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識柚15 姉神1
※この話ではユーズに姉がいるという前提。
「この馬鹿、こないなとこでサカるな」
「いいじゃないですか、ちょっとくらい」
「ちょっとで済んだことあるかこの、っ」
それは平和で師弟にとっては日常的な夜のこと。
「この、下半身バカっ」
「その立派な下半身に泣かされてるのは誰ですかね」
至って欲望に忠実な識は逃げる腰を捕まえようとし、ユーズは諦め悪くあちこちに手をかけながら後ずさる。
それもまあ、いつものことといえばいつものことで。
「あっ」
ユーズがラックに重心をかけたら、FAXを乗せた宅電を乗せたそれはぐらついた。
「あ、それの支柱ネジが緩んで」
「だっ、あ!」
ガタ!
緩んでいますよと言う前にラックが派手に崩壊した。支柱から崩れたラックの書類ケースが散乱し、タイガースステッカーが散らばる。一番上の電話機も、子機が吹っ飛び本体がひっくり返ってしまっていた。
「……」
「……」
ヤる気も縮み込む。
どう見たってスケベ心を起こした識が悪い。
「し、きィ?」
「うわわ、すいませんって!」
「このクソアホへたれ早漏弟子!電話機壊れたらどないするねんっ」
「師匠、さすがにそれは傷つく…」
電話機以下の扱いに悲哀するべきか早漏扱いを嘆くべきか。すっかり腰の力が抜けた識は電話機をとりあえずひっくり返した。
その拍子に指先がどこかのボタンを押したとしてもしょうがなかっただろう。
ピッ!
「?」
「あ、短小識今度はなにした」
「あんたのよりはデカイでしょっ知りませんよっ」
『録音ハ、一件デス』
どうやら留守電の再生ボタンだったらしい。
『一件目、七月三日、午後六時三十八分、デス…』
「げ、一週間前じゃないですか」
「急ぎやったら携帯にくるやろ」
「聞いてもなかったんですか」
冷蔵庫からビールを取りに行ってユーズはからから言う。正論だがズボラなことに代わりはない。
だが発信音の後に平和が破られることになるとはこの時、師弟は気づきようもなかった。
ピー…
『あ!もしもしゆんちゃん?お姉ちゃんやけど元気してるの!』
ブバッ
「ぅわ汚なっ!」
「うげぼへあっ」
綺麗なハイトーンが響いた途端ユーズが缶ビールを吹いた。
『ちょっとくらいは連絡せなママが心配してたで親不孝モン!東京でゆんちゃんの落書きが売れるて信じられへんわーお姉ちゃんあんたが心配やからそっち行くわ!泊めてな!来週な、ほなねゆんちゃん愛してるで!アイラビュ!』
識柚16 姉神2
僅か15秒で綺麗な関西弁の女性の声は息継ぎなく一息で言い切り、電話機は沈黙した。
吹いたままのユーズが冷蔵庫の前でしゃがみこんでいた。耳を塞いで。
「…し、師匠?」
「…幻聴や」
その肩がかわいそうなくらい震えていた。
「ま、間違い電話じゃないんで…す…、か?」
「…そんならどんなによかったことやろか…」
俺様でアニキなユーズが先ほどまでの勝ち気で横暴な様を引っ込め青ざめている。
「悪夢や…悪夢が来る…」
「…師匠?」
「…いややもう虐げられるんはあの悪魔にわいの生活壊されるどないしょ今からどこに逃げたらいいねや…」
「あ、あのー」
「…国内か国外かいっそ誰かアテ探して匿ってもらわなケイナ?あいつはあかんサイレンは定員オーバーやし…」
「師匠ー?おーい…」
完全にアッチの世界なユーズは識の呼びかけにも答えない。ぶつぶつ冷蔵庫に向かい呟く悲しい姿はどうにかして逃げようとケージの隅でじたばたする鼠のようにしか見えなかった。
「師匠ー…」
「いっそ灯台もと暗し大阪に潜伏…」
だめだこりゃ。
遠い人となったユーズを見捨てて、どうしたものかなと途方に暮れたその時。
ぴんぽーん
滅多に鳴らされない、玄関の呼び鈴が高らかに響いた。
ぴんぽーん
「師匠、お客さん」
「…(ぶつぶつ)…」
ぴんぽーん
「……」
「…(ぶつぶつ)…」
「…ああ、もう」
どうしようもないので識は玄関へと向かった。そのあいだにも呼び鈴は鳴らされ続けた。
しかもだんだんインターバルを狭くして。
ぴんぽーんぴんぽーんぴんぴんぽーんぴんぽーんぴんぴんぴんぽーん
「はいはいはいはい!」
半ばヤケクソ。誰だこんな時間に呼び鈴連打するやつは!新聞勧誘かセールスだったらタチが悪いぞ!
「はいはいどちらさん!?」
識は玄関の扉をあけた。