梓「……」

 いや、いくらなんでも長すぎるだろ。
 ぱちりと、片目を薄く開けてみる。

唯「あ……、愛……、愛……?」

 目を点にして、頭から煙を上げながら硬直していた。

梓「ちょ、唯先輩!? しっかりしてください!!」

梓「……」


 なんとなく、気まずい。
 やっぱり、告白なんてするべきじゃ無かったのかもしれない。

梓「すみません、突然あんなこと……。 迷惑……でしたよね」

 唇まで奪っておいて、迷惑で済まされるものか。
 なにが百合の神様だ。あんなの、ただの私の妄想じゃないか。

 そっと席を立とうとすると、私の腕を唯先輩が掴んだ。

唯「迷惑なんかじゃ、ないよ。 ちょっと、ビックリしただけだから……」

梓「……」

 ど、どうしましょうかしら?
 何を言ったらいいのか、わからないんですけども。
 キスなんかしちゃったもんだから、テンションが上がりきっていたというか、
 変な興奮物質分泌されてたせいで、さっきまではなんともなかったのに。
 中途半端に時間が経ったら、めちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。
 唯先輩なんか、もじもじと指を絡ませながらウットリしてるし。
 まじでどうしましょうかしらこの状況。

 傍目から見ても、かなりおどおどしているだろう私。う~ん、カッコ悪い。

唯「全然、嫌じゃなかったよ?」

梓「……え?」

唯「あずにゃんにちゅーされた時、全然嫌な気分にならなかった」

 唯先輩は、でもまたいきなりするのはやめてね。と、続ける。
 私にも心の準備ってものがあるんだから!ぷんすか!と
 『ぷんすか!』まで正確に発音した上で釘を刺された。

 羞恥心で人が死ねるのなら、私は間違いなく今この場で絶えている。

唯「私はあずにゃんのこと大好きだし、あずにゃんも私のことを好きでいてくれる――」

 照れくさそうに、微笑む唯先輩。
 本当にこの人は、私の「好き」の意味をわかってんのかと問い詰めたくなる。

唯「だから、好き同士で付き合うんだったら、別におかしなことじゃないかなって」

 けれどその笑顔は、風情ある虫達の大合唱よりも、月無き御空に煌く無数の星々よりも、
 ずっと、ずっと――綺麗だったから

梓「唯先輩……」

唯「……いいよ、あずにゃん」

 え?

 何がいいんですか?

 フラグ?

 いや、ダメですよ唯先輩。 高校生はキスまでです。
 第一、野外ですよこれ。
 初めてが野外だなんて、どんだけですか。

 どんだけですかーー!
 と思い切り口にしながら、私は唯先輩の胸に手を伸ばす。

 ――もうどうにでもなぁれ。

梓「あぁん……、唯先輩……そこはダメ……。ふ、ふふっ」

 あったかくて気持ち良い……。
 なんとも言えない微睡から僅かに意識を覚醒させる。

梓「……」

唯「……」

 えーと、……あれ?
 なにがどうなって、私は公園のベンチに横たわっているんだろう。
 それよりも、どうして今日この人はスキニーパンツを穿いていらっしゃるのでしょうか。
 ミニスカートとまでは言わないけど、せめてショートパンツにしてくださいよ。
 せっかくの膝枕が台無しじゃ――

梓「――膝まくらっ!?」

 ガンッ!

唯「おふっ!?」 梓「いだっ!?」

 跳ね上がるように起きあがった瞬間、唯先輩の顎に、思いっきり頭をぶつけた。
 唯先輩と私は、それぞれ右側と左側に分かれて蹲り、痛みと戦う。

 痛い。
 でも多分、顎の方が痛い。
 まさか、舌とか噛んでませんよね?

唯「い、痛い゛よ、あずにゃん……」

梓「す、すびばぜん……」

 まじでゴメンナサイ。
 だけど、今ので完全に覚醒しました。

唯「びっくりしたよー、急に頭から煙だして倒れちゃうんだもん」

梓「ええと……もしかして、これ夢オチってやつですかね」

 私が唯先輩にき、キスしていて、それでそのまま告白しちゃって……。

 その後……その後っ!!

 うわあああああ!!

 馬鹿!どういう夢だよ!!なんなの?欲求不満なの!?

 ものすごいリアルな夢だった。
 唯先輩を抱いた腕と、重ね合わせた唇に、その感触が未だ残っているような――
 ……あれ、夢だよね?

唯「……」

梓「……」

 互いに顔を見合わせる。

唯「顔、赤いよ?」

梓「先輩こそ」

唯「だって、あずにゃんが……」

 唯先輩の目尻には、涙が溜まっているのでドキッとしたが、
 よくよく考えたら、それは多分、顎を強打したせいだ。
 ていうか私がなに!?何言ったの!?
 或いは何したの!?どこからが夢なの!?

梓「ええと、今後の立ち振る舞いの参考に、聞いておきたいんですけど」

唯「うん」

梓「私は……その、一体何を――?」

唯「私の口からはとても……」

 ポッ、と赤くなる唯先輩。

 ちくしょおおおおおお!!!

唯「お腹もすいたし、そろそろ帰ろっか」

梓「……そう、ですね」

 そういって、唯先輩は歩き出す。
 私も慌てて先輩を追う。

唯「――は、――しないでね……」

 あ……。

梓「唯、先輩――、今、なんて……?」

唯「えへへ、 内緒~」

 振り返って、少しだけ恥ずかしそうに微笑む唯先輩。

梓「えー、いいじゃないですか、教えてくださいよ」

 その笑顔が大好きだから――
 私は、そっと先輩の手を握る。

 さっきよりも明るく見えた星々は、私達を祝福してくれているようだった。


 ―平沢家―

唯「ただいまー、ういー」

 唯先輩のその声に、慌てふためいた憂が猛然と走ってくる。

憂「お、おかえりお姉ちゃん!!」

唯「……あずにゃん、なんで隠れてるの?」

梓「あ……、その……」

憂「おかえり、梓ちゃん」

 憂は少しだけ目に涙を溜めて、嬉しそうに笑った。

梓「憂、その……ごめん、いきなり飛び出したりして……」

憂「いいんだよ。隠し事してた私にも非があるんだから」

 そういって、憂は両手を広げた。

 え?
 なにそのポーズ。

憂「カモン!」

 カモンじゃねえ。

梓「えーと……」

憂「えー、来てくれないんだ……」

梓「いや、だって……恥ずかしいし」

憂「じゃあお姉ちゃ―」 梓「うわーーい!!」

 一寸の迷いも無く、腕を広げる憂の胸に飛び込んだ。

唯「えー、ずるいよ二人だけー」

 ぎゅうっ!

 あったかな二人に包まれて、
 憂の、唯先輩より膨よかな二つの感触が正面に。
 唯先輩の、控えめな二つの感触が背中に。
 さしずめ私は、ふわふわの食パンに挟まれてとろける具だ。
 サンドウィッチハーレムだ。
 さらにこの後には、唯先輩が作ったという夕御飯が待っているという。

 一体どこへ迷い込んでしまったのでしょうか。

 ここは極楽浄土か、桃源郷か。

 これから先も、ずっとそんな平和な時が続いていく――。

 けれど、そのニュアンスは改めなくてはいけないようです。



 これから先も好きな人と一緒に、ずっとずっと、幸せな時を過ごしていければいいな――。



 おしまい。





 おまけ

 やったァーーッ メルヘンだッ! ファンタジーだッ!

 そう、ここまでは全てこの私、平沢憂の計算通り。
 今日一日、私がお姉ちゃんにべったりすることで、梓ちゃんは欲求不満に陥った。
 そんな中、私はお姉ちゃんに、梓ちゃんに手料理をご馳走してあげたら?と提案。
 するとお姉ちゃんは、いとも容易くやる気を出した。
 もう、可愛すぎる。
 可愛すぎるから辛抱たまらなくなって食後にお姉ちゃんの使った箸をレロレロした。
 そして、手料理をサプライズに計画して、梓ちゃんを一人にする。

 うまくいくだろうとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。
 帰ってきたときの二人の僅かに上気した表情。
 愛されオーラ三割り増しどころか十割増しだ。
 そのまま二人とも押し倒してやろうかと思ったけどハグで譲歩した。

 うふふ、理性を保つのって大変なんですよ?

 そして今現在、梓ちゃんはもちろん、お姉ちゃんの部屋だ。
 私はあらかたの家事を済ませ、自室で勉強をする……フリをしている。
 理由は簡単。私が一緒では、することもできないだろうから。

 梓ちゃんは、きっとお姉ちゃんの大してありもしない色香にムラムラきてるし、
 お姉ちゃんは梓ちゃんに迫られたらきっと拒めない。
 そして、私が別の部屋で、二人は同じ部屋で一夜を共にする。
 以上の情報から導き出される解はただ一つ。

 まちがいない。

 セクロス。

 あとは、機を見て私がお姉ちゃんの部屋に飛び込めばいい。

 全裸で。

 スタンドも月までブッ飛ぶ衝撃だ。

憂「……」

 隣の部屋からは、まだ楽しそうに会話する声が聞こえる。
 くそう、まだか。まだなのか。

憂「……あ」

 お姉ちゃんの部屋の電気が消えた。
 ということは、つまり。
 いや、待て。……まだ早い。
 まだもう少し経って……もういいや。

 私は、足音を立てぬように、ゆっくりと歩く。

 そして、お姉ちゃんの部屋の前で立ち止まり――

 ――思い切り扉を開けた。

梓「!?」
唯「!?」

憂「!!」

 馬鹿な!?

 普通に寝ていた……だと!?

唯「う、うい……?」

梓「そ、その……服を……」

憂「え?」




梓「服を着ろおおおおおっ!!」



 今度こそ、おしまい。



最終更新:2010年12月08日 14:33