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そろそろ夜が明ける。
私は、中々眠れなかった。
昼間眠ったせいもあるけど、いつもの頭痛の倍くらいの痛みが私を襲っていたから。
「……死ぬ、かあ……」
私は呟いてみた。
自分が死ぬなんて思っていない。だけど、もし死んだらどうなるんだろう。
考えただけで、怖くなる。
目の前が霞んできた。
バカだな私、変なこと考えるから……。
「死にたくない……っ、死にたくない……!」
溢れ出てくる涙を堪え、私は暗い部屋で呟いた。
――――― ――
ドア スー
梓「こんにちはー」
律「あれ?今日は梓一人?」
梓「はい、学園祭も終わりましたから、皆さん受験勉強頑張ってるみたいです」
梓「(ほんとは、きっと来にくいんだと思うけど……)」
律「最近あいつら来ないからさー。寂しかったぞー、梓!」
梓「すいません……」
律「いいけどさ。ほら、座りなって」
梓「はい……」ガタッ
律「そうだ、梓」
梓「なんですか?」
律「新しい部員、まだ見付からない?」
梓「あ、はい」
律「そっか……。もっとちゃんと勧誘しとけばよかったな」
梓「……はあ」
律「もうすぐ私ら卒業しちゃうしさ、梓一人寂しいもんなあ……」
梓「……そんなこと」
律「あるだろ?」
梓「……」
何も答えない梓の頭を、
律も何も言わずにぽんっと叩いた。
律「我慢しなくていいんだぞー?」
梓「うぅ……」
律「梓はもっと、素直になって、甘えていいんだよ」
――――― ――
学園祭が終わり、冬になった。
一時期危険なときもあったが、私はなんとか今まで生き延びていた。
最近、皆受験勉強とか何とかで来てくれない。
それを埋めるかのように、梓が私のところに通い詰めてくれた。
年も明け、“私たち”はもうすぐ卒業だ。
だから梓を一人、軽音部に残すことになる。
『梓はもっと、素直になって、甘えていいんだよ』
あの時そう言うと、梓は『嫌です』と首を振った。
『そんなことすると、先輩たちと永遠の別れみたいに思えちゃいます』なんて
言いやがった。
そんなあずさに、何か『放課後ティータイム』として残したいと思った。
その何かは、すぐに思いついた。
これなら梓だけじゃなく、澪たちにも何か残せるはず。
私は、歌詞を書く手を止めて窓の外を見た。
もうすぐ春がやってくる。
今年は桜が綺麗に咲くのかな。
『卒業は終わりじゃない』
この次は……。
――――― ――
卒業式が無事に終わり、私は部室に居た。
先輩たちが、私の前で楽器を持って立っていた。
「梓、聴いてほしい曲があるんだ」
「あずにゃんの為に作ったんだよ!」
「え?でも今はもう……」
ガチャガチャ!
突然、ムギ先輩がラジカセを弄り始めた。
私がそれを驚きながら見詰めていると、懐かしい音が聞こえ始めた。
「……律、先輩?」
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律「あ、そうだ」
それはある寒い日のことだった。
まだ心の整理ができていなかった澪たちが、暗い顔で病室を訪れた時、律は突然、
そう言った。
梓「お願い、ですか?」
律「そう、お願い」
唯「りっちゃんのお願いなら何でも聞いちゃうよ!」
律「へへっ、なら何でも……」
唯「あー、嘘嘘!やっぱり叶えられる範囲で!」
紬「それで、なんのお願い?」
律「あ、うん。あのな、放課後ティータイムの曲をさ、カセットに残さない?」
澪「どういうこと?」
律「ほら、もうすぐ私たち卒業じゃん?だから、寂しがり屋の梓のために……」
梓「私は寂しがり屋じゃないですっ!」
律「あー、はいはい。まあ、それでな、私たちの曲カセットに残したら、寂しくないと
思うし、いつも繋がってるって思わない?」
紬「そうね……。それ、いいかも!」
澪「でもちょっと待てよ!どうやってするんだよ?第一律は……」
律「そう、私は入院中だ!そこで、だ!私が外出許可を取れるように一緒に頼んで
欲しいというのが、お願い!」
唯「えぇ……」
紬「でも、りっちゃん……」
律「後悔したくないんだよ、私。今やらなきゃ、だめな気がするから」
唯「……!」
律「だから、やろうぜ?久しぶりにドラムも叩きたいし」ニッ
澪「……わかった」
それからその次の日、律は外出許可が出た。
病院から学校へと直行する。
律「まずは何から録る?やっぱふわふわかな」
梓「初めはアップテンポの曲がいいんじゃないですか?」
澪「そうだな、アップテンポので」
唯「それじゃあ早速やろう!」
紬「待って、その前にお茶にしましょう」
いつもの部活のようだった。
律はずっと、笑顔だった。
皆の表情も、次第に笑顔に変わっていった。
.
最後の曲が終わると、律はまた病院に戻ることになっていた。
その曲が終わった帰り際、律は梓が先に部室を出て行ったのを確認すると、
帰る準備をしていた澪たちに声を掛けた。
律「あのさ。あともう一曲だけ、やりたい曲があるんだけど」
――――― ――
もういないはずの律先輩の叩くドラムの音の上に、
澪先輩のベースが、ムギ先輩のキーボードが、唯先輩のギターが、乗っかっていって、
切ない旋律を紡ぎだす。
「この曲の歌詞は、律が作ったんだ」
「結局、最後まで歌詞書けなくて、私たち全員で書いたんだけど」
「りっちゃんや私たちの想いがいっぱい詰ってる曲なんだよ、あずにゃん」
――――― ――
律「これ」ピラッ
紬「天使に、ふれたよ……?」
律「うん、まだ歌詞は途中なんだけどさ……。ムギ、作曲頼んで良いか?」
紬「……うん」
律「それでまた今度、梓がいないときにこの曲をカセットに録音しない?歌詞は
ちゃんと考えとくから。卒業式のとき、これ聴かせたら梓、絶対泣いちゃうだろうなあ」ククッ
唯「そ、卒業式の日に一緒に演奏すればいいじゃん!」
律「……卒業式出られるかどうかわかんないからさ。一応、念のために」
澪「でも、何で急に……」
律「急にじゃねーよ。澪たちが受験勉強とかなんとかで来なかったときにさ、梓一人で
見舞いに来てくれてたんだよ。そん時、梓すっげー寂しそうな顔しててさ?
だから何かしてやりたいって思ったの」
唯「りっちゃん……」
律「それに……、こうしたらまた、澪たちと演奏、できるだろ?」
律「私、やっぱり皆で演奏すること、好きなんだなって改めて思った。いつまでも
演奏してたいくらい。……それは無理なんだけど」
『私のこと、忘れないで欲しい』
『ずっとずっと、いなくなっても覚えておいて欲しい』
律の目が、声が、そう言っていた。
律「……ほんとはさ……、私が皆の心に残してやりたいんじゃなくって、
残りたいのかもな……」
律はそう言って、咽び泣いた。
澪たちはただ、律の身体を抱き締めた。
その頃にはもう既に、律の身体はぼろぼろだった。
澪「なあ律」
律「……ん?」
澪「『これからも仲間だから』」
律「……え?」
澪「この歌詞の空白の部分」
澪「(ずっと我慢してたんだ、律だって、ううん、律が一番辛いはずなのに)」
唯「(なのに皆のことをちゃんと考えてくれてた)」
唯「ここは『離れてても同じ空見上げて』とかどう?」
紬「(私たちこそ、りっちゃんの為に何かしたい!)」
紬「曲、浮かんで来ちゃった!その次は『ユニゾンで歌おう』とかどうかしら?」
律「……みんな……」
律「――ありがとな」
――――― ――
律先輩がいなくなった喪失感に囚われていた。
先輩たちが卒業しちゃうことを意識して、よけいに寂しくなった。
寂しさや悲しさや、そんなものが色々ごちゃまぜになって疲れていた私の心に、
その音楽は響いてきた。
枯れたはずの涙が、また溢れ出てくる。
「でもね 会えたよ!素敵な天使に」
三人の歌声が、綺麗にハモっていく。
「卒業は終わりじゃない」
『これからも仲間だから』
そして、先輩たちの声に、もう一人の歌声が重なった。
律先輩の声だった。
――――― ――
『天使にふれたよ!』をカセットに録音し終えたその日の夜、
律は突然逝ってしまった。
最期は母親と父親、そして弟に看取られて、眠るように死んでいったらしい。
桜、澪や皆と一緒に見たかったな。
律が息を引き取る直前、律はそんなメールを送ってきた。
病院で携帯の使用は禁止されているのに。
律が死んだと聞かされた後、混乱していた澪は呆然と、
もう一度律から送られてきたメールを開いた。
それにはもう一つ、軽音部の皆へのメッセージが添えられていた。
――――― ――
駅のホーム、河原の道 離れてても 同じ空 見上げて
ユニゾンで歌おう
先輩たちも、泣いていた。
だけど、それでも最後まで歌い続けてくれた。
でもね 会えたよ!素敵な天使に
卒業は終わりじゃない これからも仲間だから
『大好きって言うなら 大大好きって返すよ』
先輩たちの演奏が、律先輩の歌声が、教えてくれる。
私は決して一人じゃないと。
これからも仲間だから、と。
曲が終わってしまう。
私は立ち上がった。
ねえ、律先輩。
私、今なら素直になれる気がします。
だけど。
「あんまり上手くないですね!」
今はまだ、律先輩が居た頃の自分でいます。
だって、まだ、律先輩は私にとっての部長だから。
私たちの、仲間だから。
――――― ――
『忘れ物 もうないよね』
私は、母さんから借りた携帯をゆっくり閉じると、
目を瞑った。
さっきから凄く眠気がする。
頭の中で、皆と演奏した曲が、次々と流れていく。
頭がぼんやりしてくる。
最後の力を振り絞って、私は歌った。
「ずっと、永遠に一緒だよ」
終わり。
最終更新:2011年03月24日 22:54