~あずさのへや!~
こんな日に限って、両親が帰ってきてる。
昨日いて欲しかったのに、今日は授業中や部活の間も、帰り道でもずっと悶々としてて、期待っていうか何ていうか、すっかりそういうつもりになってたのに。
梓「ううっ……生殺し……」
生活時間がズレてるんだか疲れてるんだか、もう寝ちゃってるんだけど。
トイレに起きるかもしれないし、ヘッドホンで音は誤魔化せても、部屋に入って来られたらアウトだよ。
アンプなしでギターの練習してる時にドアを開けられたことは多々あるから、いきなり入ってこられるのは慣れてるけど……でも、えっちぃDVDの鑑賞中はいくら何でも、ねえ。
梓「今日も本だけにしよっと……」
念の為だよ。
念の為に、内鍵をかけて。
あっち側からでも、コインなんかで簡単に開けられる鍵だけど、念の為。
梓「んっ……」
カバンから、唯先輩の本を取り出す。
今日は、私の理性を押し止める封印は何もない。
表紙をめくって、昨日ちょろっと眺めただけの写真とかを、改めて鑑賞する。
梓「うわぁ……あ、あっ……見えそで見えない……くうっ!」
どきどきする。
昨日よりどきどきしてるっぽいから、ティッシュを鼻に当てながらなのに、ハナチは出ない。
まさか一日で慣れたってことはないと思うけど、うん、出ないなら出ない方が助かるっていうか。
梓「……えええ!? こんなに水着が食い込んでてもいいの!? 形がくっきり浮かんでるのに!」
モデルの人……っていうのかな、ふたりの女性が、いわゆる扇情的なポーズで写ってて。
この水着ワンサイズ小さいんじゃないかな、って突っ込みたくなるんだけども、何だかそれがまた興奮しちゃって。
梓「はうう……水着があるだけで、こんなのが普通に売られてるんだ……ん、んぅ……」
時折呟く自分の声が、酷くえろっちく興奮しちゃっていることに気付く。
どきどきして、身体の芯が熱くって。
膝が勝手にもじもじ動いてすり合ったりして、私の本能がこれ以上は取り返しが付かなくなると教えてくれてる。
……うん。今日は、ここまでにしておこうっと。
梓「ま、まー? 唯先輩も急いで読みたいわけじゃなさそうだったし? もう二、三日借りても平気だよねっ」
誰に向けるともなく、言い訳を呟く。
このまま読み続けて本気でえろっちぃ気分になって、えろっちぃ行為を始めたらそれこそDVD見てた方がマシじゃないの? って感じだし。
……あれ。
私、何か興奮のしどころがおかしくない?
梓「いやいやいやいやいや、こういう本は読んだ人に買わせる為に、興奮させるように作ってあるんだから……」
ちょっと違う気がしたけど、私は無理矢理自分を納得させて、唯先輩のえち本を閉じた。
~よくじつ・ぶしつ!~
ドアを開けると、唯先輩が満面の笑みで待ち構えていた。
唯「今度こそちゃんと読んだよね、あずにゃ~ん?」
梓「いえ……昨日は親が帰ってきてたので、全然読めませんでした」
本当は読みましたけど。
後半、どんどん内容が破廉恥になってくページをめくる手を無理矢理止めて、寝ましたけど。
お陰で朝から悶々としちゃって、かつてない妙な気分ですよ。
唯「そおなの? じゃ、残念だけど返してもらおっかなぁ」
梓「……はい?」
唯「私も楽しみにしてたんだよ。でも、あずにゃんが読みたそうにしてたから貸してあげたんだよ?」
梓「はぁ……そうですよね」
意味もなく無駄な手間をかけてまで、あんなえろっちぃ本を注文するハズがない。
本当は私よりも唯先輩の方が、早く読みたかったんだよね。
梓「ええっと、本、お返しします」
唯「そだね。親御さんがいたら、えっちぃDVD見たり出来ないもんね」
梓「いえ、うちの親は今朝早くに慌てて出かけましたから、また何日かは帰ってこないと思いますけど」
唯「んじゃ、今夜は見られるんだ?」
梓「そ、そうですけど……唯先輩が注文した本なのに、当人より先に読んじゃって、申し訳ない感じですし」
唯「ううん。実はそれ、もう持ってるんだよね、私」
梓「……はい?」
唯「布教用ってやつだよ、あずにゃんにあげる。まだオマケは本当に見てないけど、素敵そうだと思ったから……ね」
ぴっ、と唯先輩が悪戯っぽく舌を出してみせる。
その舌先に、不覚ながら、私は少しばかりの生々しいエロスを感じてしまって。
梓「んっ……く……ふぅ……!?」
唯「あ、あずにゃん!?」
梓「だ、だいじょぶ、でふ……んう、ふぷっ……ふうう」
こんなこともあろうかと、ポケットティシュがコンディション・オレンジで待機中だったのです。
ほら、こうして詰めて、拭いて……平気なんですから。
唯「んふふ。あずにゃん、面白い顔だねぇ」
梓「にゅあっ!?」
唯「嘘うそ。ハナチだもん、止まるまでは誰でも仕方ないよ~」
ううっ、知られちゃった。
借りてた本で私がこんなに興奮するような子だって、唯先輩はもう確信してる。
唯「……ねぇ、あずにゃん」
梓「ふぁい?」
唯「その、もしよかったらなんだけど……一緒に、あの本の真似してみない?」
梓「んぷふっ!?」
別にいきなり鼻から大量出血したわけじゃない。
なのに私は鼻と口元を押さえて、表情を見られないように俯く為に、大袈裟に動いて。
……唯先輩と、私が?
手足を絡めて、それどころか変なところをこすり合わせるような格好をしたり、おっぱい揉むような真似をしたりするんですか?
梓「は、はうっ、あの、はうはうっ」
唯「嫌だったら無理しないでね? 嫌々やってもつまんないだろうし、意味ないだろうし」
……意味、ですか。
女の子同士でえろっちぃことするとなれば……いえ、何となく借りた本を読んでる途中で気付いてましたけどね。
梓「唯先輩、わざと貸してくれたんですよね。っていうか無理矢理でしたけど」
唯「嫌なら返してくれればいいんだよ」
そんな、突き放すような言い方をして。
わかってるくせに。
私があの本を読んだっていうことは、つまり、女の子同士でそういう行為に及ぶのに抵抗がないってことじゃないですか。
しかも今の私の反応を見たらわかる通り、えちぃ行為に興味津々どころか、とっても興奮しちゃったってことじゃないですか。
梓「……唯先輩。ぎゅってしてください」
唯「うん」
梓「んっ……んぅ」
いつもは唯先輩の方から飛び付いてくるのに、思い返してみると、今日も昨日も抱き着かれてなかった。
抱き着かれる感触がいつもと同じだから、計算、じゃないと思うけど。
唯「んはぁー♪ あずにゃん、あーずにゃ~んっ♪」
やわくて、あったかくて、がばっと私を包み込むように覆い被さってくる唯先輩。
ん、まぁ、今までも結構気持ちよかったんですけど……今日は、えっちぃ感じで意識しちゃうじゃないですか。
……まさか、これを狙って焦らしたわけじゃないですよね。
梓「ちょっ、と、えと……座りませんか? 隣でも、お膝の上でも、今日はお好きなようにしていいですから」
唯「うんっ♪」
スプリングが半分逝ってるソファーに唯先輩が座って、私はそのお膝の上に。
くんくん匂いを嗅がれてるけど、今日は私も嗅ぎ返してみたり。
梓「ん、すんすん……くん……」
唯「あり? どしたの、あずにゃん。いつもと何か違うよぉ?」
梓「わっ、わかってるくせに、そーゆー言い方はズルいですよ? くんくん」
唯「えへー」
……唯先輩って、とってもいい香り。
ぅん、胸元も……首筋も。脇の下なんかの匂いも嗅いじゃう。
唯「やん、あずにゃん……そんなとこ、恥ずかしいよぉ」
梓「んふー……いい匂いですよ。勿論、いい意味で」
唯「いい意味で、ですか」
梓「はい。いつもいつも、唯先輩ばっかりこんな気持ちになってたのかと思うと、悔しくて堪りません」
もっと早く気付いていたら、嫌がるふりをしながらでも、唯先輩の匂いを感じることが出来たのに。
こんな……唯先輩のすぐ傍で息をするだけで、幸せな気持ちになれたのに。
梓「すんすん……んっ、くんくんくん……」
唯「え、えへへへへ。恥ずかしいけど、嬉しい、かな……あずにゃん、いつも嫌そうだったから。抱き着いても文句言われないなんて」
最近は半分以上が演技だってわかってたんじゃないですか?
本当に嫌だったら必死で逃げるし、そもそも近付いたり近付かれたりしないですもん。
私は唯先輩に抱っこされたいからこそ、捕まったら大人しくしてたんですよ?
梓「言えばいいですか。文句」
唯「うーん……言われたくないかな」
唯「だって、もしかしたら本当に嫌で、でも私はあずにゃんからすれば先輩だし、逆らえない的な?」
もしかしたら、ってどういう意味なんですかね。
逆らうも何も私、普段からずけずけと自分の意見を言ってるつもりですがね。
梓「……唯先輩は、そおゆう方がいいんですか? 嫌がる後輩を無理に従わせる感じの……」
唯「ううん。嫌だったら、もう抱き着かないよ。本はあげるけど、興味なかったら捨てちゃっていいし」
悔しいことに興味があるから、昨日突き返せなかったんですけど。
そして、今もこうやって抱き着いてもらってるんですけど。
わかってるんだか、わかってないんだか、ちょっとわからなくなってきましたけど。
梓「ん……」
こお、微妙な角度で唯先輩を見上げてみる。
自分でも頬が真っ赤になってるの感じるし、もし唯先輩にその気があるんだったら、きっと……。
唯「……あずにゃん」
梓「……はい」
唯「ハナチ、止まった?」
梓「はうう」
雰囲気出したつもりだったのに、これじゃ台なしだよ。
唯先輩にその気があったとしても、鼻つっぺなんかしてたら百年の恋も何とかだよ。
梓「ん……は、はい。止まったみたいですっ」
唯「よかった。ずっと出っ放しだったら、私、あずにゃんに何も出来ないもんね」
梓「……はぃ? そ、それは、どおゆう意味なんでしょおか?」
何かするつもりだったんだ、唯先輩。
っていうことは、やぱり今のキスされたいのかどうか微妙ぽい仕草が効いてるんだよね。
……あ、あれ?
私は……唯先輩と、そおゆう……女の子同士での恋愛関係に、なりたいと思って行動してたの?
唯「ねぇねぇ、あの本なんだけど」
梓「は……はい。まだ最後までは読んでませんが、何ていうか、読むっていうより見るっていうか」
血は止まったみたいだから、んしょ、こ、これで……きっと真っ赤になってる以外は、いつも通りの私の顔。
またいつだらだら垂れてくるかわかんないけど。
唯先輩に抱っこされてると、どうして垂れちゃうくらい興奮するのか自分でもわかんないけど。
唯「まあ、写真集みたいなもんだしね……そんで、あずにゃん。途中までの感想でいいんだけど……どおだったかな?」
梓「どお、というのは?」
唯「例えば、例えばの話だよ? 私とあずにゃんが……水着なしで、あの本の通りに」
梓「ぷふっ」
唯「わああっ!?」
梓「あっ、あう、あうあうはうっ」
いけない、唯先輩の制服に垂らしちゃった。
取らなきゃよかったと思いつつ、クリーニングに出さなきゃいけないとか思いつつ、でも、ティッシュで鼻元を押さえる私を唯先輩が放してくれない。
梓「あのっ! 制服、早く何とかしないと……クリーニングに出さないとっ」
唯「あれれ? まだみんな来てないし、お茶もしてないし……練習もしてないのに。先に帰っちゃってもいいの?」
梓「いいも悪いも、染みになって残ったら大変ですよっ」
唯「……私が出させちゃったんだよね?」
私が勝手に興奮したのを、唯先輩のせいにはしたくないけど。
……ううん、勝手じゃないのかな。
唯先輩に煽られたのは本当だし。
梓「……はい」
唯「なら気にしなくていいよ。大丈夫、替えもあるし、これはクリーニング屋さんがしっかりきっちり綺麗にしてくれるから」
梓「でも」
唯「素人が変なことしたら、クリーニング屋さんが困っちゃうよ。それより、今は……えいっ」
ぎゅう。
梓「はわっ!?」
唯「あーずにゃーんっ♪」
梓「にゃにゃっ、にゃにをしゅるんでしゅかっ」
唯「ごめんね。今の謝ってるあずにゃんの顔、しょぼーんってしてる顔が、とっても可愛いって思っちゃった!」
ごめんって言ってるくせに、全然謝ってる感じがしない。
もしかしたら、これも、わざとなのかな。
……一から十まで唯先輩の思い通りに動くのは、ちょっとだけ、面白くないかも。
そう思ったら、気持ちの切り替えも簡単。
梓「唯先輩が何て言おうと、クリーニング代は出させてもらいますね」
唯「あー、あずにゃぁん」
ぴょむ、と唯先輩の膝から飛び降りる。
もっと抱き着いていたそうだったけど、これから部活……の前にティータイムですもんね。
梓「あの本はお言葉に甘えて頂戴します。でも、私はまだまだみたいですから」
唯先輩は、そういう人なんだろう。
私も多分、そういう人なんだと思う。
もらった本を何度も読み返したり、DVDだってしつこく見直したり、そんな自分の姿が簡単に想像出来るしね。
唯「あずにゃん、みんなが来るまであずにゃん分を補給させてよぉ~」
梓「そんなことより制服を何とかするのが先です。さ、脱いでください」
唯「やん、脱げだなんて大胆っ」
梓「さ、脱いでください」
淡々と同じ言葉を繰り返す。
私はまだ、そういう人になりきれていないから。
唯先輩とそういう話をしているだけで興奮しちゃう辺り、とっくに引き返せない場所まで足を踏み入れている気がするけど、まだですよ?
唯「うう……クリーニング屋さんにお任せすればいいと思うんだけどなぁ」
梓「今ならまだ手遅れにはなりませんから。さ、脱いでください」
唯「ありりり? さっき、クリーニングに出さなきゃって」
梓「目立たない程度にしないと帰れないじゃないですか……帰るまでに乾きますよ、唯先輩が率先して練習に励んでくれれば」
唯「……しっかり者だねぇ、あずにゃんは」
梓「染み抜きまでは出来ませんから、クリーニングには出してくださいね」
唯「うん……」
唯先輩、私と離れたから残念そうな顔をしてる……って思っていいのかな。
えい、試しに手を握っちゃえ。
唯「ほわぁ!?」
梓「え、えっと、唯先輩? その、離れたのは、また血が付いたらそれこそ困るからであって……抱き着かれるのは、嫌いじゃないんですからねっ」
唯「……うんっ♪」
あ。
駄目ですよ、唯先輩。
そんな風に嬉しそうに微笑まれたら、抱き着かれるの断れなくなっちゃいますし……今までよりも、もっともっと意識しちゃうじゃないですか。
最終更新:2011年01月26日 00:09