唯「あれっ? 梓ちゃん、ギターケースいつもとちがうね、
いつものムスタングじゃないの?」

梓「はい、今日はこのギターじゃないとだめなんです」

唯「? ふーん?」

そんな話をしているうちに、桜高に到着した。

まずは受付に向かって、軽音部の人に忘れ物を届けに来たと言って、
来客のプレートを受け取った。
嘘をついてしまったが、不審者として通報されるよりはましだろう。
それに、あながち嘘ともいえないかもしれない。
そんなことを考えて、私は小さく笑った。


音楽室の前に到着し、私はドアに手をかけた。
となりの唯さんを見ると、小さく震えていた。
きっとまた無視されてしまうのではないかと、怯えているのだろう。

大丈夫ですよ、あなたは、嫌われてしまったわけじゃないんですから…

だけど、私がこれから突きつける真実は、それよりもはるかにつらいことかもしれない…
それを考えると、心が痛んだ。

ガチャ

ドアを開けて、私と唯さんは音楽室へと入った。


梓「こんにちは」

私があいさつをすると、中にいた三人がこちらを見た。
唯さんに色々と聞いていたので、誰が誰なのかすぐにわかった。
長い黒髪の人が、秋山澪さんで、カチューシャをつけた人が、田井中律さん、
紅茶を入れているのが、琴吹紬さんだろう。

紬「えっと、どちらさまでしょうか?」

律「その制服、近所の中学のだろ? 中学生がなんの用事だ?」


梓「えっと、私は中野梓という者です、平沢唯さんの友人で、今日は伝えたいことがあって来ました」

私がそう言うと、三人は少し驚いた顔をした。


澪「唯の昔の友達か…」

秋山さんは「昔の」と言った、そう考えるのも当然だ、だけど…

梓「いえ、唯さんと知り合ったのは、つい最近なんです」

律「? なにわけわかんないこといってんだ、だって唯は…」

紬「そのギター…」

琴吹さんが、私の背負っていたギターに気づいた。

梓「はい」

私はギターをケースから取り出した、唯さんのギターを…

唯「えっ? それ、私のギター? え?でも私は今ちゃんと持って…私のギターが、2つ…?」

律「! おまえ、唯の遺品をかってに持ち出して! どういうつもりだよ!?」

唯「…遺……品…?」


となりでは、唯さんがひどく驚いた顔をしていた。
やっぱり、唯さんは気づいてなかったんですね……


梓「勝手にではありません、ちゃんと妹さんに許可をもらって、借りてきたんです」

紬「だけど…なんのために…」

梓「少し、聞きたいことがあるんです、唯さんが亡くなったのは、いつごろでしょうか?」

律「一ヶ月くらい…前だ…」

梓「どういった理由で?」

澪「文化祭の日、ギターを取りに帰る途中、交通事故で…」


梓「唯さん…思い出しましたか…?」

唯「…私は、私は……そんな、私は……死んでいたの……?」


唯さんは頭をかかえてうずくまっていた、その姿を見ているのはつらかった。

梓「つらいことを思い出させてしまってごめんなさい、だけどこうしないと、
あなたはずっと、さまようことになってしまうから…」


律「おい! さっきから何のまねだよ! そこに唯の幽霊でもいるっていうのか!」

田井中さんが怒ったように叫んだ。

梓「はい、その通りです」

律「いいかげんにしろっ! 怒るぞ!」

もう怒ってるじゃないですか、とは言えなかった。

梓「私には、見えてしまうんです」

だから私は事実だけを伝えた。

律「っ!! いいかげんにしろ!」

田井中さんはそういって私につかみかかって来た。




…………
※律視点

律「っ!! いいかげんにしろ!」


私はそう言って、そいつにつかみかかった。

そいつがこれ以上ばかなことを言うのが我慢できなかった。

唯の死をばかにされたようで、許せなかった。

澪「律、やめろっ!」

紬「りっちゃん! 落ち着いて」

そう言って二人が私を引き離した


本当の理由は違ったのかもしれない、あの日以来、私はずっと後悔していた。

律『唯、走れ! 絶対に間に合わせろよ!』

唯『わかった! まかせて、りっちゃん』

そう言って唯は走り出した、もしもあのとき私があんなことを言わなければ、
唯が事故に合うことはなかったかもしれない…

私は自分を呪った、そんな行き場をなくしていた感情を、こいつにぶつけていただけなのかもしれない。



梓「見えてしまうんだから、どうしようもないんです…」


だけどそいつは、こんなことには慣れているといったように、淡々と言った。


梓「唯さん、落ち着いてください、いくら叫んでもあなたの声は、私以外には聞こえないんです」


そいつはなおも誰もいない空間に向かって話しかけている。


梓「なにか、唯さんたちしか知らないようなことを、教えてください、軽音部の四人しか知らないようなことを…」

梓「ゆっくりでいいんです、思いだしてください、四人だけの思い出を…」

梓「え? それをギターで弾くんですか? はい、わかりました…」


そう言うとそいつは、それを弾き始めた


チャラリーーララーーチャラリラリラーー


チャルメラだった、思わずずっこけそうになるのを思いとどまると、
私の中に思い出が蘇ってきた…

みんなでバイトして買った唯のギターで、唯が始めて弾いた曲、
たしかにそれは、私たち四人しか知らない、四人だけの思い出だった。


梓「唯さんは、これを弾けば、みんなわかってくれるはずだと言っています…」


澪「ほ、ほんとに唯なのか、そこにいるのか?唯?」

紬「唯ちゃんなの? ほんとうに」

律「唯、ずっと、ずっと会いたかったんだよ…」


梓「…唯さんも、ずっとみんなと話したかったと言っています、それから、ずっと謝りたかったと…」

律「唯、謝るって何をだよ、謝らなきゃいけないのは、私のほうだよ…」


梓「唯さんの願いは、もう一度、みなさんと演奏したい、というものです」

梓「だから、それが叶えばきっと、唯さんは成仏することができると思います」

澪「だけど、いったいどうやって…」

澪の疑問はもっともだった、いったいどうやって、幽霊になってしまった唯と、
一緒に演奏すればいいのだろうか…

梓「そのために、私が来たんです」


そう言うとそいつは手を広げた。


梓「私の体を、唯さんに貸してあげます、後ろから重なるように、私の体に入ってください、
ちがいます、逆です、そう、そっち向きです」

梓「だけど、貸してあげられる時間は、10分が限界です、だから気をつけてく だ  さ  」

ドサッ

突然そいつは、床に倒れこんでしまった。


律「おっ、おい!大丈夫か?」

私は慌ててそいつを抱き起こした。


梓(唯)「うーん……りっちゃん…?」

律「唯…?」

梓(唯)「りっちゃん、みんな…私のこと、嫌いになってない…?」

律「何ばかなこと言ってんだよ、私たちが、唯のこと嫌いになるわけないだろ」

梓(唯)「えへへ…よかったぁ…」


姿も、声も、唯のものではなかったけど、このしゃべり方は、この雰囲気は間違いなく、
私たちがずっと会いたかった唯だった。


澪「唯!」


律「うわっ」


澪とムギが唯に抱きついてきた

澪「唯、会いたかったよ」

紬「唯ちゃん、もうどこへもいかないで!」

梓(唯)「みんな、ありがとう、話したいことがたくさん、たくさんあるけど、だけどもう、
時間がないから…」

梓(唯)「だから、最後にみんなで演奏しよう! あの日できなかった、あの曲を」


律「唯…そうだな! やろう、みんな!」

澪「ああ!」

紬「はい!」

律「いくぞー、ワン、ツー、スリー、フォー!」


そうして私たちは演奏した、あの日できなかったあの曲、ふわふわタイムを。

私たちは唯との最後の時間を惜しむようにゆっくりと、丁寧に、その曲を演奏した。

最後のサビはみんなで歌った、それは私たちの願いを表しているようだった…

「ああ神様おねがい、一度だけの、ミラクルタイム下さい」



ジャーーーン

演奏が終わり、音楽室に静寂がながれた。

律「今までで最高の演奏だったよ! 唯」

梓(唯)「ありがとう、みんなとずっとこうしていたいけど、だけどもう時間みたい…」

澪「そんな、唯!」

紬「唯ちゃん、いかないで!」

律「唯、私たちは絶対、おまえのこと忘れないからな」


最後くらいかっこよく決めようと思ったのに、気がつくと私は涙を流していた…


梓(唯)「ありがとうみんな、大好きだよ…私もみんなのこと、絶対忘れない か  ら  …」

ドサッ

そう言うと唯はまた床に倒れこんでしまった…………





fin




エピローグ





あれから6ヵ月後 桜高合格発表の日


梓「…あった」

憂「梓ちゃんも! 私もあったよ!」

梓「おめでとう、憂」

憂「おめでとう、梓ちゃん」

梓「ありがとうございます、憂にも、おめでとうだって」

憂「ありがとう!お姉ちゃん!」


……

律「おーーーい」


憂「あ、みなさん、こんにちは」

律「梓、憂ちゃん、どうだった?」

梓「はい、二人とも受かってました」

澪「よかった、おめでとう、二人とも」

憂「ありがとうございます」


梓「何言ってるんですか、唯さんが教えてくれたところはほとんど間違ってたじゃないですか、私の実力で受かったんですよ、ちょ、急に抱きつかないで下さい!」

律「相変わらず仲いいなーおまえら、見えないけど」

紬「最近きこえなくても唯ちゃんが何を言ってるのかだいたいわかるようになってきたわ」

梓「そうだよ、私とあずにゃんは一心同体なんだよりっちゃん って言ってます」

律「そういうのは取り付いてるっていうんじゃないのか?」


澪「とにかく、また今日から5人で、軽音部再結成だな」


梓「それにしても、どうしてあのとき成仏できなかったんですか?」

梓「またそんな適当なことを……武道館だなんて気が早いです、だいたい、いまさら成仏されても困ります」

梓「…だから、唯さんにいなくなられたら困るって言ったんです!恥ずかしいこと言わせないで下さいっ」










唯「うん!ずっと一緒だよ、あずにゃん!」


おわり




最終更新:2010年01月09日 02:20