唯「……ぁ、っ!」

 誰にも触れさせたことのない部分を優しくなぞる指に、唯は胸をそらすように二度震えた。

 リズムの狂った呼吸をゆっくりと落ち着け、首を垂れて目を閉じる。

 温水シャワーを止めた浴室内は容赦なく冬の気温に落ちていく。

 体を伝う滴がすでに冷たいことに唯は気付いていたが、

 その両手は膝を押さえたままであり、蛇口をひねろうという意志は見られなかった。

唯「はぁ……ふぅ」

 ぐっと唾を飲み込むと、唯は再び太ももの上に右手を滑らしていく。

 自分の手が「そこ」に近づいてくることに高ぶりを感じているのか、

 落ち着けた呼吸はすぐに乱れ始めた。

 そして、指先が無毛の恥帯に触れる。

唯「……んー」

 同じようにそっとなぞり上げてみるものの、今度はくすぐったさが先行した。

 僅かに体も震えるが、それは求めていたものとは違う。

 不満げにうなった唯の左手が、右手と同じ位置へ動きだす。

 深く前のめりになり、唯は自らの場所を覗きこんだ。

唯「やっぱり肌色のとこじゃだめかぁ」

 大陰唇を人差し指でひとしきり押してみてから、

 唯は器用に左手の人差し指と中指で陰唇を押しのけた。

 赤いそこが、突然冷たい空気にさらされて驚いたようにひきつった。

 この赤い場所を、あまり唯は好いていない。

 触れれば確かに「気持ちいい」。

 だが、よく練った納豆のようなヌメリが、唯の指をいまひとつ不快にさせるらしい。

 それが不満で、未だに唯は自慰に耽ったことがない。

唯「はあっ。……」

 左手が乱雑に陰唇の形を戻し、唯は前のめりにだらけたまま、蛇口に手を伸ばす。

 一瞬だけ右手の指先を唯は見たが、後のことを考え、そのままバルブを回した。

 壁に掛けられたシャワーノズルから湯がはしる。

 髪を湯に浸し、先ほど性器をなぞった指をシャワーに当てながら、再度体を温め直す。

唯「……ほんとにできるのかな、私」

 呟きが体を伝う湯に溶けて、排水溝に吸われていく。

 唯はこの時、小さな悩みを抱えていた。

 悩みの種である予定はそれなりに差し迫っているのだが、

 いまだ覚悟を決めきれないところがあったのだ。

 やるしかないと分かってはいた。

 恐らく大丈夫だろう、とも踏んでいる。

 体が温まったところで蛇口をしめて、湯を止めた。

唯「……できるよ」

 椅子から立ちあがり、髪にしみた湯を絞る。

 上階で足音がした。

 唯にはそれが誰の足音か判別することができた。

唯「お姉ちゃんだもん」

 鼻を鳴らして浴室の戸を開くと、冷え切った空気に震えながら、

 唯は脱衣場に戻っていった。

 水滴をバスタオルで取り、シャツを着てから、

 洗面台のコンセントにドライヤーをつなぐ。

 くもり気味の鏡を見つめて、親指でドライヤーのスイッチを入れた。

 熱い風が吹き出して、髪を撫でていく。

 湿気が乗って重たそうにしていた肩も、乾いた風をまとって軽くなったようだ。

 唯がしばらく髪を乾かしていると、脱衣場のドアが2回ノックされる。

唯「憂?」

 ドライヤーを切り、唯はドアのほうを向いた。

憂『ねぇお姉ちゃん、今日って』

唯「わかってるよ、憂」

 1枚板を通ってきた妹の声は、不安げに聞こえた。

 唯はその声を遮って、おだやかに言う。

唯「そんなところにいたら風邪引くよ? 髪乾かしたらすぐ行くから、お部屋で待っててね」

憂『ん……うん。すぐだよ、あと10分しかないからね?』

唯「あー」

 言われて時計を見ると、盤は11時44分を示していた。

唯「大丈夫、すぐいくよ」

 まだ16分もあったが、唯には

 妹の求めていることは12時に間に合うことではないと分かっていた。

 ドライヤーを再度入れ、急ぎ髪を乾かすように手櫛で払う。

 足音が去っていき、しばらく間をおいて天井から聞こえた。

 髪はまだ水分を飛ばし切れていない部分があったが、

 唯はドライヤーのコンセントを抜き、フワフワしたフリースを着て、脱衣場の明かりを消す。

 ドアを開けると、足元にスリッパが並べて置かれてあった。

 それは唯が風呂場に来るときに履いてきたスリッパではなかったが、

 唯は頬を緩めて素足を入れると、ぱたぱた床を鳴らして階上へ駆けていった。

 3階まで上がると、唯は右手にある自分の部屋ではなく、

 すぐそこにある妹の部屋のドアノブをつかんだ。

唯「うい、おまたせーっ」

 唯はベッドに座っていた妹に駆け寄ると、少し息を上げたまま飛びこむように抱きついた。

 憂もそれは予想していたのか、ぎゅ、と声を漏らしたがそのままベッドに押し倒される。

 ベッドの軋む音の残響が消えてから、憂がそっと唯の背中で腕を交差する。

 折り重なったまま、二人はしばらく抱き合って動かずにいた。

憂「いい匂いだねお姉ちゃん」

唯「憂もせっけんの匂いだよ」

憂「……そだね」

 そんな会話をした後、唯はスリッパを蹴とばし、全身がベッドに乗るように足を進め出した。

唯「ほっ、ほっ」

 よたよたと、憂を抱きつかせたまま膝を2、3回前に歩ませて、

 唯は再び倒れ込む。

 ちょうど憂の頭と唯の顔が枕にうずまった。

唯「ふぃー……」

 空気の通り道を確保するように顎を上げて、唯は一仕事終えたふうに大きく息を吐く。

 二人は呼吸を静かにして、

 心臓がお互いの胸を叩きあっている感覚を確かめた。

 ほとんど同じリズムで、しかし微妙にズレて返ってくるのを唯はくすぐったく感じていた。

憂「はあっ」

 やがて呼吸を小さくすることに疲れたか、憂が溜め息を吐いた。

唯「苦しかった?」

憂「ううん、大丈夫だよ。このまま」

 憂はそう笑ったが、唯はちょっと悩んだ後、憂を抱いたまま体の横へ転がった。

唯「これなら重くないでしょ?」

憂「いいのに……」

 すこし憂がくちびるを曲げる。

 しかし、唯が頭に手をやって軽く撫でると、すぐに抑えたような笑顔を見せた。

 唯の手が後ろ頭に伸びる。

 憂はお風呂に入った後にも関わらず、またリボンをつけ直していた。

 親指と人差し指でつまみ、引っぱってほどいてやる。

 そしてまた、髪を整えるように頭を撫でる。

憂「……」

 それまで唯の顔をじっと見つめていた憂が、ふと俯いた。

 その頬はくすぐったそうに笑いながらも赤らんでいるが、唯は気付かない。

 このとき、唯もまた憂の表情の変化を悟れないほど必死でいた。

 ちらりと壁の時計に目をやると、11時59分。

 秒針が既に下の角度を向き始めていた。

 間もなく、自らに課した姉としての試練を実行しなければならない。

 この時間となった今では考え直すことも不可能だ。

 やるしかない、と憂の髪を撫でながら唯ははらをくくった。

 憂の髪をひとしきり撫でて、整え終える。

唯「うい……」

 せっけんの匂いが微かにうつった手を下ろし、きつく憂を抱いた。

憂「お、お姉ちゃん……」

 憂が苦しげに呻いたが、それすら気遣えないほど唯の神経は憔悴していた。

唯「14歳のお誕生日おめでとう、憂。……それでね」

 早口で定型句を述べてしまうと、あっという間に例の試練が目前に立ちはだかっていた。

唯「お誕生日プレゼント、今年は、起きたあとじゃなくて……今、あるんだ」

 何度も言い淀みそうになりながら、どうにか唯はそこまで言うことができた。

憂「誕生日プレゼント?」

 憂は疑うような声で、唯の苦しげな顔を見つめる。

 今度は唯が、目をそらした。

憂「ほんとに、あるの……?」

 唯が何も手に持っていないのは、憂にだって分かっていた。

 しかし、手ぶらならば何がプレゼントになるか、というところまで憂は想像が至らなかった。

唯「う、うん。ある……」

 唯が言い淀むせいもあったが、

 憂のほうも知識が乏しいということもあった。

唯「ほんとだよ? だけど、あるっていうか……物じゃないんだ」

憂「物じゃない?」

唯「うん、けど、練習はしてきたから……」

 顔を上げ、唯は大きく深呼吸をする。

 そしてようやく、憂の目を見つめ返した。

唯「もらってくれる、憂?」


憂「……お姉ちゃんがくれるなら、もらうけど」

 とつぜん真剣になった瞳に見つめられた憂は戸惑ったが、目をそらしはしなかった。

唯「ん」

 強く頷き、唯は憂を抱いていた手を離す。

憂「だっこやめちゃうの?」

唯「うん。離してくれないとあげられないよ?」

憂「……んー」

 不満そうに憂も腕をほどいて、数分ぶりに二人の体が離れる。

憂「ねぇお姉ちゃん、なにくれるの?」

唯「んっと……」

 口ごもりながら唯は起き上がった。

 すぐさま憂も体を起こす。

唯「憂はさ……クンニって知ってる?」

憂「くんに?」

 こてんと憂は首を倒した。

唯「知らない?」

憂「ちょっと、聞いたことないかな……」

唯「……そっか」

 唯はくちびるを舐めた。

 一度では潤わず、何度も舌を出す。

唯「クンニっていうのは、そのぉ」

 妹の顔を見ることなど到底できず、そっぽを向いて指をこねる。

 憂もなんとなく唯の瞳を追いづらく、ただその場から唯の後ろ耳を眺めていた。

唯「アソコを……なめる、ことだよ」

憂「……」

 動いているのは唯の指だけだった。

 しかしながら、その動きもやがて部屋に流れ込んだ冬の空気に凍らされていく。

憂「……お姉ちゃん。それ、誰に教わったの?」

唯「いや教わったっていうか、自分で調べたんだけどね……」

憂「そういうこと調べちゃだめでしょ」

唯「ちっ、ちがくて、お父さんのパソコンにそういう動画があってね?」

憂「だからそういうのを見ちゃ……はぁー、お父さんもぉー……」

 嘆息にうやむやになって、憂の怒りはおさまっていく。

唯「……きいて、憂」

 苦笑しかけた憂の肩を、唯が固くつかんだ。

 いつになく真剣な表情に、憂の全身が強張った。

唯「あのね、憂……やってもらってる女の人、すごく気持ちよさそうだったんだ」

唯「自分でも、ちょびっとだけど触ってみたよ……ぬるっとして指がやだけど、よくって」

唯「初めて触った時、憂にもしてあげたいって思ったの」

憂「ふぇっ!?」

 まるで、姉がクンニをしようとしている対象が自分だと

 その時はじめて知ったかのように憂は驚いた。

唯「舐めてもおいしくはなかったけどさ。誕生日プレゼントだし、お姉ちゃん頑張るよ?」

唯「憂の指も気持ち悪くならないし、きっとすごいよ? だから、ねぇ、受け取ってよ」

 掴んだ肩をがくがくと揺さぶり、唯は懇願する。

憂「え、えと……」

 首のすわらない赤ん坊のように揺れる頭の中で、憂はあくまで冷静に状況を整理する。

憂「……舐めるの、いやなんでしょ?」

唯「いやじゃないよ。自分の……中のお汁舐めてみてあんまりおいしくなかったけど、」

唯「憂のだったら舐めたくないってほどじゃないよ」

 強がりを言っていることを自覚しながら、唯はそれを決して顔に出さないようにした。

 憂の表情が揺らぐ。

憂「でも……」

唯「今日は憂の誕生日なんだよ? 今日ぐらいお姉ちゃんらしいことさせてほしいな」

唯「いつも憂に迷惑ばっかりかけちゃってるしさ……」

憂「そんなことは……」

唯「あるよ。なのに、これぐらいのことがしてあげられないなら、憂のお姉ちゃんやめる!」

 唯の放った言葉が、静まり返った夜に残った。

 会話のあとに突如現れた静寂が、余計にその言葉の力を強めた。

憂「……だ、だめ、やだよそんなの」

 憂の顔が歪んで、唯が声をかける間もなく涙が零れ始める。

憂「……嫌ぁ、なんでそんなこと言うの、私はおねえちゃん大好きなのにぃ……」

唯「うい、ちょっと……泣かないでよ」

憂「ばか、お姉ちゃんのばかぁ」

唯「う、うそうそ、冗談だよ」

 内心はかなり焦りながら、唯は憂を抱き寄せて頭をごしごし撫でた。

唯「お姉ちゃんやめたりしないよ。絶対そんなのありえないから」

憂「うぅ、ひっ……おねえぢゃぁん……」

唯「お姉ちゃんはずっと、憂のお姉ちゃんだよ」

憂「……ほんとにぃ?」

唯「当然。……でもね」

 憂は涙と鼻水で汚れた顔を上げて、首をかしげた。

唯「やっぱり私はお姉ちゃんらしいことしたいよ。……憂がいやじゃなければ、だけど」

憂「いやじゃないよ。お姉ちゃんが、ずっとお姉ちゃんでいてくれるんでしょ?」

唯「ん、もちろん」

 唯は妹の言葉に少しだけ引っかかりを感じたものの、

 それを気にするだけの余裕を持っていなかった。

憂「だったらいい。してほしいよ」

唯「おっけ、まかせて。出来る限りがんばるから」

 憂は唯の胸で涙を拭くと、顔を上げて頷いた。

 頷きを返すと、唯はいまいちど憂をベッドに寝かせる。

憂「だっこしてちゃだめなの?」

唯「だからだっこしてちゃだめなんだって」

憂「んぅー……」

唯「よいしょっと」

 体を離し、唯は憂の腰まで下がると、暖かなズボンに手をかけて引き下ろす。

憂「っ……」

 突然脱がされて寒かったのか、憂が小さく震えた。

 これも、唯は気付いていなかった。

 足元までいっぺんに下ろし、足を持ちながら片足ずつ抜き取った。


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最終更新:2011年02月25日 20:48