アットウィキロゴ
憂「ゆいの幸せが、私の一番の幸せなんだよ、梓ちゃん」

梓「違うよ……、憂は何もわかってない。……目の前で憂が悲しんでるんだよ? 
  ゆいが悲しくないはずないじゃない……っ!」

憂「わかってないのは梓ちゃんだよ。だって、私はゆいの為だったら笑っていられるから。
  悲しんでなんか……いないから」

梓「嘘だよ……、だったら……だったらどうして泣いてるの!?」

憂「……泣いてる? 涙なんか出てないよ?」

梓「さっきからずっと泣いてるじゃない!! 悲しいよ、別れたくないよって!!
  憂の心はもう、ぼろぼろじゃないかっ!!」

憂「……ダメだよ、梓ちゃん。梓ちゃんが泣いてちゃ、笑ってお別れできない」

梓「わ、私は……悲しいから、泣いてるんだよ。
  ……ゆいと別れたくないから……、泣いてるんだよ……!!」

憂「……ごめん、ごめんね、梓ちゃん。……だけど私は、大丈夫だから」

梓「どう、して……。私にくらい、話してくれたって……、
  なんでっ、一人で、抱え込んで……」

 胸が締め付けられるみたいに苦しい。
 涙と鼻水で、顔はぐちゃぐちゃだった。
 言葉が、浮かばない訳じゃない。
 嗚咽する声が邪魔をして、その先が伝えられなかった。

憂「梓ちゃんは素直すぎるから。これでお別れって知ってしまったら、
  きっとさっきみたいに素敵な時間は過ごせなかった」

梓「……そう、かも……しれ、ないけどっ!」

憂「……お願い、ゆいと二人だけにしてほしいの」


 閉じたはずの家の扉が、ゆっくりと開いた。
 内側から扉を開けれる人物なんて、一人しかいなかった。
 随分、泣き叫んじゃったからなぁ……。
 こんな、顔、こんな、ぐちゃぐちゃの顔、あなたには、見せたくなかったのに……。

梓「……唯、先輩」

唯「ごめんね、あずにゃんの声、大きかったから。立ち聞きするつもりはなかったんだ」

梓「あ……」

 ……だけど、先輩は。

唯「間違ってないよ、あずにゃんは。何も、間違ってない」

 いつもみたいに、優しく抱きしめてくれた。
 凍えきった自分の心が、融けていくみたいだった。
 言い様の無い苦しみに荒んだ心が、癒されていくみたいだった。
 ――あったかい。

唯「だけどね」

梓「……」

唯「今は、憂の気持ちを汲んであげて」

梓「で、でも……」


唯「私も、悲しいお別れがいけないことだなんて思わない」

梓「だったらどうして……!」

唯「憂だって本当は泣きたいの。泣きたくて泣きたくて仕方ない。
  でも泣けないんだよ……ゆいが、泣けないから」

梓「……っ!」

 物を食べたり、眠ったり、ゆいはどこまでも人間に近い存在だった。
 だから、泣くこともできると思ってた。
 それはきっと憂も同じだったから、あの子は一度だけ、ゆいの前で涙を見せた。
 だけど、ゆいはそれを見て泣かなかった。泣けなかった。
 その時、気付いてしまったんだろう。
 ゆいは、笑ったり悲しんだりの感情表現はできても、涙はでないんだって。
 泣きたくても泣けない苦しみ。
 ゆいが、泣けないのに、自分だけが泣く訳にはいかない。
 だから、憂は……。

唯「それにね、あずにゃん」

 我が子を慈しむかのような、穏やかな口調だった。

唯「憂は、ゆいのお母さんなんだよ」

梓「……」

唯「憂は、ゆいを不安にさせたくないの。『お母さんは大丈夫だから、
  心配しないで行ってらっしゃい』って、優しく送り出してあげたいんだよ」

梓「憂が……、そんなの、憂が可哀想じゃ、ないですか……」


唯「言ってたじゃない。ゆいの幸せが、あの子の幸せなんだって」

 そう答えた唯先輩の声は、震えていた。
 バカみたいだ。
 私ひとりで、子供みたいに感情を爆発させて。
 憂や唯先輩の方が、私よりもずっとずっと悲しいはずなのに。
 それでも誰かの為に自分の感情を押し殺しているなんて……。

梓「う、うぁぁぁあああああっ!!」

唯「……ごめんね、あずにゃん」

 唯先輩の胸に必死に縋りついて、私は一人、むせび泣く。


 どうしてこんなに悲しいのか。


 理由はすぐに分かった。


 ゆいとの別れに自分を重ねてしまったから――。


 三月になったら、先輩達は居なくなる。
 私は、一人取り残されて――。

 そんなの、嫌だ。

 唯先輩、あなたと離れたくない――。


憂「ゆい、寒くない? 大丈夫?」

 手の上のゆいは、ゆっくりと静かに頷く。

憂「ごめんね、もっと早く治してあげられていたら……」

 違う。
 こんなことが言いたいんじゃない。
 最後なんだ、これが最後なんだぞ……。
 伝えたいことは沢山あったはずなのに。

憂「ゆい……」

 視界がぼやけるのだろう。
 ゆいは必死に両目をこすって、私の顔をその小さな瞳に映し出そうとしていた。
 その行動は、溢れ出る涙を必死に拭っているように思えて……ゆいは涙なんか、
 流せないのに。

 月明かりは届かない。
 今にも泣き出しそうな悲愁の空は、どこか私に似ていた。
 やがて、黒一色に塗りつぶされたその空間で、ゆいの周りだけが淡く煌き始めた。

 それでもう、お別れなんだなって、分かった。



 僅かに震える小さな体を、私はぎゅっと抱きしめる。
 私は、こんなにもゆいのことを愛しているんだよって、伝えてあげたい。
 体温なんかなくたって、ゆいのぬくもりは私に届いているのだから。
 言葉なんかなくたって、私の想いはきっとゆいに届いてる。


 ゆいは、最後に笑ってくれた。


 二週間なんて、短すぎるよ……。
 もっと一緒に居たかった。
 もっと遊んであげたかった。
 お姉ちゃんとゆいと私で、ずっと一緒に……。






 『う』


 『い』




憂「!!」




 場は変わらず静寂に支配されていた。
 けれど確かに聞こえたその声に。


 『ありがと……うい』


 優しい雫が、頬を濡らした。
 限界を迎えた灰色の空が、一滴、また一滴と、大きな雨粒を零していく。

 ――ゆいが、静かに目を閉じる。

 不思議と、心は温かかった。

 私は空を見上げて、目を瞑る。

 ありがとう。

 私は、いつまでもあなたのことを愛しているから……。

 ばいばい……、ゆい。

 ずっとずっと、忘れない……。


 ゆっくり近付くその気配に、私は静かに目を開けた。

 怒られるかなって、思った。

 嘘、ついちゃったもんね。

 また、隠し事しちゃったもんね。

 だけど、この人は、私が何を考えていたかなんて、本当はとっくにお見通しで。

 普段いい加減で、頼りにならないのに。

 なんで、こんな時だけ……。

憂「おねえ、ちゃん……」

唯「もう、我慢しなくて良いんだよ、憂」

憂「……っ! うっ、うあっ、うああああああああああっ!」

 降りしきっていた雨は朝方には上がり、
 朝露に反射する光が澄んだ空気を透かしてキラキラ輝いていた。
 結局気温は下がりきらず、雨が雪に変わる事は無かった。
 泣き疲れて、そのまま寝ちゃったんだな……、私。


梓「憂、起きた?」

憂「うん。梓ちゃん、私結局答え聞いてないんだけど」

梓「なんの?」

憂「愛の告白」

梓「されてないよ! されたとしても断固ノーだよ!?」

憂「さすがの私も今のは傷ついた」

梓「あ、その……、ごめん……」

憂「筈もなく、私は今日もセクハラに及ぶのでした」

梓「うぉぉい! 唯先輩にそれ以上くっつくな!!」

憂「と言うわけで、おはよう」

梓「おはよ。朝一の会話にしては濃厚すぎると思うな……」


憂「大丈夫。これくらいじゃ、お姉ちゃん起きないから」

梓「変なことしなかったでしょうね?」

憂「しないよ。傷心しきって尚変態行為に及ぶとか、私は万年発情期か」

梓「……憂、一晩中泣いてたもんねー」

憂「梓ちゃんだって負けないくらいの大号泣だったじゃない」

梓「うぐ、……まぁ、ここは、痛み分けってことでひとつ」

憂「……」

梓「寝顔は子供みたいなのにね」

憂「お姉ちゃんのこと?」

梓「普段の振る舞いだって、憂の方がよっぽどしっかりしてるし」

憂「しっかりした変態ってどうなの?」

梓「最近、変態を自覚しだしたよね。どうって訊かれても困るけど」


憂「格好良いでしょ、ああいうときのお姉ちゃん」

梓「……うん」

憂「普段とのギャップにグッとくるよね」

梓「……うん」

憂「セクハラしたくなるよね」

梓「……う――ちげえ!! 何言わそうとしてんの!」

憂「梓ちゃん、お姉ちゃんのこと好き?」

梓「……知ってるくせに」

憂「梓ちゃんの口から直接訊きたいんだよ」

梓「……好き」

憂「梓ちゃんが想っている以上に、私はお姉ちゃんのこと好きだから」

梓「なにそれ」


憂「梓ちゃんなら許す、とか思ってたけどやっぱり許さない」

梓「はぁ?」

憂「お姉ちゃんは私だけのもの」

梓「シスコン」

憂「うるさい貧乳」

梓「なっ!? わ、私はこれから大きくなるの!」

憂「ふふふ……」

梓「ふ、ふふふ……」

梓「それで、答えってなんのこと?」

憂「訊いたでしょ? ゆいは幸せだったのかな、って」

梓「なんだ、そんなこと」

憂「……そんなことって」

梓「決まってるじゃない。幸せだったんだよ。あんなに愛されてたんだもん」

憂「……そうなの、かな?」

梓「じゃあ訊くけど、憂はゆいと過ごして幸せだった?」

憂「あ、当たり前だよ、そんなの!」

梓「ほらね。ゆいのお母さんである憂が幸せだったんだから、
  ゆいも幸せだったに決まってるでしょ」

憂「……」

梓「憂が、ゆいの幸せが自分の幸せだ、って言ってたように、
  ゆいにとってもそうなんだよ。だから……」

憂「梓ちゃん」

梓「な、なに?」

憂「やっぱり愛してる」

梓「私は別に愛してないからーー! やめろ、くっつくなー!!」


憂「じゃあお姉ちゃんに」

梓「それもダメー!!」

唯「ん……」

梓「!」
憂「!」

梓「(ほら、起きちゃった)」

憂「(梓ちゃんの声の大きさが原因だと思うけど)」

唯「うい~、ゆい~、あずにゃ……」

梓「……」

憂「……」

唯「好き~……」

憂「!」
梓「!」

憂「梓ちゃん、なんで顔赤くしてるの?」

梓「それはこっちの台詞だよ! 
  ていうか、憂が照れるとか、変態の癖に初心とか、ふ、ふふ……」

憂「! 梓ちゃんは私を怒らせた」



梓「じょ、冗談だってば、ほんのお茶目な――うわあっ!?
  ちょ、傷心はどこいったのよ、変態行為はしないんじゃ……」

憂「ごめんなさいは?」

梓「ご、ごめんなさい」

憂「上だけで許してあげる」

梓「嫌ぁぁあああっ!」

唯「ん……、あずにゃん?」

梓「お、おはようございます唯先輩」


 もう、悲しくはなかった。
 だって、ゆいは私の中にずっと生き続けるから。

 もう、寂しくはなかった。
 だって、私の周りにはこんなにも素敵な人達がいるのだから。


憂「おはようお姉ちゃん! 愛してる!!」


 爽やかな朝、爽やかな笑顔を振りまいて、今日も私はセクハラに及ぶ。




 ~おしまい~



最終更新:2010年01月07日 21:59