いつまでも涙がとまらなかった
拭っても拭っても、どうしてもとまらない

そうこうしているうちに下で浴室の扉が開く音がした

律が、でてきてしまったんだ

涙を止めようとするけれど、とまらない
鼻水だってとまらない

律が階段を上がってきている

私はベッドから降りてドアに背を向けてテレビを見ているフリをした

ドアノブの回る音が何故かとても大きく聞こえた

律「ふぃ~、いい湯だったぁあ~」

澪「……おかえり」 

律「おう!あ、コーヒー牛乳飲むか?あと台所からお菓子見つけてきたぜ!」

澪「…そっ…か…」

律がテーブルに物をドサドサっと置いた
私はそれでもテレビから視線を離さなかった

今の私はきっと、ひどく律を困らせてしまうだろう

だから、せめてもの悪あがき

何か言われたらあくびをして「寝不足かな」てごまかせばいい


そう、それでいい

それで、いいんだ

律が私の後ろに立って言った
律「何みてんの?」
澪「…テレビ」
律「いや、わかるけどさ、あ、今日ライブやったあの人でてんじゃん!」

本当だ。今日、律と一緒に行ったライブに出てた俺さんがテレビに出演していた

律「へ~ぇ、俺さん、路上でビッグなお知らせするらしいぜ」
律がテレビを見ている。私の状態には気づいていない
私は涙をこらえるのに精一杯で

澪「…あ、ホント、だ」

声が、涙声に、なってしまった…

律「澪…お前、なんかあったのか?」
澪「…っいや…別、に…」

もう駄目だった、しゃくりあげてしまった

なんで私は女なんだろう
なんで律と同姓なんだろう

そんな自問自答ばかり繰り返しても答えは出ないのはわかっていた
だけど、切なくて、ただ本当に切なくて

今、律の顔をみたら、耐え切れなくなりそうな気がしたんだ

律「なんかあったんだろ?」

その言葉は嘘じゃない
『何か』はあった。
けど、本音なんて言えなかった 

私は涙を堪えるのが本当に精一杯で
何も言えなくなっていた

きっと律は困っている
当たり前だ
自分が風呂に入っている間に泣いているんだ

律の部屋では、私のしゃくりあげる声と、テレビの雑音が響いていた

律「澪…こっちに、顔、向けてよ」

そう言ってぐいっと私の肩をつかんだ

澪「…やだ…」

今、律の顔を見たら

見たら、…壊れてしまう

この関係も、日常も、何もかも全て

失くしたくない、大切な場所を。

律「…」

律「澪…こっちに、顔、向けてよ」

アタシはそう言ってぐいっと澪の肩をつかんだ

澪の肩は震えていた
アタシより身長でかいのに
アタシより全然大人だと思ってたのに
どうしたっていうんだよ


澪「…やだ…」

いつから澪は離れていったんだよ

…いつから、澪はアタシを拒んだの?

律「…」

私は律に肩をつかまれたまま泣いていた

それだけで瞳からはもっと涙が溢れ出た

とまる様子は微塵もなかった

胸を掻き毟りたくなるような、そんな感情に襲われた

ただ、ただ私は泣いていた


ふと、背中によく知っている暖かさを感じた

律「顔、見られたくないなら、ずっとこのままでいてやる」

律が、背中から私を抱きしめていた

律「なんかあって、それも言いたくないなら聞かない」

律の手は私より小さいのに、大きく感じられた

律「私はいつも、澪の隣にいるよ」

私を抱く手に力がこもる

律「約束、するか…ら…ひっく…」

『いつも、隣にいる』

その一言で、私の涙腺は崩壊した
律も、涙声になっていた

なんだかわからなくなって私たち二人は泣いた

背中越しにお互いの体温を感じながら



その日は律の家に泊まる事にした

澪が泊まるからアタシは布団を一つ用意しようとした
澪が泊まりにうちに来る時、よく使っていた布団を取り出そうと
廊下の納戸へ向かおうとした

けれどそれは使わずにおわった

澪「…一緒に…寝ていいか…?」

珍しいな、澪からのお誘いは。
全然OKだけどな。

それに今はもう夜遅くて動くのも面倒くさいといった
だらけた時間帯であったから快く了承した


~~~

聡「澪姉きてるのになんか挨拶しづらい雰囲気…」
聡「俺、出番ねぇなぁ…」
聡「…」
聡「……」
聡「………」

聡「シコるか」

~~~


澪「じゃあ…おやすみ」
律「おう、おやすみ」

勢いで

「うちに泊まってけぇぇ!!」

て言っちゃったけど
今のアタシの心拍数は正直ヤヴァイ
澪は泣き疲れたのか、すぐに寝息が聞こえた
…ずぶとい精神ですこと。

子供みたいな寝顔しやがって…。

なんでだろう

澪のキレイな横顔をみて邪心がアタシに語りかけてきた

律(イタズラしてやろw)

何してやろうか

毛布ひっぺがすとか
髪の毛いじるとか

…あんまり面白くないなぁ…

澪「う~ん…」ゴロゴロ
律「!?ちょ!!?」

澪がアタシに抱きついてきた!

何だこの漫画みたいなお約束な状況は。

澪「うぅ~ん…ゲル状がいいのぉ…」

何でむぎと似たような夢みてんだ

しかしこの状況…

律「動けない…」

心拍数は元気に上昇中
体温もさっきより高くなった気がする
アタシ、今夜寝れるのか?

澪「…ふぁ~…」

大きく伸びとあくびをする
昨日の夜は泣いたおかげかぐっすりと眠れた
傍らでは律がいた

ちゃんと、見える

昨日は涙でぼやけて見えなくなったけど

ちゃんと、いてくれた

約束、守ってくれた

澪「…律?」

呼吸はしているが全く反応しない
これだとあと1~2時間は死んでるだろうなぁ

昨日はいっぱい迷惑かけちゃったし…

澪「朝食ぐらい、作るか」

律の部屋をでて階段を下りる
昨日、律に聞いた話によると
おじさんとおばさんは親戚が結婚するらしく
その手伝いに昨日の朝辺りから出掛けているらしい

階段をドタバタと降りる音が聞こえた
降りる途中でこけたのであろうか
最後に盛大にドシーン!と音がなった

澪「…なんだ?」

聡「イテテ…」

廊下からのっそりと姿を現したのは聡だった

聡「あ!澪姉!…お、おはよう///」
澪「ああ、聡、おはよう」

さっきこけたせいなのか、妙に顔が赤い

澪「大丈夫か?湿布もってこようか?」
聡「い…///いいよ別に!ほら!大丈夫だから!」

そういって打ち付けたところを手でバン!と叩く
心なしか涙目に見えたけどそこは目をつむっておくとしよう

澪「そうか、…そのユニフォーム…これから部活か?」 

聡「そうだよ」

澪「この時刻からして、さては寝坊したな?」

聡「ううっ!バレた…」

聡はがっくりと肩を落とした
全く、この姉弟はよく似ているな

澪「ほら、これ以上遅れたら顧問に怒られるぞ?早く行きな」

聡にイチゴジャムをぬったパンを渡した
いくら男の子でも運動部

朝食を食べないで運動するのは昼まで地獄を感じるようなもの
少なくてもこれぐらい食べといたほうがマシだ

聡「ありがとう澪姉!いってきます!」
澪「いってらっしゃい」

玄関の扉が開き、聡が駆け出していったのがわかった


~~~

聡「澪姉が、いってらっしゃい、…か」

聡「へへ…///なんかくすぐったいな」

聡「今日も部活がんばろう!」


この時、まだ聡はこれが報われぬ恋だとは知らなかった

~~~


今日は午前中はずっと律とまったりしていたが
午後から私は律と分かれた

本当はずっと一緒にいたかったけど

私は午後から夏期講習があって、今日は模試の日だったから

どうしても出掛けなければならなかった


この時ほど夏期講習を恨んだ時はない

玄関で靴を履いている時に律が行った

律「大丈夫だよ!約束しただろ?」
澪「うん……」
律「いつも一緒だよ!澪!」

まただ、胸が痛む、

澪「うん、いつも、一緒だ」
玄関の扉を開け、律に向きなおった
澪「それじゃあ…いってきます」
律「おう!いってらっしゃい!」


……

唯「あ~…」
唯「あついよぉ~…」
唯「う~い~…?」

セミの声が鳴り響く

唯「憂~?…いないのぉ~…?」
唯「…う~いぃ~…」


……

澪がいなくなったあと、居間で麦茶を飲みながらテレビを見ていたけれど
澪は夏期講習でいないし、いじる対象の聡は部活に行っちゃってるし

律「んー…」
律「…」
律「……」
律「………」」

律「どっか出掛けよ」

セミの声が聞こえる
外に出るとうだるような暑さが私を襲う



……

梓「あっつぃなぁ~…」

今日も憂とお出かけ
ちょっと遅れちゃったな…
私はお気に入りの服を着て待ち合わせ場所まで駆けていった



……

カリカリカリ…

澪(連日、律と遊んでたからどうなることかと思ったけど)
澪(よし、これなら大丈夫だ)

模試は難しかったが今までちゃんと予習復習をしていたせいか
ケアレスミスがなければ全問正解という自信があった

澪(これならサボってもよかったかもな、なんて)
一人でくす、と笑った

そしてまた胸が痛んだ
そう、困った問題がまだ私には残されていた
昨日の一件で私は今以上に律の事を意識していた

澪(どうしよう…)

答案を書き終わってから今日の講習が終わるまで
私はそのことばかり考えていた

澪(昨日のことで、諦めなんか、つけられなくなった…)

律の事を本当に愛しているんだ
でも、それは、いいことなのかな?悪いことなのかな?

澪「わからないよ…」


『何か困ってることがあったら、いつでも相談してね』

澪「あ……」



……

憂「それで合宿どうだったの?」

憂はポテトを手に取りながら私に聞いた

梓「ん~…ほとんど遊んでばっかりだったよ」

梓「唯先輩は相変わらず抱きついてくるし、むぎ先輩は優しいけど案外子供っぽい人だったよ」

憂「お姉ちゃんってやっぱりあったかいでしょ?」

梓「…ん、まぁ、そうだね」

夏は暑いけど…唯先輩に抱きしめられると暑いっていうか
熱いっていうか…熱いじゃなくて、あったかいのは確かだと思う

憂「それで澪さんや律さんはどうだったの?」

梓「澪先輩は意外と怖がりだったし律先輩はやっぱり大雑把だったよ」


律「ほぉ~?誰が大雑把だってぇ?」


梓「またでたぁぁああぁあ!!!!!」
目が合うなり律先輩にチョークスリーパーをかけられた!
く…くるしい…っ
憂…助け…て…っ

憂「あ、律さん、こんにちわ~」

駄目だこりゃ





~フィンランド~

紬は空気のおいしい山の近くの別荘で読書を楽しんでいた
そこに男が一人、紬に話しかけてきた

斉藤「紬お嬢様、日本からお嬢様宛にメールが届きました」

紬「あら、誰からですか?」

斉藤「秋山澪様からです」

紬「!?」(キマシタワー!)

斉藤「なんでも、ご学友の事を相談したいようです」

紬「斉藤、今から一番早く帰れる飛行機の手配をお願いします」

斉藤「承知致しました」


紬『何か困ってることがあったら、いつでも相談してね』



……

むぎになら、わかってもらえるかもしれない
話したら、どうすればいいのか、わかるのかもしれない

その日、私はむぎにメールした

明日、むぎに近くの喫茶店で相談することを決意した

澪「むぎ…予定あいてるかなぁ…」



……

憂「お姉ちゃんただいまー♪ガリガリ君買ってきたよ♪」

律&梓『おじゃましまーす』

唯「…う~いぃ~…」

律「うわっ唯、お前だらしないなー!」

唯「あ、りっちゃぁ~ん…あ、あずにゃんもいるよ~」

梓「唯先輩、こんにちは、…って」

唯「あずにゃぁ~ん♪♪♪」

唯は酔っ払いのようにフラフラ歩いて梓の元へダイブした
昼間っからラブラブしやがって全く…

律「ほら唯、ガリガリ君みんなでいっしょに食べようぜ!」
唯「Oh!イェス!イェエェス!!」

唯「あー♪おいしかったぁ!憂ー、もうアイスないの?」

憂「あ、買い置きのアイスがそういえばあるんだった!」
律「憂ちゃんにしては珍しいミスしたな」
憂「お姉ちゃんの好きなアイスがあったからつい…」

律(ホント、お姉ちゃん想いのいい子だな)

梓「なら澪先輩や紬先輩も呼びませんか?」

律「おー♪そりゃいい!じゃあアタシ澪に電話するよ!」
唯「じゃあ私はむぎちゃんに電話するね」

プルルルルル……



……

講習がおわり、近くの自動販売機でファンタを買う

澪「…プハァ…」

うまい

澪(もう夕方か…早いなぁ…)
高校二年になってから、やたらと日がたつのが早く感じていたが
ここ最近は特に時間を早く感じていた

澪(律に会えない時間は恐ろしく長く感じるのに)
澪(律と一緒にいる時間は恐ろしく短く感じる)

澪「嫌、だなぁ…」

楽しい時間は、律と一緒にいる時間は永遠と続いてしまえばいいのに

会うたびに、時間も距離も縮んでしまえばいいのに

そう思うたびに、

寂しくなる、孤独になってゆく

水面に浮かぶ波紋のように

私と律の波紋はお互いの波に押されて


決して ひとつには なれない


わかっている、わかっているよ、そんなこと


そんな時、携帯が鳴った


紬「もしもし?澪ちゃん、今どこにいるの?」

電話の主はむぎからだった
先ほどのメールを送ってから5時間ほどたった頃であった

澪「今、○○塾の自販機前にいるけど…何?」
紬「今から…話せる?」
澪、えっ…むぎ、今避暑地とかにいるんじゃないのか!?」
紬「大丈夫、今は国内よ。赤いと3倍早いから」
澪(シャア!!?)



……

『おかけになった電話番号は現在電波の届かないー…』

律「…あれ?」

律「もしもーし」

律「話し中だったのかな…澪でてこないぞー」

唯「むぎちゃんも電話中みたい、どっか出掛けてるのかな?」

唯は窓の外を見上げた
空はきれいな橙色をしていた



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