスザクと腕と右足を直したとはいえ未だ万全には遠いバーサーカーだけで柳洞寺にいるセイバー主従を討ち取るのはさすがに困難。
ここにスザクと小鳩の治療を優先したために未だ負傷したままのキャスターを加えてもまだまだ確実とはいえない。
さらには柳洞寺周辺にはルルーシュのギアスがかかっているかもしれないNPCやキャスターと思しきサーヴァントによる仕掛けもある。
スザクにとってどうあってもアサシンの助力は必須なのである。敵の罠を破壊し、間諜に長けた者の存在が。

「…マスター、俺個人としては枢木が柳洞寺を攻めるなら協力しても良いと思っている。
ああ、そう睨むな、令呪を翳すな。お前の課した殺人の制限時間を破る気はない。
つまり条件付きの協力だ。俺は不足の事態が発生しない限り殺人と直接戦闘、大規模な破壊工作には関与しない。
代わりに柳洞寺周辺のNPCを無力化し、キャスターの仕掛けを壊し退路を確保する。
そして協力すること自体にも条件を付けさせてもらう。枢木が一定以上の勝算のある策を立てることだ。
聞く限りセイバーとそのマスターは容易に倒せるとは思えんし勝ててもこちらの損害が大きいとあっては意味がない、早い話が勝算の無い戦いには協力出来ないという事だ」

相変わらずの饒舌さで乗り気とも言える提案を出すアサシンに出夢もやや考え込む様子を見せた。
魔力消費の多さという問題を抱えているのは何もスザクとバーサーカーだけではない。
サーヴァントとしては規格外のスケールと霊格の高さを併せ持つサブラクにとっても魔力を効率よく回復出来る拠点は喉から手が出るほど欲しいものだ。



そも魔術の世界において魔力とは生命力と同義であり、この聖杯戦争に参加した魔術師でない者の多くは自らの生命力で以ってサーヴァントに魔力供給を行なっている。
その点に則って言うならば匂宮出夢や枢木スザクは非常に強靭な生命力を持っており、それからサーヴァントに齎される供給は決して少ないわけではないのだ。

が、狂化が施されたランスロットと紅世の王たるサブラクに対する供給としてはそれでもあまりに不足だった。
バーサーカーとして現界していることや、あまりにも霊格が高いことからマスターに要求される能力水準が高すぎるのである。
これがスザクらの陣営が抱える弱点の一つ。サーヴァントの魔力消費の多さから来る深刻な継戦能力の不足である。

サーヴァントというマシンのスペックが如何に高くともそれを駆動させる燃料たる魔力が足りないとあっては意味がない。
さらにスザクの場合は生命の危機において発動するギアスの呪いでバーサーカーへの供給を意図せず断ってしまう危険があり、アサシンは自身の魔力貯蔵量がそのままサーヴァントとしての生命力に直結しているという他のサーヴァントに無いハンデまで抱えている。
条件付きと言いながらその実アサシンが乗り気な物言いをしたのもこうした問題に起因する。
これから先どういう戦略を取るにせよ、サーヴァントたる自身の魔力が尽きればまともに行動する事すらままならないのだから。



「んー、何かおにーさんも旦那も焦りすぎじゃね?ぶっちゃけどう考えても切嗣とかいう奴の思惑通りって気がすんだけど。
それにさあ、あと何時間かしたら僕もまた戦うし、そこまで待っても良いんじゃねえの?」

珍しく慎重論を唱える出夢。口の軽さから人によっては頭が悪いという印象を受けるが実際は決してただの馬鹿ではない。
自分達を厄介な敵にぶつけようとする衛宮切嗣の思惑をしっかり読み取っていた。
だがスザクにはスザクなりの考えがあったようで、首を横に振った。

「待っていてルルーシュやオーズというサーヴァントのマスターと合流されたら余計に苦しくなるよ。
それにランサーの話と地理から考えて柳洞寺は防衛拠点にもうってつけだ。彼女、羽瀬川小鳩を守るという意味でも奪える機会を見逃すべきじゃない。
何より今回は君に彼女を守っていてほしいんだ、さすがに全員がここを出払うのは色々まずい」

今もベッドに眠る少女、羽瀬川小鳩はいつ目を覚ますかわからない。
そして先ほど調べたところ、彼女はまだ令呪を二つ残している。誰かが監視していなければ何をするかわからない危うさもある。
その点で出夢はまさにうってつけの人材だった。マスターでも随一と言えるほどの戦闘能力を有し、かつ魔力を持たないことからサーヴァントの索敵で感知されにくいときている。
そもそも出夢は一日一時間しか戦えないのだ、確実に勝てる戦闘で無闇に時間を使うわけにもいかない。
もっとも、こうした判断が小鳩の処遇に関する決断を先延ばしにしたいが為の一種の逃避であることにスザクは気付いていない。

衛宮切嗣の思惑に乗せられている、という自覚は無論スザクにもある。しかしお互いの利害が一致しているのなら何も問題はない。
それにあの男が何を企んでいようとサーヴァント同士の相性は覆らないし、何よりこちらにはアサシンと出夢がいる。罠にかけようとしても容易く返り討ちにできる。

とどめに標的であるセイバー、アーサー王の能力は今や切嗣の情報提供によって完全に丸裸になった。
鳴上悠から聞いていたのは基本ステータスだけだったのでこれは作戦を立案するにあたって非常に大きい。
そしてしばらく後、スザクは顔を上げてその場の全員を見渡した。

「皆、聞いてくれ。今までの情報から考えてみた作戦なんだが―――」















3 数の暴力

沈みゆく夕陽、訪れようとする夜。
セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンは柳洞寺の山門から時の移ろいをただ静かに見守っていた。

「じきに日は暮れ、人の行き来も絶える。戦いの時間が近い―――」

呟く言葉は風に溶けて消えていく。
セイバーの表情は硬い。マスターは未だ目を覚まさず、参加者たちがより活発に動き出す時間が刻一刻と近づいている。
良くない状況だ。完全に日が暮れれば要地であるここを目指してくる者が現れる可能性は跳ね上がる。
それが一組ならばセイバーのみで撃退してのける自信はある。しかし当たり前のように徒党を組む陣営が多いこの聖杯戦争で単独で動くマスターなどもういないのではないか。
いたとしてもそれは衛宮切嗣のように場数を踏み、奸智に長けた者だけだろう。明確な根拠があるわけではないが、セイバーが楽に戦えるような隙だらけの陣営はもう大方淘汰されている、そう思えてならないのだ。

「いや違う、私が危惧するのは―――」

脳裏に浮かぶのはかつてのマスターである衛宮切嗣。つい先ほど撃退したにも関わらずセイバーの中でまだあの男に対する危機感は強く残っている。
切嗣のサーヴァント、仮面ライダーディケイドの宝具に損傷を与えた以上彼ら自身はしばらく攻勢には出られないだろう。
しかし、だからといってあの切嗣がこのまま手を拱いていることなど有り得るだろうか。

(私は既に相手の真名を知っている、そしてシロウは切嗣を退けることが出来た。
しかしこれが意味するのは我々が切嗣の陣営の能力と弱点を全て把握したという事。
切嗣がこれを放置するはずはない、ならば次に彼が打つ手はやはり―――)

その時だった。僅かに、しかし確かに空気の色が変わった。
季節を感じさせた風は今や鋭さを帯びたものに代わり、獣じみた殺気が周囲を支配していた。

「この感覚は―――」

武装を身に纏い、剣を執る。戦闘態勢に移ったセイバーだがその表情は硬く、険しい。
この感覚を知っている。私はこの気配を、その正体を知っている。
士郎を連れて逃げるか。いや、恐らく間に合わない。彼の敵はもうそこまで迫っている。
背中を見せて生還出来るような生温い相手ではない、私はそれを知っているのだ。



疾走する黒影。音速で階段を駆ける襲撃者は両手に一振りずつの剣を握る。
それらは本来宝具にはなり得ないただの剣。しかし侮るなかれ、その男が握れば例え木の枝であろうと即席の業物へと変貌する。


「■■■■■■■■―――――!!!」


理性も知性もかなぐり捨てた狂戦士の絶叫。闘争本能と妄執の命ずるままに繰り出された剣戟はしかし、剣の英霊の不可視の刃によって食い止められる。

「来るか―――サー・ランスロット!」

この騎士との戦いは第四次聖杯戦争から数えてこれで四度目。半ば宿命と化した騎士王と狂乱の檻に囚われた湖の騎士との一騎討ちの幕が上がる。








「始まったみたいだな…」

バーサーカーの疾走より一分ほど遅れて枢木スザクとキャスターが柳洞寺の階段に到着した。
彼らの周囲には手足を切り落とされたNPCが数人のたうち回っている。ルルーシュがギアスで柳洞寺に近づく者がいれば電話するようにと命じていた者たちである。
そしてスザクとキャスターの前にこの凶行の下手人たるアサシンが姿を現した。

「ふむ、四方八方から例のキャスターの仕掛けがここ目掛けて殺到しているな。
これはキャスターがセイバーらと組んでいる可能性が高いな、だとすれば時間は掛けられんぞ。
手筈通り俺は敵の妨害と足止めに専念する、何度も言うが敵マスターやサーヴァントを仕留めるのはお前たちの領分だ。
これは我々の命運を占う重要な一戦だ、しくじるなよ」

そう言い残してアサシンは闇に消えた。
スザクとキャスターもまた、セイバーに気取られぬよう慎重に階段を登っていく。



作戦を実行するにあたっての最初の懸念事項はバーサーカーの運用だった。
バーサーカーは理性が無い故に味方との協調行動を取ることが出来ない。
それどころか味方を認識出来ないために最悪同士討ちの危険すら孕んでいた。

そこでスザクは最初にアサシンにギアスにかかっていると思われるNPCや敵キャスターの監視装置を破壊してもらいつつ魔力で生み出した剣をわざと落とし、然る後それを拾ったバーサーカーを単騎で突貫させる。
如何にバーサーカーといえども気配遮断スキルを持つアサシンに向かっていくことは無く、無事にセイバーの方へ向かっていってくれた。

気がかりと言えばセイバーに問答無用で対城宝具を使われることだったが、その可能性は低いと進言したキャスターの読み通り状況はバーサーカーとセイバーによる剣戟に移っている。
まず衛宮切嗣から聞いたセイバー、アーサー・ペンドラゴンの索敵範囲は半径約二百メートルほど。
さらにセイバーが所持するあまりにも有名な聖剣、エクスカリバーは発動に溜めが必要だという。
これらを踏まえた結果、ランクにしてA+という俊敏さを誇るバーサーカーならば宝具を撃たせることなく接近出来ると考えた。



階段を登っていくと剣戟の音も徐々に近づいてくる。木陰に身を隠しつつスザクは身を寄せていた民家にあった双眼鏡を手に取り戦況を確認する。
たかが双眼鏡と侮るなかれ、実際の戦場で得られる視覚情報一つが生死を分けることもあるのだ。

「な、に……!?」
「どうかしましたかスザク?…いや、成る程これは……」

驚愕の声音を宿したスザクに怪訝なものを感じ取ったキャスターが誰何の声を上げる。
そして山門の前で激しい剣戟の応酬を繰り広げる二人の円卓の騎士の姿を目の当たりにし、ある種の納得を示した。
もっともその光景は二人が望んでいたものとは程遠いものでしかなかったのだが。




かつて完璧な騎士と称されたサー・ランスロットはサーヴァントとしても強力な存在である。
元々高い基本スペックに狂化処理が施されていることもあり、適性の低いスザクがマスターであってもトップクラスのステータス値を誇る。
さらに狂化によって著しく低下するはずの技量は無窮の武練のスキルによって生前同様に保たれ、武器と認識したあらゆるものを低ランクながら宝具化できる異能までをも有している。

敵手もまた現在のブリタニアにも大きな影響を与えている常勝の王。伝え聞いた能力値は平凡そのものだがスザクはその脅威を軽視はしていなかった。
されどその王を上回るとされる技量を誇り、なおかつステータスにおいても圧倒的に優越しているのがランスロットだ。
階段の上という、地形の利を抑えられているとはいえバーサーカーの力を以ってすればアロンダイトを抜かずとも十分押し込めると踏んでいた。

無論完全に倒しきるとなればかなりの消耗を強いられるのは間違いない。
だが何も馬鹿正直にセイバーを倒しに行く必要性はない。敵マスターを殺せばセイバーもまた消える。
バーサーカーでセイバーを足止めし、スザクとキャスターが柳洞寺に乗り込んで敵マスターを討つという策である。

とはいえ他にも問題はあった。
柳洞寺に元々張られていた結界によりサーヴァントは正面から階段を通って山門を潜るという過程を経なければ能力値を落とされてしまうのである。
地上の第五次聖杯戦争においてアサシン、佐々木小次郎が門番の役として成立していた理由もここにある。

つまりスザクはともかくキャスターはセイバーがいる山門を通らなければペナルティを被ってしまうのだ。
永続的なペナルティというわけではないが、敵マスターの能力を鑑みればただでさえ低いステータスを更に落とした状態で戦うのは流石に危険が大きい。
キャスターよりさらに弱いスザクが単身で宝具を操る敵マスターに挑むのはもっと論外だ。

だからこそバーサーカーという存在が活きる。バーサーカーの力でセイバーを押し込み、山門から寺への道を開きキャスターを突入させる。
言わばセイバーという門を打ち破る破城槌。それが今回バーサーカーに与えられた役目だった。



―――そう、その筈だったのだ。



「■■■■■■―――――!!」

バーサーカーが二刀による嵐の如き斬撃を見舞う。その剣捌きたるやこの騎士が元より二刀流の担い手であったかと見紛うほどだ。
武装の質ではセイバーに劣るがそれは手数と速さで対に抗するまで、それを可能にするほどの武技をバーサーカーは有している。

だが、相対するセイバーは二刀の猛攻に晒されてなお対等以上の戦いを演じていた。
いや、傍目にはバーサーカーに対して防戦一方を強いられているようにも見えるだろうが、内実はそうではない。
狂化によって底上げされた暴力的な膂力で以って振るわれるバーサーカーの双刀を時に華麗に、時に力強く受け止め捌きいなす。
城塞の如き守りに対してバーサーカーは未だに一歩たりともセイバーを押しやることが出来ていない。
その光景はスザクが聞いていた事前情報からは決して生じ得ない、あってはならない均衡であった。
その不可解な状況に対する答えは既に枢木スザクの脳裏にしかと映り込んでいる。



(何だ、あのステータスは……!?)

遠目に双眼鏡を構えて戦況を見守るスザクが見たセイバーのステータス値は鳴上悠から聞いていたそれよりも遥かに高いものだった。
大方の能力がAランク、なおかつCランク以下の能力は一つもない。最優に相応しいステータスであることを認めざるを得ない。
身体能力関連では未だバーサーカーがやや優越しているものの、総合力では狂化による補正が働いているバーサーカーとほとんど同等だ。



(鳴上悠が嘘をついていたのか?しかしあの時の彼は完全に憔悴しきっていた。
ルルーシュぐらい演技が上手いのでもない限り嘘を言える状態だったとは思えない。
大体基本ステータスなんて誰が見てもすぐわかる事で嘘をつく意味がないじゃないか。
何かがあったというのか、俺が知らない何かが……!?)

あまりにも予想外な敵戦力の強大さに焦燥に駆られながらも懸命に状況を分析する。
突発的な事態への対処能力にかけてスザクはルルーシュの数段上を行く。計算違いが起こったからといって思考停止に陥るような無様は晒さない。

(しかしどうしてなんだ、どうしてバーサーカーはああも簡単にあしらわれるんだ…!?
そうそう有利を取れないのは仕方ない、しかし能力値ならまだバーサーカーが上回っているはずなのに……!)

が、そもそも知らない事柄に対して十分な対処は出来ない。
今も山門前でセイバーと斬り結ぶバーサーカーだが戦況はお世辞にも芳しいとは言えない。
二対の剣による猛攻を仕掛け、手数においては間違いなく圧倒している。
戦闘の素人が見ればバーサーカーがセイバーを押しているようにしか映らないだろう。

(…でも駄目だ、あれでは)

だが枢木スザクは違う、幼い頃から武術を修めKMF“ランスロット・コンクエスター”のデヴァイサーとして多くの戦場を駆けたスザクの常人離れした動体視力はトップクラスの英傑同士の剣戟とその推移を辛うじて視認し、理解することが出来た。
魔術や異能力の類を一切用いることなくそれが出来るというのがどれほどの異常か、当の本人は全く自覚していない。



「はぁあああっ……!」

裂帛の気合いと共に繰り出されたセイバーのカウンター。双刀で受け止めたバーサーカーだがしかし、大きく押され後退する。
そう、身体能力を強化されたバーサーカーが、である。彼我の筋力の差を思えば足場の不利を計算に入れても不条理な結果にしか見えない。
だがそれは、見方を変えればスザクが知らない、あるいは知っていても意味を十分に咀嚼出来ていない事実が存在しているということに他ならない。

そう、スザクは知らなかったのだ。サーヴァント同士の白兵戦においては魔力の供給ないし残存量が火力の差となって生じる場合があることを。
傷の修復に回したせいで魔力が十分とは言えず、切り札も封印したバーサーカーに対してセイバーは先ほど紅の暴君を用いた円蔵山という霊脈からの莫大な魔力供給を得たばかり。
このため現在のセイバーが保有する魔力はおよそ彼女が貯蔵し得る限界まで蓄積されている。

さらに同じ手段で何度も膨大な供給を得られるセイバーは魔力の出し惜しみをする必要性が一切ない。
駄目押しにセイバーが有するスキルはAランクの魔力放出。彼我の身体能力のステータス差を埋めるには十分を通り越してお釣りが来るほどだ。

こうした見落としを避けるためにスザクはキャスターとアサシンに意見を求めたのだがアサシンはまだしもキャスターは刀槍を用いた白兵に関してはほとんど門外漢である。
またアサシンもあくまで本業は暗殺者であるため有効な助言をすることが出来なかった。

そしてもう一つ。スザクは外見が少女剣士であることから敵を技巧派の剣士と無意識のうちに認識し、それ故同じタイプのバーサーカーならば有利に戦えると考えていたがそれは決定的な誤りである。
本来セイバーは剣士としては一撃重視のパワーファイターに分類される。山門という一箇所を防衛する今の彼女は自身の強みだけを一方的に押し付けられる状態にある。
詰まるところスザクは作戦立案において最も重要な敵戦力の見積もりを誤ったのである。



また、スザクとしては敵マスターの宝具による狙撃を警戒して身を隠しながら戦況を見守っているのだが、それがセイバーの警戒を煽る一因になっている事に気付いていない。
このためセイバーは亀の如く山門に張り付き、バーサーカーに対して決して過剰な攻め気を出そうとしない。

(もしこの敵襲が切嗣の差し金であるならば―――これだけで終わるはずはない。
私の能力と性格を知り尽くした切嗣なら必ず何かを仕込んでいる、あるいは敵マスターに何かを仕込ませている)

衛宮切嗣がセイバーを知るように、セイバーもまた衛宮切嗣を知る。
あるいは敵として距離を置いたからこそ改めて冷静に切嗣の打つ手を読めたのかもしれない。

かつての友と斬り合いながらもセイバーは周囲にも神経を張り巡らせていた。
特に未だ姿を現さない敵マスターへの警戒心から僅かな異変も見逃さないよう注力している。
無論それは並大抵で出来ることではない。魔力量の多寡、足場の有利、切り札を使わないランスロット。
これだけの優位性があり、なおかつ攻めに意識を割かずに防戦に徹しているからこそ辛うじて周囲の警戒もしていられるのだ。



(…このままじゃ不味い、ここは一度撤退するべきだろうか?
いや駄目だ、こっちが逃げ腰になれば向こうは絶対に対城宝具に訴えてくる。サーヴァントが消えればマスターも死ぬことはあっちも把握しているはずだ。
しかしどの道敵の援軍が来てしまえばこちらは危うい、ならどうする……?)

こちらが圧倒的優位を誇っていたはずがいつの間にやら抜き差しならない状況に陥ってしまっている。
切り札を、ランスロットが誇る最大の宝具を発動させるしかないのかもしれない。だがそれにマスターたる己自身が耐えられるのか、それが問題だ。

もしまたギアスの呪いが発動し、バーサーカーへの供給を抑えてしまったら。今度こそバーサーカーは討ち取られてしまうかもしれない。
だがこの状況がズルズルと続けばそれこそアロンダイトを解放する機会すら失ってしまう。
今でさえ急激に魔力、あるいは生命力を急激に吸い上げられる圧迫感に必死に耐えているのだから。

(…他に方法はない、か。そもそもこんな状況になったのは俺のせいだ。
ここで決断できないようならこの先バーサーカー、いやランスロット卿と戦い抜く資格などない―――!)

決然と顔を上げ、今も山門で戦うバーサーカーに思念を送る。
念じる言葉はたった一つ、―――“無毀なる湖光(アロンダイト)を、貴方の誇る唯一無二の武装を解放してくれ”―――と。

無論令呪のような強制力など無い、余分な令呪などそもそも残っていない。
だがスザクは信じている、対話を経て分かりあった彼にならば必ずこの想いは通じると―――。



「■■■■、■■■■■■■―――ッ!!!!」

変化は直後に起こった。
双刀を捨て跳躍し、後退したバーサーカーがその聖剣、いや魔剣を手にした途端狂戦士の全身を覆っていた霧が晴れた。
それは完璧な騎士と謳われたランスロットのみが帯刀を許されたセイバーのエクスカリバーと対を成す至高の聖剣。
同胞の血を吸い魔剣へと変質して尚その剣には一切の曇りなく、鈍い輝きを放ち続ける。

(ついにそれを抜いたか、サー・ランスロット―――!)

セイバーの表情が一気に強ばる。彼の聖魔剣は竜の因子を宿す彼女にとって致命となる特性を有するが故に。
それだけではない、この剣を抜いたことによりバーサーカーのあらゆる能力は底上げされる。
今までセイバーが誇っていた優位性はここに消えて失せた、故にここからが真の正念場。



―――だが彼女はすぐに知る。正念場などという考え自体があまりに甘かったことを。



「―――っ!?」

バーサーカーが剣を構えると同時、セイバーの左右から潜んでいたスザクとキャスターが同時に飛び出す。
示し合わせたわけではない、ただ戦場の空気をよく知る両者のタイミングが偶然一致しただけの話。
スザクは超人的な身体能力で塀を、キャスターはセイバーとバーサーカーを抜けて門を目指す。

(もう一体のサーヴァント…!こういう事だったのか、切嗣……!!)
「■■■■■■■■■■――――――!!!!」

敵の狙いをようやく掴んだセイバーだったが時すでに遅し。
迫り来る黒の騎士は今や全身全霊全力で迎え撃たねば即座に致命となる。
先ほどまでのように周囲に気を配りながら戦う余裕はもうない、それでも――――――

「ここは通さない、通りたくば―――私の屍を越えるがいい!!」

剣に纏わせた不可視の風を解放する。
セイバーが行おうとしているのは風王鉄槌の応用―――というよりはこれ以上なく単純な解放。
即ち―――全方位へ無差別な暴風を放ち敵を追い散らすことだ。

当然このような手段で解放すれば使い手であるセイバー自身も無事ではすまない。
加えて敵マスターと新たに現れたサーヴァントはともかく真価を開帳したバーサーカーは暴風など手にした聖魔剣で容易く切り裂くだろう。
しかしもはや他に方法は無い。例え傷を負うことを避けられないとしても動けない士郎を狙うことだけはさせてはならない。

覚悟を決めバーサーカーの剣を受けつつ風を放とうと魔力を込めた直後、更なる異変に襲われた。
斬り結ぶ形となったセイバーとバーサーカーを囲うように無数の刀剣が降り注いだ。
膠着した戦況に業を煮やしたアサシンが駆けつけ援護射撃を行なったのである。

「馬鹿なっ……!?」

セイバーも三体目のサーヴァントの存在までは予見出来ず、ほんの一瞬だが気を取られてしまった。
出鼻をくじかれ、今やバーサーカーの猛攻を受けきるだけで精一杯。その隙を突きキャスターがついにセイバーの横を抜け、山門に到達した。
これが数の力。如何に最優の英霊と言えど三対一とあってはどうすることも出来まい。



(一時はどうなる事かと思いましたが上手くいきましたね)

無事山門を突破したキャスターは心中で安堵しながら柳洞寺を見渡した。
敵マスターは何故かこの段階になっても現れない。策があって隠れているとすれば些か遅きに失している。
となれば何らかの事情で動けない、という可能性が考えられる。セイバーがあれほど死にもの狂いで山門を守っていた事もそう考えれば合点がいく。

「しかしこの状況でマスターを探し出すのは手間ですね…ならば」

キャスターが得意とするは錬金術。それも“紅蓮”の二つ名を与えられるほどの爆発の使い手である。
広大な寺院といえどキャスターの手にかかれば一瞬で破壊し尽くせる。
とはいえマスターが一般人の小鳩であることを考慮すればそれだけの能力行使はキャスターにとって無視できない消耗になる。

しかし何事にも例外はある。キャスターが保有する秘蔵の宝具“賢者の石”はそれ自体が強力な魔力炉である。
これによりキャスターはこの聖杯戦争に招聘されたサーヴァント全体でもトップクラスの低燃費を誇る。
評価規格外の道具作成スキルと併せて(性格を除けば)所謂「初心者向け」と言えるサーヴァントなのだ。
その代わり他のクラスはおろかキャスタークラスの中でも戦闘面において力不足が否めないのだが。



残忍な笑みを浮かべながら両手の錬成陣を地面に向けたが次の瞬間、異変を感じ取った。
巨大な魔力反応。何故だ、ここにはセイバー以外のサーヴァントはいないはず。
やがて光が晴れ、そこに現れたもの、いや“者たち”を視認したキャスターの顔が驚愕に染まる。

「そんな馬鹿な……」

驚きの感情を声に出して表したのはキャスターではなく数秒遅れて塀を乗り越えその場に到着した枢木スザクだった。
スザクの表情は驚愕とそして―――絶望に染まりきっている。だがそれを一体誰が責められようか。



そこにいたのは八人の男女だった。内四人は唯人では有り得ぬ気配、即ち英霊たちである。
そしてその全員が戦闘態勢を既に整えている。

「そんな、馬鹿な……」

純白の鎧を纏い煌めく聖剣を手にした輝ける騎士がいた。
騎士とは対照的な漆黒の装いの見目麗しい銀髪の少女がいた。
衛宮切嗣のサーヴァントに酷似した仮面の戦士がいた。
眼光鋭い軍人風の出で立ちの男がいた。
この場に集いし綺羅星の如き将星たち、それが意味するは―――敵の援軍。



「そんな馬鹿なぁぁあああああああああああっっ!?」

平時ならば絶対に有り得ない無様な絶叫が柳洞寺に響きわたる。
枢木スザクが思い描いた展開の、その根元が完膚なきまでにへし折れた瞬間だった。

to be Continued……

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