唯「ねえ澪ちゃん」
澪「なに?」
唯「梅雨って好き?」
澪「あんまり好きじゃないな。じめじめしてるからね」
唯「私は好きだよ」
澪「どうして?」
唯「アジサイがきれいだからね」
唯「ほら、あそこ。きれいでしょ?」
澪「ほんとうだ。素敵だね」
唯「見ていてあきないよね」
唯「なに?」
澪「どうして、傘もささずに歩いてたんだ?」
唯「考えごとしてたら、忘れちゃった」
澪「いやなことでもあったの?」
唯「べつに」
澪「話してよ。相談にのるから」
唯「アジサイってね、葉っぱもきれいなんだよ」
澪「なあ」
唯「澪ちゃん見て、カタツムリ」
澪「ほんとうだ。かわいいな」
唯「ねえ澪ちゃん」
澪「ん?」
唯「カタツムリ好き?」
澪「好きだよ」
唯「じゃあナメクジは?」
澪「うーん、嫌いだな」
唯「どうして?」
澪「気持ちわるいから、かな」
唯「でも、カタツムリもナメクジも同じなかまなんだよ」
澪「知ってるよ。でもだめなんだ」
唯「そっか」
唯「ねえ澪ちゃん」
澪「なに?」
唯「カタツムリとナメクジのちがいって、なんだろうね」
澪「殻があるかないか、だろう?」
唯「殻がないと、気持ちわるいんだよね」
澪「唯、なにが言いたいの?」
唯「澪ちゃん、あのね」
澪「うん」
唯「人もカタツムリも、同じなんだよ」
澪「どういうこと?」
唯「人はね、みんな殻を背負って生きてるの。男の人も女の人も」
澪「ふうん」
唯「それでね、周りの人が同じように殻を背おって生きてるのを見て、安心するの」
唯「自分はみんなと同じなんだ、ってね」
澪「殻を背負っていない人は、どうなるの?」
唯「みんなから軽蔑されたり、つまはじきにされるの」
唯「ねえ澪ちゃん」
澪「なに?」
唯「殻って、なにでできてると思う?」
澪「わからない。なんだろう」
唯「責任とか、世間体とか、そういうもの」
澪「唯がなにを言いたいのかわからないよ」
唯「澪ちゃん、私はね」
澪「うん」
唯「ナメクジなの。殻を背おってないの」
唯「私はほしいものはほしいって言うし、好きなものは好きって言うの」
澪「誰だって同じだよ」
唯「ううん、同じじゃないよ。りっちゃんもムギちゃんもあずにゃんも、カタツムリなの」
唯「和ちゃんもさわちゃんも憂も、みんなみんなカタツムリ。私だけがナメクジなの」
澪「どうして?」
唯「ほしいって言っちゃいけないものを、ほしがったから」
唯「好きって言っちゃいけないものを、好きになったから」
澪「ナメクジとして生きるって、どういうことなの?」
唯「けっこうスリルあるよ。いつか私の背中に、誰かが塩をまくかもしれないからね」
唯「非難とか、中傷って名前の塩をね」
澪「塩まかれたら、どうなっちゃうの?」
唯「何もかもがおしまいだね。生きていけなくなるかもしれない」
澪「こわいな」
唯「こわいよ。でもね」
澪「でも?」
唯「私はね、カタツムリにはなれないの。ナメクジとして生きていくしかない。それにね」
唯「ナメクジとして生きる自分が、けっこう好きなんだ」
唯「ねえ澪ちゃん」
澪「なに?」
唯「カタツムリがナメクジを好きになるってこと、あると思う?」
澪「ないだろうね」
唯「正解。でもね」
唯「ナメクジが、カタツムリを好きになることって、あるんだよ」
唯「私はね、一人のカタツムリさんが大好き」
唯「そのカタツムリさんは左利きで、こわがりで、でもとっても優しいの」
唯「そのカタツムリさんを思うだけで、胸がドキドキしちゃう」
唯「そのカタツムリさんが、がんばってる横顔が大好き」
唯「そのカタツムリさんのせいで、私は殻を捨てるはめになっちゃった」
唯「私って、本当にバカだよね」
唯「カタツムリがナメクジを好きになるなんて、ありえないのに」
澪「なあ唯」
唯「なに?」
澪「私、殻を捨てるよ」
唯「えっ?」
澪「私も唯と同じ、ナメクジになる」
おわり
最終更新:2011年02月07日 02:14