唯「ほら、あずにゃん。もうすぐ3時だよ?」
梓「……」
唯「暗いね~怖いね~」
梓「……」
唯「幽霊とか出たりしたらどうしよう?」
梓「……」
唯「さっきから黙りだね、あずにゃん」
梓「唯先輩……なんで……?」
唯「? どういう意味?」
梓「なんで私の部屋にいるんですかっ! こんな時間に……」
唯「こんな時間って?」
梓「夜中の3時ですよ!? そもそもどこから入って来たんですか!?」
唯「窓からだけど?」
梓「窓って……」
唯「あずにゃんに会いたかったから来たの。寂しかったから」
梓「さ、寂しかったって言ってもですね……やっぱり常識的にこんな時間に窓からなんておかしいですよ」
唯「おかしいの? お昼の3時は良くて夜中の3時は駄目なんだ?」
梓「当たり前ですよ! からかってるんですか!? 唯先輩!」
唯「ふふ、あずにゃんは常識っ子だね」
梓「はあ?」
唯「お昼は明るいから良くて夜中は暗いから駄目。そんなことは暗いのが怖い昔の人が植え付けた種だよあずにゃん」
梓「そうかもしれませんけど……実際暗いと周りが見えにくいから危ないし……何より夜は寝ないと。
明日も学校ですよ唯先輩」
唯「暗いね。確かに暗い。でも暗いと体も見えにくいよね?」
梓「まあ……そうですね」
唯「つまり消えやすいんだよ、あずにゃん」
梓「は?」
唯「消えると言っても実際に体がなくなるわけじゃないよ?
周りに見ている人がいなければ、それは消えたと同義になるよね?
つまり人が一番いなくなる時間帯、暗い時こそ人が消えられる時間帯なんだよあずにゃん」
梓「はあ……」
唯「人は寝ないといけない。常識だとそれは大体暗くなってしばらくしてから明るくなるまでの間、夜中に入る前から朝方と言うことになるよね」
梓「唯先輩……さっきから何が言いたいんですか?」
唯「ん? 最初に言ったよね? 寂しかったから会いに来たって」
梓「でも何かそんな感じじゃないですよ? なんかいつもより哲学的と言うか……正直わけがわかりません」
唯「あずにゃん……」
梓「わっ、きゅ、急に抱きつかないでくださいっ!」
唯「こうすると暖かいよね?」
梓「はい……まあ」
唯「でも、夜中にこうしてあずにゃんの家にこうしに来たら駄目なんだよね?」
梓「その……えっと……寝てますし……」
唯「そう……だよね」
梓「……ああもうっ! 学校でいつもしてるじゃないですか!
夜の間ぐらい我慢してくださいよ!」
唯「あずにゃん。我慢ってさ、辛いよね」
梓「はあ……」
唯「私はあずにゃんが好きだからさ、いつも一緒にいたいって思ってるんだ」
梓「それは……なんと言うかありがとうございます。出来ればこんな夜中に言って欲しくないですけど」
唯「でもあずにゃんは来るなって言うよね?
私はそれを我慢しなきゃいけない……辛いよね」
梓「唯……先輩?」
唯「あずにゃんは私のこと嫌い?」
梓「そんなことないですけど……こんな時間に来られたらちょっと」
唯「嫌いなんだね」
梓「嫌いとか好きの問題じゃないですよ。
夜中の3時に窓から私の部屋に来るって行為自体が問題で……。
休みのお昼からなら大歓迎ですよ。玄関からどうぞ」
唯「あずにゃん……違うんだよ、それは」
梓「何がですか?」
唯「私とあずにゃんの気持ちが違うってこと」
梓「意味がわかりません……」
唯「私はこの時間に寂しくなってあずにゃんの部屋に来たの。人間ね、本当に死にたくなるぐらい寂しくなる時ってあるんだよ?」
梓「それはちょっと言い過ぎじゃないですか……?」
唯「そんなこと……」
梓「はあ……じゃあ私にどうしろと? 夜中の3時に来た唯先輩を暖かく迎えて寂しさを取り除いた挙句窓から帰る唯先輩にニコニコ手を振りながらお見送りしろと?」
梓「はあ……」
唯「ごめんね」
梓「……、これっきりですからね」
唯「?」
梓「いいからもう一回窓から入って来た感じでテイク1しやがれです!」
…
唯「ほら、あずにゃんもうすぐ3時だよ」
梓「あっ! 唯先輩いらっしゃい! お布団にどうぞ!」
唯「あ、うん……」
梓「もう唯先輩ったらこんな夜中に窓から入って来るなんてハチャメチャ過ぎますよぉ!
そういうエネルギーは部活の時に発揮してくださいよ!」
唯「えへへ、ごめんね」
梓「それにしてもどうしたんですか? 寂しかったんですか?」
唯「そうなんだぁ」
梓「もう唯先輩ったら! 仕方ないです! 今だけは容易に抱きつかせてあげますっ!
かもんです唯先輩っ!」ババッ
唯「……なんでそんなハイテンションなのあずにゃん? 夜中の3時なのに」
梓「……はんっ!」
唯「え…?」
梓「あ~あもうやめですやめです。せっかく寂しい唯先輩の為に一芝居打ったらこれなんですから」
唯「なんかごめんねあずにゃん……」
梓「もういいですよ。いいですから帰ってください」
唯「……私が夜中の3時なんかに来たばっかりに……ごめんねあずにゃん」
梓「ほんとですよ! せっかく寝てたのに」
唯「ほんと寂しかったから……」
梓「……知りませんよ、そんなこと」
唯「……ごめんね、あずにゃん」
そう言い残し、唯先輩は消えた。
次の日からも学校に来ず、勿論部活にも来なかった。
消息不明
そんな四文字が唯先輩の顔写真の横に綴られている。
それから何日、何ヶ月と経っても唯先輩は見つからなかった……あの日を境に、あの人は本当に消えたのだ。
そして、私は何度目かの午前3時を迎える──
梓「……」
あれからこの時間ぐらいになると必ず起き、窓の方を眺めてしまう。
もしかしたら唯先輩がひょっこりと現れるんじゃないかと期待してしまう。
梓「あの時あんなこと言ったから……」
いなくなるなんて卑怯だ……そうなることを知っていたら幾らでも相手になってあげたのに……。
いなくなって初めて気づくと言うやつだろうか。
梓「唯先輩……唯せんぱぁいっ!」
涙を布団で拭う
、
そして、
迎える午前3時
「夜中の3時に会っちゃ駄目って、あずにゃん言ってたのにね」
そんな声がした─
梓「唯……先輩?」
唯「それなのに会いたそうな声だして、私の名前呼ぶんだもん。おかしいよね」
目の前にいるのは間違いなく唯先輩だった。あの日、あの午前3時と変わらない佇まいで。
梓「唯先輩っ……!」
思わず抱きしめる。それが夢じゃないのかを確認するかのように。
唯「よしよし」
その唯先輩は優しく私の頭を撫でてくれた。
間違いなく、唯先輩だ。
唯「私も今のあずにゃんくらい寂しかったんだよ?」
梓「っ……ヒグッ……ゆぃせんぱいっ」
唯「気持ちの違いなんだよ、あずにゃん。常識はね、それを疎かにするんだ」
梓「わかんないですよ……唯先輩」
唯「ふふ、あずにゃんは常識っ子だね」
もうすぐ、世が明けるだろう。
常識にまみれた明かりに、また暗闇は喰われるだろう。
でも……
唯「午前3時だっていいじゃない。それがお互い会いたい時なら、ね?」
梓「……はい、そうですね」
何故か今だけは、そう思えた。
別の日の午前3時──
唯「Zzz……」
梓「とりゃっ!」
唯「ふぁっ?」
梓「会いに来ましたよっ! 唯先輩!」
唯「もうあずにゃんったら~寂しがり屋なZzz……」
梓「起きてください唯先輩!」
唯「んんぅ?」
梓「常識に囚われちゃダメですよ?」
唯「ん~でも眠たいし……」
梓「じゃあいいですよ。唯先輩が隠れてた倉庫に行って消えます」
唯「ああんあずにゃ~ん」
梓「ふふ、唯先輩は常識っ子ですね」
午前3時に会っちゃ駄目なんて誰が決めたんだろう?
常識が当たり前だなんて、消えている(二人きりの)私達には関係ないよね。
そんなやりとりの中、唯先輩が時計を見て呟いた。
そう……私達の非常識が、始まる時間だ。
おしまい
最終更新:2011年03月28日 01:32