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 今のところ、そのもっともらしい理由は思いつきそうになかった。

唯「だーいじょぶだよ! 別にひどいことされたんじゃないし」

憂「うん、味方してくれる人だってたくさんいるし!」

母「……ふたりとも、いい子だねっぇ」

 気丈なふりをしても、さらに泣かれるばかりらしい。

 話をそらしたほうがよさそうだ。

唯「そうっ、それよりお母さんたちのなれそめが聞きたいな! 一回も聞いたことないし」

憂「そ、そうそう! 近親婚? って珍しいし、どんなふうだったのか気になるよ!」


 先に顔を上げたのは、お父さんだった。

 涙でぐちゃぐちゃの顔のまま小さく笑い、袖で涙を拭くと眼鏡を直した。

 お母さんもハンカチで目のあたりをトントン叩いていた。

父「なれそめって言うかな……母さんと会ったのはいとこ同士だから、親戚の集まりだったな」

母「お父さんがひとつ上だから、いつもお兄ちゃんお兄ちゃん言ってくっついてたのよ」

唯「へぇー……」

 お兄ちゃんをお姉ちゃんに変えたら、まるきり憂だな、と思う。

憂「どれぐらいから恋を意識し始めたの?」

父「う、む……それは」

母「まぁ、中学生のときくらいからだったかしら?」

唯「なんかごまかしてなーい?」

母「まさか、ねぇ?」



父「まぁー、そんなわけで、付き合うことになったのは高校生のころだったか」

唯「あっ、すっとばした」

父「気にするなって。いずれ分かる日がくるというものだ」

 もう何となく分かったけれど、それは父母の名誉のために分からないふりをしておこう。

憂「付き合うって、どんな風に?」

父「まぁ正直、あまり関係は変わらなかったよ。いや変えられなかった……かな」

唯「変えられなかったって?」

母「あの頃は携帯なんてなかったから、隠れて連絡を取り合うなんてできなかったのよ」

父「行こうと思えば行けない距離じゃないが、あまり頻繁に行っても怪しまれるしな」

唯「……やっぱり隠すこと前提なんだ?」

母「当然よぉ。結婚が認められてても、けしていい顔はされないもの」

憂「……そっかぁ」

 自分たちと重ね合わせて、不安になる。

 だったら二重に結婚が認められていない私たちはどんな顔をされるのだろう。

父「でも、まぁ……障害はあったけれど、やっぱ母さんのことが好きだったからな」

 お父さんはにやけながら頬をかく。

父「ま、コッソリコッソリ愛をはぐくんでいったわけだ」

母「それで、母さんが大学生になってから二人でこっちまで移り住んで、隠れて同棲を始めたの」

唯「そんなのバレなかったの?」

母「1年ずれてたし、同じ大学に通ってたから」

父「そうは言っても、近くにダミーの部屋まで用意して大変だったがな」

憂「やっぱり、まだ親には言えなかった?」

母「そういうのは、私たちが自立できてからって決めてたの」

父「反対されても家飛び出して、自分たちの意志を貫き通せるように、さ」

 私たちと同じだなぁ、とまた思う。

母「それで大学を卒業して、就職して1年か2年ぐらいしたころに、ドバン! とね」

 テーブルを叩き、お母さんはにんまり笑う。

母「婚姻届を叩きつけてやったわ」

唯「親が反対してたんじゃないの?」

父「あぁ、そりゃもうね。親戚一同から非難囂々だった」

 想像に難くない。最近そんなことがあったばかりだ。

父「けど、こんな時のために自分たちだけで生きられる準備はしっかりしていたんだ」

母「誰にも文句言われない場所に住んで、仕事もして稼いで……幸せになる準備とも言えるかしら」

憂「でも大変じゃないの? 誰の力も借りれないって……」

父「大変だったさ。中にはひどいのもいて、私たちがいとこ同士なのを近所に触れまわるんだ」

 胸がしめつけられた。

 もし私たちがそんなことをされたら。

父「まああの爺さんたちももうすっかり丸くなったけどな」

母「あなたが頑張ったからね。そう、今はお父さんたちにもちゃんと認められてるのよ」

唯「そんなアッサリなの?」

父「忙しい日々に身を置いていたら、あっという間だよ。長かったのかもしれない」

母「でも、あの頃は本当に大変だったわ」

父「毎日何が起きてるか分からないくらい忙しくて、それでもがむしゃらに働いてな」

母「あっという間に時間が過ぎて……それくらいのころだったかしらね、唯が来たのは」

唯「来た?」

母「そうそう、コウノトリさんが運んでくれたの」

唯「……妊娠したんだね」

母「性教育の行き届いてること」

 お母さんは不満そうに頬を膨らます。

 私たちの性知識は、きっとお母さんが想像だにしないレベルなんだろうなと想像してにやける。

母「あの時はほんとに嬉しかったわぁ。今まで頑張って来たことが報われた気がしたもの」

父「そうだぞ。唯の名前……ありゃちゃんと願いを込めた由来があるんだぞ」

唯「え、そうなの?」

父「あぁ。唯のあれは、唯一って字だろう?」

唯「うん、そうだけど……」

父「唯は父さんたちがいちばん大変なころに生まれたんだ」

 お父さんは胸をそらして指を立てた。

父「だから唯は、苦しい日々の中で舞い込んだ唯一の幸せっ、てわけだよ」

唯「ふむ」

 至極もっともな疑問が浮かぶ。

唯「幸せって書いてサチ、とかじゃだめだったの?」

母「語呂を似せたかったのよ。憂を産むつもりだったから」

憂「へっ、私?」

母「そう。まぁあなた達はなるべくして姉妹になったってことよ」

唯「そ、そう……なんだ、へへっ」

 お母さんの言葉におもわず嬉しくなって、笑ってしまう。

父「まぁそれからなんだが、唯が生まれてから急に仕事の調子がよくなったんだ」

母「前ほど忙しくもなくなったしね。それで、唯は天使だ天使だなんて本気ではしゃいでたわ」

唯「……あー、あの天使のコスプレさせられた写真」

 昔のアルバムにだいぶ大量に挟まれていた写真はそういう経緯で撮られたのか。

 特段、悪い気はしないけれども。

父「で、稼ぎも増えてローンも組めるくらいになって、ようやくこの家が建ったころだったよな」

憂「私?」

母「うん、憂が来たのよ」

憂「私の名前って、お姉ちゃんとセットなんだよね?」

 憂は身を乗り出して、目を輝かせる。

憂「どういう風に名前付けたの?」

父「憂は……唯とセットだぞ?」

 お父さんはもう一度とばかりに念を押す。

憂「お姉ちゃんの、唯一の幸せと?」

父「憂は、幸せの中にあっても常に未来を憂う心……だ」

憂「うれう、こころ……?」

 憂は首をかしげる。

 私も不可解だった。

唯「……それじゃあ、憂のぶんの幸せは?」

父「そこだよ」

 お父さんは、まっすぐに私を指差した。

唯「……へ?」

憂「おねえちゃんが?」

母「姉妹になるべくしてなった、って言ったでしょ」

 お母さんは柔らかく笑った。

 私と憂はセット、らしい。

唯「……私が憂の幸せで」

憂「私が、お姉ちゃんの幸せを憂う、こころ?」

父「惜しいなぁ。それだけじゃないよ」

母「二人とも、どっちかが一つの役割を担い続けるんじゃだめよ」

唯「……役割を代わるの?」

母「あなたたちは、ふたりでひとつなのよ。私たちの子供は『唯と憂』だけよ?」

唯「……あぁ、なるほど」

憂「えっ、分かったのお姉ちゃん?」

 これはまた、無駄にややこしい。

唯「でもさ。お母さんたちもそうだったんだよね?」

母「そうね。私がお父さんの幸せで、常にその行く末を憂いて」

父「父さんが母さんの幸せで、いつも未来を案じていたんだ」

 息ぴったりに言うと、お母さんたちは勝ち誇ったみたいに笑う。

憂「……なんだ、惜しかったね」

 憂は軽く負け惜しみをいって、苦笑した。

父「『唯と憂』って名前にはね、父さんたちがうまくいった「ためし」を願いにして込めてあるんだ」

母「そうよ、だから……これはちょっと変な言い方になるけどね」

 お母さんはにこにこして、首の後ろに手を回す。

母「もし唯と憂が結婚したら、私とお父さんみたいにうまくいくって思うわ」

唯「……お母さん」

 ちょっと呆れたいぐらいの発言だった。

 だけど、こらえきれずに笑顔がこぼれるのはどうしてだろう。

憂「結婚はわかんないけど、お姉ちゃんとはずっと一緒にいるよ」

 憂は顔を赤らめて、ちょっと危ない発言をしていた。

 でも、もういいか。

唯「わたしも! 憂とずっと一緒にいる!」

 どうにもならないと思っていた。

 私たちは愛し合って生きていくだけで、誰かに迷惑をかけてしまうのだと沈んでいた。

 それは確かに、間違った話ではないのかもしれない。

 けれど、お母さんは言っていた。

 人生は、がむしゃらにやればなんとかなるから、と。

 言われた時にはむしろ苛立たされた言葉が、

 お母さんたちも苦しんだのだと知ってすぐ、信じられるようになっていた。

唯「……ありがと、お父さん、お母さん」

 私はテーブルの上のセーターを手にして、立ち上がる。

憂「あ、私も行くよ」

 憂もセーターを持って椅子を立った。

唯「これ洗濯してくるね。……あと、うちの学校にイジメはないから。心配しなくていいよ」

母「あら、そう」

 お母さんはまるでわかっていたみたいにくすくす笑った。

唯「行こう、憂」

憂「うん、お姉ちゃん」

 憂を連れて、脱衣場のドアを開ける。

 洗濯機に汚れたセーターを放り込む。

 わざわざネットに入れるとか面倒なことは考えなくていいのだ。

 洗剤を入れ、柔軟剤を垂らし、スイッチを入れる。

 息を塞がれたような声で洗濯機が呻きだす。

唯「……ねぇ。憂」

憂「……わかってる。お姉ちゃん」


 憂は洗濯機に左手を置いて、目を閉じる。

唯「っ……あははっ」

 向き合った瞬間、おかしいくらいに顔が熱くなる。

憂「わ、笑わないでよっ」

唯「ごめんごめん。憂の顔がおかしいんじゃなくってさ……いやー、どうしたんだろ」

 頬、額と手を当てて熱を冷ます。

 憂とのキスなんて、今まで何万回としたはずなのに。

 こんなにどきどきするものだっただろうか。

唯「はあぁー、ふぅー……」

 大きく深呼吸をして、鼓動を落ち着ける。

 洗濯機に置かれていた手をすくい上げて、背中に連れて来させた。

 きーん、と高い音を上げて洗濯機が水を吸っていく。

 洗濯槽の回るモーター音が、忙しく床を揺らしている。

唯「いっ、いくよ、憂」

憂「んっ……」

 憂に抱き寄せられるように進み出、くちびるを重ねた。

 暖かくて柔らかい。

唯「ふぁむ、ん……」

 静かに合わせているだけで、幸せが津波のように押し寄せてくる。

 頭が流されてしまったようで、ちょっとわけのわからない声が飛び出た。

 離れる前に二度、くちびる同士の感触を与えあう。

 小さく、キスが「ちゅ」と言った。

唯「……えへへ。憂とちゅーしちゃった」

憂「私なんて、お姉ちゃんとちゅーしちゃったよ?」

 顔をりんごみたいに赤くしたまま、私たちは冗談みたいなことを本気で口にした。

 恥ずかしさに顔をうつむけつつ、憂の腕の外へ出る。

 洗濯機はまだうるさく喚いていた。

唯「憂。このこと、お母さんたちに」

父「もう知っちゃったけどね」

 憂の頬に手をそえ、言いかけた半ばに脱衣場に黒い影が射した。

唯「うわぁっ!?」

憂「ひぇっ!」

父「ドア開けっぱなし。気をつけろ」

 お父さんはドアをつついて、あきれ顔をする。

唯「……おとがめなし?」

父「咎められると思ってないからやってたんだろ?」

唯「えへへ。まぁちょっと心配だっただけ」

憂「お父さんたちは……私たちの親だから」

父「お前たちの親だからこそ、咎められないんだよ」

 困ったような顔でお父さんは言う。

父「唯たちが選んだ道は、父さんたちよりずっと厳しい道だよ。正直、止めたい気持ちもあるんだが」

唯「……止められないんだよね」

父「そうだな。厳しい道だからと言って止めたりするのは、父さんたちの幸せを否定することになる」

 お父さんは私と憂の顔を順々に眺めた。

父「唯と憂が生まれたことを否定することになるんだ」

 ドア枠に寄りかかり、お父さんは道を開ける。

父「……おまえたちは父さんたちの子だ。願われているんだ。幸せになれるってことを、信じていい」

唯「うん、信じてる。でも確信はしないからね?」

憂「わたしが付いてるし」

 お父さんは、微笑した。

 何を見て笑ったのかは分からないけれど、私はまた勇気づけられた気がした。



 前方にあるリビングルーム。

 そこに、お母さんはいる。

 私たちがすべきことは、ただがむしゃらに、まっすぐ進むこと。

 邪魔されても、怒られても、

 それでも私たちによく似たあの二人の真似をしていれば、きっといつかは辿りつける。

唯「……憂、いい?」

憂「うんっ」

 にこにこ笑顔をあふれさせて、憂は大きく頷いた。

唯「よしっ」

 気合いを入れ直し、右手を握りしめて高く掲げる。

唯「お母さんに報告にいこう!」


  おわり



最終更新:2011年02月25日 21:06