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「ねえ、純ちゃん」

「んー? 何?」

「梓ちゃんの曲、どんな曲なんだろうね」

「そうだねー。
 そりゃちょっとくらいは想像つくけど」

「……私には、わかんないや」

「あーもう、そこでいじけないのー」

「そういうわけじゃないんだけど。
 やっぱりね、私は他人の気持ちなんてわからないよ。
 私は、やっぱり違うんだよ」

「……うん、違うよ。
 梓と憂は違う。
 私と憂も、違う」

「……やっぱり」

「でも、私と梓も違うよ。
 いいじゃん、それで。
 私にも憂や梓が何考えてるのかなんてわかんない」

「それでもっ――――!」

「それでも!
それだから、憂は私のこと理解しようとする、そうだよね?
 じゃ、それでいいんだよ」

「――やっぱり純ちゃんは優しいね」

「そんなことはないと思うけどね。
 ま、憂からの言葉ならありがたく受け取っておくよ」


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――――――――
―――――

そして――――――
私が気付かぬうちに――――――

その人は、私の目の前に。

「びっくりした?」

当たり前だよ……
何でここにいるの?

「今日は、約束の日だから」

それだけのためにわざわざ?

「それだけ、って言うのは酷いわ。
 でも、確かにそれだけじゃないけど」

何のために、は伏せられた。
でも、私も追及しなかった。

できれば、同じ気持ちであってほしいと思うから。
たぶん、同じ気持ちだと思うから。
会いたいと、そう願っていたから。

お久しぶりです。
ムギ先輩

「ええ、お久しぶり。梓ちゃん」

私の意図をくみ取ってくれたのか、そう返してくれる。

もしかしたらムギも懐かしんでいるのかもしれない。

ムギと梓でなく、ムギ先輩と梓ちゃんとして。
あの頃と同じように。
私たちがこの場所で笑っていたあの頃と。

「そのまま続けてくれる?」

もうどこまで弾いたか忘れちゃいましたよ。

「そっか。
 じゃあ、改めて。」

そう、ムギ先輩は区切った。

「梓ちゃんの曲、聞かせてくれる?」

はい。そして私は答える。
弦をはじく。
ビーンと鳴る。
ギターは、いつも素直だ。
だから私も。
素直に心を響かせる。


――――――――――――

その曲は、とても軟らかく暖かな曲だった。
アップテンポというには少し穏やか過ぎるくらいに。
心地よい、心躍るリズム。

伝わる、梓の気持ち。
だって、私も同じだったから。
同じ時間を過ごしていたから。

そしてたぶん、今梓の周りにいる人たち。
憂ちゃん、純ちゃん。

きっと、みんなへの想いでこの曲は出来ている。

皆を思う、梓の気持ちで出来ている。

優しくて、奇麗。
だけど、それだけではなく、激しく強い思い。
それが込められている。

まるで梓の人となり、そのもののようだった。

私がなぜ梓に惹かれるのか。
それが少しわかった気がした。

「どうでした?」

そうね、優しくて暖かい、いい曲だったわ。
梓の気持ちが素直に伝わってきたよ。

「そうですか?
 正直、本当にただ詰め込んだだけになってしまったような気がするんですが」

そうね。
でも、私も最初はそうだった。
梓は小さいころから音楽に囲まれているから、私が初めて作ったものよりずいぶん形になっていると私は感じた。

確かに、梓には作曲に対する知識も経験もない。
でも、それは後から付けられる付けられる。
大事なのは、想いをこめること。
想いを伝えられること。

少なくとも、私はそう思っている。

そして、私はまたこうも思った。
羨ましいと。
その強さが。
激しい想いが。
だけれども、これはナイショにしておく。
なんだか、これを言ってしまうのは、まるで告白のようで恥ずかしかったから。

「私の想いは、届けられると思いますか?」

今の段階ではまだ難しいかもしれない。
でも、きっと届くものにできる。
そう思った。

―――――――――――
「どうしよっか?
 曲についてもっとこうしたらいい、って言うのは言えるけど、たぶんそれは憂ちゃんと純ちゃんと相談してもいいし……
 そうだ、歌詞はちょっとくらい考えてる?」

私は迷う。
実は、まだあるのだ。
私の曲が。
さっきの曲を作っているときに、あふれてきたもう一つの感情。
だけれども―――
その曲は―――――――

今を逃すともう、きっとこの曲を弾くことはないだろう。
そのほうがいい、そう私の強がりな心が、弱い心が言う。

だけど、決めたから。
もう少し素直になると。
だから、

聞いてください。
知ってください。
私を。
弱くてもろい、さみしがりな私を。

想いは、確かにあふれた。
しかし、あふれた想いをコントロールすることはすごく難しかった。
曲に飲まれ、感情が暴走する。
考えなくてもいいことばかり頭に浮かんでくる。

今が幸せであればある程、暗く、深く、冷たく。
堕ちていく。
手が凍えて止まってしまいそうになる。
それでも、私は手を止めない。
止められない。

知ってください。
私の想いを。
受け止めてください。
私のことを。

そしてできることなら。





愛してください


―――――――――――
それは、叫びだった。
始めは、バラードのように弱く、悲しく。
そして、ある時、抑えきれなくなったそれは爆発する。
強く訴える。
心からの叫び。

私は鳥肌が立った。
梓の、むき出しの感情。
ぶつけられる。
私の、矮小な本質が、裸にされる。
梓が、震わせて叫ぶ。
私の心が揺さぶられる。




そして


共振する。




気がつけば
私の目からは涙があふれていた。


「これで、終わりです」

梓の顔を見る。
泣きそうな顔をしている。

伝わった、梓の気持ち。

私の気持ちとおんなじ。

常に考えてしまう。
それは、『失う恐怖』。
一人ぼっちになる寂しさ。
それを考えてしまう、心の弱さ。

決して口には出来ないけれど、心の奥ではずっと叫んでいる。


『私を愛して』、と。


私は梓を抱きしめる。

そして言う。
伝わったと。
愛していると。

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「そういえばさ、今年はどうするの?」

どうするって……なにを?

「合宿だよ合宿!
 えーっと、一昨年は海で去年は夏フェスでしょ?
 私たちだって行きたいよ!」

遊びに行くんじゃなくて練習しに行くんだよ?

「私も合宿行きたいなぁ」

……どうしようかなぁ。
確かに学祭に向けて練習したいし、一年生と交流を深める意味でも合宿はやるべきだというのはわかる。
分かるんだけど。

そっか……この二人にはまだ言っていなかったっけ。

「え? ムギ先輩の別荘!?」

「あはは……
 さわ子先生にそんなことが」

そう。
だから今年はあんまりあてがないんだよね。

「……ムギ先輩にお願いしてみる、とか?」

ダメ。
あの人のことだから絶対いいって言うから。
迷惑はかけられないよ。

「だよねぇ……
 でも合宿はしたいよ」

「皆で安いコテージ探して借りるとか、ダメかな?
 5人で割れば一万円以内でなんとかできる所あると思うんだけど」

憂も乗り気だね。

「うん。みんなとお泊りできるなんて楽しみだよ」

うん……そうだよね。
遊ぶことも、お喋りも、全部私たちを形作る大事な物なんだから。
皆で探して、行こう。
きっとこの苦労だっていつかは良かったと思えるから。

で、こうなるわけですか。

「迷惑だったかしら?」

「あずにゃんしどい!」

迷惑だ何て、むしろ私たちが迷惑掛けてるんじゃないですか?

「そんな事ないわ。
 私はむしろ楽しみでしかたないの」

「梓、私たちは梓たちとがいいから言ってるんだ。
 こっちの都合は気にしないでくれていいんだぞ」

「そうだぞー。
 大体5人で借りるより9人のほうが安くすんでいいだろ?
 それにさ、私たちのほうから持ちかけてるんだから迷惑なんてあるわけないじゃん」

そうですね。
私も先輩たちとがいいです。
後輩にもいい刺激になるでしょうし。

「ふふっ。
 すっかり部長になっちゃってるわね」

「ああ、律より全然安心できるな」

「澪しゃんそれは言わない約束だろー」

「あずにゃん! 楽しみだね」

そうですね。
楽しみです。

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「ついたー。
 思えば長い旅だった……」

「何言ってるんですか、純先輩。
 コテージはもうすぐなんだから頑張ってくださいよー。
 ほら!見えてきた」

「ワン子は元気だねえ」

「まぁ、ドラマーですから!」

「……あのぅ」

ん? どうしたの?

「あの、コテージなんですか?
 なんだか、その。
 すごく大きいんですけど……」

そうだよ。

「……」

「どったの、エーコ? 
 言いたいことがあるならはっきり言わなきゃ伝わんないぞー」

「あの、その……
 えっとですね、その、すごく大きくてきれいだなぁって」

「そりゃそうさ!
 部長が頑張って見つけてくれたんだからね!」

……たぶんそういうこと言いたいんじゃないと思うけど。
4泊5日。長い。
大きくてきれいな海沿いの貸切ペンション。
そして、周りに他の建物も、無し。
私がみんなから集めたのは、一人五千円。

そりゃ割に合う金額じゃない。

もう一人、たぶんもう気づいているだろう憂は我関せずで笑顔を見せている。

だから私も、知らん振り。
穴場だね、なんて言ってみる。
納得できない顔をしているけど、まぁ、いいだろう。

この子たちのびっくりする顔が楽しみだ。

「ねぇ、部長」

あ、驚いてる。
エーコのほうを見ると?って顔。

そっか。
ワン子は去年の学祭見に来てるけど、エーコは知らないんだ。

貸切のコテージ。
なのに、そのコテージ前には人がいる。

今回、私たちと一緒にコテージを貸し切った人たちが。

「お前たちが来るのを待っていたー!」

「こら律!」

「みんな久し振り~」

「ごほん!
 ようこそ桜丘高校軽音部の皆さん!
 私たちは軽音部OGの放課後ティータイムです。

 まぁ、何はともあれ聞いてください!」

そう言って先輩方はうなずきあう。
手にそれぞれの楽器を持って。
そして始まる。
以前とおなじ、律先輩の合図で。

「ワン、つー、スリー―――――――――

演奏が終わる。
それぞれの顔を見る。
純は、興奮で大変なことになっている。
憂は、笑顔で見ているかと思いきや、真顔で聞き入っていた。

そして、ワン子とエーコの二人は、食い入るように見つめていた。
ふと、私が一年生の頃を思い出す。
新観ライブを見に行ったとき、私もこんな風だったのだろうか。
もし、そうだとしたら、これがいい刺激になっただろう。

私たちは放課後ティータイムとは違う。
だから、超えるだとか、負けるとかそういうのはなくていい。

ただ、聞いた人の胸に届くように。
届いた人の心に残るような。
そんな演奏をしたいと思ってくれるなら嬉しいと思う。


だから、私は言う。
ほら、いつまでもボーっとしないの。
次は、私たちの番だよ、と。

私たちの演奏も終わった。
無意識のうちに私はあの人を見てしまう。
目をつむり、柔らかに微笑んでいる。
私も微笑んでしまう。


「さて、じゃあ私たちが後輩にきっつーい指導を」

「え、マジですか?」

「おう、ドラムは私だぞ。
 ビシバシ行くからな!」

「私は、澪先輩の指導ならむしろ受けたいです!」

「うん、みっちりやろうか」

「ギターは私だよ!
 よろしくね」

「あ……は、はい……」

「私は憂ちゃんねー」

「はい、ムギさんよろしくお願いします」


「だが! その前に!





 泳ぐぞーーーーーーーーーー!」

「はい! りっちゃん隊長!」

「お、おい! ちょっと律!唯!
 ってムギまで?」

「今年はちゃんと下に水着着てきたわ!
 じゃあ先に行って待ってるから」

「……ごめんな。
 こんな先輩で……」

頬が緩む。
変わってないな、先輩達。




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6  ※澪唯編
最終更新:2011年03月10日 23:54